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完走した感想

 髪を直しに行くとはいいつつ、僕はオズウェルを中庭に連れ出して彼にダンスを強請った。快く了承してくれた彼の笑顔に、幼いオズウェルの面影を感じる。先ほどホールで生徒達を纏め上げていた人間だとは、到底思えなかった。


 草木の囁きを音楽にして、僕達は互いの身体を重ねた。忘れかけていたステップは一歩、一歩と踏む度に、ホール内での数々の思い出と共に蘇ってくる。


 僕と幼いオズウェルで立てた、最終的な作戦はこうだった。


 まず、ホールに花瓶の水を撒く。これでわざわざ給仕の方を寄ってから、オズウェルのところに向かう手間が省けた。


 次に、オズウェルに接触。これは何度も繰り返していたから、もう立ち回りは慣れたものだ。


 オズウェルへの説明は簡潔に。長くやってたらこの後に響く。ここで結構やり直すことになったから、あれが最後だと分かっていればもっときちんとやったのに。


 大きな問題の一つは、オズウェルが僕を連れてホールから飛び出してしまうことだ。彼が通る隙を与えては威圧して横を抜けて行くし、目の前に立ちはだかろうとすれば自分の立場お構いなしに暴力での解決を試みる。そこで、いっそご友人達に扉を完全に封じてもらうことにしたのだ。オズウェルに接触してから、ダミアン様がやってくるまでの時間は短い。ここの調整は本当に大変だった。


 最後の関門は、僕が撒いた水の後始末だ。繰り返す中であの給仕はホールの状況がどうだろうが、さっぱり気にしないと理解した。だからどう派手に動こうがナイフが飛んでくる。そこで閃いた! オズウェルは僕の長い髪が憎いと言っていたから、いっそ切ってしまおうと! これは、本当に大変だった……。水を撒く位置、僕達の道順、僕の立つ場所、すべてが完璧じゃないと成功しない。何度彼に殺されかけたか分からない。ヴェール様の慈悲なのか、痛みが酷くなる前に戻してもらえるからこそ、これを組み込んでみようと思えた。


 その先に進めたことはなかったから不安だったけど、オズウェルがどうにか僕の無実を証明してくれてよかった。僕がダミアン様にされたときよりも恐ろしい雰囲気だったから、少し怖かったけれど……。


 ありがとう、幼い日のオズウェル。君が僕の手を引いてくれなければ、きっと無謀なことに挑むなんて出来なかったよ。


 僕の我が儘に付き合ってくれている、今の君と向き合う。若草色はホールでの様子とは一変して、どこか申し訳なさそうにしている。


「どうしたの、オズウェル」


 声を掛ければ、ステップは一気にぎこちなくなり、ゆっくりと動きを止めていった。


「レイン、今まですまなかった。ホールであいつらが言っていた通りだ、俺はお前に酷いことばかりしていた……」

「なんだ、そんなこと? 別に気にしてないよ」


 僕にとってオズウェルと仲違いをしていた時間よりも、ホールで愛情をぶつけてくれた時間の方が長くなっていた。ダミアン様という脅威が去った以上、もうどうでも良いことだった。


「お前は俺を許してくれるのか? こんなに醜い俺を?」

「醜いだなんて! オズウェルはいつも格好良いよ。僕には勿体ないくらい」


 そう口にして、彼にずっと言いたかった言葉を思い出した。


「オズウェル、今日の騎士服、すごく似合ってるね。もしかして、僕に合わせて仕立てたの?」


 あのホールに入る前の僕だったら、絶対にこんな聞き方は出来なかった。君の愛が僕をこんな風にしたことを、気付いてはいないんだろうね。


 オズウェルはまた顔を真っ赤にして、口で答える代わりに何度も首を縦に振った。あの冷徹な騎士様を僕は忘れてしまいそうだ。おかしくて、彼には申し訳ないけれど笑ってしまった。火照りが冷めないまま睨まれたけれど、面影のなさに更に面白くなってくる。


「なんだ! 悪いか!」


 怒鳴られたって、何にも恐ろしくはない。


「全然! 君が僕を意識してるのが嬉しくって!」


 服装と言えば、僕もとっておきを隠しているんだった。


「オズウェル、君にだけ教えてあげるんだけど、このジャケットの裏地にね国花の模様が入ってるの。……見てみる?」


 そう言ってボタンに手を掛ければ、オズウェルの喉仏は大きく上下した。彼のご期待に応えて一つ目がボタンホールを抜けたところで、彼の頑張りが現れているゴツゴツとした手が僕の動作にストップをかけた。


「レイン! そんなところで脱ぐな!」

「いや、下にシャツも着てるから、裸になるわけでもないのに」

「そういう問題じゃない! 俺はお前のその美しい姿を瞳に納めた人間一人ひとりを殴りたいと思うほど、心の狭い男だ……。失望したか?」

「ううん、嬉しいよ。僕はむしろ君の騎士服はレイン・エリオットに合わせて仕立ててます、って言って回ってあげたいけどね」

「よしレイン、今すぐホールに戻ろう。お前のその姿を見れれば、俺はもうそれで十分だ」


 僕の手を引いてから、オズウェルはハッと何かを思い出したようだった。空いた片手で、短くなった毛先に触れる。


「お前の美しい絹糸が……」

「これも全然気にしてないよ。だって、オズウェルは短い方が好きでしょ?」

「なんで知って……」


 素直に過去の君に聞きました、と言ってしまおうか? でも、また変な勘違いをされると困る。


 秘密、と微笑んで誤魔化せば、オズウェルは目元を緩めた。


「お前は俺のことを、何でも知っているんだな。流石はヴェール様の寵愛を受けた人間だ。やはりお前は俺の運命だ」


 嬉しそうに指先で僕の髪の毛を弄んでいる。君がこうやって触れてくれているのが、僕も嬉しかった。


「これから僕達どうなるんだろう」


 どう転んでもダミアン様との婚約破棄は確定している。オズウェルが言い負かした事実は、明日には国王陛下の耳に入るだろう。僕だけでなく、オズウェルの地位だって怪しくなってしまった。ようやく断罪から逃れることは出来たけれど、結果はより大きな被害を生んでいる気がする。


「ああ、俺の運命。悲しまないでくれ。この俺にどうかお前への贖罪の機会を与えてはくれないか?」


 オズウェルの声色は熱に浮かされて、妙な甘ったるさがあった。その音にホールでの一件を思い出させられた。あの時のオズウェルは怖かったけれど、すごく頼もしかったから僕達の結末を託したくなった。


 きっと君なら、僕をホールから連れ出してくれたように、素敵な未来へ手を引っ張って進んでくれるんだろうな。


 祈りを込めて、彼の頬へ唇を落とした。また顔を赤く染め出した彼に、大切なことを伝えておく。


「キスをするのは、君が初めてだからね!」



  *



 久しぶりにオズウェルの果てない行動力を味わった。


 彼はこの学園の人間全員から、僕の無罪を主張する署名をたったの一日で集めてきた。生徒、教員、庭師、あの晩だけの臨時要員……、とにかくすべてから一筆巻き上げてきていた。


 更にあの晩の証人も用意して、僕達は国王陛下の元へ足を運んだ。


 僕が何か口を挟む余裕もなく、オズウェルはホールでの出来事を饒舌に語った。国王陛下が僕と共に突如現れた水溜まりへ興味を示すとすぐに、話の流れを神話語りへ変えていった。話の緩急の付け方や、証人への指示の出し方があまりにも上手で、それでいて嘘は一個もない。特に僕の髪が切れたシーンなんて、圧巻だった。彼はいつそんな特技を得たのだろう。彼が話し終わると国王陛下は感極まって、僕の手を握り何度も上下に振っていた。


 オズウェルが何度も言っていた通り、ダミアン様の僕への態度は国王陛下も知るところで、僕なんかに対して何度も謝罪をしてくれた。彼の口添えもあって、実家への支援は今まで以上にしてくれるという。


 それから、国王陛下を証人に、僕とオズウェルは正式に婚約関係を結んだ。


 これをすべて、オズウェルは一人でやってのけたのだった。


 対して、ダミアン様やリネット様の事はよく分かっていない。というのも、オズウェルが彼らの情報が僕の耳に入るのをひどく嫌がるのだ。僕達の両親や、国王陛下以外の人間が僕に声を掛けようとうすると、一人残らず睨みつけて用があるなら俺を通せと威嚇している。こういう彼の姿にはまだ戸惑いがあるけれど、悪い気がしない。


 それから、自分で言うのもどうかと思うけれど、オズウェルは僕以外に随分と不公平になった。僕がよろけて同級生とぶつかってしまったときに、何も悪くない相手を殴ろうとしていたほどだ。流石にこういうのは良くないと思うんだけど、お前のためなんだ……と甘えてくるものだから未だに上手く注意できずにいる。


 あっちにこっちに連日バタバタとしていたけれど、やっとすべてが片付いた。明日は久しぶりにオズウェルが教会に遊びに来てくれる。二人でヴェール様にお礼を言うつもりだ。


 隣を見てオズウェルを呼ぶと、彼は幸せそうに僕の名前を呼び返した。バラバラだった僕達の運命が一つに重なっていくのを、僕は静かに感じていた。


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