HIKARI
「登校初日の入学式––––変な奴には出くわさないと良いな......トホホ」
俺は下を向きながらぶつぶつと呟く。
何故こんなにも初々しい入学式の日と言うのに、朝っぱら暗い顔をするかというと、
約30分ほど前。
大学に通う、朝の電車内の事だった.....
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俺は四車両編成で後部車両の一番端に立っていた。
「ねぇ、たーけーしーったらぁ」
「ん?どうしたの?みぃーちゃん?」
朝の電車内からイチャつくのかよ......
俺と同じ車両の優先席付近で彼らは立ち話をしていた。
男は女の方を庇うように隅で話している、紳士的に見えるが、あまりにも度が過ぎてナンパしているようにも見える。
「帰りさぁ、カラオケ行きたいんだけどぉー?」
「みぃーちゃんは、カラオケ行きたいんでちゅか?」
なんだ、ネチネチと納豆が体に絡みつくとほど鬱陶しい喋り方は?
女も女だが、男の方もだ。少しは周りの目を気にしろよ。
そんな彼らと同じ車両に乗る客たちの何人かは冷たい視線で見つめていた。
それはそうだろ、多少イチャつくのは良いが、あまりにも声がデカすぎる。
一車両の端と端に居る俺でも聞こえるくらいだ、声のボリュームを調整出来ないのか?
心の中で呆れ果てながら、一瞬彼らの方を向いた。
「何か、端っこに立ってる脇役の主人公がこっち見てるんだけどぉー!ね、たーけーしー!」
俺は運悪く、女と目が合って慌てて外の景色に視線を逸らした。てか、何だよ脇役の主人公って。
「俺たちを羨ましがっているだろー。モブ度100%のモブ王だからな」
「それな!」
"それな!"じゃねぇし、脇役の主人公だのモブ度100%のモブ王だわ。
よく分からないあだ名をポンポン出しやがって。
......別に羨ましくないし。
「次は東ツキジ、東ツキジ、降り口は左側です」
俺は電車内のアナウンスで気づいた。
俺が降りないといけないのは西ツキジだ。
どうやら、俺はバカップルに気を取られ、2つ程乗り過ごしをしてしまった。
何で朝っぱらから目をつけられ、挙句には初日から乗り過ごしをしてしまう。
今は居心地も悪く、下ろしたてのスーツも着心地が悪く感じる。
ーーーーーーー
そんな訳で朝から立て続けで悪運しか降りてこない。
入学式でこんなにも早く帰りたがっている新入生は多分、俺だけだろう。
.....今日は静かに帰らせてください。
と、何か起きるフラグを立てるな否や、案の定。
ダダダダ
俺の背後からコンクリートの上を小走りする音が聞こえた。
「センパァァァイ!」
ズコォォォォオン!
声の主は次第に近づくと俺の背中へと遠慮無しにジャンピング頭突きしてきた。
「痛っ」
俺はズキズキとする腰を押さえながら振り返る。
–––ッてーな、どこのどいつだよ
「センパ〜イ、お久しぶりです!」
どうや声の主は可愛らしい声帯を持つ女子高生?だった。身長は俺より低く150cm後半、艶のある黒髪のショートヘアに黒縁の丸いメガネだった。
だが、何故か私服。ここの学校の奴なら今日は式典の為スーツ姿である。
......多分、新入生の妹か何かだろう。
ゆうゆうと容姿を眺めている場合では無い。
それにコイツ、謝る気無いだろ。
「誰だが知らんが!痛えだろーが、この女子高生が!」
「じょ、女子高生!?人を外見で判断しないで下さい!私は大学生です!今日から大学生です!」
女子高生という言葉が気に触れたのか、2度大学生だと言い張る。
「えっへん!」
「それはそうですか」
何故か分からないが、ドヤ顔で腕組みをする。
その姿に余計腹が立ってきた。
「そんなのはどうでもいいんだよぉぉ!取り敢えず当たって来たことに謝れよぉぉ!」
「何でですか?」
「ナ・ン・デ・デ・ス・カ」
チッ.....
人目が無かったら、腹パンして居た所だ。
「あぁー、もういいわ。チビ学生」
コイツと話しても埒が開かない。
話すだけ無駄であり、イライラが余計に増すだけだ。
俺はこのチビ学生を無視して昇降口へと向かうことにした。
スタスタ
俺の横へと並走する。
「つんつん」
チビ学生は、俺の二の腕を人差し指で突く。
–––無視だ無視。気にするだけ無駄だ。
俺は視点を昇降口一点に集中させ、一才の揺らぎも見せなかった。
「つんつん」
今度は左腕に人差し指で突く。
俺は前だけを進む。まるで世紀末の世界に何千年の歴史を一子相伝する"あの男"のように、肩幅を大きく見せ、一歩一歩力強く踏み入れる、まさに男の中の漢!!
「ツンツン、ツンツンツンツンツン!アターーッ!」
まるで秘奥義を出したかのように繰り出し、目の前に開かる。
「んなあんだよ!」
「センパイ?私のこと忘れたのですか?」
「はあ?」
こんなムカつくチビ学生が居たら、やすやすと忘れるはずが無い。
だが、いくら記憶を遡っても俺のことをセンパイと言う女子は誰1人も居なく、全く思い出せない。
「ダメじゃ無いですかー?こんな命の恩人の美女さんをー」
「命の恩人?」
その言葉に何かひっかかるが、俺は過去に助けられた覚えが無い。
–––やっぱ、こいつ関わらない方がいいな。
「ちゃんと、美女も付けて下さい」
「・・・」
「3年前、羽村町駅ですよ!」
その言葉ですぐに思い出した。
3年前、チビ学生が言う通り羽村町駅で乗り換えの時、上り階段で足を滑らせ俺の方に倒れて来た女子が居た。
「ああ、あの時の!俺の方に倒れて来たチビか」
「はい!そうです!やっと思い出しましたねー」
「俺が命の恩人だろーが」
「いえいえ、あなたのようなモブ子DXさんに、こんな可愛いらしい天使が舞い降りて来たんですよ!少しは感謝してもらいたいくらですよぉぉ!」
–––プチン!マジで羽と髪の毛むしり取るぞぉ?!ゴラァ
「オ"イ"!」
鋭い眼光をチビに飛ばした。
すると焦ったのか、少々目を泳がせながら、
「嘘です!嘘です!あの時はありがとうございましたァァァ!!」
ゴツン!
チビ学生は距離の間隔が分かってないのか、頭を下げる際、俺の体へと直撃する。
「あー!ごめんなさい!ぶつけてごめんなさい」
ゴツン!
2度3度、同じ場所へと頭突きをする、
うん、こいつドジなのか.....
少々ドジっ子が垣間見れ可愛いくも感じた。
「あ、でも、人を助けるのに足で支えるのは無いですよねー」
やっぱコイツ可愛いくねぇー
でも、確かにそうだ。俺はチビ学生が倒れてくる際、両手が塞がっていたため、仕方なく足で支えた。
左足を壁につけ、上から落ちてくるチビ学生を柔らかく受け止めたと思う。
「あの時は大丈夫だったか?」
少々、荒かったため、今でも不安に感じる。
「私体は丈夫なので!」ガッツポーズ
じゃあいいじゃねぇか。
「でも、あの時はありがとうございました。まだお礼出来てなかったので」
「いや、3年も前の事だ。気にするな」
「いえ!同じ学校も、何かの縁なので!」
コイツと....同じ学校なのかよ
「お願いします!恩返しをさせて下さい!」
まあ、一回させたら気が済むだろう。
俺は仕方なく、チビ学生の気が済むようにした。
「ああ、分かったよ」
俺はそう言うと、瞳をギラギラに光らせ、何故か嬉しいそうに頬を赤らめる。
「おい、チビ学生、何で私服なんだ?」
「あ.....」
俺.....こいつと数年同じ学校に通うのかよ。
「あと、チビ学生って辞めて下さい」
「じゃあ、後輩」
「それなら良いです!」
良いのかよ。
俺はスーツのシワをシャキッと伸ばすと、少々元気が戻り、再び昇降口へと向かう。
一応、後輩も連れて。