恩返し
由布子さんのお泊まり会2日目
当然……って言いたくはないけど、当然ながら、湊が由布子さんに手を出すことはなかった
私が湊の立場だったら、確実に獣化してる自信がある
2日目は普通に仕事がある湊は、まだ寝ている由布子さん宛にメモを残して仕事に向かった
前日、4時近くまで作業をしていた由布子さんが目覚めたのは11時。下に降りた由布子さんは湊の残したメモを見た
内容は「仕事に行ってきます。お昼ご飯は冷蔵庫にオムライスを置いておくので、よかったら食べてください。それと、朝一に担当編集さんが由布子さんの荷物をまとめたカバンを持ってきてくれたので、ソファーの上に置いておきます」
由布子さんはメモを見た後、ソファーを確認しに行くと、黒のカバンが置かれていた
中身を全て外に出して、確認する由布子さん
「私服にパジャマ……はある。あとは下着だけ……ど……」
由布子さんのカバンから、あまりにセクシーな下着が出てきた
見る人によっては痴女に間違われてしまってもおかしくないような下着だ
「私こんなの持ってないのに……ていうかこんなの着れないよ……」
由布子さんはその下着をそっとカバンの底へと隠すように押し込んだ
「……ちょっと早いけどご飯にしようかな。せっかく作ってもらったし」
由布子さんは、冷蔵庫に入ったオムライスを取り出し、レンジで加熱した
「いただきます」
黙々と食べる由布子さん。テレビや携帯など見ることなく、ただ食べては咀嚼し、食べては咀嚼し……その繰り返しだった
♢ ♢ ♢
「ごちそうさまでした」
約10分近くかけてオムライスを平らげた由布子さん。そしてキッチンに持っていき、食器を洗った
「……よし。掃除しよう」
食べている最中にでも、お世話になってるだけで何もしないのはおかしいから何か家のことをしておこうとでも考えていたのか、由布子さんは突然、掃除を始めようとした
「綺麗すぎて掃除するとこ見当たらないや……」
男性の1人暮らしにしては、家はかなり綺麗にされている
元々買い物をあまりしない湊。荷物とか小物系もほぼ持っておらず、必要最低限の物しか家にないのだ
そして湊もこまめに掃除機をかけるが、週の何処かで訪れる初芽も掃除していくので、由布子さんが掃除するところがないのだ
「なら洗濯物を……」
洗濯機の中を覗くと、由布子さんの衣類しか入っていない。お風呂を先に入った湊は、その時点で洗濯機を回して、自分の分はベランダで干していた
「……私の分は明日自分の家で洗おう」
由布子さんは頭を抱えた
家のことはほとんど終わっていて、何もすることが出来ない。だから悩んでいるのだ
「私は……一体どうすれば……」
「何かお悩み事かなぁ?」
「ひぃあああぁぁぁ⁉︎」
由布子さんは突然の私の声に奇声をあげた
「どもども!昨日ぶり!」
「り、李華さん⁉︎」
今日は話しかけるつもりはなく、そっと見守ることにしようと思っていたが、ここは湊の元嫁として私がアドバイスすることにした
「悩んでるねぇ。湊の為に出来ることは何か考えてるねぇ」
「う……そ、そうですね……」
「ふふん!ここはこの私が湊がしてもらって嬉しいことを教えてあげようじゃないか!」
「ほ、本当ですか⁉︎」
由布子さんからすれば渡りに船だろう
「それじゃあ早速教えてください!」
「任せて!まずは……まずは……?」
私の頭がフリーズした
「まずは……どうするんですか?」
「……どうしたらいいんだろ?」
「ええー⁉︎」
ノリの良い大人ならズコォー!っとこけてくれるのだろうが、さすがに由布子さんはそんなことはしなかった
「ごめん!もうすぐインターバルに入るから、その間に考えておくから!」
私はこのインターバル中に、湊が喜ぶことを頭の中で、そりゃあもう脳天から引きちぎれるほど捻りだすことにした
「……大丈夫なのかな?」
由布子さんは心配そうな表情だ
颯爽と現れて置いて何もアドバイス出来ていないのだから、心配されても文句は言えない
「ダサかったですねー。今の」
「うるさいよ‼︎樹里も考えて!」
「いや……元嫁の貴方が思いつかないのに私が思いつくわけないじゃないですか。湊さんを10年近く見てる李華さんと違って、私は半年しか見てないんですから」
「それでも捻って!空になりかけの歯磨き粉を搾り出すぐらい頭を捻って!」
「物理的に無理なこと言わないでください」
私の樹里は5分間、必死に湊の好きな物などを考えた
湊はクールだけど、優しくて世話焼きなところがある。自分よりも他人優先で、あまり物欲がない
趣味も読書ぐらいだし、食にもお金をかけない。衣服も安い店でしか買わない
ただ……必死に考えた結果、私の中で2つの案が出た
1つは、存在するならば確実に喜んでもらえる物
2つ目は、私が生きてた頃に湊にしてあげていたことだ。ただ、こっちに関しては湊が喜んでいたのかどうかは定かじゃない
「お待たせしましたー!」
「あ……李華さん」
「ちゃんと案を考えてきたので、その2つ実行してください!」
「は、はい!」
♢ ♢ ♢
「ただいま」
「おかえりなさい。湊さん」
湊は仕事が終わり、家に帰ってきた
「由布子さん……その格好は?」
由布子さんはエプロンをつけた状態だった
「え、えっと……家に泊めて頂いてるので、晩ご飯ぐらい作ろうかなって……あーでも!湊さんほど美味しい物は作れなかったんですけど……」
「……いえ。今日はちょっと仕事が忙しかったので、ご飯を作るのが億劫だったので嬉しいです」
「それなら良かったです!」
まず1つ目の案は、手料理を振る舞ってあげる……ではなく、これは由布子さんが自主的にしていることで、私の案ではなかった
荷物を自室に置いた湊は、そのまま料理が並んだ机の椅子に座った
「これは……初めて見る料理です」
「にゅうめんって言う料理です。確か奈良の郷土料理だったと思います」
にゅうめんとは、そうめんを温かい出汁で食べる料理のことだ
「私、元々関西出身で奈良に行くことも結構あって、その時に食べたにゅうめんがすごく美味しくて作ってみました。普段作るような物だと、湊さんの味の方が上なので、だったら食べたことのない物を食べさせてあげようって思ったんです」
「そうだったんですか……料理名は聞いたことはありましたけど、食べるのは初めてです。食べてもいいですか?」
「ど、どうぞ……」
「いただきます!」
細い麺を箸で掴み、湊は一気に啜った
「美味しい‼︎」
「……っ良かったです!」
「そうめんっていつも冷たい状態で食べてましたけど、温かい状態でもすごく美味しいですね!出汁もちょうど良いです!」
湊は美味しそうに食べ進めた。この感情の湊は、偽りではなく本物だろう
♢ ♢ ♢
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「喜んでもらえてよかったです」
2人の雰囲気が昨日と違い明るくなっていた
「あ……そういえば料理作ってくれたのは嬉しかったんですが、肝心の原稿の方は……」
「あ、それなら心配ないですよ。あと5ページ分ぐらいまで書き進められたので。ちょっと終わらせ方に手間取ってますけど、全然間に合うと思います」
「そうですか……」
「最初はこんなことじゃ変わらないと思ってたんですけど、ちょっと環境変えてみたらすごく効率があがっちゃって……やっぱり少しの気分転換って大事ですね」
「こんなところで良ければ、また原稿がストップしたら来てもらっていいですよ?」
「そんな迷惑かけられませんよ!次は、ちゃんと事前にどこかホテルか旅館取ります!」
「確かにそっちの方が効率が上がるかもしれませんね」
湊も少しずつではあるが、由布子さんに心を開き始めたような気がする
ここに私が与えた2つのアドバイスを実行すれば……
湊が由布子さんに堕ちる可能性が十分にあるはずだ