川底の死体
幅約15メートルの川に架かる橋を渡っていたとき、橋の上から、死体が見えた。底の浅い川に寝るそれはうつ伏せで、上流から来る水を受けて白い髪がなびいている。
肝が冷えた。川の上に架かる橋の欄干に両手を置いて身を乗り出す。本当にそれが死体であるかどうかを確認するために、目を凝らす。日が沈み始めて出来た闇に輪郭を曖昧にさせられた死体は、よくよく見れば川沿いから覗き込むように並んだ木々から落ちたであろう太く長い枝だった。水流になびく白髪は、枝に引っかかったビニールから成るものだった。
「ああ、よかった」と、そう思った。川底に横たわる死体も、死体を無視する通行人もいなかったのだ。ただ自分一人だけが、偶然そこにあった木とビニールに死体を投影していただけだったのだ。安心して欄干から手を離し、橋を渡った。
それからひと月経った。出先からの帰り道、再びあの橋を渡る。約28日ぶりに見下ろす死体は、腐敗したように色は黒ずんで崩れていた。枝には大きな変化はなく、だが色は黒に近づいており、こちらを見て口を開いているようにも見える。白髪のようだったビニールはそのほぼ全てが流れ去り、残った僅かな欠片たちも暗い深緑を纏っている。本物の死体がどうであるかは知らないが、きっとそれに比べれば川底のそれはゆっくりと、しかし確かに腐っていくのだろう。
川底に死体があるように見えたのも、ひと月経って腐敗したそれがこちらに何かを言おうと口を開いているように見えるのも、全ては自分一人が投影したものだったのだ。最も恐ろしいものはやはり、想像力なのだろう。欄干から手を離し、最後に枯れ木を見つめ、橋を渡った。