4つ目の能力
「パジャマを用意して下さってありがとうございます」
私が使っていたピンクのパジャマを由布子さんが着ている
可愛い。その一言に尽きるのだが……
「……ちょっと小さいですね」
私と身長はほぼ変わらないのだが、胸が私より1カップ近く大きい由布子さん。私が着たときは少しダボっとしていたのだが、由布子さんが着ると少し生地が足りない状態だった
「違うの探してこようか?」
「いえ、大丈夫です!これぐらいなら全然問題ないので!」
「……そうか?ならいいんだけど」
少しでも気を抜けばボタンが弾け飛ぶ……なんてぐらいギチギチという訳ではない
そんなラッキースケベ展開になることはない
……私がいない場合は
「はい。気にしないでだーー」プチッ
由布子さんの着ているパジャマのボタンが弾けて、可愛らしい下着が露わになった
「ご、ごめんなさい‼︎ボタンがっ……」
「う、うん……やっぱり違うの持ってくるからちょっと待ってて」
「あ、ありがとうございます……」
湊はまた私の部屋に代わりの服を探しに戻った
「あの湊が顔赤らめてたよ‼︎これは脈あるんじゃない⁉︎」
「由布子さんの下着じゃなくて女性の下着が見えたから赤くなっただけでは?」
「いいや違うね!由布子さんの下着だったからだ!絶対そうだ!そうに違いない‼︎」
「……そんなことより、由布子さんがかわいそうじゃないですか。いきなり服をひん剥くなんて」
由布子さんのパジャマのボタンが弾けたのは、私のせいだ
私が触れる能力を使って、パジャマを引っ張ったのだ
「偶然を装って身体で誘惑させる!並の男ならその場で襲ってるけど……さすが湊だよ」
「まあそれで湊さんが襲ってるようなら、7年も女っ気がないわけないですよね」
「確かに!私的には二股するぐらい女の子に手を出して欲しいのに‼︎」
「二股はダメですよ」
「それぐらいの意気が欲しいってことだよ!」
♢ ♢ ♢
湊は改めて私の部屋からパジャマを持ってきた
黒色のネグリジェだ
ネグリジェとは、ワンピースのような寝巻きのこと
私が湊を誘惑するためだけに買ったやつで、数回程度しか着ていない
「今度は大丈夫そう?」
「さっきよりちょっと大きめですし……大丈夫だと思います」
さっきのも本当は大丈夫だったんだけどね。私が強引に引き裂いただけで
「よし。じゃあご飯にしましょうか」
「用意してくれたんですか?」
「はい。あ、いつも自炊してますから。ちょっと量増やす程度で済むのでお礼なんて言わなくて良いですよ?」
「は、はい。い、いただきますね」
2人はリビングに移動し、湊の用意したご飯をテーブルへ運んだ
「いただきます」
「い、いただきます」
湊の用意した料理を食べる2人
1人暮らしの時間が長いためか、こだわったものも作れるようになってきた
今や春巻きだったり、天津飯だったり、この前千夏さんが初芽にオーダーしていたエッグベネディクトでさえもレシピを見なくても作れるようになった
私と結婚していた時は、家事は分担していたが、料理は確定で私が作らなければいけないほど、湊は料理が下手だった
目玉焼き作ってたはずなのに、汚い色のスープ料理になっていたり、私がちゃんとこの目でカレーのルーを入れていたのを見ていたのにシチューになっていたりと、魔女みたいなことをしでかしていた
この成長具合を恋愛に還元してほしいものだ
2人は黙々と食べ進めていく。お互い話題を振るタイプではないからか、無言の時間が多い
「あ、あの……」
と、ここで由布子さんがこの静寂の時間に終止符を打った
「ん?どうしたの?」
「……この服って誰のものですか?」
男1人暮らしでこんな女物のパジャマを持っているのは、おかしな話だ
そういう趣味を持っているか、女をしょっちゅう連れ込んでいるかのどっちかに絞られてくるだろう
そのどちらでもないんだけど……
「あーそうか……由布子さんは知らなかったですっけ」
湊は少し考える様子を見せ、すぐに自分の中で結論を出した
「見てもらったほうが早いですね。ちょっとついてきてもらってもいいですか?」
湊は箸を止め、席を立った
それに続くように、由布子さんも同じように席を立った
「……ここです」
「これって……仏壇ですか?」
由布子さんを案内した場所は私の仏壇のある部屋だった
昔はお客さんとかが来た時用の部屋として使っていた場所だったけど、今ではもう私の仏壇と座布団しか置いていない
「女性の方……お姉さんか妹さんですか?」
「いえ……俺のお嫁さんでした」
由布子さんは驚きのあまりか、口を押さえた
「……いつ頃亡くなったんですか?」
「7年前です。22歳の頃に病気で」
「そう……でしたか」
暗い話を聞かされたせいなのか、それとも湊に私という嫁がいたせいなのかは分からないが、由布子さんの表情が暗くなった
「この服は嫁の物なんですよ。そんな物を着させるなって思ってるかもしれませんが……」
「いえいえ!むしろ奥さんの服を借りることになって申し訳ないです」
2人の間に妙な空気が流れる。いい空気じゃなく、悪い空気だ
「奥さんのお名前を伺っていいですか?」
「……李華」
「……李華さんですね。すいません湊さん。お線香をあげてもいいですか?」
「……あげてくれるのか?」
「まあ会ったこともない人にあげてもらうなんて、李華さんからすればいい迷惑かもしれないですけど……」
確かにいい迷惑だ。ただし良い迷惑だけどね
「……ありがとう。李華も喜ぶよ」
「先にご飯に戻っててもらって大丈夫ですよ。終わったら戻りますので」
「……何か話すのか?」
「それは……女同士の秘密ってことにしてもらえませんか?」
「……分かりました。じゃあ俺は先に戻ってますね」
湊は食事に戻り、仏壇の部屋には由布子さんだけになった
「何か言うつもりなんでしょうか」
「さあ?」
由布子さんは私の仏壇の前で正座をし、2礼2拍手をして私の前で目を瞑って頭を下げた
「李華さん」
「なあに?」
「はぇっ⁉︎だ、誰っ⁉︎」
由布子さんは取り乱した様子だ
「由布子さん?大丈夫ですか?」
由布子の声に反応した湊が、ドア越しに由布子に話しかけていた
「何もないって言ってください」
「な、なんでもないです!」
ちゃんと私の言った通りに……由布子さんは素直で良い子だ
「そうですか?だったらいいんですけど……」
「お、お騒がせしました」
湊はそのままドアを開けることなく、また戻っていった
「だ、誰なんですか?」
湊に聞こえないように、由布子さんは声のボリュームを下げて話し始めた
「誰だと思います?」
「どこから声を出してるんです⁉︎」
「どこからだと思います?」
話しかければ話しかけるほど怯える由布子さん
その小動物のような姿はそそられるものがある
「まあおふざけは大概に……したいところだけどあんまり時間がないですね。由布子さんがまた書斎に上がった時に話しかけますね」
「えっ?ちょ、ちょっと待ってください‼︎」
もう話せる時間は終わりを告げた為、由布子さんに返事を返すことが出来なかった
「……まさか話しかけることも出来るとは……幽霊のスペックを超えてますね」
「まあ触れる時点で超えてるから。そんじょそこらの悪霊よりタチが悪いことだって出来るからね」
生きている人間に私の声が聞こえるようにする
これが……私の4つ目の能力だ