悪手
「クソッ‼︎どこ行ったんだ‼︎」
動揺する湊を置いてでもあの男は見つけ出さないと……あの男を絶対に逃すわけにはいかない
のだが……中々見つからない。私が飛ぶ速度は人間の走りよりも速い。しかも壁抜けも出来る。そんな私がすぐに追いかけたはずだから見つかってもおかしくないはずなのだが……上手く隠れているのか?
「……仕方ない。待ち伏せするか」
私は桑名の家へ向かった
♢ ♢ ♢
「……なっ⁉︎」
桑名の家に行くと、もう既にもぬけの殻。部屋も売りに出されていた
「対策は出来てたってことか……クソ‼︎」
悔しいが、桑名の方が一枚上手なようだ
♢ ♢ ♢
私は急いで湊の元へと戻った。多分これ以上探しても見つけることは出来ない。なら今は、湊の状態を見ておいた方がいい
「湊っ!……み、湊?」
湊はまだボイスレコーダーを持って、私の声を再生していた。しかも……私が追いかける前と全く変わらない位置で
「……ずっとこの状態だったんです。切れては再生し、切れては再生し……ずっとこの状態なんですよ」
私が出てから15分は経過していた。その間ずーっと湊はこの状態だったという
「……厄介なことになっちゃったなぁ」
♢ ♢ ♢
2日後。湊はベッドの上で放心状態になっていた。仕事だったはずの2日間。有給を取って休んでいた
ボイスレコーダーも手元にはあったが、充電が切れて再生出来ないようになっていた
「ずっとこの状態ですね」
「うん……」
聞かなくなったことで少しはマシになるかと思ったが、そもそも2日間の間に充電が切れるほど再生したということが問題だった
「にしても用意が良いですね。あの一瞬でボイスレコーダーで録音なんて」
「……いや。多分だけど、携帯で録音して、その携帯越しにボイスレコーダーに録音させたんだと思う。音が結構荒かったし」
それでも、あの一瞬で携帯で録音したことに気付かせない手際の良さにも腹が立つ。さすがは痴漢で捕まり、余罪として数百に及ぶ盗撮写真を撮った男なだけある
「どうするんですか?こんな調子のままいられるわけにはいかないでしょ?」
「うん……立ち直ってもらう……しかないんだけど」
全く解決案が思いつかない。ただたった1つだけ思いついたものもあった
私の声は初芽と何ら変わらない。髪を伸ばした初芽と生前の私の姿で違う部分があるとすれば、それは私の方が胸が多少大きい程度だ
その初芽に頼んで、その言葉は初芽が言ったものだ。と誤情報を与えようとも思ったが、「私の大切な妹」と言ってしまった……これではその誤魔化しだって効かない
私のたった1つだけ思いついた案も使えないということだ
ピンポーン
家のベルが鳴った。だが湊は何も聞こえていないのか、微動だにしなかった
「動きませんね……」
「はぁ……私が誰が来たか見てくるよ」
私は玄関の方へと向かった
「……初芽」
「バカ姉……湊さんは?」
「……何言ってんの?仕事の時間なんだから家にいるわけないじゃん」
「千夏が湊さんは出勤してないって言ってたの。それに電気も点いてる。じゃなきゃ私がわざわざインターホン鳴らさないって」
初芽はこの家の合鍵を持っている。私が死んでから、たまに家事をするために持っているわけではなく、私が生きていた頃からずっと持たせていた
悪用するような子じゃないのは分かってるし、そして何より……鍵を渡した頃の初芽は不安定な状態だった
だから少しでもその状態が軽減できるようにと私が渡したのだ
「……何があったの?」
……ごまかしても意味はないか。湊が今の状況に陥った理由を知らずにあたふたされるよりは……
「話すよ。ただここじゃない人のいない所にまず行こう」
「……分かった」
聞かれてまずい話をするわけじゃない。ただ他の人からすれば、初芽がただ独り言を大きな声で呟いているように見られるからだ
「樹里。ちょっと初芽と出てくるよ。樹里もそろそろ出る時間だよね?」
「……いいですよ。ここに残ってます。今の湊さんを1人にするのは怖いので」
「いいの?」
「まあ1日ぐらいどうってことないです」
「そっか……じゃあ行ってくるよ」
「はい」
♢ ♢ ♢
私達は近くの公園に移動した。平日の日中ということもあり、幸い人もいないし、人通りも少なかった
そして私は、湊の現状を初芽に伝えた
「……バカなのは死んでからも治らないんだね」
話し終えて一発目から辛辣な言葉をもらった
「カッとなって言ったのは分かる。でも悪手すぎ。安易に人前で能力使っちゃダメでしょ」
「……返す言葉もない」
私とバレる行動は避けるべきだった。だから頭を叩いたり、貼り紙にしたりしていたのに……
「……でも、7年も気持ちを変えさせなかった私も悪いか」
初芽は悲しそうな表情をしていた
「今から湊の気持ち……変えてくれるんでしょ?」
「……うん。あんな宣言しちゃったもん。最初の試練だと思ってちゃんと乗り越えてみせるから」
……本当に逞しくなった。私が生きていた頃とは比べ物にならないほどに
私は湊の妻が初芽になるのだけは色んな理由が交差して絶対に嫌だった。でも今は……
初芽にも湊を任せていいと思えるようになってきた




