第四十話 約束を破ってでも
ついにこの時がやってきた。体育祭での初めての俺の出番。魔力弾合戦。緊張はしているが、適度にリラックスも出来ている。こういうときに体が強張らないのは、俺の長所の一つでもある。
「獅子王先輩は緊張はしないんですか?」
「緊張しない。リラックスできていることはいいことだが、適度な緊張は集中力が高まり、実力を発揮しやすくなる。ゆえに、俺は自ら緊張するように魔力で神経を刺激している」
「そんなことできるんですか?」
「ああ、魔力で身体強化もできるんだ。神経を刺激することぐらいできてもおかしくないだろう。緊張の仕組みは知っているか?」
「はい、交感神経が副交感神経よりも優位になることで起こる現象ですよね?」
「そうだ。そして、交感神経が過度に優位になると、緊張により体調へ支障をきたす。よって、バランスが大事なのだ。俺はリラックスすることはできるが、緊張をしない。適度に交感神経を刺激することで緊張状態とリラックス状態のバランスを維持し、自らゾーンに入っている。自分の体の中へ意識を集中させれば、お前もいずれできるだろう。まあ、その必要はなさそうだがな」
「いえ、貴重なアドバイスありがとうございます。しっかりと頭に入れておきます」
「そろそろ始まりますよ! いやー、楽しみですね!」
「あたいが守ってやっから、気張っていくぜ!」
楽しむことができているということは、反町も長門もリラックスが出来ている。他のみんなも顔から笑みがこぼれていた。決闘を散々してきた戦闘希望者のメンバー。緊張する状況には慣れているよな。
審判の合図でフィールド内へ移動する。サバゲーのフィールドのようになっており、敷地もとても大きくなっている。しかし、魔力弾合戦は定員が五十名と多い上に、魔力弾は連発できるものではない。裏取りは厳しいだろう。
「この戦い、相手のメンバーが誰であろうと主力になるのは九頭竜しかいない。九頭竜の位置を確認することと、速やかに対処できるように反町は準備をしておけ。反町へのサポートも忘れるな。俺たちは九頭竜を反町が引き付けている間に一気に他の相手を制圧する。長門は遮蔽物の位置を変えて、こちらが有利になるような地形に変更しろ。八雲は制圧兼撹乱要員だ。俺と二人で始めから攻め込んでいくぞ。九頭竜の接近には注意しろ」
「「「了解です!」」」
審判がカウントダウンを始める。今までずっと見てる側だったから、実況や解説の声が聞こえないのは新鮮だな。審判のカウントダウンがゼロに近づき、ピストルのトリガーに指をかける。俺は魔力弾を生成する準備をする。
「それでは、始め!!」
審判の声がピストルの音にかき消される。俺は早い立ち上がりと魔力の生成で早速一発魔力弾を放つ。案の定、誰にも当たらない。続けて獅子王先輩がスキルで跳躍し、遮蔽物の上から魔力弾を投げる。獅子王先輩は魔力弾を放つ前に、投げる手を爆発させて加速、その勢いで魔力弾を放つことで、もはや剛速球を投げているかのような威力とスピードになっていた。
魔力弾の大きさと密度の指定はあっても、それを思い切り投げることで威力とスピードを増すことは禁じられていない。予想だにしない速さの魔力弾に相手は逃げきれず、早速一人が脱落した。突然のことに驚いたのか、焦って顔を出し、反撃する敵チームの一人。
そのタイミングを見計らうかのように、俺の【進んで戻れ】が発動。反撃しようとした敵に当たり、体勢を崩す。そのまま魔力弾はあらぬ方向に飛んでいった。
「よし、まずは二人だな。このまま俺と八雲で敵を撹乱する。他は九頭竜の位置の把握。俺たちが仕損じたときの防御を頼む」
見た感じ、相手には防御よりのスキル持つ相手はいない。どちらかというと魔力弾合戦においては攻撃的になるスキルの人が多い。このまま敵の数を減らしておきたいが、その前に誰かが出てくるはずだ。
ところが、相手は不利だと悟ったのか、陣地を明け渡し奥の方へ逃げていく。陣地が狭まればきつくなるのは必然だ。だというのにこの引き際の早さ。
「みんな、もしかしたら四十万先輩のスキルが残されているかもしれない。魔力の痕跡を感じ取って、ゆっくりと進撃するんだ」
俺の警告通り、魔力の痕跡らしきものが見つかる。これに触れれば四十万先輩の【轍】が発動し、ダメージを受けてしまうだろう。気を付けたのは良かった。にしても、
「やけに静かなのが気になりますね。四十万先輩のスキル。姿を一切見せない九頭竜先輩。何かの時間稼ぎをしているかと思うくらいです。早めに全員で右側を制圧した方がいいのではないですか?」
「このままだと、相手のやりたいことを押し通らせてしまうということだな。だが、下手に攻め込んで相手の全勢力をぶつけられたら厳しいぞ。待ちの方が強いからな」
「確かに置きエイムをされていたら厳しいですからね! ですので! 相手の出方を待った方がいいのではないですか?」
「八雲、その直感みたいなものを具体的に言えねぇのか? 相手が準備をしていても、できることは限られるだろうぜ」
「そうだな……俺の直感というか不安は、多分九頭竜先輩が集中放火してくることに囚われすぎているところだと思う。反町で止められることは相手も予想できているはず。だから、他の方法を取ってくると思ってんだ」
「他の方法か……集中砲火ではなく、一人一人を確実に撃ち抜ける方法……」
瞬間、俺たちがいる場所とは反対側のエリアで地面が盛り上がる。それは、このフィールド内にあるどの建物よりも高くそびえ立っており、二人の人物が立っていた……、
「「狙撃か!!」」
俺が長門を獅子王先輩が反町を抱え込み、高台からの射線が切れる場所まで転がり込む。俺たち四人がさっきまでいた場所と、近くにいた二人が魔力弾によって打ち抜かれていた。くそったれ。違和感の正体はこれか!
九頭竜先輩が決闘では狙撃銃を使ったことがないから気づくのが遅れた。高台にいるなら、ほとんどの遮蔽物は意味をなさない。相手は最初からこれを目当てで動き出していたのか!
「ありがとう八雲、助かったぜ。でだ、どうする?」
「とりあえず反対側に逃げるしかないだろう。あっち側にいる人間はすぐに九頭竜先輩に打ち抜かれる。反対側に逃げる……ぞ」
俺たちが逃げようとしたその先の遮蔽物にはご丁寧に魔力の痕跡が残されていた。俺が考えを巡らしていると、音が聞こえてくる。
「吉良の【変装物質】でつくったドローン群だ。反町!」
「【消失点】!! ですが、こっちを対策していたら、九頭竜先輩たちが手に負えません!」
「俺が止めに行く。俺が注意を引きつければ、攻撃は緩くなるだろう」
「だがよ、流石に一人じゃ厳しいんじゃねぇのか? こっちはあたいも含めて誰もサポートできないぜ!」
「……待ってくれ。俺がついていく。俺が獅子王先輩のサポートをします」
「八雲が? 体調が悪くもなく、ダメージも受けていないお前が俺についてこれるのか?」
「少しだけ時間をください。水属性の君、俺に水をぶっかけてくれ。早く!」
「は、はい! 分かりました!」
水属性使いの人が水を生成し、思い切り俺にぶっかける。俺は体中を濡らして、びちゃびちゃの状態になった。
「何を考えているんだ八雲? その程度では風邪なんて……」
「大丈夫ですよ。帝人先輩に許可を得た、とっておきがあるので」
俺がポケットから包装紙に入った粉薬を取り出す。そう、これは昨日の夜、八重先生にもらったスキル、【異跳躍】だ。俺は昨日の八重先生の言葉を思い出す。
(「このスキルは【異跳躍】。【絆遡行】とは違い、長時間物質化できるスキルで効果もその逆。飲んだ対象の時間を一日まで進めることができる。八雲が体育祭で活躍するためには、【不調で絶好調】に頼らざるをえない時が来ると思っている。そして、前みたいに調子を悪くしないといけない時が来るはずだ。その時にこれを使え。八雲が調子が悪いときに、眠ってみるんだ。体を休める状態なら何でもいい。その状態でこれを誰かに飲ませてもらえ。そうすれば、お前の体が少しは楽になるはずだぞ」)
この薬は本来は体調をよくするために八重先生から貰ったスキル。俺は今、その逆の使い方をしようとしている。ごめん、八重先生。あなたの気持ちに反する行為をしてしまって。約束を破ってしまって、ごめんなさい。だけど、俺は勝ちたいから。俺を応援してくれる八重先生やみんなのために!
俺は包装紙を破き、薬を一気に飲み干す。【異跳躍】は対象の時間を一日まで進めることができるスキル。体調を良くすることができるということはもちろん……、
「……はぁ、はぁ、はぁ、濡れた状態で一日経てば、風邪を引くよな!! 【不調で絶好調】、発動!!!」
「八雲、そのスキルは八重先生の……帝人の野郎……話は後だ、俺についてこい!!」
「分かりました! 一つだけ作戦があります」
「何だ?」
俺が獅子王先輩に耳打ちをする。途端に獅子王先輩は目を見開いて俺を見る。
「信じていいんだな?」
「はい、今の俺なら必ずできます!」
「分かった。二人はなんとかここを耐え忍んでくれ。いくぞ八雲!!」
「任せてください!」
俺と獅子王先輩が走り出す。風邪をひいて体調の悪い俺はシングル並みの出力がある。俺と獅子王先輩は時速百キロを超えるほどのスピードで二人の元へ迫っていた。そんな俺たちに魔力弾を当てられる者はおらず、どんどん距離を詰めていく。だが、狙撃は距離が近づくほどに精度が増す。神経を研ぎ澄まさなければならない。
「八雲! 九頭竜が狙撃以外の攻撃方法をする可能性があるため、俺の射程圏内に入ったらすぐに攻撃へ移る。タイミングをよく見て合わせろ!」
「了解です!」
俺たちと九頭竜先輩までの距離は約百五十メートル。相手が全ての銃から狙撃をしたのを確認すると、獅子王先輩が魔力弾を生成。出来上がった魔力弾に俺が触れる。そして、次弾装填の前に獅子王先輩が跳躍。高台と同じ高さまで跳躍すると、勢いよく魔力弾を投げつけた。速度はあるが、距離が遠いのもあって九頭竜先輩に回避される。九頭竜先輩が銃を構える。
「獅子王先輩!!」
「分かっている!!」
複数の銃で狙撃をされる獅子王先輩。火属性の爆発を使ってもう一段階跳躍する。しかし、放たれた魔力弾の数が少ない。九頭竜先輩が自分の持っている狙撃銃の魔力弾だけ残していた。
「八雲、今だ!!」
俺の考えた作戦。いや、俺の中に舞い降りてきたその案は、俺のスキルを獅子王先輩の魔力弾に付与するというものであった。俺と獅子王先輩がそのスキルの名を同時に叫ぶ。
「「【進んで戻れ】!!」」
避けたと思っていた魔力弾が九頭竜先輩の背後から衝突する。九頭竜先輩は体勢を崩し、獅子王先輩への狙撃を外してしまった。勢いのままに、高台にいる土属性使いの常盤先輩に迫る。
「くそがっ!! そんな馬鹿なことが! うおおおおおおおおおおおおおお!!」
相打ち覚悟で魔力弾を構える常盤先輩。獅子王先輩は投げるふりをして上昇。魔力弾を避ける。そして、その背後には……俺がいた。
「しまった!! ああーくそがっ! ぬかったぜ!!」
俺たちが高台を制圧する。それから、俺たちが左側から、長門と仲間たちの一部が右側から、反町とその他の仲間が真正面から攻める。ここにきて、最初に陣地を明け渡したのが仇となった。俺と獅子王先輩の合わせ技や、圧倒的な長門と反町の防御力による挟撃が刺さり、相手全員を制圧。初めての俺のバトルは何とか勝利を収めることができたのであった。
そこからのことは覚えていない。熱がある状態で動きすぎた俺は意識を失った。気が付けば俺は治療室のベッドで寝ていた。
「……うん? ここは……治療室か」
「八雲、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。八重先生」
「全く困ったものだ。私の渡したスキルをあんな使い方するなんて。二度としたら駄目なんだぞ」
「困ったのはー、こっちの方ですよ八重先生。特定の生徒に肩入れするのは構わねぇですがー、あんまり危ないことはしないでください。今回は映像にも映っていませんでしたし、ここにいる五人以外は普通に盛り上がっているからいいですがー、ばれたら八百長を疑われているところでしたよ」
「す、すまない三枝。全面的に私が悪い」
「いや、悪いのはー、これを独断で認めた帝人ですよ。普通に禁止にすりゃ良かったのに、許しやがったあいつが悪い。まあ、この体育祭はベータ版みたいなもんです。次の体育祭までに問題点が見つかって良かったとするべきでしょう。それにー、八雲のスキルを他人に付与することができるのは予想外だった。結果的に盛り上がったんならそれでいい。俺からは以上だー。見事な活躍だったぜ八雲。これからも頑張んな」
「はい、ありがとうございます!」
三枝先輩が治療室から出ていく。そうか、魔力弾合戦が終わったから昼休憩に入ったのか。解説をする必要が今はないもんな。
「八雲、俺も三枝に同意見だ。今回の件は帝人が悪い。だが、一つだけ言っておくことがある。お前は【不調で絶好調】を克服する必要がある。今回お前が普通にスキルを使えれば、問題のない話でもあった。いつになるかは分からんが、早めに攻略法を見つけておけ。俺からは以上だ。まあ、よく頑張った。八雲がいないと勝てなかったのは確かだ。ゆっくり休め」
「もぉー、今日の先輩は隠し事ばかりです。二人だけの秘密なんて、除け者にされた気分ですよ!」
「すまんすまん、今日のことは体育祭が終わったら全部話すって。それよりも夜月、決闘場で練習してたんじゃないのか?」
「……一応、先輩がどんなものか見てあげようと思っただけです。というか腹が減りました! 昼ご飯食べに行きますよ! ……私とじゃ駄目ですか?」
「いや、そんなことはない。一緒に行こう。迷惑かけたから何でも奢ってやるよ」
「この学園の昼食は全部無料だって、入学式の時もやりましたよね? もう、いいから食べに行きますよ。八重先生、失礼します」
「八重先生! 約束破ってすみませんでした!」
「いいんだぞ。八雲が満足したならそれでいい。その代わり、この体育祭は絶対に勝てよ!」
「……ありがとうございます!」
俺が破った約束を新たな約束へと変えてくれた八重先生。三枝先輩や獅子王先輩の思い。【不調で絶好調】の克服。また、背負うべきものが増えちまったな。




