座席
フェス会場を抜け、服屋や小物店。お土産屋などを巡った一行。陽も静まり、宿泊用の部屋に戻っていた
「晩御飯は7時半に持ってきてくれるらしいですよ」
現在6時半。1時間の空きが出来た
「この1時間の間にさー?温泉入っちゃう?」
「まあ私はそれでもいいんだけどさ。蘭にはちょっと時間足りないよね」
「え……蘭ってそんなに長風呂するの?」
「そんなことはないはずですが……せいぜい1時間半ぐらいですわ」
「1時間半も入るの⁉︎」
「身体と髪の毛を洗って湯船に浸かって、サウナに入ったりしていれば1時間半ぐらいあっという間に過ぎますわ」
「しかも蘭って髪の毛長いから、お風呂に出てから支度が終わるまで30分かかるから」
「合計2時間……晩御飯冷めちゃうよ……」
冷めるどころか米に至ってはカチカチになるだろう
「温泉はご飯後にしよっか。湊さんはどうします?」
「俺は先に入ってくるよ」
「分かりました。お鍋料理みたいなので、晩御飯までにちゃんと戻ってきてくださいね」
「分かったよ」
湊は着替え一式が入った袋を持って、温泉へ向かった
「てことはこの1時間。やることは決まった‼︎」
千夏さんはカバンの中からトランプを取り出した
「トランプ?今やるの?」
「み、湊さんが帰ってからでいいんじゃ……」
「後で5人でもやるよ?ただ先にこの4人である事を決める為にやるのよ‼︎」
「ある事?」
「そう……湊さんが帰ってくるまでの間に、2回の勝負をするの」
「なんで2回もするのよ?」
「まあまあ聞いてよ。私の考えをさ!」
不敵な笑みを浮かべる千夏さん
「まず1回目の勝負で、食事のポジション取りを決めるわ!」
「「「ぽ、ポジション⁉︎」」」
この部屋に置かれているテーブルは長方形。5人で有れば、長い辺の所に2人ずつ。そして短い辺の部分に1人という配置になるだろう
そしておそらく湊は短い辺の1人ポジションに位置する。ということは2人は湊と近い距離を位置取り、2人は遠い位置になる
2人の勝者と、2人の敗者が生まれるという訳だ
「なるほどね……それは確かに決めておかねばならない事案ね……」
「なら2回目の勝負の意味は何?他に決めることがあるというの?」
「あるとも……それは、寝る時の布団のポジションよ!」
「「「ふ、布団のポジション⁉︎」」」
一室で仕切りのない部屋な為、湊だけ分けて寝るということは出来ない。それなりに広い空間で、布団を離して寝ることは可能だが、それでも距離感が近い方がいいに決まっている
寝相の悪いフリをして湊の布団に潜り込んだり、寝惚けたフリをして布団に入ったり、寝返りをミスったフリをして入り込んだり……まあとにかく偶然を装って湊の布団に入り込むことが出来るかもしれない
遠くなればなるほどそのチャンスは減るだろう
「湊さんは1人離して寝るだろうから、こっちの勝負は1人が勝者ね!」
「「「ゴクリ……」」」
「このトランプは遊びじゃない……リードを取る為の真剣勝負なの‼︎さあ第1戦‼︎始めるわよ‼︎」
♢ ♢ ♢
1つ目の勝負は神経衰弱。枚数の多かった2人が湊に近い位置に陣取ることが出来る
……のだが、ゲーム終盤。四つ巴のはずの勝負は三つ巴になっていた
頭から煙を出して倒れる千夏さん。なぜそんなことになっているのかと言うと、3人の妨害のせいだ
お互いに自分の番でない時に、手番の人間の妨害に徹していた
「9はそこじゃなくてその左のやつだよ」とウソ情報を与えたり
「た、確かこれがうわぁぁっ⁉︎」と、ドジでトランプの配置を入れ替えたり
「ここに4があるのは確定。でも待ってください?敢えてここは取らずに置いておけば、後々自分に有利に働くと私が断言してあげますわ‼︎」と、謎理論で惑わせてくる
千夏さんはその数多の妨害と、自身も必死の妨害工作に出た結果……自身が妨害に徹しすぎて配置を覚えられずに自滅してしまったのだ
手番は初芽。手に入れた枚数は3人共同率。残りのペアは2枚。千夏さんはもう残りを取り切ったところで勝ち目がない為、番を飛ばされた
4枚のトランプが並ぶ。普通は枚数が減った今、トランプの配置はほぼ全員覚えている……はずなのだが、由布子さんがこの一つ前の手番が終わったタイミングで、トランプを弾いて配置を変えてしまった
ここを外した時点で、次の番の蘭さんは勝利が確定する。なぜなら初芽がめくっていない方をめくれば、絶対に初芽がめくったどちらかのカードとは番号が一致するからだ
ここで取れれば初芽の勝ち……取らなければ、蘭さんのさじ加減になる
一枚取った時点で蘭さんの勝ちは確定。だから残りの1ペアは取らずにパスしないと、その次の手番である由布子さんの勝利が確定する
だがそのまま2ペア分取れば、同率の由布子さんと初芽は引き分けとなる。つまり神経衰弱での負けはなくなる
蘭さんはそのことに気がついているはずだ。つまり初芽はここを逃すと、蘭さんに媚びを売らないといけなくなるということだ
「すぅ……はぁ……」
遊びのはずのトランプゲームに緊張が走る。それは手番の初芽だけでなく、由布子さんや蘭さんも同様だった
1番左のトランプをめくる初芽。番号は8。ここからは3択から1つを当てないといけない。確率は約33%だ
「絶対当てる!」
2人からの妨害もない。というより、全員配置が分からないから、妨害する理由もないだけだが
初芽は右のカードをめくった。トランプの数字は……5番だった
「よしっ!私の勝利は確定しましたわ!」
この瞬間、蘭さんの勝利は確定した
「……蘭?2枚取ってくれるよね?」
「やーだね!だって初芽、湊さんの家に通ってるんでしょ?だから湊さんの中で1番評価高いと思うし、ちょっとでも妨害させてもらいますわ!」
「ちょ、妨害するなら絶対由布子さんだって!」
「確かにお隣に住んでるし、魅惑のボディの持ち主だけど……奥手だからマシなはず!」
「騙されてるよそれ⁉︎」
湊に付きっきりの私から見れば、由布子さんの方が評価は高く見えるが……周りから見れば通い妻みたいなことをしている初芽の方が高くみえるのだろう
「だから私は1枚取ってパスするわ!」
蘭さんはめくられなかったトランプを1枚めくり、そしてその対のカードをめくった
「由布子さんの番ね!」
「は、はい……」
由布子さんは残った2枚のトランプを取り、初芽と千夏さんの敗北が決定した




