悪役令嬢の華麗なる策略 ~悪役令嬢は断罪失敗王子を手のひらで転がす~
「この女の悪事は明白であり国母に相応しくない! よってここに婚約破棄を宣言する!」
この国の第一王子である私の婚約者、レオン・キャベンディッシュはそう高らかに宣言する。
今日はレオンの御両親である陛下や皇后陛下も出席する貴族だけが通う学院の卒業パーティー。
そのど真ん中で私が行った悪事の数々なるものを彼は突き立てる。
彼の傍らには男爵令嬢のメイがその腕を掴み、身を隠しながらわずかに震えている。
ついにこの日がやってきたのね。
まだダメよ、私の口角。
歯茎を見せるのは勝利を確信してからよ。
「それ、本気でおっしゃっていますの?」
私は口元の緩みを悟られないよう俯いていた顔をゆっくりとあげる。
「当たり前だ。 この国に身分で差別をするような性悪女はいらない!」
呆れたようなフリをしなくては。
そうね、ため息でもついておきましょう。
ハァと深いため息をつく私、性悪女ことアナスタシア・テレーズ。
その長く美しい銀色の髪と透き通った海のように輝く瞳を誰かが女神様のようだと言ってくれたことがあった。
だが私は女神様などではない、目の前の王子を手に入れるために何でもしてしまう悪役令嬢なのだ。
「陛下、婚約破棄だそうですけど、よろしくて?」
作り上げた呆れた表情で私はレオンの御父上に向かってそう問いかける。
「そんなこと父上に聞くまでも……」
「す、すまないテレーズ卿。 思いとどまってくれないだろうか。 このバカ息子は少々混乱しているようだ」
レオンがそう言いかけたところで陛下がそう割り込んでくる。
よかった。
やはり陛下は国民を大切にできる優れた方だったようですわ。
「事実無根の罪を着せられているのですけど? 名誉棄損もいいところですわ」
「ま、待ってくれ。 どうしたら許してもらえる!?」
「と言われましてもねえ……」
にやけを抑えきれない口元を扇子で隠したままチラリと視線だけをレオンに向ける。
「王位継承権の剝奪。 いかがです?」
「わ、わかった。 それを呑もう。 だから婚約破棄だけは……」
「な、なにをおっしゃっているのですか父上は!」
呆けた顔をしていたレオンは慌ててそう陛下に抗議する。
残念、婚約破棄を宣言した時点であなたは詰んでいるのよ。
「な、なによそれ! ゲームと全然内容違うじゃないの!」
今まで静観していたメイが突然声を上げる。
「それじゃあ逆ハーレムエンドになれないじゃない! こんな王位継承権のない王子なんていらない!」
「め、メイ……?」
「触るな無能!」
彼のそばで震えて泣いていたはずの男爵令嬢は、急に声を荒げて彼を突き飛ばす。
私は彼女の本性を知っていたから何とも思わないが、彼はその急変ぶりにその場で立ち尽くしてしまっている。
ああ、可哀そうに。
「そっちの令嬢は国外追放でいいわ」
「くそ! このアバズレが! 勝手にストーリー変えてんじゃねえよ!」
訳のわからないことを叫びながら衛兵に連れ出されていくメイをみて、私は勝利を確信した笑みを浮かべる。
長い長い闘いであった。
それはもう怖いくらいに、全て私の策略通りに事が運んだ。
メイが連れ出されシンと静まり返った場内で、糸が切れた操り人形のように呆然と立ち尽くす彼のそばに私は近づく。
「元王太子殿下テレーズ家で働きなさい。 いいですわよね、陛下?」
「ああ。 もちろんだ。 そのバカ息子の処遇はテレーズ卿に任せよう。 さあ諸君騒ぎ立ててすまなかった。 パーティーを続けたまえ」
陛下のその一言に全員が何事もなかったかのように振る舞い、全員が取り繕った笑顔でパーティーに戻る。
彼の持つ美しい金糸の髪、王族特有の金色の瞳が場違いにキラキラと輝いている。
やっと彼の望みを叶えることができた。
その達成感に包まれながら私はそっと彼の腕をとるのであった。
◇◇◇◇◇
自身が転生者だと気づいたのは齢14の時であった。
いつものように義母に嫌がらせをされて湖に突き落とされた時、不運にも頭を強く打ち付けてしまった。
その衝撃で三日三晩寝込み、目覚めた時には前世の記憶なるものを薄っすらと保持していたのだ。
といってもアナスタシアとして生きてきた記憶が強く、思い出せたのはここが乙女ゲームの世界であること、自身が悪役令嬢で王子に婚約破棄されて破滅する運命であることだけであった。
最初は自身の運命を呪った。
義母には虐待され、唯一の心の拠り所である王子には裏切られてしまう。
いつか来るその日に怯え、私は日に日に元気をなくしていった。
そんなある日転機がやってきた。
レオンが義母の虐待を暴き、私を解放してくれたのだ。
私はお父様に迷惑がかかることを心配して頑なに何も言わなかったのだが、レオンは私の様子がおかしいことを心配して調査をしてくれたのだという。
レオンは私を救い出してくれた時、跪きその手の甲にキスをした。
「いつも支えてもらっていたから、これで少しでも恩返しができたならよかったよ」
その笑顔に私の心がより深く堕ちていくのは必然のことだっただろう。
レオンとは小さいころから仲がよかった。
テレーズ公爵家は昔から裏王家を呼ばれるほど強大な力を持っていた。
その有り余る力を抑えるべく、何代かに一度、テレーズ家と王家の婚姻を結ぶしきたりがあった。
でもレオンとはそういったしきたりのためだけに仲がよかったのではない。
お互いに重圧に潰されそうな心を支えあう、そんな存在であったと思う。
彼は第一王子として恥ずべきことがないようにと勉学に励み、不得手な剣術も練習量で実力を補っていた。
でも本当は同年代の子どもたちと遊びたかったし、こんな責任から逃れて誰にも縛られずに自由に暮らしたいと言っていた。
「私がレオンの望みを叶えてあげるから」
昔から何度もかけてきた慰みの言葉を思い出す。
第一王子から本気で王位継承権を剥奪できるとは思ってはいなかったけど、もしかして……
ハッキリとは覚えていないが、ゲームでは私はずっと義母に虐待され続ける運命だったはず。
その時私は気づいた。
私は幸か不幸か自身の運命を知っている。
知っているなら変えられるんじゃないかと。
レオンを失う運命も、彼が王座に君臨する運命も、今なら変えられるんじゃないかと……
◇◇◇◇◇
転校生としてやってきたこの世界のヒロイン『メイ』は強かな女であった。
瞬く間に王子の取り巻きを陥落し、いつもレオンのそばにいることが増えた。
最初は私もメイとの和解を試みようとしたことはあった。
でも彼女は私の接触を利用し、あろうことか私が嫌がらせをしているように仕立て上げてしまったのだ。
私が彼女に近づけば近づくほど、私が悪者になりレオンの心は離れていく。
このままではいけない。
そう思った私は予てから張り巡らせていた策略を実行することにした。
私は陛下にもし万が一レオンと婚約破棄になってしまった場合は、隣国の王子と結婚する手筈を整えたことを報告。
義母が告発されていなくなった今、裏王家と呼ばれるテレーズ家の次の実権を握るのはこの私。
私が隣国に嫁ぐということはすなわちキャベンディッシュ王国の終わりを示す。
陛下は国民を愛する優れた方だから、きっとどう動けばいいのかわかってくださるだろう。
私に嫌がらせをした証拠をでっち上げるメイには、その証拠を完全に潰すことができる証人を念のため立てておく。
そんなことをしなくてもテレーズ家に逆らおうなんて人は貴族界隈には誰一人としていないだろうが。
後は彼からの婚約破棄宣言を待つだけ。
どんなに辛くても今は我慢。
レオンのために耐えきってみせると私は心に決めたのであった。
◇◇◇◇◇
「レオン」
―――ガチャンッ!
「す、すみませんっ! い、今片づけます」
食器を運んでいたレオンを呼び止めただけであったが、彼は過剰に反応し、手に持っていたそれを落としてしまう。
彼は慌ててそれを拾おうとするも、手が震えて思うように拾えない。
私はレオンを自身の専属執事とした。
今までお茶などいれたことがない……むしろ誰かに世話をさせてきた彼が、誰かの世話をするなど到底できるとは思っていない。
ただ、私のそばにいてほしいだけであった。
「何をしているの。 いいからこっちにいらっしゃい」
「あ、でも食器が……」
「レオン」
「っはい」
声を上ずらせながら彼は私の元に走り寄る。
「髪を梳いてちょうだい」
「え、それはメイドにやらせたほうが……」
「婚約者だからいいのよ」
「か、かしこまりました」
私の銀色に光る髪をレオンは慣れない手つきで梳かしていく。
その姿さえも愛おしくて胸が苦しくなる。
でもきっと……彼の心はまだメイに向いている。
「そういえばメイさんの国外追放とその男爵家の解体が終わったわよ」
「っ、そ、そうですか……」
「まだ未練でも?」
「い、いえ……」
そのレオンのなんとも言えない複雑そうな表情にハァと小さくため息。
それにまたビクリと彼の体が跳ねる。
「あのねえ、彼女はあなたの権力目当てで近寄ったに過ぎないのよ。 あなたが私に言った悪事とやらもほとんどが彼女の自作自演。 確かに言ったことはあるわ、私のレオンに近づかないでって。 でもそれって婚約者だから当然のことでしょう?」
まあ腹立ちすぎてほんとにやってやったこともなくはないけど。
私の婚約者を盗ろうとしたんだし当然よね?
「すまない……」
ほろりと彼の金色の瞳から美しい宝石が零れ落ちる。
震える声で謝罪する彼に私は手を差し出す。
彼は跪きその手の甲にキスをする。
これはレオンをテレーズ家に連れてきたときに初めて教えたルール。
きっとあなたは覚えていないけれど、これは私の心を救ってくれた特別なものなのよ。
「わかってくれたならいいのよ。 その代わり私を傷つけた罰で一つだけ約束して」
「はい」
「ずっと私のそばにいなさい」
驚く彼の顎に指を添え、自らの唇をそっと彼のモノに重ねた。
それは一瞬の出来事だったが、私にとっては永遠にも感じられる瞬間であった。
少し強引ではあったがこうして彼を手に入れることができた。
それだけで今は……
切なく笑いかけた私にカッと頬を染めるレオン。
「メイさんには感謝してるわ。 おかげでこんな簡単にあなたとあなたの望みを手に入れることができたのだから」
「え?」
「なんでもないわ。 私の愛しい婚約者」
切ない気持ちを悟られないよう妖艶に笑った私は
―――悪役令嬢になりきれていただろうか。
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