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初芽と千夏



「おかえりなさーい!お仕事お疲れ様でしたー‼︎」



出迎えたのは初芽だった

初芽が家にいることに慣れているはずの湊も少し驚いている様子だ



「なんで今日いるの?」


「今日はたまたま早上がりになったのでお邪魔しちゃってました!」


「ああ……そうなんだ」



……初芽の言葉は嘘だ

私がわざわざ初芽の職場に言って、初芽にこのことを伝えたのだ



会社の給湯室で初芽にこのことを伝えたのだが、初芽は取り乱しすぎて、コーヒーカップを4つも破壊していた

そして会社に無理矢理半日有給を取っていた



千夏さんは、女の子の影がほとんどない湊に安心して、湊に告白する意識がない。いずれ一緒になれれば良いや……そんな甘い考えを持っている



だが私はそれでは困るのだ。早く結婚してもらわないといけない。だから、千夏さんには湊が取られてしまうかもしれないという危機意識を持ってもらおうということで、初芽を呼んだのだ



当然、家に女の子が待っていたことに対して、千夏さんは驚きの様子を見せている

ただ……驚いている最大の理由は……



「……李華さん?」



初芽のことを私だと勘違いしているからだ



♢ ♢ ♢



「こちらは月代 初芽さん。李華の5つ下の妹さん」


「どーもです」


「い、妹さん?李華さんにそっくりすぎて生きてらっしゃったのかと思った……」



元々私と千夏さんは面識がある。といっても私と湊が買い物している時に何度か出会ったことがある程度だが……

それでもしっかり顔は覚えてくれていたようだ



「まあよく間違われてましたからねー。親でも見分けがついてませんでしたから」



死んだと思っていた湊の奥さんが、普通に湊の家から出てきたら、そりゃあ驚くよねって話だ

私なら失神してるかもしれない



「それで?千夏さんはなぜ今日いらしたのですか?」



少し不機嫌な初芽が千夏さんの用件を聞いた



「えっと……料理を教えてもらいに来たの。あとついでに湊さんが本当に料理出来るのかも確認しておきたくてねー」


「ふーん……そうですか」



めちゃめちゃ不機嫌だ……あんなに不機嫌な初芽を見るのは、高校生の頃にショートケーキの取り合いで私にジャンケンで負けた時以来だ



「じゃあ私が教えてあげます。湊さんは別で料理を作ってて下さい」


「えっ?俺が作りながら説明した方が楽だと思うけど……初芽ちゃんに面倒かけるわけにも行かないし……」


「構いません!千夏さんもそれで良いですよね⁉︎」


「う、うん……ちゃんと教えてくれるなら」


「決まりですね」



初芽は無理矢理押し切った。どんだけ近づかれるの嫌がってるの……



「そうと決まればさっさと始めましょう」


「あっ、ちょっと待ってほしいかな」


「なんです?」


「李華さんの仏壇にお線香をあげたいんです。先輩……ダメですか?」



……ええ子や。私の中で千夏さんの評価がグーンと上がった



「……いいよ。そこの部屋に仏壇置いてあるから」


「ありがとうございます」



千夏さんは私の仏壇の前に座り、2礼2拍手しをして私の前で拝みはじめた



拝みながら、何か呟く人がいる。千夏さんも何か呟いてないかなぁ?と思い、耳を近づけると……



「李華さんごめんなさい。私はずっと先輩が好きでした。なので……先輩を私に下さい」



と呟いていた

私からすれば「どうぞどうぞ!」という感じなのだが、やはり離婚という形ではなく、死に別れという形だと相手側も少し遠慮してしまっている部分があるのかもしれない



やっぱり……あの時強引にでも()()()()()()()()だった

そんな後悔をしても、もう遅いんだけどね



「お待たせしました!」


「おう。とりあえず先に初芽ちゃんから料理を教えてもらえ。俺はその間に風呂に入ってくるわ」


「りょ、了解です!」



湊は洗面所へ行き、キッチンには千夏さんと初芽だけとなった



「さてと、何を作りたいの?肉じゃが?お味噌汁?冷奴?」


「最後は料理じゃないような……」


「豆腐を器に移す程度も出来るか怪しいからね」



本当に初対面なのか?と言いたくなるぐらい初芽は千夏さんに辛辣な態度で当たる

湊を取り合う天敵として、初芽は千夏さんのことを見ているということだろう



「実はね、どうしても作ってみたい料理があるの!」


「へぇ。まあ私はほとんどの料理作れるから教えてあげるわよ」


「本当⁉︎頼もしいね‼︎」


「ふふん!そうでしょう!」



……年齢的に初芽の方が下なのになんでそんな偉そうなんだ



「それで?なんて料理?」


「エッグベネディクトってやつ‼︎」


「……ん?」


「あれ?聞こえなかった?エッグベネディクトです!」



明らかに初芽は動揺している様子だ



エッグベネディクトとは、マフィンのハム、ポーチドエッグ、オランデーソースを乗せた朝ご飯として食べる人が多い料理



それなりに有名な料理ではあるが、作り方を知っている人は意外と少ない



初芽が焦っている理由はおそらく、エッグベネディクトの作り方を知らないからだろう

まあ私は知ってるけどねー‼︎



「エッグベネディクトなんて初心者が作る料理じゃないわ!違うのにしなさい!」


「えー?でもどうしても作り方覚えて、自分のこれからの朝ご飯にしたいの!だからお願いします!教えてください!」



必死な様子で頼む千夏さんに初芽は少し気圧された様子



「し、仕方ないわね!」


「やった!ありがとう初芽ちゃん!」



初芽は作り方を知らないのに、請け負ってしまった



「その前にメール来たから少し待ちなさい!」


「えっ?は、はい」



初芽は携帯を取り出した。メールを返すと言っていたが、それは建前で本当はエッグベネディクトの作り方を検索しようとしていたのだ



「……あれ?メール返すんじゃなかったんですか?」


「うわぁぁぁぁ⁉︎」



携帯を千夏さんに覗かれ、初芽は慌てた様子でその場から後退りした



Goggles(ゴーグル)って検索アプリですよね?もしかして……」


「そそそそんな訳ないでしょ⁉︎ただちょっと明日の天気を調べようと思って開いただけよ!」


「そうだったの⁉︎疑ってごめんなさい……」


「べ、別に良いから!ほらっ、さっさと作る!」



携帯を急いでポケットにしまう初芽

さて……強がるのはいいけどどうするつもりなのか……



「ま、まずはマフィンを用意しなさい!」



エッグベネディクトを作る際の必需品

これがないと料理は完成しない



「えっ?マフィンも手作りにしたかったんだけど……」


「ま、マフィンまで?」



さらに困惑する初芽

エッグベネディクトに使われるマフィンは『イングリッシュマフィン』と呼ばれる物で、家庭で手作りで作るという人はあまりいないと思う



「なんでマフィンまで手作りにするの?」


「私マフィンのザラザラが嫌いなんだよね。だから手作りならザラザラを無くせるかなって」



あれがマフィンの良さではあるのだが……まあ実際、あのザラザラはなくてもマフィンは作れる

コーングリッツというトウモロコシを粉末状にした物で、作る際にまぶすことでサクサクとした食感に仕上げられるのだ



「ざ、材料がないわ!今から買ってきなさい!」


「材料ないんですか?じゃあ何を買ってきたら作れますか?」


「ふ、複雑で時間がかかる代物なの!市販のマフィンを買ってきなさい!」



本来は1、2時間も有れば出来るのだが……



「ええー?でも粉が……」


「慣れなさい!」


「横暴ですよ……まあいいか。じゃあとりあえずマフィンなしバージョンで作ろう!」


「ま、マフィンなしバージョン?」


「はい!どうせマフィンは後からでも用意出来るんで!」



極論を述べる千夏さん



「そ、そうね……じゃあとりあえずポーチドエッグを作りなさい!」



多分初芽は今、微かにあるエッグベネディクトの知識を出しているんだろう



「作れません!」


「ああもう!ちゃんと見てなさい!」



初芽は手際良くポーチドエッグを作った



「おー。綺麗ー」


「でしょう?」


「これの後はどうするんですか?」


「こ、これの後は……そ、そう!ハムを敷くのよ!」



頭フル回転させてるんだろうなぁ……



「ソースは⁉︎ソースはどうやって作るんですか⁉︎」


「そ、ソース⁉︎ソースは……」



多分頭をフル回転させても出てこないんだろうな

焦る初芽をニヤニヤと笑みを浮かべる千夏さん

おそらくわざと難しい料理にして、初芽を困らせていたんだろう



あれ……?千夏さんって意外と悪女?



「自由よ!だから今からマフィンと一緒にソースも買ってきなさい!」


「じゃあ一般的なソースのレシピでいいので材料を教えて?」


「あとで送るから連絡先教えなさい!」


「えっ?今言ってくれたらメモしますけど……」


「数が多いのよ!あなたが向かってる最中に入れた方がいいの!ほらっ!さっさと買ってきなさい!」



初芽は無理矢理千夏さんを外に出した



「れ、連絡先聞いてません!」


「……これよ」


「えっと……この『はーちゃん』って人で良いんですか?」


「それで合ってるからさっさと行った‼︎」



初芽は勢いよく扉を閉めた



「……あんなに焦るとは。強がりだなぁ」



不敵な笑みを浮かべた千夏さん。何か新しいオモチャを見つけたかのような……そんな笑みだった



「……怖っ。千夏さん……多分()()()()()()()()()()()()()()



千夏さんは、そのままスーパーへと向かった



「……遊ばれてたね」


「何あの女……すっごいムカつくんだけど……」


「年上なんだから敬語使いなよ?」


「あんなに人をオモチャみたいに扱う人に敬語なんて使えないわ」


「あ、オモチャにされてること気づいてたんだ」



それでも初芽は強がりをやめなかった……難儀な性格だよ



「あの人……姑からのいびりとか全く効果なさそう」


「胆力ありそうだもんね」


「……湊さんと職場が一緒なんだっけ?」


「そうそう。一個下の後輩でね」


「厄介だな……今のうちに呪いで消しておくか……」


「物騒だからやめて‼︎」



初芽なら本気でやりそうで怖いんだよ……


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