環凪 蘭
「休憩上がりました」
「あっ湊さん!あの……あちらのお客様が湊さんをご所望で……」
「……分かった。環凪さん。お待たせしました。奥の席へどうぞ」
「……やっと来たのね。早くお願いするわ」
おー。相変わらず湊相手だとツンツンしてるなぁ
さっきの態度から変わりすぎて千夏さんびっくりしてるけど
千夏さんはオーナーに耳打ちで何かを話していた
「あの環凪って人……さっきと態度違いすぎませんか?」
「湊くんにだけちょっとツンツンしちゃうみたいなんだよねぇ」
オーナーもそれなりに蘭さんのことを理解していたようだ
「今日はどのような感じで?」
「そうね……今回の撮影はいつもの雰囲気と違ってゆるふわな感じで来て欲しいって頼まれてるから……こんな感じでお願い出来るかしら?」
雑誌のページを開いて、湊に見せる蘭さん
「ふむ……わかりました」
「本当に分かってるの?もっとちゃんと見たほうがいいんじゃない?」
「いえ。お任せ下さい」
「ふーん……まあこれで不出来だったら怒るから」
ツンツンというより高圧的な感じがするけど……蘭さんが湊のことが好きなのは確定している
ベッドの上で、大きなぬいぐるみに抱きつきながら、湊の名前を叫んで悶えてたシーンを私は見ていたからだ
「難儀だよなぁ……」
好きな人相手にとる態度が分からず、高圧的になってしまっている……湊がそれを気にしてる様子がないのは救いかもね
♢ ♢ ♢
「へぇ。てことはカメラが何台もある中で、ちゃんと1つ1つにカメラ目線を送らないといけないんですか」
「ええそうよ。これは別にモデルじゃなくても知ってて当たり前のことじゃないかしら?」
会話は成立してるが、蘭さんの高圧的な態度は変わらない。心なしか蘭さんの顔に薄らと涙が浮かんでいるような気もする
多分、自分でもなんでこんな態度を取ってしまっているんだろうという気持ちがあるのだろう
「仕方ないなぁ……少しお力添えしますか」
私は髪を切り終わるタイミングで、蘭の身体を乗っ取ることにした
♢ ♢ ♢
「……はい。こんな感じでどうですか?」
今だっ‼︎
「はぅ⁉︎」
私は蘭さんの身体を乗っ取った
「ど、どうかしましたか?」
「……素晴らしいです!」
私はヘアケープ(散髪時に付ける髪が衣服に付着しないように付けるやつ)を外し、湊に抱きついた
「なっ⁉︎」
千夏さんが血が出るんじゃないかってレベルで拳を握っていたが、私は気にせずに続ける
「か、環凪さん⁉︎急にどうしーー」
「感服です!完璧な仕上がりです!さすが湊ですね!」
「……え?今……湊ってーー」
ここでタイムアップ。私は蘭さんの身体から強制的に追い出された
もうちょっと頑張りたかったけど、20秒だとこれぐらいが限界かな?
「……へっ?はっ?えっ?な、何して……」
身体を取り戻した蘭さんは、湊に抱きつく現状に理解が追いついていない様子だった
「えっと……環凪さん?」
「……っ‼︎お、お会計‼︎早くお会計させてもらえます⁉︎」
蘭さんは湊から離れ、ポケットから財布を取り出した
「待ってください!まだ毛とか落としてませんし」
「あとで落とすので構いません!」
「良くないです!それ込みで私の仕事です。ヘアセットもまだ終わってないんですから」
「うっ……」
「……最後までちゃんとさせて下さい」
「わ、分かったわよ……」
湊の説得に応じ、蘭さんはもう一度席へと着いた
♢ ♢ ♢
「……これでいかがですか?」
「……問題ないわ。ありがとう」
大人びた見た目からゆるふわへと変身を遂げた蘭さん
「お会計3000円になります」
蘭さんはちょうど3000円を出した
「3000円ちょうどですね」
「……今日のことは忘れて。いい?」
「……分かりました」
「……ありがとう」
蘭さんはそのまま、店を後にした
「……なんだったんですかね?あれは」
「……さあね」
私はそのまま少しの間だけ、蘭さんについていくことにした
顔が真っ赤っかになり、心なしか早歩きになっている
そして電柱近くで蹲った
「はぁぁ‼︎なんで抱きついてた⁉︎なんで抱きついてた⁉︎」
顔を手で押さえて、大声を上げていた
「いつの間にあんなことしてた⁉︎気持ちを悟られないようにする為に誤魔化してたから自分の中で何かが爆発したの⁉︎だからあんな奇行に走ったのか私は⁉︎」
蹲る蘭さんに男の影が近づいてきた
「させるか‼︎」
私はその男の身体を乗っ取り、その場から全力ダッシュして、蘭さんから遠ざけた
憔悴した所に優しく声をかけられると、女は落ちやすい。昔見た漫画でそう書いてあったのを見たことがある
この男が蘭さんにどんな意図で近づこうとしたかは知らないが、蘭さんが湊以外の男を好きになられては困る
「っとと。悪く思わないでねー」
男の身体から追い出され、私は急いで蘭さんの方へと戻った
「……あー。遅かったぁ……」
未だに蹲っている蘭さんは、3人組のチャラそうな男に囲まれていた
「お嬢さーん?大丈夫ー?」
4人のリーダー格っぽい男が、蘭さんに声をかけていたが、蘭さんはそのことに気が付かずにずっと何かぶつぶつと呟いていた
「この女無視してやがりますよ‼︎」
「人が心配してやってるのに無視とはいい度胸だなぁオイ」
「もう無理矢理連れて行きます?」
「まあそれでもいいかもな」
マズイ……乗っ取りはさっき使ったせいでまだインターバルがある。そもそも1人にしか乗り移れないから意味を成さない
このままでは、蘭さんが連れ去られていかがわしいことをされてしまう……
「どうしよう……あっそうだ‼︎」
賢い私は、素晴らしい作戦を思いついた
「よし。こいつを連れてけ」
「「へい!」」
蘭さんに触れようとした男の1人の右手を掴んだ
「な、なんだ⁉︎」
「ん?どうした?」
「いや……なんか右手に掴まれてる感覚が……」
「あん?お前何言ってーー」
バチンッ
リーダー格の言葉を遮るように、掴んだ男の手でリーダー格の男にビンタを炸裂させた
「……おい。これはどういう了見だ?」
「ちちち違うんです‼︎手が勝手に動いたんすよ‼︎」
「んなわけあるかよ‼︎実際なんも掴まれてねーじゃーー」
バチンッ
またも言葉を遮るように、リーダー格の頬にビンタをお見舞いした
「……覚悟は出来たんだろうな?」
「すっ……すいませんでしたぁぁぁぁ‼︎」
私が手を握った男はその場から全力ダッシュで逃げていった
「待ちやがれ‼︎このクソがよぉぉ‼︎」
「あ、兄貴!この女は⁉︎」
「そんなことよりアイツに制裁加えるのが先だぁぁぁ‼︎」
「ま、待ってくだせぇよ兄貴ー‼︎」
3人は蘭さんの元から去っていった……
「はぁ……まあ蹲る原因作ったのは私だし、仕事場着くまでは見張っておきますか……」
その後、蘭さんは立ち直るまでに1時間もの時間を要したのだった……




