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第五十四話 夜月家と実家

 本格的に強化合宿が始まった夕方のこと。俺は市電に揺られて実家に帰省していた。今日は夜月家と実家に挨拶をする日。久しぶりの帰省である。本当は夜月を超えてから帰省しようと思っていたので少しバツが悪いが、久しぶりにみんなに会えるのは素直に嬉しい。俺の実家は厳宮島げんみやじまに近く、市電で四駅ほどだ。俺は家に向かって歩を進める。


(はぁー、懐かしいな本当に。俺も成長したんだな)


 最寄りの駅から実家までの道のりは途中で小学生のころに通っていた通学路に合流する。あのとき長いと思っていた直線の道のりが、今では何とも思わないただの短い直線になっている。俺の歩幅が大きくなったのか、それとも道草をしなくなったのか。ふと、無邪気な声が聞こえる。後ろから遊び帰りらしき小学生が俺を追い越して進んでいく。あの子たちよりもずっと大人だというのに俺は追いつけはしない。


(ああそうか。俺はこの道を走ることをしなくなったんだな)


 いくら歩幅が大きくなっても、道草をしなくなっても、走っていく子供たちに追いつける道理はなかった。俺もあの頃のように無邪気に走れるだろうか。いや、今更走ろうとは思えない。これでいんんだ。俺は俺の夢に向かって走り出しているんだからな。公園を過ぎると住宅街に入る。俺はその中の一つである家の中に入っていった。


「ただいまー、誰かいるか?」

「……」


 静まり返った家の中。懐かしい光景と匂いがする。しかし、どうやら母さんはまだ仕事中らしい。俺は荷物を置くと先に夜月家に挨拶をすることにした。夜月は俺を迎え入れる準備をするために、一足先に家に帰っているらしい。万が一自分の部屋の中に入ることになったときに、綺麗な状態にしておきたいということみたいだ。

 俺は家を出ると住宅街を離れ北の方に歩いていく。しばらくすると、開けた広大な土地が現れ、この辺りにはふさわしくない豪邸が現れる。俺が門の前にあるインターホンを鳴らす。


「すみません、八雲隼人と申します。夜月咲耶様はいらっしゃいますでしょうか?」

「おや、隼人様ですか。お久しぶりです。話は伺っておりますので、只今迎えの者を手配いたします」


 インターホンが途切れると、門が開き、メイドの方がやってきた。俺は軽く挨拶をすると、そのまま敷地の中を歩いていく。相変わらず広いこの敷地は、門から家の前まで自転車を使ってもいいぐらいだ。成長した今でもそう思う。俺が家の前にたどり着くと、メイドの方が扉を開けてくれて、中から先ほど会話した執事の方が待っていた。


「いらっしゃいませ隼人様。しばらく見ない間にますますご立派になられましたね」

「そう言っていただけると嬉しいですね。夜月はどこですか?」

「咲耶様は龍道りゅうどう様とご一緒に居間の方で待っておられます。部屋までご案内いたします」

「分かりました。ありがとうございます」


 出入り口から長い廊下を抜けると一つの扉にたどり着く。執事の方が扉を開けると俺は中に入る。


「お久しぶりです龍道さん。お元気そうで何よりです」

「隼人くんも変わっていないようで何よりだ。さあ、立ち話もなんだ、そこに座ってくれ」

「ぶー、私には挨拶なしですか? ちょっと酷いんじゃないですか?」

「夜月とは二時間前に会話したばかりじゃねぇか。何も話すことはないだろう」

「この服見てくださいよ! せっかく着飾っているんですよ。久しぶりのお嬢様らしい私服ですよ。何か言うことがあるんじゃないですか?」


 俺が座る前に龍道さんを見る。この爽やかな若手社長のような方が夜月のお父さんである龍道さんだ。父親の前で褒めていいのか迷っていたが、龍道さんはにこにこしながら黙ってうなずいた。


「いつもも綺麗だけど、今日はちょっとドキッとした」

「えへ、えへへへへ……先に帰って準備した甲斐がありましたね」

「咲耶も隼人くんが来るまでずっとそわそわしていたんだ。素直に褒めてくれて私は嬉しいよ」

「ああー! そういうことは言わなくていいんですよ!! だから嫌なんですよ父さんは!!」

「そんなことよりも隼人くん、学園の方で随分と活躍しているそうじゃないか。噂は聞いているよ。シングルに近い人間の一人だとね」

「俺なんてまだまだですよ。夜月を追い越すためにはこれでは全然足りません」

「君は勉強もそうだけど、昔からストイックだったね。だが、しっかりと自分を褒めてあげるのも大切だ。ときには回り道こそが最短の近道になることもある。君にはいずれ、夜月家で活躍してもらいたいと思っているんだ。生き急ぐなよ、少年」


 夜月家の歴史は長く、日本中で知られている有名な名家だ。そんな夜月家を龍道さんは二十代にして継いだ切れ者であり、夜月家をさらに栄えさせた凄腕の持ち主だ。俺は子供のころから関わっているから緊張することはないが、力の強さとは違う別の覇気を纏っている。


「いやー、長話と行きたいけど久しぶりの帰省だ。空奏そらさんとの時間も重要だろう。世間話もここら辺にして、隼人くんの知りたいことを教えてあげようか。咲耶から話は聞いているよ。ゼオと『真っ新な大地エンプティアース』について詳しく知りたいんだってね。うーん、正直重たい話が関わっていて、君たちに聞かせるかどうか迷ったが、もう子供じゃないからな。この地に住むものとして聞いておいた方がいいだろう」

「重たい話ですか?」

「うん……『真っ新な大地エンプティアース』はね、非人道的な実験施設の跡地なんだよ。子供たちを研究施設に閉じ込めて、強い人間をつくるためのね」

「何ですかそれ!? そんな話は一つも聞いたことが!!」

「当時の政府がもみ消したからね。真極紅蓮と言う男が作ったその施設は、政府の援助によって成り立っていた。表向きは健全なスキルを研究する施設だと思われていたが、実際は違った。真極紅蓮の巧妙な手回しと賄賂によってその存在を秘匿されていたんだ。夜月家の近くにできた施設だ。私も常々調査をしようと人員を送り込んでいたんだけどね。上手く立ち回られてしまったようだ。真極紅蓮は優秀な科学者として世界に名を轟かすほどに有名な男だった。尊敬のできる人物だった。それが私を一手遅らせた。無理やりにでも施設に突入するべきだったと今でも後悔している。夜月家は、私は特に警戒されていたんだろうな。研究所の真実を突き詰めたときには既に最悪な状況だった。しかし、仮にも研究所は政府の施設。はっきりとした証拠をつかまなければ夜月家が危ない目に合う。どうしたものかとほとほと困り果てている真夜中のときだった。巨大な炎があの山の頂上を覆い尽くしたのは」

「……もしかしてそれが、『真っ新な大地エンプティアース』の正体ですか?」

「おそらく。実際に更地にしたのを見たわけじゃないから分からないが、その炎があの研究施設を『真っ新な大地エンプティアース』に変えたはずだ」


 知らなかった。俺の身近でそんなことが起こっているとは。獅子王先輩は『真っ新な大地エンプティアース』を知っていると言っていたが、政府によって隠蔽された情報をどうやって知ったのだろうか……巨大な炎……まさか!?


「その炎を放った人物は、『真っ新な大地エンプティアース』を引き起こした人物は、その後どうなったんですか?」

「……その子は研究施設で実験体にされていた子の一人でね。引き取られたと聞いている。その子に刻まれた傷は決して消えることはないだろうが、少なくとも今は幸せな家庭の元で時間を過ごしているはずだ」

「……その子を引き取ったご家庭というのは獅子王家ですか?」

「っ!! そうか……隼人くん、もしかして君は……」

「八雲……先輩? 獅子王家って、一体……どういうことですか?」

「……詳しくは話せない。察してくれ」

「……なるほど、君は信頼されているようだね。分かった、この話はここまでにしよう。咲耶、この話はどこにも漏らしてはいけないよ。ゼオと言う人間についても私から話すことはなさそうだね。隼人くん、君のその手で真実を掴みとってくれ」

「分かりました。今日はありがとうございました」


 俺はお辞儀をすると、その場を後にする。後ろから夜月と龍道さんが口論したかと思えば、夜月が俺を追いかけてシャツの後ろを掴んできた。


「……夜月、明日獅子王先輩と一緒に『真っ新な大地エンプティアース』を見に行く予定が入っている。ここまで話しておいて悪いが、男同士の秘密にさせてくれないか?」

「……獅子王先輩は、島広に来ることを悩んでいたと聞いていました。八雲先輩だけでいいです。ですから、必ず真実を突き止めてください」

「分かった。この夜の月に誓って、絶対突き止めて見せる」


 俺は夜月家を出る。そして振り返る。ここから見える遠くの山の頂上は今も何もなかったかのような平たい土地になっている。空を見上げると、月明かりが俺を照らしていた。俺に任せてくれた夜月に感謝を。秘密を暴いてしまった獅子王先輩に謝罪を。俺の任務とか関係ない。おれは必ず、ゼオと言う男の正体にたどり着いてみせる。


---


 重要な事実に気付いた俺であったが、今は帰省中。これからは実家で母さんとの再会が待っている。先ほどは違い、家の明かりはついていた。俺は笑顔を作って明るい声で家の扉を開ける。


「ただいまー」

「おかえりなさい」

「ごめん、先に夜月家の方に挨拶をしていたから遅くなったわ」

「別にいいわよ……それよりも、何かあったの?」

「え? 特に何もないよ。顔を見せに行っただけだから」

「鷹矢も隼人も笑顔を貼り付けるのが上手いよね。隠し事をするのも一緒。でも、ずっと一緒に過ごしてきた私なら分かるから」

「……悪い、話せることじゃないんだ。ごめん」

「謝ってほしいわけじゃない。せっかくの家ぐらいは取り繕わなくていいってこと。ご飯できてるわよ」

「……ありがとう。ご飯いたただくよ」


 俺と同じような目つきが鋭くスレンダーな姉のような女性が俺の母さん、八雲空奏やくもそらである。そっけない感じがするが、そういう人なだけでしっかりと俺のことを思ってくれている。見た目の怖い雰囲気で損しているが、実は色々と考えている優しい人だ。


「それで、学園生活はどうなの? たまたま合宿場所が重なったって聞いたけど」

「頑張ってるよ。着実に強くなってるのが自分でも分かる。この一年で夜月も超えて見せるさ」

「隼人……去年は帰ってこなかったのは、咲耶を超えてないからってこと? 本当に似てるわね、あんたたちは」

「父さんもそうだったのか? あんまり戦うようなイメージはなかったけど」


 俺の父さん、八雲鷹矢やくもたかや。俺と父さんはとても仲が良かった。母さんと仲が悪かったわけではない。ただ単に相性が良かったのだ。ドライでもないが、干渉しすぎもしない。程よい距離感がちょうど良かった。だからこそ、俺は父さんのことは何も知らなかった。どんなスキルを持っていたのか、どんな職業をしていたのかも何も知らない。


「はぁー、鷹矢には秘密にしとけって言われたけど、話してもいいのかもね。本当に鷹矢も隼人も秘密主義なところは似てるったらありゃしないわよ」

「父さん、強かったの?」

「隼人、プロの決闘者で仮面男のホークって知ってる?」

「知ってるよ。有名だからな。確か、絶対にピンチに追い込まれるけど、そこから逆転勝ちするというスタイルが人気のエンターテイナーって言われている人だろう? もう引退したはずだけど」

「その人はね、ピンチに追い込まれると本気を出すように演出しているわけじゃないの。ピンチにならないと本気を出せないの。ピンチになればなるほど身体能力と魔力が跳ね上がるスキル、【窮地で好機ノーペイン・ノーゲイン】。それがホークのスキルなの」


 仮面男のホーク。その正体もスキルも謎に包まれているはずだ。だというのになんで母さんは知ってるんだ。というかあまりにも俺のスキルに似ている気が……、


「……まさかと思うけど、ホークの正体って父さんなの?」

「そういうこと。それが分かってるってことは、隼人にも似たような扱いづらいスキルがあるんでしょうね。だから中々本気を出せなかった。そうでしょう?」

「そうだけど……というか突然のことすぎて驚くことも出来ないんだが。なんで隠してたの?」

「あなたにはあなたの道を進んでほしかったから。隼人は俺に似つかず勉強がとってもできるから自由にさせてほしいって頼まれたのよ。私は隼人も絶対に強いと思ったから、戦闘系の職業に関わるのもいいって思ったんだけどね」

「絶対に強いって、母さんも強かったのか?」

「私はプロの決闘者じゃないけど、強かったのよ。そんな私に一目惚れしたのが鷹矢。私は私に勝ったら友達から考えてもいいと言ってぶっ飛ばしてやったわ。そこから鷹矢は毎日のように勝負を仕掛けてきた。いくら負けても性懲りもなくね。でも、毎日のように挑んで一か月が経った頃、ついに私が負けたの。驚いたわ。ピンチになる隙も与えず勝ってたのに、その日は初めからとてつもない魔力を持ってたの。そうして負けた私はいつしか鷹矢に惹かれていって結婚したってわけ。それが私たちの馴れ初めよ」

「どうして今、そんなことを?」

「さあね。ただ、強くなっていく隼人を見て、少し感傷的になったのかもしれない。それと、隼人に伝えたかったの。あなたの父さんは凄い人だったってことを。ちなみに私は風属性だから、隼人は割かし万能なのかもしれないわね。あなたは私と鷹矢の血を確実に受け継いでいる。咲耶を超えられる日も近いと思うわ。頑張んなさいよ、確実に咲耶の心を射止めて見せなさい。鷹矢が私の心を射止めたようにね」

「そうなんだ、ありがとう、父さんのことを話してくれて。ねぇ、もし良かったらもっと父さんの話を聞かせてくれないか? もっと父さんのことを知っておきたいんだ」

「いいわよ別に、隠すようなことじゃないものね。なんで仮面の男として決闘者になったのか。なんで私に勝てたのか。たくさん話してあげるわ」


 色々なことがあった今日。考えなければならないことはたくさんある。それでも今は、この時間だけは父さんとの思い出に浸らせてほしかった。俺は父さんとの思い出をポケットの中から取り出す。出てきたものは一つじゃない。どうやら本音も一緒にしまっていたみたいだった。久しぶりの家族との時間。俺も顔に張り付けた仮面を脱いで、温かな時間を過ごすのであった。 

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