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僕の断罪回避RTA Any %

 こんなパーティに何の意味があるのだろう、とオズウェルは思った。すべてが煩わしく、強制でなければこんな場所に来ることはなかったと考えていた。


 オズウェルは出入り口の真紅の扉を監視していた。入ってくる人間を見てはガッカリし、そういう考えを自分に抱かせている男のことが憎くなった。大時計の針が真下に近付いていく途中に、彼のままならない心情の原因が扉の奥から現れた。


 その瞬間、入口付近が急に騒がしくなる。最初はその男が曰く付きであるからかとオズウェルは考察したが、どうやら違うようだった。銀髪の男とその騒動の中心の双方をオズウェルは交互に捕らえようと試みた。しかし、その内にどうしてか彼の瞳はレインから逸らすことが出来なくなっていった。


 レイン・エリオット、俺の愛おしくも忌々しい幼なじみ。


 オズウェルが初めてレインを見たのは、レインが彼に出会うもっと前のことだ。かつては家の外に出ることも難しいほど病弱な少年だった。いつもより少しだけ体調が良かったある日、オズウェルは父に連れられてある教会へ行った。かの神の聖地に建つ教会は、オズウェルを優しく迎え入れた。礼拝堂で目を瞑り、彼は自身の健康を願った。


 目を開くと、建国神のステンドグラスを背負った幼い子どもが紫色の瞳でこちらを見つめていた。色とりどりの光は彼の髪を鮮やかに輝かせている。神の使者に違いないとオズウェルは思い、更に深く祈りを捧げた。


 それが、レインとの出会いだった。


 彼に祈りを捧げてから、みるみる体調が良くなっていった。通う頻度も増えていき、その度にオズウェルはその使者を探し続けた。彼は自分と同じくらいの見た目で、多くの人の心を癒し、声を掛けられれば短い両足を一生懸命に動かして手伝いをしに駆けていた。


 オズウェルは彼が神の使者でなく、自分と同い年の人間であるということを理解するまでに時間がかかった。父の薦めで彼と友達になれてやっと、この少年は自分が触れることの出来る存在なのだと気付いた。


 レインは自分を救ってくれたように、この教会を訪れる誰もに対して慈愛を持って接していた。話を聞けば、用事がなければ出かけることもないのだという。初めてオズウェルの父と三人で出掛けた日の笑顔は、彼だけの宝物だ。その時から、オズウェルは自分がヴェール様から頂いた丈夫な身体も、この命も、すべて彼のためにあるのだと考えた。


 レインに絡んでくる人間に対しては、どれだけ自分より大きくても負ける気がしなかった。


 レインが大変そうにしていれば、それを取り除いてあげたかった。


 レインと二人だけで出掛けた日、彼の小さな手のひらの熱を知って心臓がおかしくなってしまいそうだった。


 次はいつ彼と出会えるのだろう。幼いオズウェルの心にあるのはそれだけだった。


 国花の花畑を知ったのは、父の職場に顔を出した時だった。隅でじっとしているオズウェルに、部下の男が世間話として教えてくれたのだ。国花の逸話は一言一句違えずに言えるし、それを思い出す度にあの花は慈愛に満ちた彼の事だと確信していた。だから、仕事を終えた父にレインの時間を強請った。父には相手の事も考えろと叱られたが、最終的にオズウェルの熱量に負けてどうにか約束を取り付けてくれた。


 レインを迎えに行けば、教会の入口の花壇で土いじりをしていた。彼の父が近くでレインの様子を見守っていて、オズウェルに視線を寄越すと深々と彼に対してお辞儀をした。自分に息子を託してくれた喜びで、オズウェルはいてもたってもいられずに彼へ声を掛けた。


「レイン、ついてこい!」


 驚かせたかったから、自分が来ることを伝えないで欲しいとお願いしていた。紫の瞳は何度も瞬きをし、レインは彼の父の方へ顔を向けた。いってらっしゃい、と背中を押されて、二人は花畑へ向かった。


 到着すれば、レインの口からすごいという言葉が漏れ出る。


「そうだろ!」


 胸を張って彼に言った。一面真っ白い花畑に立つレインの姿は、どんな絵画ですら勝てないだろうと思った。


「レインに見て欲しかったんだ。この花はレインみたいだとずっと思っていたから」

「ぼくみたい?」

「ああ。建国神は花となりいつも我々を見守っている、って言うだろ? この純白な花びらも、神に仕える姿も、レインのようだと思うんだ」


 どうしても彼にこの花を贈りたかった。ヴェール様に一言断りを入れて、近くにあったそれを手折る。何度も練習したのに興奮で手が震えて、今までで一番酷い形の指輪が完成した。


 膝をついて、オズウェルはレインを見上げる。唇は勝手に彼の名前を呼んでいた。今、レインの瞳には自分以外映っていない。二対の宝石の中にオズウェルの運命すべてが捕らえられているような錯覚に襲われた。


 運命。


 そうだ、その言葉が何よりも自分が抱える感情にしっくり来た。


「レインに会えたのは、おれの運命だ。どうかおれの国花として、ずっと側にいて欲しい」


 情けないプロポーズだったかもしれない、とオズウェルは不安になった。それにもしも断られたら、もう生きてはいけないだろうとも同時に考えた。


 レインはオズウェルの言葉の意味を理解するや否や、顔を赤らめていく。瞳を潤わせながら、オズウェルにだけ聞こえる声で、彼が捧げた運命を受け取った。


 流石にレインもオズウェルも、そういう事を決めるにはまだ幼かった。だから、当人も彼らの両親ももっと二人が大人になってから、正式に関係を結ぶことを取り決めた。


 その判断は間違いだった。オズウェルは今でもあの日に囚われ続けている。


 生花で作った指輪は枯れてしまった。彼が押し花として大切にしてくれていると知っていたが、次は永遠に咲き続けているものを贈ろうと銀で出来た指輪を用意していた。


 今度はおれにどんな表情を見せてくれるのだろう? また頬を染めて、紫色を溶かしてくれるのだろうか? それとも瞳一杯に水を浮かべてしまうだろうか? レインが泣いているとおれも悲しくなるけれど、どうしてかそういう時だけは嬉しくなってしまう。


 様々なレインを思い浮かべてオズウェルは彼の元に訪れたが、その表情は想像したどれとも違っていた。オズウェルの胸は急に苦しくなった。


 俯くオズウェルの運命をのぞき込めば、彼の表情はもっと曇ってしまった。声を掛けても、レインは何も教えてくれようとしない。どうにか笑顔になって欲しくて、オズウェルはレインへの贈り物を取り出した。


 レインの献身の証明を残す手を取って、その中の自分達に相応しい指を撫でた。オズウェルは自分の想いが彼を慰めてくれることを願って、ゆっくりと指輪を通していく。


 顔を上げれば、あの紫がこぼれ落ちてしまいそうなほどに見開いていた。オズウェルは驚いただろう! と、彼ににんまりと笑顔を返した。


 しかし、表情は晴れず、ついにレインの双眼からは涙が溢れオズウェルの手を濡らし始めた。


「レイン……?」


 彼の名前を呼べば、形の良い真っ赤な唇が震えた。それから呼吸も定まらないまま、レインはオズウェルにもう君と一緒にいられない、と伝えた。


 オズウェルの頭は真っ白になった。彼の運命は、自分を手放すと宣言している。意味が分からなかった。


 それから、レインは嗚咽で言葉を詰まらせながら、事の詳細をオズウェルに伝えた。だが、オズウェルは自分が捨てられるということだけしか頭に入ってこなかった。


 オズウェルがその言葉を口にしたのは、半ば無意識だった。今でもどうしてそんなことを言ったのだろうと、オズウェルは激しい後悔に襲われることがある。


「お前と関わるんじゃなかった!」


 その時のレインの顔は、今まで見たことないほどに切なくて、オズウェルは自分の罪から逃げ出すようにそこから走り去った。どれくらい走ったか分からないが、いつの間にか目の前には自身の父とレインの両親がいて、レインに代わって彼の身に降りかかったことの説明を受けた。あんなことを言ってしまったオズウェルはそれをただ受け入れるしかなかった。


 それからオズウェルはあの教会へ訪れることも、レインの元へ行くことも出来なくなった。しかし、城では時々彼の姿を見かけた。声を掛けたくなったが、彼の前を歩く男が自分ではないのを見て、腹が立ってきた。


 お前は俺ではなく、この男を運命としたんだな。


 一度そう考えたら、途端にレインの事が腹立たしくなった。かち合った紫を睨みつけると、さっと自分を映すのをやめた。スカッとしたのはその一瞬だけで、レインの姿が見えなくなってから、またひどい後悔に襲われた。


 この学園に入ってから、レインを見かける頻度は高くなった。オズウェルは無意識の内に、彼のいる授業ばかりを選んで取ってしまっていた。勤勉なレインの後ろ姿を見ていると、誇らしい気持ちと憎らしい気持ちが交互にやってきた。何よりあの男のために伸ばしているという長い髪を切ってやりたくなって、オズウェルはいつしか彼より前の席に座るように心がけた。


 こんなに醜い人間になっても、レインは自分に話しかけてくれた。だが、オズウェルはその唇が自分の名前を呼んだ瞬間に、怒りが彼の脳を支配しようとしているのを感じた。自分が恐ろしくなって慌ててその場を立ち去れば、オズウェルの知らない間にレインが尻軽、鞍替えと噂されるようになってしまっていた。オズウェルは少しだけ安心した、この噂があれば誰もあの可憐な花に近付こうとはしないだろうと思ったからだ。


 オズウェルの心のすべてはレインに支配されていた。本当は彼以外どうでもよかった。その思考に基づく行動は、気付けば誰にでも公平な理想の騎士様というあだ名を作り上げていた。


 あの男の卒業プロムは、レインと自分の運命を完全に断つための儀式だ。本当はそんな場に来たくはなかった。


 レインのことも見たくない。なんて思う癖に、彼の容姿に合わせた騎士服を仕立ててしまった。どんどん自分が未練がましく、嫉妬の炎は勢いを増していく。


 なのに、自分が彼に運命を捧げたあの日を彷彿とさせる純白のダンススーツを身に纏っていて、どうしても目が離せずにいた。


 レイン。


 俺の運命。


 俺の国花。


 もう、お前と一生会えなくなるのだとしたら、最後に謝りたかった。俺の自尊心を満たすだけの行為だとしても、どうか一言でいいから許して欲しい。


 オズウェルは子どもの頃のように、心の中でヴェール様に祈った。教えを背いて歩いたような男の言葉など聞いてもらえないとは分かっていても、祈らずにはいられなかった。


 まるで彼の言葉を聞き届けたかのように、レインは一直線にオズウェルの方へ向かってきた。何かの間違いではないか? とオズウェルが自分の目を疑っている内に、レインは彼の前までやってきてしまった。


「オズウェル、久しぶり」


 何よりも聞きたかった言葉が、オズウェルの魂を撫でた。しかし、慈しむよりも先に、自分を呼ぶ唇が他者に汚されている怒りに支配されて、これ以上彼を傷つけないよう立ち去ることを決意した。


 しかし、その行動が分かっていたかのように、レインはオズウェルの前に立ちはだかった。


 どうしてだ? どうしてお前は、俺の前に現れたんだ?


 レインはオズウェルをじっと見て、何も言わない。オズウェルが戸惑っていると、レインの後ろにいた生徒が彼とぶつかり、自身の胸に飛び込んでいた。咄嗟に彼を受け止める。


 自分の腕の中にいる男は、記憶よりも随分と美しくなっていた。


 オズウェルは腕に力を入れればレインが壊れてしまうのではないかという恐怖と、まるでヴェール様に導かれたような行動に対する興奮に、頭がおかしくなりそうだった。


「ありがとう、オズウェル」


 彼の国花が淑やかに綻ぶと、またオズウェルの脳はぐちゃぐちゃにかき乱された。伝えたかった言葉はすでにどこかへ飛んでいってしまっていた。


「突然で悪いんだけど、僕、今ヴェール様のお力を借りてこのプロムをやり直していていて、もうすぐダミアン様に婚約破棄を言い渡されるから、どうかこの場で僕の無実を証明してくれないかな」


 ……俺の国花は何を言っている?


 オズウェルは自分の身体すべてを疑った。彼の体温も、感触も、言葉も、すべて自分の都合の良い幻覚なのではないかと思った。だが、神の寵愛を受けていると言われても納得出来るほど、今のレインには妙な雰囲気があった。


 レインはオズウェルの様子を気にすることなく、シャツのボタンを上から素早く外していく。


「お、おおお、お前!?」


 急な出来事に動揺するオズウェルの目の前に、レインは胸元に潜ませていた指輪を差し出した。


「オズウェル、君がもしもまだ僕に愛情を抱いてくれているのなら、僕の言葉を信じて欲しい」


 レインが持っているのは、あの日オズウェルが与えたものだった。


 俺と共にその指輪を捨てたものだと思っていたのに、お前はこんな俺でも受け入れてくれていたんだな。


 ここまでされて、この愛おしい運命を拒むことが出来るだろうか? オズウェルはこれが現実でも、幻でも、もうどうでもよくなっていた。自分がレインに愛されているという事実があれば、今後彼を瞳に捕らえることすら叶わなくなってもどうにか生きていけるだろうと思った。


「信じるさ、お前はずっと俺の運命なんだから」

「じゃあ、急ごう! オズウェルついてきて!」


 レインは当然といった顔で頷き、それから彼の腕を引っ張って走り出した。


 オズウェルは人生で初めてレインの後ろを追いかけた。教室で息を潜めるように縮こまらせていた彼の小さな背中はどこにもなく、もしかすると自分よりも大きいんじゃないかと思うほど頼もしく何よりも美しい背中がそこにはあった。


 レインはこんな人間だっただろうか? 記憶を辿っても、幼い頃の嬉しそうに自分を追いかけてきた姿しかオズウェルは思い出せずにいた。


 生徒達は二人のための道を作り出した。オズウェルとレインの関係を揶揄する声も聞こえる。


 ああ、煩わしい。これではレインの靴音を聞き逃してしまうじゃないか。


 そう思うのに、自分たちを好き勝手言う声にオズウェルは気分が良かった。なんならもっと見せつけてやろうとさえ思ってしまう。


 出口の扉に近付いたところで、憎たらしい声が二人の前に立ちはだかった。


「レイン・エリオット!」


 その言葉にレインが足を止めたので、オズウェルも彼の横に立って憎き男を睨みつけた。


「お前、俺の目の前で他の男と手を繋い」

「でいるとは、お前は本当に婚約者としての自覚のない男だな、そうおっしゃりたいんですね? オズウェルとの不貞に加えて、僕がリネット様に嫌がらせをしているとも。だから、ダミアン様は僕と婚約破棄すると宣言されるのでしょう?」


 レインはダミアンではなく、扉の方をちらちらと確認しながら糾弾する言葉を奪いあげた。


 何が起きている? 今日のレインはやはりおかしい。


 オズウェルはレインの視線の先を探った。彼の取り巻きがこのホールに入るか否かのところで立ち止まっているのが確認出来た。逃げるのに邪魔な位置にいる。


 レインにお願いされたところで、オズウェルは目の前の間抜けな男と話す気は一切なかった。素行不良で、レインへの仕打ちは国王陛下も知っていることだ。自分が直接直談判すれば良い。それにこれ以上レインに汚れた空気を吸わせるのも可哀想だ。


 オズウェルはそう思い、今度はレインの腕を引っ張った。邪魔するのなら殴ってでも道を切り開くつもりでいた。


 レインはそんなオズウェルの心情を読むようにぱっと手を離し、彼の腕を振り払った。裏切られたオズウェルはレインを確認しようと後ろを向く。視界の隅で給仕が転ぶと同時に、レインは何かに誘われるかのように二歩後ろに下がった。


 彼の背後を銀の一閃が駆け抜ける。


 その瞬間レインの長い髪が宙を舞うのが、オズウェルの視界に入った。


 レインが背負う建国神のステンドグラスは自らの光をその絹糸に落とした。はらはらと鮮やかに彼の周りを彩りながら、宙を舞って悪戯に落下していく。短くなった髪を風に遊ばせながら、静まり返ったホール内に行き渡らせるように輝きの中心は魂を撫でるような声を発した。


 助けて、僕のオズウェル。


 それはやけにホールに響いて、何度もオズウェルを撫で上げた。


 レインの姿にオズウェルは再び彼の身に宿る神を見た。自分のすべてを掴んで離さないこの男は、やはり俺の運命なのだ。これは、建国神から、レインから与えられた、俺への試練に違いない。


 愛おしい俺の運命。今すぐにお前の元に行くから、少しだけ待っていてくれ。


 オズウェルはレインに祈りを捧げ、それからダミアンと対峙した。そうだ、この男は一応第三王子殿下ではあるのだ。この機会を逃せば、もう俺にやつを打ちのめすことは出来ない。


「馬鹿馬鹿しい話だ。レインは俺と不貞を働いてなどいない。俺が今までレインを拒んできたからだ。それを証明出来る人間なら、このホールに山ほどいる。なあ?」


 オズウェルはこの騒動を楽しんでいる生徒達に投げかけた。皆それぞれに話し合うだけで、誰も名乗りでない。


「俺が指名してやろうか? 俺達が不仲であることを楽しんでいたやつの名前くらい、この両手では足りないくらいに言えるぞ」


 そう脅してやっと、群衆の中から証言が出てきた。


「オ、オズウェルは、レインが話しかけてもずっと無視をしていました!」

「俺も見た! ノートを回すのすら拒絶してました!」

「オズウェルとレインが仲違いしているのを、ずっと揶揄して噂を流したのは、お、俺です……!」

「レイン、ごめん! 俺もだ!」


 一人出てくれば、証言は四方八方から飛んでくる。


 オズウェルは自分がしたこととはいえ、その証言にこの場から消えてしまいたくなったがなんとか堪えた。彼にしでかしたことは、これ以上に辛かったはずだ。


 生徒達の熱気がどんどん増していくのを感じて、今度はその矛先をダミアンとリネットに向けた。


 彼らの証言を止めるように、オズウェルは声を張り上げた。


「次だ! レインがそこの下級生に嫌がらせをしているとのことだが、誰か見たことがあるやつはいるか!?」


 先ほどとは打って変わって、ホール中はとてつもない静寂に襲われた。張本人達は自身の運命を理解していないのか、何をしている! と生徒達に怒声を飛ばした。彼らには一切の怯えがなく、オズウェルの唇が言葉を紡ぐのを待っている。もう場の空気を支配しているのは、オズウェルの方だった。


「そうだ、見たことがないはずだ! 第三王子殿下はレインという婚約者がおりながら、その下級生をずっと側に置いていた。レインが近付く隙を作らなかったのは、お前達の方だ! それにレインが第三王子殿下の隣に立つことを禁じて、彼の代わりにその下級生をお茶会に誘っていたことも皆知っているだろう!」


 すぐに証言の渦が発生した。先ほどよりも比べものにならない言葉の強さに、聞き取る方が難しいほどだった。オズウェルはその言葉一つ一つを丁寧に並べて、少しずつ確実にこの男の心を抉ってやりたかった。


 こいつはいつか民衆の前に立つはずの男だ。もしも、地位が崩れずにそれが現実になる日が来たら、その光景に今日を思い出せばいい。そして、お前は自分の罪に一生苛まれてしまえ。それがレインと俺を引き裂いたお前の運命だ。


 ダミアンは自分を取り囲む人間の恐ろしさに耐えきれなくなり、一人出口へ駆けだした。あっけに取られた彼の友人とぶつかって、なんとも形容し難い情けない悲鳴を上げ、友人達の足の隙間を這って通り抜ける。取り残されたリネットは次は自分の番だと察し、慌ててダミアンの後を追った。友人達も我先にとホールに足を踏み入れることなく、廊下へ消えていく。


 オズウェルは後ろを振り返った。将来を誓い合った頃と同じくらいの髪の長さになったレインが、彼に微笑みかけていた。


「ありがとう、オズウェル」


 そう声を掛けられて、オズウェルの足は独りでに自身が掴み取った運命の方へ進んでいた。跪いて、麗しい彼の左手を手に取る。かつてオズウェルがレインに運命を捧げた薬指に唇を落とした。


「レイン……」

「オズウェル、もう一個だけお願いがあるの。髪を直しに行きたいから、僕を外までエスコートしてくれる?」

「お前の望むことはすべて俺に叶えさせてくれ」


 オズウェルはスッと立ち上がり、レインの手を握って出口の方へ先導した。周囲は固唾を飲んで、二人の姿を見守っている。


 ホール内は一人分の足音だけがあった。それは二人の音が重なって、一つの音を作っていた。


 開いたままの扉を二人で潜り抜ける。レインは思わず手に力が籠もり、一瞬足を踏み出すのを躊躇った。けれど、オズウェルの顔を見て、そんな心配は無用だと気付き、大きく一歩踏み出した。


 真っ白な廊下の側にはテーブルが一つあり、抜かれた生花と水も入っていない空っぽの花瓶が置かれていた。


「やったあ! オズウェル! 僕、ついにホールから抜け出せたよ!」


 レインは感動のあまり、なりふり構わずにオズウェルに抱きついた。オズウェルはもう二度と離さないとでもいうように、大切に彼を抱き留める。


 不意にオズウェルの視界にホールの大時計が目に入った。真下を通り過ぎた針が、次の長線へ移り切らないほどのわずかな時間の出来事だった。


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