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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

財布をすられた殺し屋の話

作者: 軽沢 えのき

「ふー、今月も儲かったなぁ、そうだ、スーパーにお高めなお肉買いに行こう」


 自宅から出てきた男、藤堂はそんなことを言いつつ、指をくねくねさせながら、お店に向かう。


 今月の収入は殺害するターゲットが多かったゆえに、結構な額だったのだ。


 彼は殺し屋である。人を殺すことで、飯を食う業の深い男なのだ。


「最近あんまり儲からなかったからねー、こんなに儲かっちゃったの久しぶりだよ」


 とは言うものの、大抵「儲からない」と言っても、サラリーマンの平均年収くらいは平然と稼いで来る。


 道中持ち物を確認するため、服のポケットに手を突っ込む。


「スマホ持ったよねー、財布は……あれ、チャック開いてる」


「フハハハハハ! 藤堂! 貴様という奴は本当に間抜けな男よ!」


「はっ、この声は!」


 藤堂は自分が出てきた家を見上げる。


 するとそこには、一人の中二病みたいな格好の女性が一人佇んでいた。


「あーっ! 稲葉、また僕の財布盗んだな! あとパンツ見えてるよ!」


「ふっふっふ、貴様の財布はいっつもはちきれんばかりに膨らんでいるからなぁ、貧乏の私には絶好のカモさ。あとパンツに関しては気にするな!」


「いや気になるよ! 異性同士なんだから気にしようよ!」


 そう言って、稲葉と呼ばれた女性はちょっと顔を赤くした。


(そ、そうだった……私のダメなところは、異性に対しても羞恥心がそんなにないこと! 正直気を付けなきゃいけない!)


 そう自己分析をしながら、逃げる構えをとる。


「逃がさない!」


 藤堂は稲葉を掴もうとしたが、掴んだのは空気だった。


「ハッハッハハ! 貴様は間抜けではなくとんちきだなぁ! 私が交互に電柱と屋根を移動して残像を作っていることに気づかぬとは!」


 そう、最初から稲葉は藤堂の家の屋根に留まっているわけではなかった。


 近場の電柱とを光の速さで移動し続け、常に残像を作るようにしていたのだ。


「では! これを使って姉妹たちに仕送りをするとしよう! サラバダー! フハハハハハ!!! アーッハッハッハッハッハ!!!」


 近所の人がうるさがるくらいには大きい声で、稲葉は高笑いをかまし、街の方へと逃げていった。


「くっそー! 待てーっ!」


 藤堂も負けじと、電柱を蹴とばして向こう側の電柱へと向かい、を繰り返して、稲葉を追いかける。


「ふっふっふ……このトラックを足場として、実家の山付近まで行くか……むっ?」


 トラックのコンテナの上に、藤堂は降り立った。


 ゆっくりと立ち上がり、2人は対面する。


 トラックの上でやっているので、歩道橋を歩いている人々や、歩道の人々は不思議がっていた。


「周りの目が気になるけど、ここじゃ逃げられないだろ?」


「ああ。だが、私には秘策があるのだ!」


「なんだって……」


 稲葉は、不意打ちでマフラーを飛ばしてきた。


「うぉっ?!」


「ふははは! 我が家に伝わる操布術! そしてぇ!」


 ドヒャアォン!


 右目の眼帯から、青白いビームが放たれた。


「うぇっ?! なにそれ!」


「これまで貴様には隠していたのだがぁ……私は右目がほんのちょっぴり特殊でな! 一定のカロリーを消費してレーザー砲を放てるのよ!」


「ひえっ何それ怖い」


 藤堂はある意味戦慄した。そんなことが出来る人間が、この世にいることを。


 人間が目からレーザーを放てるなど、最早人間というより化け物だ。


 しかし、恐怖心はそこになかった。むしろ、好奇心が湧いてくるようだった。


「すごいな……君のような人物が、どうしてこんな悪事に手を染める?」


「ふっ、所詮、金も家も親も全て持った貴様にも分からぬと思うが?」


「それでも聞きたい。お互い、財布を奪い奪われ3年は経つ。それくらい話してくれたっていいじゃないか」


 稲葉は眼帯を付けなおして、話し始める。


「そう……あれは私が小学生くらいのことだったか。私はよくいじめられてな。なにせ可愛くて、頭もよく回る」


「確かに、君は可愛いね。そう、その悪趣味な見た目さえしてなかったら、お付き合いしたいくらいだよ」


「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。まぁ、話を戻す。私はカッターで目を切られてしまって遂に堪忍袋の緒が切れてな。そいつの顔を睨んでやったんだ。そしたら……」


 ジェスチャーで、何かがはじけるようなことを暗示する。


「パーン、さ。右の脛を貫通してな。蒸発して右足が消えた。おかげでそいつはサッカー選手を夢見ていたようだが、その夢が潰えてしまったんだよ」


「いじめっ子の夢ならいくらでも潰していいと思うけど」


 藤堂はそう言い、稲葉は鼻で笑って返す。


「そうだな、今でも罪悪感はない。ただ、私は男の子の右足を消したという前科を残してしまい、結果、高校にも入れず、社会にも馴染めずこのざまよ」


 稲葉は右目に触れる。そして、トントンと指でゆっくり叩く。


「まぁ、今じゃ私は特別な家系の生まれなんだと誇れるようになったがね。金より大事なものもあると分かった」


「それでも、貧乏生活は嫌じゃない?」


「ああ。しかし、幸せになるには裕福であることが絶対条件ではないのだよ」


 2人は夕日を背にして、コンテナの上に相も変わらず立っていた。


「いい加減降りようか」


「そうだな……降りるだけだ!」


 稲葉は信号機に捕まり、向かいのビルの壁を蹴とばして、別のビルの屋上に向かう。


「クソッ」


「良い話な雰囲気だったが、いまだ貴様の財布は私の手中! このまま逃げさせてもらう!」


「何度でも言ってやる! 逃がさあん!」


 藤堂は一度のジャンプでビルの屋上に降り立つ。


 その衝撃のせいで、トラックはぺしゃんこになったが、彼は知らない。


「ちっ、やはり追ってくるか」


「待ぁぁぁぁぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 ビル越しに睨みあい、藤堂は遂に背後につく。


 稲葉は壁に落書きをされた場所に行ってしまい、行き止まりとなった。


「くっ……」


「とうとう追い詰めた……さぁ、財布を返してもらおうか」


「はぁ……仕方ない……とでもいうと思ったか!」


 稲葉は不意打ちで蹴りを入れた。


 見事にクリーンヒットしたが、藤堂は全く動かない。


 それどころか、首が傾いてすらいない。


「!?」


「いい加減に……しなさい!」


 藤堂は掌底で思いっきり稲葉の顎を打った。


「ぐべっ!」


 勢いよく後ろに吹き飛び、壁に頭を打ち付ける。


「ふぅ……これでようやく財布を取り返せ……」


 財布に手をつけようとした瞬間、稲葉がその場から消え去った。


「!?」


「ふん!」


 藤堂の後頭部に、稲葉の踵が落とされる。


 そのまま地面を貫通し、一階の廊下まで落ちていった。


「ふぅ……けほっけほっ。痛いなあもう……」


 稲葉が藤堂が落ちてきたことで出来た穴を伝って、飛び蹴りを食らわせようとしていたが、藤堂はバク転しながら避ける。


「ふふふふふふははははは……よくもまぁこんなになるまで追い詰めてくれたな! 褒めてやろう」


「誉め言葉より僕の財布を返してほしいな」


「そうか? ならば私を倒してからにするんだな!」


 そこからは殴打の応酬が繰り返された。


 殴り飛ばし、殴り飛ばされを繰り返して、気づけば100メートル離れた建設現場にまで来ていた。


「吹き飛んじまえよ! うぅ!!!」


 稲葉が投げた、直径5メートルはあると思われる鉄骨を、藤堂は掴んで投げ返す。


 しかし、稲葉は眼部レーザーで鉄骨を蒸発させ、藤堂の足に当てようとする。


「くどいんだよ!」


 藤堂はレーザーを避けて、蒸発してどろどろに溶けた鉄骨を足場に、稲葉に接近する。


 そのままアッパーカットをかました。


「ぐえっ!」


 そのまますかさず、脇腹に向けてフックをかまし、顔面に左右ストレートを一発ずつ、お見舞いした。


「おげぁぁぁ!!!」


「ふぅ……ふぅ……ようやく、取り戻した……」


 そう言って、建設中の鉄骨に五回もぶつかって、見事にのび切った稲葉を見て、無言でその場を後にした。


「いらっしゃいませー……ってきゃあああああ!?」


「ほへ?」


「お客様! なんで頭から血を出してるんですか!? それに服もボロボロで……やだ、これ石? 身体に刺さってたんですか?」


「ああー……ちょっとした喧嘩でして、はは、あはは……お肉買いに来ただけなんで、すぐ帰りますから、ね?」


「いやそうじゃなくて、病院とか……」


「病院行っても行く頃には治ってますよ。ほら、もう頭からも血出てないし」


 そう言っては見たものの、店員含め、周囲の人々はみんなドン引きしていた。


 その怪我を負ったまま、藤堂は生姜焼き用のお肉を買い、自宅に帰る。


「さてと……キャベツと生姜はあるし……ご飯炊こう」


 ご飯を炊いて、その間に色々下準備をし、それらを調理する。


 料理自体に何も問題は何もなかったのだが、先ほどの稲葉との戦闘で、手足が思うように動かなかった。


(防御することを知って、あえて関節を麻痺するように攻撃したな……三年も財布すりをやってただけはある)


 感心しつつも、なんとか生姜焼きを作って、ご飯をよそい、椅子に座る……


「作り過ぎた……明日の朝食べよ……ん?」


 玄関を開けっ放しにしてしまったのか、扉が開く音がした。


「…………」


 稲葉が立っていた。


 前進ボロボロで、飾りで付けていたであろう包帯には、血が滲んでいた。


 隣には、一人の小さな妹もおり、稲葉の血まみれの足の後ろに隠れていた。


「……作り過ぎたんだけど、食べる?」


「……うん」


 稲葉は席に座り、藤堂は逆にご飯をよそいに行く。


「はい、これご飯。おかわりもあるよ」


「親切だな……」


「まぁ、今は腐れ縁の友人ってことで、美味しく頂こうよ。ビールあるけど飲む?」


「ほう? きんっきんに冷えたやつを頼む」


「おにーさん、わたしもわたしも」


「君はジュースで我慢なさい。そうだな……オレンジジュースとかでいい?」


 そうして、3人はその夜、夕飯を食べて楽しい午後を過ごした。


 ついでに泊っていく際に、財布を盗もうとしたら、罠にかかってす巻きにされてしまったとさ。


「ぐぬぅ、この圧迫される感じ……ちょっといいかもしれない」

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