うやむやのままで
「その辞書は左の書棚に」
「うぐ、けっこう重いんだけど」
「まあ辞書だからな」
端的に答え祐介の補充を見守る。さて次だ。
「その図鑑を右の書棚に」
「ぐぐっ、けっこう重いんだけど」
「まあ図鑑だからな」
端的に答え祐介の補充を見守る。さて次だ。
「その参考書は、また左の」
「まてまてまてぃ!!」
祐介の不満げな表情を見守る。さて………、次だ。
「書棚に」
「なんでそうなる!? 察しろっ! 俺のしんどさを!! なんで重い本ばっかなの!?」
「ん? 売れたからには補充しないといけないだろ」
9時に開店してから約2時間と少し、その間に計12冊も売れたのだ。その分書棚に空きができるし、見栄えもよくない。それが辞書や図鑑のエリアならなおさらだ。
「労働力を補充できてちょうど良かった」
「言い方がひどい! もっといたわらんかい!」
「頑張れ」
「それいたわってないじゃんっ!?」
そうなのか、ふむ、難しいな。
祐介に仕事を教えながら、本棚の補充も手伝うことにする。
「あと少しだ、頑張ろう」
「へいへい」
ラストスパートをかけ2人で作業を完了した。祐介が大袈裟に息を吐く。
「ぶはぁー! 疲れたっ!」
「ふむ。さて次は」
「きゅ、休憩したい! 太一! まじで! 頼むよぉ!」
バイト初日に甘いことを………。でもだいぶ働いてもらったからな。
時刻は11時30分。
少し早いが、まあ良いか。
「お昼休憩にするか」
「まじで! やったー! おーい! 加奈ちゃん! お昼休憩だって!」
「あっ! おい!」
俺の静止する声は届かず、祐介が小走りでレジカウンターのある方へ。まだまだ元気じゃねえか、たく。
俺もしぶしぶ祐介に続く。
レジカウンターの方では、祐介が加奈と由紀に話しかけている。加奈は微笑んでいて、由紀は相変わらず不機嫌な顔つきだ。
加奈が、こっちに振り向いた。
「太一くんっ」
愛らしい声音に、なんとなく気持ちがそわそわする。小さな手のひらを控えめに振っている仕草も同様にだ。
「お疲れさま、加奈」
「うん。太一くんもお疲れさまっ」
くすっ、と。
楽しげに口元が笑う。俺も、つられそうだ。
「おいおい、加奈ちゃんにはいたわるのかよぉ〜」
「頑張ってたからな」
「いやいや! 俺も超頑張ってたのに………。あっそうだ! ねぇ、加奈ちゃん! 俺もねぎらって〜!」
なっ!? なに!?
「えっ!? あっ、う、うん」
加奈!? アホ祐介の頼み聞かなくていいぞっ!!
だが、加奈の小さな口元が開いた。
「お、おつ」
「かい頼むわ、飲みもん、コンビニへはよ行け」
「いたわってねぇー!! って、由紀! 勝手に割り込んでくるなよ!! あと俺をぱしりにすな!!」
「うるさいなあ〜っ、そない元気なら大丈夫やろ。飲みもんは3本で良いで」
「俺の分を省いてないかそれ!?」
由紀のおかげで祐介の企みを防げた。ご苦労さん、由紀。
祐介と由紀の楽しい会話(口げんか)を眺めていたら、付けていたエプロンの端が軽く引っ張られた。そっちに向くと、加奈が苦笑している。
「ほんと、2人には困っちゃう」
「ははっ、そうだな」
お互いに顔を見合わせて笑う。少しの間の後、加奈が口を開く。
「辞書や参考書、図鑑、たくさん売れたね」
「ん? あぁっ、そうだな。珍しい」
「ふふっ、そう?」
加奈はなぜか可笑しそうに口元をゆるめる。どうしたんだろ。わけを知ってそうだ。
「夏休みだからじゃない?」
夏休み?
「関係あるのか?」
「うん。夏休み中、学生は忙しいのです。中高生は受験勉強、小学生は自由研究、ってね」
「ほぅ、あっ、そういえば………」
小さな子供連れの親子や、母親らしい年配の女性がお客さんに多かったな。
「さすがだ、名推理ってとこか」
「ふふっ、お客様を大切にしておりますから」
加奈は満足げに胸を張る。
ちょっと目のやり場に迷うので、話題を作ることにする。
「じ、辞書や図鑑、参考書の補充分、バックヤードで探すのに苦労したよ。奥にしまってあってさ、取り出すの大変だった」
「あ〜そっかぁ。こまめに補充する書籍でもないもんね」
「そうそう、どうしても隅に収納される」
「そっかぁ。………ふふっ、だからまさやんも大変だったんだ」
「ん? まさやん?」
なんのことだ??
加奈は楽しげに微笑みながら、
「えっと、私たちが小学生のときにねっ、夏休みのときも良く遊びに来てたでしょ?」
「あ〜、そうだなっ」
小学2、3年生ぐらいだったか。
「毎日来てるって、まさやんが言ってたのすごく覚えてるの」
「えっ? 毎日?」
「そうそう、太一くんがねっ」
私は毎日じゃなかったけど。と、加奈はくすくす笑う。なんだか恥ずい。でも、言われて気づいた。確かに夏休み中、時間があれば毎日、まさやんの本屋さんに行っていた。楽しくて。色んな図鑑を見るのがさ。
「太一くん、『新しい図鑑ない?』 ってよくせかしてたよね〜、くすくす」
「そ、そうだったか?」
「えぇ〜? 覚えてないの? ふふっ、まさやんがそのたびにバックヤードに行ってせわしなく新しいの持ってきたりしてたよ」
加奈は、どこか懐かしむように微笑む。
その表情が、俺の頭の奥から、小学生のころの思い出を湧き上がらせてくる。
夢中になって図鑑を読んだ、楽しくて。まさやんが、そんな慌ただしくしてるのにも気づかないほど。でも、
「私のことはちゃんと気づいてたよね」
そりゃそうだ。だって、加奈は俺の隣に居てくれたから。
『今日は何読んでるの??』
って、小学生のころの加奈が興味ありげに聞いてくる。意気込んで加奈に説明する俺もいて。
会えなかった日は、何をおすすめしようか、図鑑を見ながら加奈のことを考えたりして。
あのときの無邪気な俺は、加奈に会えなくなる日が来るなんて、思ってもいなくて。
「太一くん、すごくニコニコして図鑑のお話するんだもん、それが面白くって」
そう言って、あどけなく笑う顔に、幼い面影が重なる。今、あたりまえのように、昔のように、俺のそばにいる、
「加奈」
無意識に、名前を呼んでいた。その後のことは何も考えずに。
「なに??」
加奈が待っていた、続きの言葉を。でも、何も出てこない。
鼓動が早くなる。じんわり手のひらか汗ばむ。なんで緊張なんかしてるんだ。
「太一くん?」
つっ………!
声にならない声が、口から漏れた。何を変に身構えている!? 普通に! 普通でいいんだ!
「えっと………」
「うんうん!」
期待の眼差しを向けられと困る。
「その………」
「うんうん」
「つまりだな………」
「うんうん?」
やば、もう何も出てこなーーー、
「もうお昼だぞぉ」「もうお昼やでぇ」
「「わわっ!?」」
俺と加奈、同時に驚く。きゅ、急に入ってくんなよ! 祐介! 由紀!
だが、とうの2人は、「はもるなよ!」「あわせんといて!」と、仲良く、御争いになっている。やれやれ………、でも助かった。
「か、加奈」
「う、うん?」
「お、お昼食べに、風花姉の喫茶店に行こう」
「あっ、そうだね!」
ぱあっ、と明るくなる加奈の顔。
言いたいことはうやむやのまま。でもこれで良い、これで、良いんだ。
俺たちはまさやんの本屋さんを一旦閉めて、風花姉の喫茶店へと向かった。




