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マイページを見てくれた人に読んでほしいコメディ集

イケメン吸血鬼王子、ぽっちゃり系男爵令嬢にたぶらかされる

作者: 伊藤 拓

 私、ニュートリシオン公爵の令嬢カトリーヌは、3歳年上で第2王子であるフィリップ様と婚約していた。


 この国は、吸血鬼の一族によって治められている。ひと昔前は、吸血鬼と人族との間で争いが絶えなかった。しかし、王子の3世代前。吸血鬼一族は、人族との和解の道を探り、この国の民達を悪魔達から守るようになる。そうして信頼を得た吸血鬼一族は、貴族達の長、つまり、王として迎えられた。もちろん、フィリップ様にも吸血鬼の血が流れている。


 見目麗しいフィリップ様は、吸血鬼には珍しく、金色の長髪と碧眼をお持ちだった。婚約は、政治的に決められたものだったけれど、フィリップ様は仕事熱心な一方、少し抜けていて子供っぽいところがあって可愛く、私はフィリップ様を愛していた。フィリップ様も私を大切にしてくださり、この婚約には満足していた。


 そんなある日、事件は起こった。



 社交パーティーの会場、私は、フィリップ様を見つけると、はやる気持ちを抑えつつ、フィリップ様のもとへ向かう。


 しかし、いつもと様子が違う。


 そこには、明らかに怒りの表情をしたフィリップ様がいた。


 そして、その隣には泣いているぽっちゃりとした女性が……



「カトリーヌ、俺はお前に心底失望したぞ!」



 隣にいた女性が顔を見せる。


 ああ、この人を知っている。





 男爵家の『コレステロール嬢』





 貧乏貴族出身らしからぬ、お太りなすったその身体をフィリップ様に近づけ、



「フィリップさまぁ~、カトリーヌ様が、私のことを『デブファット』と言ってイジメるんです」



 どこから出るのかと感心するぐらいの猫撫で声で話す。


 私は、以前、彼女から相談を受けた。


 吸血鬼一族の一人と婚約が決まりそうだということで、私に話しかけてきたのだ。


 吸血鬼一族と婚約した人族の者は、数日に一度、血を提供するのが一般的である。


 血の提供者は、婚約者でなくてはならないというわけではないのだが、愛する者の血を欲するというのは、吸血鬼にとって、自然の理。


 コレステロール嬢も、婚約すると血を提供することになる。


 しかし、体形と、本人から聞いた日頃の食生活から、彼女の血は、恐らくドロドロで、健康に悪い。


 私は、フィリップ様を愛するが故、健康に気を遣っているし、健康に悪い血は吸血鬼の親族からも受けが悪い。


 そこで、私は、「あなたの血は『脂質ファット』まみれだろうから、生活改善しなさい」と助言したんだけど……



「他にも、色々と彼女のことを傷つけたと聞いている」



 ああ、そのあと、彼女の健康のことを思って、いろいろきつめにアドバイスをしたかも。



 赤茶毛でロール髪のコレステロール嬢は、フィリップ様の腕に抱きつき、泣き顔をフィリップ様に見せた後、ニィィと、痩せていたらモテていただろうと思われる小悪魔的な笑顔を私に向ける。


「フィリップさまぁ、カトリーヌ様に注意してくれて嬉しいです。これで、十分です。少しでもカトリーヌ様が反省してくれば……フィリップ様は本当に素敵な方です」


 彼女はフィリップ様に、うるうるの目で羨望の眼差しを向ける。


 そして、フィリップ様は、照れ顔をコレステロール嬢に向けた。


 まさか、この二人!



「フィリップさまぁ~、お礼に、このコレステロールの血をまたお飲みになっていいですよ」




 ああーーーーーーーーーっ!!!




「フィリップ様!! 婚約者である私以外の血は飲まないと、あれほど、約束したではないですか!!!」


 私は出せる限りの大声で彼を怒った。


 周りの話し声が静まり返り、視線がこちらに集まる。


「うるさい、うるさい、うるさぁーーーーーい!!! 俺は、コレステロールの方が好きなんだ! もう、お前との婚約を破棄するっ!!!」



 婚約破棄ィィーーーー!?!?!?



 いともこんなに簡単に……


 私は、いままで、どれほどフィリップ様を愛し、どれほど尽くしてきたのか、わからないの???


 怒りと絶望で、心臓のバクバクが止まらない。


 あぁ、なぜ、こんなことになってしまったのだろう……


 あのとき……から……かな……




**




―――3か月前―――


 私は、フィリップ様の部屋で二人っきりのお茶会を楽しんでいた。




――コン、コン、コン




「フィリップ様、ご報告が」


「ああ、入っていいぞ」


 フィリップ様の老執事が扉を開けて入る。


「フィリップ様、こちらで」


 そう言うと、彼は、一枚の紙をフィリップ様に見せる。


「ご予約はどうしましょうか」


「構わない。こんなもの無視しろ」


「し、しかし……」


「大丈夫だ。心配するな」


「フィリップ様がそうおっしゃるのなら……」


 そう言うと、老執事はフィリップ様にその紙を渡し、部屋を出て行った。


 政治的な会合の話なのかな。


 普段は、あまり、政治的な話題に口を出さないようにしていたけれど、その時は、虫の知らせか、何かが気になり、声をかける。


「なんでしたの?」



「この前の健康診断の結果が返ってきたんだけど、再検査に、引っかかっちゃった」



 そう言って、フィリップ様は、てへぺろをする。



 健康診断!? 再検査!?!?


 けんこうしんだん!?!? さいけんさ!?!???


 け・ん・こ・う・し・ん・だ・ん!?!??? さ・い・け・ん・さぁぁぁぁああああ!!!!



 その言葉に共鳴した私は、頭痛から頭を抱える。



「どうしたんだ? カトリーヌ、大丈夫か?」



 私の中に流れ込んでいく数々の記憶。



「おい、カトリーヌ、カトリーヌ! 大丈夫か!?」




 ああ、そう、私は思い出した。


 私は、転生者。


 前世は、病院で、看護師兼管理栄養士として働いていた。


 糖尿病療養指導士の資格も持つ私は、多くの生活習慣病予備軍の人たちを指導してきた。


 そして、仕事に誇りと充実感を感じていたある日。


 その日も、だらしない患者の健康診断の数値が私の厳しい指導で改善したのを見て、ルンルンで帰宅していた時、トラックに轢かれて死んでしまった。


 看護師兼管理栄養士として、健康にも気を遣っていたのに、長生きすると思っていたのに……


 そう、私は、交通事故で、多くの生活習慣病予備軍を世に残したまま、仕事ばかりの花の20代で死んでしまったのだった……



「カトリーヌ、大丈夫か?」


「あぁ、フィリップ様……大丈夫です。それよりも、その紙を見せてください」


 前世で、看護師兼管理栄養士だった私は、その血が騒ぎ、居ても立っても居られず、フィリップ様から半ば強引に紙を奪い取る。



 その結果を見た私は、手が震えていた。



ビー()シー()ディー()シー()ディィーーー()?」



 もう一度、見直す。



ビー()シー()ディー()シー()ディィィィーーーーー()!?!?」



 フィリップ様の若さに対して、余りにも衝撃的な結果であったため、私は目を大きく見開き、復唱していた。





名前:フィリップ・ド・ジロー(Philippe de Giraud)

性別:男

年齢:23歳


身長:181cm

体重:74kg

BMI:22.6

視力:1.5(右)、1.5(左)

聴力:正常(右)、正常(左)


血圧【B】

 132~83 mmHg


肝機能【C】

 AST(GOT):23 U/L

 ALT(GPT):37 U/L

 γーGPT:75 U/L


糖代謝【D】

 血糖:126 mg/dL

 HbA1c:6.6 %

 尿糖:(ー)


腎機能【C】

 血清クレアチニン:1.1 mg/dL

 eGFR:59


脂質【D】

 HDLコレステロール:39 mg/dL

 LDLコレステロール:140 mg/dL

 中性脂肪:156 mg/dL

 総コレステロール:210 mg/dL

 Non-HDLコレステロール:146 mg/dL



※A:異常なし。B:軽度異常だが、問題ない。C:異常が認められ、生活改善・再検査が必要。D:異常が明らかであり、精密検査が必要。E:治療が必要もしくは治療中。






「…………いやぁ、最近、忙しくて……運動してないし、飲みすぎちゃって……」


 フィリップ様は、そう苦笑いして、手で頭をかき、言い訳をする。



ビー()シー()ディー()シィー()、ディィィィィーーーーー()ー!?!?!?!?」



 目をさらに大きく開いた私は、もう一度、健康診断の判定結果を復唱した。


「さきほど、『無視しろ』とおっしゃられたのは、再検査の事ですか!? 絶対に受けて下さい! 病気かもしれません!」


「でも、去年も再検査を受けて、問題なかったし。今回は受けなくても大丈夫だよ」


 フィリップ様は、ヘラヘラと笑いながら、私の心配を受け流す。


 その態度に、私はテーブルをバァァンと叩き、詰め寄る。


「ダメです!!」


 前世では、結構な割合で、再検査をしない患者がいた。


 そして、私は嫌われようとも、しつこく、患者に再検査を促し、多くの命を救ってきた。


 健康診断の結果を決して舐めてはいけない。


「再検査は絶対に受けてください」


 私は思いっきり顔を近づけ、フィリップ様の目を真剣に見入る。


「……わ、わかったよ。受けるよ……今度、予約する……」


「いえ、今から、予約してください。私も付き添います」


「…………」


「あと、いつも食べてる『ニンニク抜きアブラマシマシカラメ』は、禁止です! ただでさえ、カロリー高いのに、アブラマシマシなんて、ありえません! しかも、栄養のあるニンニクと野菜を避けるなんて……」


「えっ、俺、吸血鬼だから、ニンニクにアレルギー反応があって、死んじゃうかもしれないんだよ」


 泣きそうな顔で私に訴えるフィリップ様。


「そういうことを言っているのではありません! 栄養バランスを考えた食事が重要だということです! わかりましたか?」


 私の真剣さを理解してくれたのか、フィリップ様は、


「……はい……わかりました……」


 と、仔犬のように素直に返答した。


 そして、フィリップ様は、渋々、老執事を呼ぶと、私の目の前で明後日の再検査の予約を行った。




**




―――再検査の結果説明の日―――


 私は、フィリップ様の再検査に付き添ったが、結果説明の日も付き添うことにした。


 フィリップ様と私は、王室付属の病院の診察室に一緒に入る。


 私達は、王国が用意した中年女性の吸血鬼専門医の前に座った。


「フィリップ様、再検査の結果ですが、特に身体に異常は認められませんでした」


 その言葉に、私は安堵し、ホッと息をく。


「しかし、このままだと、生活習慣病になる可能性が高いと思われます。まずは、食生活と吸血生活の見直しが必要です。食生活は、お酒やカロリーを控え、必要な栄養をバランスよく摂ることが重要です。吸血生活も、同様に不健康な血は避け、健康に良い血を飲むことが重要です。カトリーヌ様」


 彼女は、私の方を見て、


「吸血生活の改善には、婚約者であるカトリーヌ様の協力が不可欠です。フィリップ様に血を提供されていると思いますが、カトリーヌ様もお酒を控えていただき、フィリップ様に合う栄養バランスを考えた血を提供する必要があります」


「と言いますと?」


 吸血鬼に関する知識が少ない私は、前のめりになる。


「フィリップ様は、脂質やカロリーを摂りすぎがちです。ご本人もそうですが、血を提供するカトリーヌ様も同様に食生活に気を遣う必要があります」


「なるほど、なるほど」


 しばらく、先生の説明が続いた。私は、ボケーと聞いていたフィリップ様の隣で真剣にメモをとる。



 帰宅途中の馬車の中、私は決意する。フィリップ様の健康を改善させると!


「フィリップ様、私と一緒に生活改善しましょう。今まで、甘めに見ておりましたが、今日からもう浮血うわちは許しません」


「冷凍保存の物も?」


「私が指定したもの以外はダメです。そして、3ヶ月以内に、再検査を受けましょう。健康診断の値が改善したら許可します」




**




 その日から、私は、愛しているフィリップ様のために、お酒も甘味も絶ち、野菜中心の食生活に。


 そして、必死に、フィリップ様の健康に良い血を提供しようと努力してきた。


 なのに、今……


 そんな私の気も知らずに、私を裏切るなんて……


「カトリーヌ、聞いているのか? 婚約破棄させてもらう」


「私がどれだけフィリップ様の健康に気を遣ってきたのか分からないのですか? それなのに、それなのに、よりによって、そんな脂質ファットの血を飲むなんて……」


「また、デブファットと言ったな。お前はどれだけ酷いことを言っているのか分からないのか?」


「フィリップさまぁ。フィリップさまは、例え私が太っていても、私の血を褒めてくださる優しい御方です」


 確かに、健康に悪い血ほど、おいしいことが多いけど……


「ああ、こってりとして甘いコレステロール。そして、俺をいつもドキドキと興奮させるコレステロール。俺はコレステロールが世界で一番好きだよ」

「フィリップさまぁ、私もぉ」


 と二人の世界に入り、見つめあった後、フィリップ様は私をキッと睨む。


「お前には、コレステロールの良さは一生わからないだろう」


 フィリップ様は、コレステロール嬢の肩を引き寄せ、私を指さして言う。


「確かに、お前は美人だ。だがな、俺にとって、それは重要ではない! 俺はなぁ、女性を中身で決めるっ!!」



 …………。



 その言葉は否定しないけど……


 その後も私の前でイチャつく二人。


 血ボケ王子め。


 こっちは必死にカロリー制限もしていたのに……


 ああ、情けない、我が婚約者として、情けない……


 あれだけ、浮血うわちをしないと約束したのに……


 このままだと生活習慣病まっしぐらなのに……


 フィリップ様に失望した私は膝から崩れ落ちた。



「カトリーヌ!」



 フィリップ様は私に駆け寄る。


 そして、前のめりになった私の肩を両手で支えた。


「カ、カトリーヌ、大丈夫か?」


 フィリップ様は、根はお優しい御方。


 半ば放心状態になった私に必死に呼びかける。


 そして、


「俺は……俺は、カトリーヌ、お前のことを愛していた。愛していたんだ……」


 と、目の焦点が合わない私を見つめた後、泣き顔になり、



「でも、もううんざりなんだ、毎日健康チェックされるのは……」



 と、私に切に訴える。


「日頃の食事も、俺の好きな脂っこいものはなく、豆腐や鶏のささみ中心にアスリート並みの食事制限されるのがきついんだ。カトリーヌの血も、どんどん薄味になり、飲むのがきつくなってきてるんだ」


 そして、下を向き、目を瞑り、


「あと、雰囲気が………雰囲気が欲しい………」


 と、切に願う。




**




―――健康改善に挑んで初めての満月の夜―――


 フィリップ様と私は、ディナーを楽しんだ後、月光だけが照らす暗い部屋の中で、二人っきりでいた。月光が入る窓には蝙蝠が2匹まっている。


「フィリップ様、満月が綺麗ですね」


「カトリーヌ、ずっと前から月は綺麗だよ。キミと一緒でね」


 そう言うと、フィリップ様は私を抱き寄せ、剣歯を、ドレスから露わになった肩に突き立てる。


「カトリーヌ……今から、いくよ……」





「ちょっと待って!!」





 私は、ディナー後の血液検査を忘れていたことを思い出す。


「今から、血液検査をするのでちょっと待ってください」


 私は、急いで灯りをつける。蝙蝠達は、灯りに驚いたのか逃げ出す。


 私は、バッグの中から、簡易検査キットを取り出す。

 そして、腕まくりし、注射器を自らの腕に突き刺した。


 フィリップ様を待たせているから、早くしないと。


 自分の血を迅速に試験管に移し、いくつかの用紙に血を垂らす。


 五分後、結果が出て、まずまずの血であることがわかる。


「フィリップ様、今日の私の血は健康ですよ。どうぞお飲みください」


「……あ、わかった……」


 フィリップ様は、私の肩に歯を立てる。


「……あれ、剣歯が刺さらない……」


 どうやら、吸血の時だけ出てくるフィリップ様の剣歯が、今日は、私の肩には突き刺さらず、引っ込んでしまうみたい。


「注射器があるので、私が血を採取しますね」


 私は、注射器を自分の腕に何回か挿して、血を採取する。


 前世で看護師だった私には、自ら血液採取することは造作もないこと。


 手際よく採取した血液をコップに入れ、フィリップ様に


「どうぞお飲みください」


 と笑顔で渡す。


「あ……、ありがとう……」


 とフィリップ様はやや弱々しい笑顔で受け取り、ゆっくりと飲み干した。


「冷めちゃいましたけど、この試験管に入った血液も飲みます?」


 私は、健康にいい血がもったいないと思い、血液の入った試験管を渡す。


「あ……、ありがとうございます……」


 冷めているのが嫌だったのか、ややぎこちない笑顔で受け取り、試験管の血を飲み干した。




**




―――健康改善に挑んで慣れてきた頃―――


 私は、食生活・運動に加え、血の栄養素の周期を意識して、鉄分など栄養サプリにも気を遣い、より良い血を提供することにハマっていた。


 血液提供にも工夫を加え、栄養剤を混ぜるようにする。


 そのため、私はいつも注射器で血を採取した後、栄養剤を混ぜ、コップでフィリップ様に提供するようになる。



「なあ、カトリーヌ……たまには、直で飲みたいんだけど……」


「摂取量を知りたいので、私の目が届くところでお願いします。そうですね。前腕でお願いします」


「……はい」


 フィリップ様は、私の左前腕を持ち何度か剣歯を立てるが、なかなかうまく血液が流れ出てこない。


 あぁ~、下手くそ~。


 私の新人看護師時代を思い出すわ~。


「フィリップ様、まず、腕を心臓より下に持ってきてください。そして、静脈の位置を確認してください。その際、視認だけではなく、触ることも重要です。あと、静脈の解剖生理を理解していますか?」


「……解剖生理?」


 私は血管を中心とした解剖生理の講義を行う。


 1時間ほどの解剖生理の講義が終わった後、フィリップ様は、私のアドバイスに従い、腕が心臓の下にくるようにひざまずき、前とは違って勢いよく出てきた血を吸う。


 ちなみに、私もフィリップ様が飲みやすいように、駆血帯くけつたいのように腕を紐で縛ってもらい、親指を中にして握る。




**




―――そして、自分の血液研究に集中していた頃―――


 朝5時ごろ、私は馬車を走らせて、フィリップ様の邸宅まで向かう。


 吸血鬼の夜は遅い。


 日が出る頃に、眠るのが一般的だ。


 だから、私もフィリップ様に合わせて、朝5時頃まで血液研究を続けることがあった。


 そして、今夜はフィリップ様と会わない予定だったけれど、こんな日に、過去最高の血液が採取できた。


 私は、嬉々として、フィリップ様の寝室をノックする。


 白いローブを着た眠そうなフィリップ様が現れる。


「フィリップ様、是非飲んでください。過去最高の出来です!」


 私は試験管に入った血液を見せる。


「……でも、もう歯磨きしたし……今は飲みたくない……」


 私は、その返答に悲しそうな眼差しを向け、


「そうですか……残念です……それなら、私が飲みます……」


 試験管の蓋を開け、自ら飲もうとすると、


「ああ、わかった、わかった。飲むよ、飲む」


 と、私から試験管を奪い、グイっと飲んだ。


 フィリップ様はやはりお優しい。


 作戦は成功した。


「健康診断まで、あと20日です。一緒に頑張りましょうね、フィリップ様!」


「……うん……」




**




 と、私との思い出を衆人の前で語るフィリップ様。


「あと、ペットフードを味見するように、自分の血液を舐めないでほしい」


 フィリップ様は思い出語りとともに、私と取り組んだ生活改善での出来事に不満を言う。


「あと、血液検査や俺の体重・体脂肪率・脈拍などの数値を、俺の前で、俺に見せつけて、ノートに書くのもやめてほしい」


 不満が続く。


「そして、書いているときにニヤニヤするのもやめてほしい。それに……」


 そのあとも、フィリップ様の不満が続いた。


 周りは何かを察したのか、フィリップ様に同情の目を向ける。


「フィリップ様が可哀想」

「あれじゃぁ、婚約破棄も仕方ない」


 という声が聞こえる。


 何、この流れ?


 なんで私が悪いみたいになっているの?


 こんなにもフィリップ様を思い、健康診断の数値も改善したのに……


 本当に皆様は、何も分かってらっしゃらないわ。


「フィリップ様」


「カトリーヌ、俺がなぜコレステロールを愛するか、分かってくれたか」


「いえ、分かっていないのはフィリップ様の方です。本当の真実がなにかということを。くなる上は」


 私は、コレステロールに手を向ける。


 私の手に青白い光が集中していく。


「カトリーヌ! コレステロールに何をするつもりだ! やめろ!」


「使わないのに越したことはなかったけれど、この魔法を使うことになるとは」


「カトリーヌ様がご乱心だ!」

「カトリーヌ様は、代々魔法学に精通し、その地位を確立したニュートリシオン公爵のご令嬢。魔法の実力はかなり高い」

「誰か。誰か、カトリーヌ様を止められるものはいるか?」


 周りは慌てふためいている一方、コレステロールは、状況を理解できないのか、口を開け、唖然として私を見ている。


 そして、私は最近覚えた代々ニュートリシオン家に伝わる魔法を唱える。





「ニュー・ト・リ・シ・オ・ン、鑑定!!!」







 栄養成分表示(100mlあたり)

 カロリー・・・212kcal

 たんぱく質・・10g

 脂質・・・・・19g

 炭水化物・・・300mg

 マグネシウム・1mg

 鉄・・・・・・30μg

 カルシウム・・5μg

 ビタミンA・・20μg

 ビタミンB2・10μg

 ビタミンC・・3μg

 カフェイン・・500mg





「フィリップ様、見てください。この脂質とカロリーの多さを!」


 周りは、私の魔法に呆然とする。


「あと、フィリップ様がコレステロールに興奮を覚えていたのは、カフェインのおかげですね。100mlでも、成人男性の一日当たりの推奨最大摂取量400mgを超えてますわ」


「カフェイン?」


「フィリップ様、カフェインは元気の前借なんです。決してそれで元気が出るわけではないんです」


「いや、なぜ人間にカフェインが含まれているんだ?」



「フハハハハ、バレてしまっては仕方ない」



 コレステロールの声は、突然、男性の低い声となる。


 そして、そのぽっちゃりとした身体の肌は、みるみるうちに、どす黒い紫色となり、膨れ上がる。


 服は破れ果て、コレステロールは、触角と羽が生えた恐ろしい悪魔の姿となった。



「ああ、残念だ。あと少しで吸血鬼の王子を籠絡ろうらくできたというのに」



 そう言うと、悪魔は、羽を広げ、天井に上がり、私達を見下ろす。


 周りは悪魔の登場に悲鳴と混乱の渦に陥る。



「嘘だろ、コレステロール、嘘だと言ってくれ! コレステロールが……コレステロールが悪魔だったなんて……」



 フィリップ様は、膝から崩れ落ち、絶望の目で悪魔を見上げる。



「ようやく、正体を表したようね、コレステロール。コレステロールは、コレステロールでも、やはり、悪玉の方だったようね」



「ああ、あんなに芳醇な香りがし、あんなに甘くて、一度飲み始めると止まらないぐらい求めていたのに……あれは真実の愛ではなかったのか……」



「フィリップ様、真実の愛は甘くはないのですよ」



 そう言って、私は、絶望しているフィリップ様の前に出て、悪魔と対峙する。




「本当の愛は、刺激がなく、味気のないものだけど、しっかりと愛する者を守り支えるのものなんです!!!」




 私は、携帯していた小型の魔法の杖を悪魔に向ける。


「この姿になったからには、是非もなし。王子ともども、お前ら全員みな殺しだ!」


「そうはさせません!」


 赤色の光が杖の先に集まり、私は魔法を唱える。




「ファットバーニングエクス(高速脂肪燃焼)プレス!!」




「うぎゃぁぁぁぁああああ!!!!!!!!」



 悪魔は、悲鳴を上げながら、燃え上がる。




「クソォォォ、我はしつこいぞ。いつか、この恨み、晴らして見せようぞ。覚えておれ!」




 そう言って、悪魔は灰塵かいじんとなって、消えていった。


「カトリーヌ!」


 フィリップ様が私に駆け寄る。


「カトリーヌ、ありがとう。君がいてくれたおかげで、悪魔に取り込まれずに済んだ」


「フィリップ様、恐らくアレは悪魔の本体ではありません。悪魔が言った通り、また、フィリップ様を付け狙ってくるでしょう。なので、これからも油断してはいけません」


「わかった。それと、謝罪がしたい。もし、許してくれるなら、婚約破棄を撤回させてくれないだろうか」


「わかってもらえればいいんです。これからも私と一緒にフィリップ様の健康改善に取り組んでくれれば、撤回で構いません」


「わかった。これからも健康改善に取り組む。でも、たまにはコッテリした血が飲みたい……」


「わかりました。チートデイ(浮血日)を作りましょう。私もやり過ぎた感がありました」


 その言葉に、フィリップ様はニコッと子供のような笑顔を向けた。



 私達は残されたコレステロールの服の残骸を見る。


「しかし、まさか、この俺が、悪魔に蝕まれていたなんて……まったく、自覚がなかった……」


「フィリップ様。糖尿病、肝硬変、痛風など生活習慣が原因とみられる病気は、初期の自覚症状がないもしくは見落としがちになります。糖尿病はやせ型の人でも発症します。ご存じの通り、糖尿病(1型)になると、インスリン注射を打ち続けなければなりません。沈黙の臓器と言われる肝臓は、お酒を飲んでいなくても、生活習慣が悪いと脂肪肝になり、肝硬変、そして、肝臓がんになり、命を奪います。痛風は、フィリップ様のようにお酒好きで、プリン体の多い食べ物が好きな方は、発病する確率が高く、そして、それは突然、関節に激痛が現れることでわかります。確かに、若いころは、無理が効きますし、病気になる確率は低いです。しかし、糖尿病、痛風などは一度なると改善はできるものの完治は難しく、肝硬変も必ずしも完治できるわけではなく、一生付き合うことになります。また、生活習慣が原因で、心筋梗塞・脳卒中などの突然死のリスクも高まります。健康診断は、生活習慣病の予防と早期発見に重要な役割を果たします。これからも決して健康診断の結果を軽く見ず、私と一緒に健康改善に取り組みましょう!」


「……はい、わかりました」


 その言葉に、私は満面の笑みで応えた。




**




 その後、結婚し、夫婦となったフィリップ王子とカトリーヌ嬢。


 フィリップ王子は、誘惑されることがあったものの、カトリーヌ嬢の根気強い健康管理により、この世界の吸血鬼にしては長寿となる100歳で死ぬまで大きな病気になることはなく、幸せに過ごしました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 話のテンポも良く、情景描写もしっかりしていて……とか真面目に書いてみたけど、つまるところ、笑えました(え [気になる点] 私の健康が気になってきました(笑) [一言] 面白かったです!!!…
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