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中央高校オカルト研究会

エストイ・ミンティエンド 記憶を奪う、蜘蛛の魔女の話

作者: 空山真

 これは高校の先輩から聞いた魔女の話と、それにまつわる少し不思議な体験談だ。

 エストイ・ミンティエンドは蜘蛛の魔女。スペインの都市伝説で、蜘蛛の毒で人の記憶を奪ってしまうのだという。

 不思議な体験というのは、この話しをしてくれた先輩本人が「知らない」と言いだしたのだ。

 詳しい説明をしても「キミは嘘をついている」と言う。

 そんなバカな。まさか魔女に記憶を奪われたのか?

 そしてこの不思議には、意外な真相が隠されていた。

 答えを推理しながら読んでみてほしい。


挿絵(By みてみん)


 詳しく話そう。

「高校の先輩」と書くと誤解をあたえそうなので、まず自己紹介からさせてもらう。

 名前は空山(ソラヤマ)(マコト)。もちろん本名ではなくペンネームだ。ネットの小説投稿サイトで文章を書くのが趣味だ。今は「プロになりたい」とは思っていない。年齢は「成人済み」としておく。成人済みの高校生だ。

 経緯を説明すると自分語りみたいになってしまうが、変に省略するより順を追って話した方が理解しやすいだろう。

 わたしは中学を卒業して、高校に入学した直後に大きな怪我をして、うまく復学できずに高校を中退した過去がある。そのまま進路に迷ってフリーターみたいになっていたけれど、最終学歴が中卒の成人女性というのは人生設計が難しい。たまに悲観的になると、深く落ち込むこともある。

 高校を中退したころは、周りと1年遅れているのがストレスだったけれど、もう何年遅れているかわからない。今更になるけれど、人生一発逆転を狙うくらいなら、高校生からやり直そうと思うようになっていた。

 そこで中央高校という単位制の高校に進学した。大学の「取りたい単位を取る」のと似た仕組みで、取りたい単位の授業に出るだけの学校だ。朝から夜まで自由に通える定時制みたいな高校だと思って欲しい。

 できたばかりの高校で、わたしみたいに特殊な事情のある人間が多く通っている。校則がほとんど無いので、単純に自由を求めて進学する若者もいる。たとえば「バンド活動をしたい」「藝大を受験するので画塾に通いたい」「家の仕事の都合」「学校の対人関係が苦手」みたいな感じだ。普通の高校なら多数派であろう「普通の高校生」がほとんどいないので、なかなかおもしろい環境だ。年齢分布は10代が8割、大人が2割くらいだと思う。

 制服はないので私服。何年何組というようなクラス分けもない。すべて書こうとするときりがない。

 そして部活がほとんどない。わたしが入学したときは「陸上」「吹奏楽」のふたつだけだったと思う。その後でいくつか増えたけれど、学校側はもっと部活を作りたいようだ。当たり前だが「部活で青春するぞ!」という人間は、中央高校には来ない。先生から「空山さん、文章を書くのが趣味なら文芸部を作らない?」と声をかけられたこともある。そんな感じの高校生活を送っていた。


 さて、つぎは先輩の紹介になる。

 名前は仮に黒星クロボシ先輩としておく。わたしよりふたつ年上の男性で、いつも全身真っ黒な服を着ている。驚くほど頭がいい。性格に問題がある。わたしは天才だと思っている。

 数年前、道端で困っているところを偶然助けてもらったことがある。そのときも全身真っ黒な服だったので強く印象に残っていた。中央高校で見かけて、お礼を言いにいったらオカルト研究会という部活に誘われた。

 まとめると、偶然知り合った先輩から、よくわからない部活に勧誘されて、その場のノリで入部してしまった。出会ったばかりでお互いのことはよく知らない。そんな関係だ。


 しかしオカルト研究会とは、いったい何をする部活なのか。黒星先輩が作った部活だというのに、本人に聞いてもはっきりしない。

 中央高校の部活不足についてはすでに説明したが、オカルト研究会の発足にも事情があるようだった。それも冗談みたいな話なのだ。

 ある日、黒星先輩は友人と二人で晩飯を食べにでかけた。その友人とは同じ現代社会の授業をとっていた。夜の8時くらいの授業だ。ふたりで晩飯を食べて、授業には間に合う予定だったらしい。

 ところが、出かけてみると店を探すのに手間どってしまう。料理がなかなか出てこない。会計のトラブルで時間をくって、もう間に合わないと授業をサボってしまった。

 問題は、その現代社会の授業には生徒が二人しかいなかったということ。先輩とその友人だ。夜の教室に先生だけがポツンとひとり。待ちぼうけ。仕事なので帰るわけにもいかない。悲惨な状況だ。

 翌週の同じ現代社会で、先生から「なぜ来なかったのか?」と文句を言われて、困った先輩はこう答えた。


「宇宙人と遭遇してしまって」


 この宇宙人というのは先輩の口癖みたいなものだ。たぶん素直に頭を下げるのが苦手なのだと思う。かといって全力で言い訳すれば、先輩は異常に口が上手い。人を騙すのは簡単だ。しかし自分に非があるとも思っている。それで「嘘だが、それがなにか?」というような態度をとる。天邪鬼なのだ。

 もちろん「いい加減なことを言うな」と怒られた。


「本当ですよ。ボクは宇宙人を探すのが趣味なんです」

「ふたりでか?」

「はい。彼も宇宙人に興味をもってくれました」

「なるほど。黒星くんは友達を誘って宇宙人を探す趣味があるのか。だったらその趣味を部活にしたらどうだ? 宇宙人だけでは部員を集めにくいだろうから、オカルト全般をあつかう部活にするといい。わたしが顧問になってあげよう」


 そんなわけで引くに引けなくなって、オカルト研究会の発起人になってしまった。

 部の発足に必要なメンバーは四人。先輩とその友人は強制参加として残り二人。ひとまず募集はしてみて「努力はしたが集まらなかった」と諦めるつもりだったらしい。

 ところが、気まぐれに勧誘した空山くんが友人を誘って入部してしまった。わたしのことだ。四人そろってオカルト研究会は正式に部活になってしまったのだ。


 そんな経緯で作った部活なので、黒星先輩ははっきりとオカルト否定派だ。ほぼ無宗教。心霊、妖怪、超常現象は全否定。宇宙人だけは「科学的にあり得る」という態度だ。

 つまり、まとめるとこういうことになる。

 黒星先輩はオカルトに興味がない。先輩の友人は巻き込まれただけ。

 そこにわたしが「おもしろそうなので」と入部した。しかも頭数を揃えるために友人まで連れてきた。やる気のある人材だ。

 というわけで、黒星先輩にはオカルト研究会の活動方針にプランがない。むしろ「空山くんが決めてくれ」という話になってしまう。


 前置きが長くなったが「蜘蛛の魔女」の話になったのは、黒星先輩とオカルト研究会の方針について話し合っていたときだ。

 先輩はオカルト否定派だが、オカルトだからすべて無価値かというと、そうは思っていない。そんな話をしていた。


「オカルトの中にも、デタラメとは言えないものもあるよ」

「たとえば、どんなものですか?」

「そうだな…… エストイ・ミンティエンド。スペインの都市伝説だ」


 それはこんな話だ。

 あるところにひとりの少年がいた。

 いつもの時間になっても、少年の母親が帰ってこない。かわりに伯母がやってきてこう言った。


「おまえの母親は帰らない。魔女に連れ去られてしまった」


 伯母はいつもと様子が違って見えた。冷たく、陰湿な雰囲気だったようだ。

 少年は「そんなはずはない!」「嘘をつくな!」と反論する。


「本当だ。その魔女はエストイ・ミンティエンドという。スペインの魔女だ」

「母親は強い人だ。魔女なんかやつけて帰ってくる」

「魔女は人の記憶を奪ってしまうのだ。おまえの母親も記憶を奪われて、ここに帰ってはこれないだろう」

「記憶を奪ってしまうなら、なぜ魔女のしわざだとわかるのか?」

「エストイ・ミンティエンドは蜘蛛の魔女なのだ。蜘蛛の毒で記憶を奪う。人の顔のように見える蜘蛛の巣があったら、それはエストイ・ミンティエンドが現れた証拠なのだ」


 唐突だが、黒星先輩はここで話を中断してしまった。残念ながら、休み時間が終わってしまったのだ。

 そのときは、あまり気にならなかった。たぶんこの伯母か母親の正体が魔女なのだ。「記憶を奪う」というのが伏線で、実は過去に記憶を奪われていて、みたいな説明があって辻褄が合う、そんなオチだろう。よくあるパターンだと思っていた。

 しかし、しばらくすると「黒星先輩がそんな話をわざわざするだろうか?」と思うようになった。「デタラメじゃないオカルト」という前置きともあわない。

 先輩の方から、話の続きをしてくれる気配はない。

 それでわたしは先輩に聞いてみることにした。


「そういえば魔女の話のオチを教えてください」


 わたしは「続きを気にしていた」と思われるのが嫌で、わざとぼんやりとした表現を選んだ。

 しかし先輩は不思議そうな顔をしている。


「魔女に記憶を奪われる話です」

「知らないな?」


 本当に知らないという感じなのだ。


「エストイ・ミンティエンドです」


 こんな長い単語を一字一句記憶していたとバレるのは少し嫌だが、背に腹はかえられない。デタラメな単語とも思えないし、確実につたわるはずだと思った。

 しかし先輩の反応は予想外のものだった。


「キミは嘘をついている」


 先輩の顔を見る。真顔だ。悪ふざけではないらしい。


「ごめんなさい。失礼しました」


 そう答えて、その日は別れた。

 意味がわからなかった。

 繰り返しになるが黒星先輩はオカルト否定派だ。心霊、妖怪、超常現象なんかまったく信じていない。そんな先輩が「デタラメじゃない」と前置きして、エストイ・ミンティエンドの話をした。そして記憶を失ったような素振りを見せている。

 学校の駐輪場から自転車を出していると、蜘蛛の巣が目についた。どことなく、人の顔に見えなくもない。

 背筋が寒くなる。

 人間は点が三個あるだけで「人の顔」と認識する。これはパレイドリアと呼ばれる現象だ。顔に見えると思えば顔に見える。そういうものだとわかっているが……

 まさかエストイ・ミンティエンドの話はすべて真実で、先輩は魔女に記憶を奪われてしまったのだろうか?

 魔女なんて馬鹿らしいと思いつつも、この世界の隠れた秘密に触れているような、奇妙な感覚があった。

 あまりにも不可解だ。


 さて、正直に告白すると、このときわたしは「黒星先輩は魔女に記憶を奪われたのでは?」と三割くらい本気で考えていた。

 しかしこうやって文章にしながら振り返ってみると、正解はわたしの眼の前にずっとぶら下がっていたのがわかる。普段なら真っ先に調べることを無視して、自分の頭だけでグルグルと考えてしまった。それくらい、いつもの自分ではなかったようだ。

 あなたはどう思っただろか?

 ちなみに正解を推理する材料は、すでに出揃っている。わたしの過去やら学校の説明を長々としたのも「この物語の舞台は現代日本ではなく魔法の国」とか「登場人物は人間ではなくロボット」というような「前提条件を疑う」推理を防ぐためでもある。小説的な脚色をしたり、リアルを特定されないようにフェイクは混ぜているが、あくまで実体験がベースになっている。夢や幻覚もない。


 話を戻そう。

 その日の夜、わたしは先輩の友人に電話した。どうしても確認したいことがあったのだ。

 その友人とは、黒星先輩と一緒に授業をサボった人物で、5つ年上の男性。いつもサラリーマンみたいなスーツを着ている。性格は温厚。名前は、よくある名字なのでどうせ特定されないだろう。漢字だけもじって災藤サイトウさんということにしよう。

 わたしは災藤さんに相談があると告げ、蜘蛛の魔女の話を聞かせた。黒星先輩から聞いた話を、なるべくそのまま話したつもりだ。


「それで、魔女の存在を信じているわけではないのですが、偶然とも思えない出来事がありまして」

「もしかして蜘蛛の巣を見つけたのですか?」


 予想外の反応に「はい!」と元気に答えた。


「見つけた場所は? どんな巣ですか?」


 わたしは思い出せる限りのことを喋った。

 すると災藤さんは「わかりました」と自信をもってこう言った。


「それはオオヒメグモの巣ですね。間違いありません」


 変な期待をしてしまったせいで、大きく落胆した。

 こいつ、昆虫マニアだったのか……


「たぶん黒星先輩の創作ですよ。ムシには詳しいつもりですが、その話は初耳です。先輩があなたを怖がらせるつもりで、作り話を喋ったのでしょう。気にしないことです。あ、ちなみにクモは鋏角類といって昆虫ではないのですが……」


 少し勘違いされてしまったが、訂正するのも面倒なのでそのまま電話を切った。

 わたしが知りたかったのはズバリ「黒星先輩に変な様子がなかったか?」ということ。それは聞けなかったが、災藤さんのあの様子だと特に変わった様子は無いのだと思う。

 いよいよ、わたしは追いつめられてしまった。

 エストイ・ミンティエンドは黒星先輩の創作。もちろん魔女なんか実在しない。先輩は記憶を奪われていない。その場合に考えられる可能性がひとつあるのだ。

 あまり考えたくなかったが、この仮説なら超常現象抜きですべてが説明できる。

 それはつまり、こういうことだ。


「わたしは黒星先輩からウザがられている」


 それまでは普通に喋っていた。あの日の前後でなにか地雷を踏んだのだろうか。嫌われた原因はわからないが、逆に考えると好かれる理由もない。良かれと思って入部したオカルト研究会も、黒星先輩にとっては迷惑だったかもしれないのだ。

 そんなことを考えていると、どんどん気持ちが沈んでいく。

 せっかく高校が楽しくなってきたと思っていたのに。

 わたしは泣きそうになっていた。


 そのときだ。ケイタイが振動して新着メッセージの通知がきた。

 黒星先輩からだ。


「思い出したよ。エストイ・ミンティエンドのことだ」


 そして事件の真相が明かされた。

 もちろん、魔女に奪われていた記憶を取り戻した、というわけではない。


「あの話はあれで終わりだ。オチは最初に言ってある。エストイ・ミンティエンドは『わたしは嘘をついている』のスペイン語だ」


 わたしはひっくり返った。

 そんな簡単な話だったなんて。


 つまり母親を亡くした少年に「死んだ」と告げるのが残酷だと思い、伯母は「魔女に連れ去られた」と話をしたのだ。

 しかし「嘘だ!」と言われると気持ちがゆらぐ。このまま魔女と言い張るか、それとも死んだと言うか。

 迷ったあげく「エストイ・ミンティエンド」と言った。わたしは嘘をついている。少年が大人になって、言葉の意味を調べれば真実に気づく。

 この話はホラーではなく人間ドラマだ。

 意味のある嘘の話で、デタラメなオカルトではない。


 しかし先輩にとってはその場で適当に考えた「例え話」で、記憶に残るような物語ではなかった。すべて喋ったつもりだったので「オチを教えろ」と言われてもピンとこない。

 それに「蜘蛛の魔女が記憶を奪う」というディテールは「サソリの悪魔が催眠術をつかう」でも構わない。オカルトっぽくするために適当に喋っただけのこと。そして先輩はオカルトに興味がない。重要ではなかったのだ。

 あの話で重要なのはエストイ・ミンティエンドという言葉だけ。「嘘をついている」と言われたときに粘っていれば、そのうち思い出してくれただろう。わたしがショックを受けて帰ってしまったので、おかしなことになったのだ。


 驚くべきはこんな物語を咄嗟に考えてしまう黒星先輩の頭脳だ。


「ありがとうございます。エストイ・ミンティエンドなんてスペイン語、よく知ってましたね」


 そう返信した。


「偶然だ。ちなみにウステド・エスタ・ミンティエンドにすると『あなたは嘘をついている』という意味になるそうだ」


 それですべて理解できた。

 先輩はスペイン語が喋れるわけではない。なぜこんな言い回しを知っていたのか、それはスペイン語で「おまえは嘘をついている」と言われたことがあるからだ。そのときも「宇宙人に会ったことがある」みたいなことを言ったのだろう。

 つまり黒星先輩とは、そういう人物なのだ。

 驚異的に頭が良い。知識が豊富なのもそうだけれど、わたしは先輩より頭の回転が早い人を知らない。しかし性格には少し問題がある。変なこだわりがあって、他人とのコミュニケーションは苦手だ。奇妙なトラブルを起こす。


 そしてどうやら、わたし空山はこの変人に好意をいだいてしまっているようだ。

 いつもの自分ならエストイ・ミンティエンドの意味を真っ先に調べたはずだ。先輩の創作なのか、スペインの都市伝説なのか、スペイン語で検索すれば答えはそこにあった。最初から「意味を調べる」のが結末の話だったのだ。

 なのにわたしは、先輩に嫌われたのか、先輩が記憶を奪われたのか、そのふたつの可能性しか考えられなくなっていた。

 恋は盲目というやつだ。


 というわけで、蜘蛛の魔女の話はこれでおしまいだ。

 楽しんでいただけただろうか?

 黒星先輩にまつわる奇妙なエピソードは山程あるので、また投稿させてもらうつもりだ。

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