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一ヶ月の君と僕

作者: 蒼海かなた

あと一年間。

昨年の秋に医者から宣告された、僕の残り時間。

あれから今日まで何をして過ごしてきたのか、あまり覚えていない。

僕の日々から段々と色々なものが消えていったということだけしかわからなかった。

最初の方は友達や部活動の先輩などがお見舞いにきてくれた。

だが、昔から人と必要以上に関わらなかったせいもあり、それも一ヶ月ほどで終わった。

「意外とあっけないもんかもな」

そう、一人病室で呟いた。

ふと窓の外を見ると、少しずつ緑色に色づき始めた葉が覗いていた。

少し寂しさを感じてすぐに手元の本に目を落とす。

何日も一人で過ごすと、することも限られてくる。

今では持ってる小説をいったりきたりしている。

ただ、それにも飽きてきてしまっている。

何をしても楽しくない。

いっそのことこんな人生早く終わらせたい。

そんな不謹慎なことを考えることも日常茶飯事となっていた。


ふと飲み物が飲みたくなった為、売店に足を運ぶことにした。

そういえばこの前看護師さんが、僕が好きそうな本が入荷していたといっていた。

それもついでに見るとしよう。

「あら、今日は何を見にきたの」

気さくな店員さんが話しかける。

話すことが嫌いな自分も、この人とはある程度の会話はするようになった。

「えっと、飲み物買いに来ました。あと、俺が好きそうな本が新しく入ったって聞いて」

そう言いながら水を手に取った。

「なるほどね」

そう言って一冊の文庫本を差し出された。

自分が入院する前から読んでいたシリーズ物だった。

「多分これのことじゃないかな」

「そうだと思います。ありがとうございます」

 その本を買って売店をあとにした。

その日は皮肉なくらい晴天だった。

だから外のベンチでさっき買った本を読むことにした。

十二ページほど読んだところで、ふと視界が暗くなった。

そっと前を見る。

そこには全く知らない女子がいた。

まじまじと本を覗き込んでいて、俺が顔を上げたことにも気づいていない様だった。

「あの」

と声をかける。

その人は驚いた様子でこちらに顔を向けた。

「あ、ごめんね。なに読んでるのかなって思ってつい」

髪を茶色く染めた、女子高生だと思われる彼女は、何か楽しいことでもあったかのように笑っていた。

「多分君は知らないような本だよ」

そっか、と彼女は呟く。

また本に視線を向けようとするが、それを遮るかのように彼女は続けた。

「ねえねえ、一緒に遊ぼ。それが読み終わってからでもいいからさ」

満面の笑みで彼女はそう言った。

「やだよ、面倒くさい」

こういう人とは関わりたくない。

直感的に感じたその感情に従って、ベンチを立ち上がった。

「でもさ、入院中なにもしないっていうのもつまらないじゃん。なんか刺激がほしくなるっていうかなんていうか」

そう言う彼女を置いて、少し早歩きで病室へと戻った。


 その日の夜はなかなか寝付けなかった。

彼女の言葉が頭を回っているのだ。

別に誰かと遊びたいとかいう訳ではない。

ただ、同じような日々が繰り返されているという感覚からか、刺激がほしいと思っていたのも事実だ。

なんだか見透かされたような気になって怖くなった。

布団を深くかぶって落ち着かせようとしたが、心が落ち着くことはなかった。


 次の日、また同じベンチにいた。

馬鹿らしいとは思うが、もしかしたらここにいればまた会えるかもしれないなんてことを考えていた。

「偶然だねぇ」

そう言って彼女は話しかけてきた。

そうだねと返事をする。

「あのさ、やっぱ一緒に何かしようよ。一人じゃつまらないんだもん」

少し悩んだ。

つまらないという意見は同じだ。

だが、所詮僕の余命は残り数ヶ月なのだということが引っかかっていた。

「君は退院までどれくらい」

そう聞いた。

「え」

間が空いた。

急にこんなこと聞かれると思わなかったのだろう。

彼女が少し顔を伏せたあと、笑顔でこちらをみた。

「……多分一ヶ月くらいかな。なんで」

「じゃあいいよ」

彼女の疑問を遮るようにして俺はそう答えた。

その返事が想定外だったのか、彼女は目を丸くしていた。

そしてすぐに、

「ありがとう。あ、そう言えば名乗ってなかったね。私はしおり。君は」

「……かえで」

「かえでくんね。じゃあ、今からなにする」

と尋ねてきた。

君がしたいことでいいと言うと

「それじゃだめだよ。二人で決めたものをやらなくちゃ、私が押し付けがましい人みたいになっちゃうじゃん」

彼女は自身の性格に気がついていないのだろうか。

そんなことを考えながらやりたい事を捻り出した。

「じゃあ、あまり動かないやつがいい」

「んと、トランプとかどうかな」

「いいんじゃない」

二人は彼女の病室へと向かうことにした。

こうして誰かと並んで歩くのも久しぶりだった。

「ここだよ」

そう言われて入ると、そこにはおばあさんとおじいさんが一人ずつ入院していた。

彼女がまるで孫であるかのように、おかえりなさい、と優しい声で言った。

「ただいま」

そう彼女が言うから、まるで本物の家族のようにみえた。

この温かさが、なんだか羨ましかった。


 気づけばもう夕日も沈んでいた。

そろそろ部屋に戻らなければいけない。

「じゃあね」

そう僕が言うと、彼女は少し寂しそうな顔をして

「また明日も会えるかな」

と聞いた。

そんなこと知らない。

これが僕の答えのはずだった。

でも、出た言葉はそれとは違っていた。

「またあそこにいけば会えるんじゃない」

なんでそう言ったのか、それは自分でもよくわからなかった。


 次の日も、その次の日も、彼女はあのベンチにきた。

そして僕らは彼女の病室に行ってはトランプをして遊んだ。

「毎日ベンチまで行かないで、私の部屋に直接来なよ」

そう言われてからは直接行くようになった。

だから、今日だって来た。

それなのに彼女はいなかった。

確かに一緒に遊び始めて今日で一ヶ月くらいか。

「何も言わずにいなくなるなんて」

そうぼそっと呟くと、同じ部屋のおばあさんが

「ねえ、君」

と声をかけてきた。

「なんですか」

「しおりちゃんに、渡してほしいと頼まれていてね」

そう言ってそっと手紙を渡してくれた。

『今まで一緒にいてくれてありがとう。とても楽しかったよ!君は自分からはなにも言わないから初めはロボット人間かと思ったけど、実は表情に出やすいところとか、負けず嫌いなところとかほんと面白かった。あー、手紙にこんなこと書かれてるって知った時どんな顔するんだろ。みてみたい』

なんてこと言ってくれてるんだ。

そう思って先を読み進めると、急に頭が真っ白になった。

『でも、君がこの手紙を読んでいる時、私はもうそこにはいないんだね。それはなんか寂しいな。ずっと黙っていたけど、私の病気は治らないの。内緒にしててごめんね』

嘘だ。

彼女が病気だなんて。

そんなわけないだろ。

いつだって彼女は笑顔だった。

つらそうなところなんて一つも見せたことがなかった。

ただ、その後の文章が『嘘じゃないよ』と告げる。

『余命一ヶ月ってお医者さんに言われたの。外への散歩もあと一週間だけって。ひどいなって思った。何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのって』

『その日に、私と同じ目をした君に出会った』

俺が彼女と出会った日。

あの日俺は最低なことを言ったとようやく気がつく。

つらくて、堪えてた涙がぽつりと落ちた。

彼女の言った退院の日。

それは自分が旅立つ日だった。

『あの時、みんな私の前で悲しそうな顔しかしなかった。同じ目をしてた君なら、もしこの事を明かしてもみんなみたいな顔はしないかもしれないって思って、勝手に君に期待したの。でも、言えなかった』


『私、君のことが好きです』


突然の告白に驚く。

そして、ようやくわかった。

彼女の強引なところも、誰とでも仲良くなれるところも、いつもの笑顔も、そして僕に楽しい世界を教えてくれるところも。

俺は彼女の全部が、好きだった。

大好きだったんだ。

その先の文章を僕は読むことができなかった。

何度拭いても流れてくる涙が邪魔をした。

手紙を渡してくれたおばあさんが言った。

「しおりちゃんはね、あなたと出会って変わったよ。明るくなった。消えちゃいたいって言ってたのに、あなたと遊び始めてから笑顔をたくさん見せてくれるようになったの。きっと、あなたが生きがいになってたの」

違う。

変えてもらったのは俺の方だ。

何もなかった俺の世界にたくさんの色をつけてくれた。

彼女がいる世界を知ったから、意地でも明日に手を伸ばしたいと思えた。

「もっと早く出会えたらよかった」

叶わない願いを、彼女がいた病室に残した。


 あれから俺には奇跡が起きた。

治らないと言われていた病気が治ったのだ。

それはきっと彼女のおかげなんだと、今でも思っている。

完治して学校にも行けるようになった。

俺は前よりも友達を大事にするようになった。

そのおかげで、友達は前よりもたくさんできたし、俺自身周りを大切にするようになった気がする。

あともう一つ、俺の環境に変化があった。

「にいたん」

てくてくと小さな足で二歳の女の子が駆け寄ってくる。

俺の病気が治ってから一年後、俺にはさくらという妹ができた。

「ん、なに」

僕がそう聞くと、さくらは決まってこう答える。

「ねえねえ、あそぼっ」

その顔は、初めて出会った日の彼女の笑顔にそっくりだった。

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