アドバイス
食事を終えた2人は、リビングで一緒にテレビを見ていた
仕事に余裕が出来た由布子さんも、書斎に戻らず楽しんでいた
ただ、由布子さんは何やらソワソワしていた
その理由は分かっていて、私のアドバイスを実行するタイミングを伺っていたのだ
1つは別にいつ切り出しても違和感がないし、由布子さん自身もそんなに恥ずかしいことじゃないと思う。(人によっては恥ずかしい可能性もあるけど)
2つ目はタイミングが難しいし、何より由布子さんには少しハードルの高い内容ではある
「……さっきから何かモジモジしてるけど大丈夫?」
「ふぇっ⁉︎も、モジモジなんてしてませんよ?」
「そう?ならいいんだけど……」
変に勘の鋭い湊にせっかく声をかけられた時に言い出さないと……由布子さんは今チャンスを逃した
その後30分近く、2人の間に会話はなく、テレビの音だけがこの部屋に流れた
切り出すタイミングを完全に失った由布子さん。みているこっちまでモヤモヤする
「どうするんですか?このままじゃ由布子さんはアドバイス実行しないまま寝てしまいますよ?」
「くっ!なんで私みたいに積極的にいかないんだ⁉︎」
「人間みんな猪突猛進ではないんです」
「私を見境ない暴走女みたいな言い方やめてよ!」
「そこまでは言ってませんが……」
くそっ……奥手の子がどうすれば勇気が出せるのかという答えは、私がどれだけ頭を搾り尽くそうとも出てくることはないだろう
キッカケさえ作れれば……ということは私の出番ということだ
「はぅ‼︎」
私は由布子さんの身体を乗っ取った
「ん?どうしたんですか?」
「……湊。じゃなかった‼︎湊さん……」
「は、はい」
あっぶなー……呼び捨ての癖がついてるから危うく由布子さんが湊のことを呼び捨てるという結果になるところだった
「湊さんは私の小説好きって言ってくれましたよね?」
「え、ええ……大ファンです」
「えっと……まだ私が無名だった頃に書いた作品がネットに残ってるんですが、良かったら読んで頂けますか?」
「えっ⁉︎そんなのがあったんですか⁉︎」
私の1つ目のアドバイスは、シノ先生だ
湊はシノ先生の作品好き。これは建前で言っていたわけではなく、実際にシノ先生の作品を愛読してたことを私は知っていた
その書いた本人からの作品に関わる何かを提供してもらえるとなれば、こんなに嬉しいことはない
あらかじめ由布子さんに過去作が、とあるネット小説サイトに掲載されていることを教えてもらえたので、だから、それを利用することにした
「じゃあ、サイトのリンクを送るので、連絡先を交換しませんか?」
2人はお互いの連絡先を知らない。連絡先を聞き出す手として利用させてもらった
「いいですよ。あっ、携帯カバンに忘れたので、取ってきますね」
湊はリビングから離れ、自室に携帯を取りに行った
「……交換までは時間足りないよね」
残り時間的に、連絡先を交換する前に身体から追い出されてしまう。だから私は携帯のメモ機能を使って、由布子さんにメモを残した
スマホは私が死ぬ少し前ぐらいから流行りだした物だから、私は扱いに慣れてないけど、素早く言葉を打ち込んだ
といっても、今の子からすれば遅く見えるだろうけどね
「……あれ?また私……」
意識を取り戻した由布子さんは手に持った画面を確認した
メモの内容は「身体を借りてる間に、過去作についての話はしてあるから、連絡先交換して、そこにリンクを送ってあげて。」だ
メモを見て状況を理解したようで、由布子さんは自身の作品のリンクをコピーした
「持ってきたよー」
「あ……こ、交換お願いします」
2人は連絡先を交換した
「さ、さっそく送らせてもらいますね」
リンクを貼り付け、湊に送信された
「……本当だ。ちゃんとペンネームはシノ先生になってる。しかも2作品も出してるじゃないですか」
「ほとんど見てもらえなかった作品ですけどね」
「いや、それでもシノ先生の作品が見れて嬉しいです」
笑顔を浮かべる湊。やはり私のアドバイスが効いた
「李華さん李華さん」
「んー?どうしたの樹里ー?今湊が笑顔になって機嫌がいいんだけど?」
「昨日身体の乗っ取りの件を否定したばっかりなのに、あんなことしたらバレちゃうのでは?」
「……あっ」
ヤバイ……私は鳥頭かもしれない
「李華さんって歳の割に頭の老朽化が進んでますね。産業廃棄物処理場から脳みそでも引っ張り出してきたんですか?」
「いつにも増して口が悪くない?」
「呆れてるんですよ。私は」
すごい大きなため息を吐く樹里。なんか毎回の如くため息吐かれてる気がする
「……まあいいや!これで由布子さんと湊の関係が少し進歩したし!」
「李華さんがそれでいいならいいですけど」
バレたらマズイわけでもない。今回は小さな犠牲で大きな利益を得たということで喜んでおこう
まずは1つ目達成……2つ目の方が難易度が高いけど……こっちは由布子さん自身に頑張ってもらいたい
……手助けしないとは言ってないけどね
「あとはもう一つの方を、由布子さんがどう切り出すかですね」
「難易度高いだろうねぇ」
♢ ♢ ♢
湊に小説の存在を教えてから1時間が経過した。湊は集中した様子で携帯で小説を読んでいた
中身の説明などを由布子さんに求めることもなく、ただ静かに読んでいた
由布子さんはまたモジモジしながら、テレビを見ていた
「また身体を乗っ取った方がいいんじゃないですか?」
「ダメ!由布子さんの為にならないから!」
「あ、ちゃんと気がついてるんだ。てか、それならそもそも身体借りるようなことしなければいいのでは?」
「それはそれ!これはこれだよ‼︎」
「都合の良い人だな全く……」
樹里にはこんなこと言ってるが、実のところ身体を乗っ取ったところでどう切り出したらいいのか分からないから困ってるだけ
思いついた瞬間、身体を乗っ取る準備はしている
♢ ♢ ♢
更に15分経過。状況に変化はなかったが、ついにここで由布子さんは行動に出た
「あ、あの湊さん‼︎」
「はい?どうしました?」
「あ……えっと……」
「……ってもう1時間近くも⁉︎ごめんなさい由布子さん!集中しすぎてこんな時間まで……」
「い、いえ!そ、それよりも……あの……も、もっと集中して読めるように……わ、私の膝を枕代わりにします……か?」
真っ赤な顔になりながら、由布子さんは2つ目の私のアドバイスを実行した
「ひ、膝枕ですか?」
「と、というより……湊さんの……耳が気になってまして……」
「耳?耳に何か出来てます?」
「そうじゃなくて……多分耳垢のせいで耳が聴こえにくくなってるんじゃないかなって思ったんです」
唐突な話の流れで、湊は少し戸惑っている様子がみえた
「さっきも呼びかけてたんですが、反応もなかったですし……」
「あ、え?読んでました?ごめんなさい!」
嘘。この1時間15分の間、由布子さんは今回の話の口火を切るまで、一度たりとも言葉を発していなかった
つまり口実を作るための嘘をついているのだ
「……でも、お客さんの由布子さんにそんな手間のかかることはさせられませんから、今度耳鼻科に行きます」
「泊めてもらったお礼ですから大丈夫です!」
「お礼って……ご飯とかこの小説のリンクとかサインとか色々もらいましたよ?」
「足りません!だから私がっ!」
耳を掃除することに対して、なぜか威圧感で湊を制する由布子さん
「じゃ、じゃあお願いします……」
「……はい!」
違和感は満載だったが、無事に2つ目のアドバイスも実行出来そうだ