好きなもの
風花姉の喫茶店から『まさやんの本屋さん』に帰ってきた。午後の店番をちゃんとしないといけないのだが、お客さんがいないと、皆歓迎会のことが気になっていた。
「風花姉さんどんな料理作るんやろ、楽しみやなぁ」
「きっと全部美味しいよ。あっ! スイーツもあったら嬉しいねっ」
「それめっちゃ良い! 加奈っちわがままやなぁ」
「由紀ちゃんも同じでしょ」
レジ打ちや梱包を担当してくれている加奈と由紀は互いに顔を見合わせて可笑しそうにしている。
レジから少し離れた本棚で、俺は祐介と本の整理や陳列をしていて。
盗み聞きしているわけではないが、2人の会話がつい入ってくる。
「私はイチゴのショートケーキやイチゴタルトが良いなぁ」
そう嬉しそうに話す加奈はとてもあどけない。なんとなく、イチゴ系のケーキは似合うと思った。
風花姉に………、連絡しとくか。
せっかくの歓迎会だし、加奈に喜んでもらいたい。
「うちはチーズケーキやチョコレートケーキやなぁ」
ビクッ。
焦った。
由紀のことは全然気にしてなかった。加奈だけえこひいきするとこだった。
俺は視線を本棚に戻す。
あやうく由紀にキモいと言われるとこだった。いや、俺の場合は変態か、盗み聞き変態男子………。ついでに………、由紀の好みも伝えておこう。そしたら大丈夫………、いや待て、風花姉に伝えたら、盗み聞きしていたとバレるわけで。結局俺は盗み聞き変態男子のレッテルを貼られるのでは………。
「なあ太一」
「ふひっ………!?」
うわっ、俺キモい!? って、そうじゃなく! 急に声かけるなよ!?
「なんだッ、祐介」
強めの語気で聞くと、
「俺、自己紹介どうしよ」
「はい?」
俺の疑問に、祐介は不安げに答えた。
「だって歓迎会だろ? どっかのタイミングで求めらるだろ?」
「そうか? そんなこと………」
なくもないか。加奈と由紀、祐介に自己紹介をさせる風花姉が容易に思い浮かぶ。なんなら俺もさせられそうだ。絶対しないけど。
「やっぱあるよな、練習した方がいいよなぁ」
喫茶店で風花姉に初めて挨拶するとき『ふひっ!』と君の悪い返事をしたのが尾を引いているんだろう。俺もさっき出した変な声に、ショックが残っているくらいだから。
祐介が聴いてほしそうな顔を向けてくる。うっとうしい、めんどくさい、どうでもいい。
「まあ………、なんとかなるだろ」
「いやいや………!? 自己紹介の練習いるだろ………!」
かわせないか………、不本意だが、女子達を巻き込もう。
「あっちは楽しそうだぞ」
「え? おー、ほんと。良いなあ」
「あっち行くか、休憩ついでに」
「行く行く!」
現金なやつだ………。
加奈と由紀がこっちに振り向いた。
歓迎ムードと嫌煙ムードの両極端。祐介はもちろん前者になびいていく。
「歓迎会楽しみだねぇ」
「うん、私たちもそう話してたとこ」
祐介のゆるい撫で声に嫌な顔せず、普通に明るく交わす加奈。大人女子だな、と感心する。ちょっとは冷たくしても良いんだぞ、祐介だし。
「うちらの間に入ってくんな、キモ変態コンビ」
由紀はやり過ぎだから真似しないように。あと俺を変態と呼ぶな、コンビにするな。
「なに話してたんだ?」
俺の言葉に、加奈がニコッと笑う。
「風花お姉ちゃんが、歓迎会でどんな料理作るか楽しみって話してて」
「へぇー、それは確かに」
離れたとこでも聞こえてた、はふせておく。変態、の汚名はさけたい。
「あー、ほんとそうだよ。俺も今日お昼食べた時、うまっ!! って普通に言っちゃたし」
「そりゃ美味しいに決まってるし、風花姉さんが作ったんやから」
と、由紀が嬉しそうに胸を張る。風花姉との知り合い歴2日なのに、謎の親密度。違和感があまりないのが、これまた謎だな。
すると、隣にいた加奈も、「そうそう、風花お姉ちゃんが作るんですから」と合わせて胸を張った。謎の共感、女子らしいというか。でも………、わかった、お2人さん。とりあえず普通の姿勢に戻してくれ、少し目のやり場に困る。そして祐介、恥ずかしげに視線をさまような、俺も気まずい。
「スイーツもあると良いな」
俺の発言に、加奈と由紀が姿勢を戻した。ほっとする俺。たぶん祐介も同じ気持ちだろう。
女子達は逆にテンションが上がっていて。スイーツの力恐るべし。
「そうなの! それも話してて」
わがままだよねっ、と加奈は苦笑する。俺は………、少し頬をかきながら、
「わがまま、で良いんじゃないか」
と、返した。
加奈の瞳が興味深げに見開く。どこか楽しげで嬉しそうな目の色に、俺は苦笑しながら答えた。
「だって、俺らの歓迎会なんだから」
俺はポケットからスマホを取り出して、メールを打つ。もちろん相手は、風花姉。
「リクエストは何にする?」
俺の投げかけに、加奈は驚く。でも、それは一瞬だけ。
「イチゴのショートケーキと、イチゴタルト」
イタズラな笑みでそう軽やかに答えた。うん、知ってる。とは、言わないでおく。
「うちはチーズケーキとチョコレートケーキ!」
もちろん、由紀にも。
「えっ、えっと! 俺は、プリン!」
意外にベタだな、祐介。まあ、女子達も顔がほころんでいるから良いけど。
「太一くんは何にするの??」
「ん? 俺か?」
うん、気になる。
小さくささやく加奈、が可愛いと思った。絶対、言わないでおく、代わりに俺は笑いながら答える。
「スイートポテト」
加奈が、「あっ」と小さく呟いた。と、同時に俺に少し近づく。えっ? 加奈?
白い透明感のある細い指が俺の肩に軽く触れた。ほのかに伝わる指の体温に、俺の鼓動が高くなる。
形の良い小さな口元が、ささやいた。俺にだけ聞こえる様に。
「私も好き」
俺の頬が、熱をおびる。
すごく美味しかったもんねっ。
そう自然と無意識に付け足された加奈の言葉に、俺は小さく頷く。そうだな、2人で一緒に食べたから。
勘違いは、していない。そう頭では理解している。でも、熱を帯びた頬はそのまま変わらない。
「れ、連絡する」
そう言って俺は、視線をスマホに集中させる。
ショートケーキと、イチゴタルト
チーズケーキとチョコレートケーキ
プリン
そして、
スイートポテト
希望。
午後の昼下がり、なんともご機嫌な、ワガママなメールを、風花姉に送った。さて、どうなるかな。
皆の顔を見渡すと、ご満悦な顔。
「歓迎会、楽しみだねっ」
加奈の張りのある声とイタズラな笑み。真っ直ぐ見れなくて、スマホ画面に目を向けた。
「そうだなっ」
と、小さくつぶやく。
くすぐったい気持ちをどこか抱えながら、午後の店番はあっという間に時間が過ぎていった。




