同姓
本来ショッピングモール内で走ってはいけないが、初芽は全速とまではいかないものの、他の人達よりは明らかに早い速度を保っていた
しかもGPSがついているのか、それとも警察官レベルの嗅覚を持っているのか、湊の元へ一直線で向かっている
妨害の方法もほぼ無い。あるにはあるのだが、触れる能力を使ってそれなりに硬い物を頭にぶつけて気絶させる方法だ
さすがの私も妹相手にそんなことは出来ない。下手したら初芽まで私と同じように死人になってしまう。そんなリスクの高いことは出来ない
あとは足を引っ掛けて気絶させるとか、手の平ぐらいの薄さで少し硬めな物で首裏をトンッとして気絶させるか……どちらにしても方法は触れる能力を使って、初芽を気絶させることだけだ
ということはすなわち詰み。もうどうしようもないのだ
「あ!湊さん見っけ!」
捜索開始から20秒。あっという間に湊を見つけてしまった
「あれ?初芽ちゃん?」
「お出かけですかー?珍しいですね!」
「まあちょっとね」
初芽は隣にいる蘭さんのことを気づいていないのか、はたまた無視しているのかは分からないが、触れることなく湊と話していた
「ねえ。この女誰?」
「え?ああこの人は……」
「ん?この女は誰ですか?」
「えっ、この人は……」
2人の間に火花が飛び散っていた。それはもう周りを焼き尽くす程の火花が
「貴方……誰なの?」
あ、湊の前だと誰相手でもその性格のままなんだ
「相手の事を聞く前に、そのサングラスとマスクを外して、自分の紹介をするのが先では?」
「はぁ?なんで私が」
「ああなるほど……自分の容姿に自信がないからそんな顔全体を覆ってるんだ」
「……あん?」
「ごめんごめん。私の配慮が足りなかった」
「……はぁ。わかったわ。私から自己紹介してあげる」
蘭さんはマスクを外し、そしてサングラスも外した
「環凪 蘭。22歳のモデルよ」
白い髪を靡かせ、凛とした立ち振る舞い。女の私から見てもカッコいいし、可愛い。モデルとして人気がある理由が分かる
「私の自己紹介は終わり。次は貴方の……ってどうしたのよ?」
初芽は目を見開いたまま動きが止まっていた
「ちょ、ちょっと……なんとか言いなさいよ」
「……さんだ」
「え?」
「蘭さーー」
大声で蘭さんの名前を叫ぼうとしたところを、湊が初芽の口を押さえてなんとか止めた
「しーっ。ごめんね初芽ちゃん。蘭さんは周りの人にバレたくないらしいから」
初芽はコクコクと頷き、湊は初芽から手を離した
♢ ♢ ♢
「ほぇー。湊さんの常連客だったんですか」
3人は場所を変えてフードコートへとやってきた。ただ騒がれかねないので、人の少ない外の席で蘭さんはハンバーガーを頬張っていた
「……で?なぜ一緒に?」
「えっとだからさっきも言ったけど、仕事用の服を選んで欲しいからってことで」
「あー湊さんには聞いてないんです。蘭さんに聞いてるんです」
初芽の視線は蘭さんに向いていた
「月代さんの言ってる通りだけど?」
「本当ですか?やましい気持ちはないですか?」
「やましいって何よ。彼が私の髪をセットする回数が1番多いんだから、1番参考になるでしょう?」
「本当にそれだけですか?他に何か理由はないですか?」
「……しつこいな。無いものはない」
このモードに入ってる蘭さんは揺らがない。実際私情だらけの単なるデートなのに……
「それより、私まだ貴方の名前を聞いてないんだけど?」
「ああ。そういえばそうでしたね」
初芽はゴホンッと咳払いした
「私は月代 初芽です。23です」
「月代 初芽ね。……ん?」
蘭さんはとあることに気がついた
「月代?ああ……偶然同姓なのね」
「いいえ?偶然じゃなくて、流れで一緒になったんです」
「ん?ん?ん?」
蘭さんのクールな状態が崩れかけてきた
「な、流れって一体どういうことかしら?」
「あれ?わかりませんか?苗字が変わる流れ……つまり私は湊さんの嫁なんですよ」
蘭さんの目から光が消えた。死んだ魚のような目をしていた
「は、初芽ちゃーー」
初芽は湊の言葉を遮るように、手を口の前にかざした
「ちょっとだけ静かにしててください。からかってるだけなので」
初芽のちょっとしたからかいで、人生の終焉を迎えそうな人がいますが……
「よ、よめって確か暗いところで物を見ることだったはず」
「それも夜目ですが、そのよめじゃないですね」
「あぁ……じゃああれだ。両目で内側を見るーー」
「それは寄り目ですね」
「じゃああの足の遅い生物ーー」
「亀ですね」
「鍋の最後ーー」
「〆ですね」
「テーブルを拭くやつ……」
「それは布巾です。ん?全く近くも無くなってきてますけど」
目が渦巻き状になっている蘭さん。これほど分かりやすく混乱してる人はそうそういない
「は、初芽ちゃん……これ以上はちょっと」
「……仕方ありませんね。有名モデルの人の取り乱す様子も見れたのでこれぐらいにしておきます」
初対面の人相手に、からかいの火力が高すぎる初芽。お姉ちゃんは将来が心配です。もう23だけど
「蘭さん。……あれ?」
「嫁……ははっ……嫁とか……ウソだ……」
ブツブツと呟きながら食べ終わったハンバーガーをエア食いする蘭さん
「私の声が届いてないんですけど。……湊さん。蘭さんの意識をこっちに戻してください」
「ええ……難しいことを言うなぁ」
困惑しながらも、湊は身体を前のめりにし、蘭さんの耳元に口を寄せた
「……蘭さん。しっかりしてください」
「ひゃぁぁぁぁ⁉︎」
耳元で湊がASMR並みの声で語りかけると、蘭さんは身体を大きくのけぞらせ、椅子ごと落ちかけたが、なんとか耐えて見せた
「そんなことをしろとは言ってませんよ!」
「え?でも結果オーライじゃない?」
「それはそうですが……あーもういいです!蘭さん!」
「ひゃ、ひゃい……」
まだ耳に余韻が残っているのか、顔が赤い蘭さん
「……すいません。さっきのはウソです」
「う……そ?どれから?足が遅い生物から?」
「それは亀であってます。……私が湊さんの嫁でないことです。不本意ですが」
湊の嫁でない事を不本意にするな妹よ
「嫁……じゃない?本当に?本当なんでしょうね?」
「本当ですよ。でも、嫁になる気はあります」
湊の前で堂々と宣言する初芽。ここら辺は私にそっくりだ
そして嫁では無いと知った蘭の目に、光が戻った
「……貴方が嫁になれるかどうかは置いておいて、なら流れの中で苗字が一緒になったというのはどういうことかしら?」
そりゃあ初芽が嫁でないならば、苗字が同じになった説明がつかない。当然の疑問だ
「知りたいですか?……実はですね」
蘭さんは息をゴクリと飲み込んだ
「教えませーん」
「……は?」
ここまで焦らしておいて、教えない初芽
「いくら蘭さんが有名人であっても、私は初対面ですからね。そこまでする義理はありません。なので……聞くなら湊さんから聞いてください」
初芽はここで湊にパスを渡した
「お、俺?」
「はい。まあバラしてしまった私の責任ではありますが、この件について蘭さんに話すかどうかはお任せします」
「すっごいキラーパスなんだが」
「私という女がいながら、色んな女の子と仲良くするからです。ちょっとした仕返しです」
少し表情の怒っている初芽。これは冗談とかではなく、恐らく本気で仕返しのつもりだろう
「と、いうことで私は帰りますね。もうちょっと湊さんと一緒にいたかったですが、早く帰らないとお母さんに怒られちゃうので。……蘭さん」
「な、なによ」
「……いいえなんでも。お仕事頑張って下さい。応援してますから」
初芽は持っていた荷物を持って、フードコートを後にした
♢ ♢ ♢
「今回は大人しかったね」
「アンタには何も効かないもん。大人しくしてたんじゃない。大人しくさせられてたの」
「あはっ。まあ確かに無駄な労力だからねぇ」
湊達の様子も気にはなるが、どうしても初芽に聞きたいことがあり、私は初芽の横を浮遊していた
話を聞いたら、すぐに湊の元に戻る予定だ
「……なんであんなふっかけるようなことしたの?」
「言ったじゃん。ちょっとした仕返しだって」
「本当に?」
「信じないねぇ。まあちょっとウソ。それに+牽制の意味合いも込めてるの」
「牽制?」
「そう。私の勘だと湊さんはちゃんと苗字の理由を話すはず。それを聞けば、多少なりとも蘭さんはショックを受けるし、上手くいけば身を引いてくれるかもしれないし」
「……上手くいくとは限らないよ?」
「そうだね。でも湊さんが好きなら知っておくべき内容だから。遅かれ早かれこの問題には直面する。避けては通れない」
「そうだけど……」
「これは私から蘭さんに対しての優しさでもあるんだよ」
「……」
初芽の言葉を聞いて、私は立ち止まり、無言になってしまった
「……じゃーねバカ姉。早く戻らないと湊さんと蘭さんの会話が終わっちゃうよ?」
初芽は後ろを振り向くことなく、私とその場で別れた




