第七十六話 いざ、夏の島へ
「お久しぶりです八雲先輩。元気でしたか?」
「色々あったが、元気だよ。そっちは聞くまでもないだろうな」
夏休みも中盤。俺は夜月と電話で近況報告をしていた。夜月は忙しくなった夜月家を手伝うために帰郷。いつもは離れていても頻繁に電話をしてくる夜月であったが、よっぽど忙しいのか久しぶりの会話となる。
龍道さんは夜月に無理をさせる人ではないのだが、真極の件で日本中が大騒ぎな今の情勢では仕方のないことだとは思う。
「ねぇ、聞いてくださいよ八雲先輩! 父さんの人使いが荒すぎるんですよ! せっかくの夏休みだというのに休みもなくて働きっぱなし。酷いと思いませんか!?」
「よっぽど大変だったんだな。お疲れ様だ。でも、龍道さんは夜月に期待しているんだよ。いずれ夜月家を継ぐ者として、大変な時期を経験してほしかったんだと思うぞ」
「それはそうですけど……先輩の方はどうだったんですか? 一色先輩とは仲良くなれたんですか?」
「仲良くなれたよ。訳あって一色も忙しい身になってしまったが、ときたまみんなで一緒に遊んでるよ」
「ふえーーん!! ずるいですよ! こっちはずっと仕事ばかりで大変だったのに!! 私も遊びたいですーーーー!! 遊びたい遊びたい遊びたい遊びたーーーーい!!」
幼子のように駄々をこねる夜月。よほど暴れているのか、ところどころ音が飛んでしまっている。できるなら俺も夜月を手伝いたいのだが、夜月家の重要な仕事や企業秘密を外部の人間が把握するわけにはいかない。いくら仲が良いとはいえ、そこは線引きしないといけないところだ。
自分の頭を軽くたたく。何かしてあげたいのに素直になれない自分がもどかしい。夜月が喜ぶ言葉を、俺はいくらでも持っているというのに。
「それでも、今日電話できたということはある程度落ち着いたってことじゃないのか?」
「そうですね。もう少しすれば私もお役御免だと思います。ですが、高校一年生の大事な夏休みの半分を、どうやったら取り返せるっていうんですかね」
「そこは龍道さんにお願いするしかないだろうな。何か考えてくれると思うぞ」
「……八雲先輩は何かないんですか? 私が喜びそうなこと考えてくれないんですか?」
「そうだな……こっちに戻ってきたら、みんなで遠出でもするか?」
「うーん、それもいいんですけど、そうじゃなくて……」
「……ふぅー、龍道さんに頼んで、二人でどこかへ旅行に行くか?」
『ぱあーっ!』っという効果音が聞こえてくるようであった。夜月が上機嫌になるのが電話越しにも分かる。ひとまず、夜月の期待には応えられたのかな。
「先輩先輩! どこにいきますか!? やっぱり夏ですし、夏を満喫できるところがいいですよね!! 今更やっぱりなしとか言っても駄目ですよ? 言質取りましたからね?」
「大丈夫だって、取り消したりしねぇよ。場所は夜月の好きなところでいいよ。まあ俺も夏らしいところがいいかな」
「わっかりましたー! それじゃあ今から父さんに相談してくるので、電話を切りますね。お休みなさい、八雲先輩!」
「ああ、お休み」
夜月の怒涛の勢いに気おされながらも、俺は高笑いを止めることができなかった。夜月を喜ばせるためであった言葉が、俺の感情をこんなにも昂らせる。惚れた方の負けとはよく言ったものだ。
睡眠とは、寝たくないと思ったときの方が寝てしまうというのが世の常。俺は夜月との旅行に胸を膨らませながら、自然と眠りに落ちた。
「急な呼び出しですまないね隼人くん。善は急げということで、私もはりきりすぎてしまったようだ」
「いえ、お気になさらず。どのみち夏休み中に一回は帰省しようと思っていましたから」
夜月と電話したのが一昨日。その次の日には旅行の日程が決まり、俺は地元へ帰ることになった。帰省した次の日には龍道さんに呼び出されたというのが今の状況だ。夜月は旅行に行くためのラストスパートらしく、今も業務中とのこと。
「そっちは大変なことがあったみたいだね。事情はこちらにまで伝わっているよ。ぜひとも一色くんは、夜月家の研究機関に所属してもらいたいね。彼に意思があれば面接を行いたい。次に話す機会があれば伝えといてくれないか?」
「了解しました。今度電話で伝えておきますよ。大変というのであれば、龍道さんも大変だったんじゃないですか? 真極たちの後処理や政府との会合。連日テレビを騒がせてますよ」
「いやー、大変だったね。今まで一番忙しかったくらいに。とはいえ、私は一人じゃない。たくさんの協力者のおかげで落ち着いてはきているよ。結果的に夜月家や協力者にダメージはなかったから、私たちの勝ちと言うことだね。……問題はこれからの政府だよ。当分は安定しないんじゃないのかな。誰か求心力の高い人がいればいいんだけどね」
「難しい話ですね……なんとかなるように願うばかりです。『真っ新な大地』や真極たちの勢力はどうなったんですか? フォースと呼ばれていた茜とは会ったのですが、彼女も分からないみたいで」
真極との戦いの後、メディアや世間は『真っ新な大地』や真極の真実を知って騒然となっていた。謎と思われていた『真っ新な大地』の正体は非人道的な実験施設の跡地。突如として姿を消した天才の正体はマッドサイエンティスト。
しばらくは天岩学園でもその話で持ちきりだった。ただ、ゼオの正体や柊一先輩の過去については秘匿されている。本人は来るべき日があれば打ち明けると言っていた。
全ての元凶である真極。彼のその後については語られていない。判決はまだ下されていないが、極刑は免れないだろう。
「真極の協力者が行った大きな悪事はこの前の事件だけ。加えて、三人とも素直に白状したと聞いている。重罪ではあるが、真極よりは罪が軽いだろう。茜くんは君の知っての通り。最上くんの監視の元、様子を見ることが決まった。サードは素行が悪くてね、未だに本名すら教えてくれない。君への執着が凄いことから、しばらく世に出るのは難しいだろう」
「それは困ったな。でも、サードは戦うことが好きみたいだから、強い指導者の下で更生させながら、プロの決闘者を目指すように誘導してもいいかもしれませんね」
「確かにそれはありだな。今度提案してみよう。そして、真極は思った以上に素直で協力的だった。何かを悟ったように、全ての罪を受け入れると言っている。……彼の持つ頭脳と技術力は確かなものだ。監獄からは一生出られないだろうが、協力者として生かされる可能性が高いかもね。『真っ新な大地』は関係者以外立ち入り禁止になっている。あそこは忌まわしき場所であると同時に大切な場所であるということを私は理解している。興味本位の一般人が侵入できないようにしておいた」
「なるほど……真極の処遇については俺がとやかく言うことはないですね。『真っ新な大地』はその通りだと思います。色々とありがとうございました」
「真極を捕まえることは私の目的の一つだった。色んなケースを考えたが、今回のケースは十分にいい方だろう。これで私も心置きなく、後を継がせられるというものだ」
「いやいや、龍道さんにはまだまだ頑張ってもらわないと。今のじゃじゃ馬夜月が党首になるのは、少し不安ですよ」
「なに、君が支えてくれるのであれば大丈夫だろう。今回は君から旅行に誘ってくれたんだろう? やるじゃないか、少年」
俺はそっぽを向いて首の後ろをさする。今回は俺が夜月をデートに誘ったようなもの。昔馴染みの龍道さんに把握されているのは流石に恥ずかしいな。
「それで、旅行の日程が決まったのは聞いていたんですが、どこへ行くんですか?」
「結構近いよ。夏白島だ」
「夏白島だって!? この時期に、一体どうやったんですか!?」
「別荘があるんだよ。使いの者に先へ行かせて整備させているから、存分に楽しんできてくれ」
夏白島は本土とは離れた離島ながら、観光地として屈指の人気を誇っている。多数のパワースポットや綺麗な海。美味しい海鮮料理に面白いアクティビティの数々。本土からフェリーで行ける距離にあるのもそうだが、何より興味を引き付ける何かがあることから島内の活気が凄まじい。
夏に本領を発揮するこの島は、夏休みのずっと前から宿泊施設の予約が取れなくなる。そんな夏白島に長期滞在できるというのだ。流石は夜月家と言ったところだろうか。
「明日の朝には出発する。足りないものがあれば言ってくれ。こちらで準備する。まあ、別荘にもひとしきりの物が揃っているがね」
「ありがとうございます!! 夜月と一緒に精一杯楽しんで来ます!!」
「うむ、青春を謳歌するのは若者の特権だ。咲耶のことを頼んだよ」
いつか十六夜が言っていた。『令和』の次の元号は『青春』だと。気まぐれにスキルで調べたらそうだったらしく、居合わせたメンバーは思わず笑ってしまった。
しかし、こんな世の中。『青春』と言う元号は案外悪くないのかもしれない。未来の人がどうして『青春』と言う元号を付けたのかは知らないが、この世界に生きるみんなが、青春のような日々を送れればいいなと、無責任ながらに思うのであった。




