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今日から始まるアルバイト

「えー、今日から夏休みに入りますが、毎日をだらだらと過ごすことがないように。悔いの無い夏休みを過ごすためには、宿題など勉学の予定をしっかり立てて――」


 体育館での終業式の後、俺は教室で担任のつまらない話に付き合わされていた。それは同じクラスの奴らも一緒のようだ。先生の話よりも、それぞれ席近くにいる友達と小声で楽しそうに会話をしている。その様子を見るに、夏休みはどこに遊びに行く? とか予定を立てているってとこだろう。

 その雑談風景は、先生の言っていた宿題や勉学の道から外れるかもしれないが、悔いの無い夏休みにするため、前傾姿勢でのぞんでいるように見えた。

 じゃあ、今日から『まさやんの本屋さん』で店番をする俺はどうなのだろう。


 まさやんに頼まれから引き受けただけ。


 家に引きこもることが無くなる。


 親の心配する目から逃れられる。


 なんとも後ろ向きな姿勢だ。それが俺にとって、悔いの残る夏休みになるのかと言えば、別にそうは思わないのだけど。


 周囲と違い過ぎる自分になんともいえない気持ちが込み上げてくる。


 まあ唯一、俺のなかの前向きな姿勢を上げるとすれば、好きなか本をたくさん読むってとこか。


「ふぅ~……」


 小さくため息をついて教室の窓の景色に目を向けた。綺麗な水色の空が広がっている。瑞々しさを感じさせる夏空が、大海原のような美しい景観に思えて、少し楽しい気持ちになってきた。海に生息する海洋生物のように、上空にも多種多様な生物が沢山いたら面白いのにな。


 俺は空想にふける。スカイフィッシュみたいな生き物とか。いやそれは嘘だったからダメだな。う~ん、空飛ぶペンギンならどうだろう。あいつらは両手を羽のように動かして水中を駈けめぐるし。うん、突然変異で空を飛び回るやつがいてもおかしくはない。


 なんだか妙に納得していた自分に苦笑する。いやいや、それも実在しない妄想のたぐいだろ。スカイフィッシュと、かわらない。 


 高1にもなってこんな妄想してるのがなんだか恥ずかしかった。たく、こんなこと、誰にも言えるわけないよな。


(へえ~! 面白いね! 太一くん!)


 急に隣の席から、可愛らしい女の子の声が聞こえた気がした。脳裏によぎる綺麗な黒髪、そして、さらりと揺らしながら楽しそうに笑う、幼い少女の顔。小学生の頃の加奈の表情。


 心音が跳ねた。思わず視線を隣の席に移すと、そこには――、


「ふへへへへっ……」


「…………」


 俺のクラスメイトで、一応友達という間柄の、風間裕介かざまゆうすけが、布地の筆箱につけている缶バッチ(2次元の美少女が笑顔の品)を見つめながら、にへらと、口元を緩めていた。つまり気持ち悪い笑みだった。


「ん、どったの? 太一よ?」


「いや、……なんでもない。それより、口元のよだれふけ」


「おっ? ふっ……、俺としたことが。カッコわりいとこ、見せちゃったな」


 と、佑介は小声でなんか決め台詞みたいなの言ってきた。顔もどこかすましている。いや、佑介よ、お前はもうすでにカッコ悪いから。たく……、現実にはいない女のギャルゲーのヒロインに思いをはせて、楽しそうに口元からよだれをのぞかせるとは、どうかしてる。


 俺は心の中で嘆息しながら、ハッとする。俺も、スカイフィッシュとか、空飛ぶペンギンとか、そんなバカな妄想していた。そして、脳裏によぎった、小学生の頃の加奈の楽しそうな声と笑顔。思わず横を振り向いた俺は……、佑介とそう変わらんのでは……。


 鼓動が嫌に早くなり、気持ちがずっしりと重い。すごくヘコんでしまった。


「はあ~……」


 思わずため息が漏れる。最近の俺はほんとどうかしてる。まさやんの本屋さんでのバイトを引き受けてからだ。いや、正確にいうなら、まさやんが電話で話していた女性の声を耳にしてからだ。さらに拍車をかけたのは、まさやんがタブレットで見せてきた、加奈の笑ってる、小学生の頃の写メ。


 (太一くん)


 また鮮明に蘇る愛らしい声。気付いたら俺は、口元に手を触れていた。よだれが出てなかったことに安心していた。って、俺はなにやってんだ……。


 恥ずかしさで全身がざわつくも、運よく学校のチャイムが鳴った。


 一気に騒ぎ出す教室。心のざわつきをかき消してくれたみたいで、ほっとした。


 気持ちを切り替える。


 今日から、夏休み。うしっ! 俺のバイトが始まる!


「うしっ! 今日から、俺のギャルゲーライフが始まる!」


 パコーン。


「痛い!? 何すんだ太一!?」


「俺の気持ちの切り替えを邪魔したからつい。許せ」


「なんで上から目線!? ちゃんと謝らんかい!!」


 筆箱で軽くしばいた俺に、ひっどーい!! 私怒っているんだからねっ!! といった様子で、佑介が頬を軽く膨らましている。つまり、気味が悪かった。まったく、そんなことしてるから周りの奴らは、お前との距離を一歩置くんだよ。


 そんなことを思いながらも、佑介と話している自分に苦笑いが漏れる。席が隣で、何かと話かけてくる裕介に反応していたら、気付けばこんな感じになっていた。今じゃ周りからは、変わった者同士の仲良しさんと思われている。非常に不本意だ。


「なあ太一、とりあえずこれからどうする? まずはゲームショップ行くか。お前好みのギャルゲーをまず買わなきゃならんし」


「いやまて、話が明後日の方向に飛び過ぎだ。なんで俺がギャルゲーを買わなきゃいけない」


「ん? だって、夏休みは俺とギャルゲー三昧の予定だろ?」


 そんな予定は知らん……。たく、こいつは……。


「俺はバイトだ」


「なっ!? ええっ!? 太一がバイト!? お前を採用してくれる物好きもいるんだな……」


「なんだその失礼な物言いは」


 俺が睨みをきかすと、佑介はおどけた様子で口を開く。


「だってさ、いつもクールぶって面白みのない顔してるだろ? 面接とか絶対上手くいかなさそうだもん」


 あはははは、と裕介が楽しそうに笑う。悪かったな、面白みがなくて。


 俺は黙々と机の上に置いてある筆記用具やらを片付ける。


「それにしても太一がバイトやるとはね~、何ごとも積極的じゃないお前が珍しいよな~。あっ、もしかして! バイト先に可愛い女子がいるとか!? そうなら、俺も誘ってよぉ~!!」


「近寄ってくんな! 暑苦しい! お前と一緒にするな。まさやんに頼まれたんだよ」


 俺が裕介の顔を両手で押しのけながら言うと、奴は目をくりくりと丸くさせた。


「ん? 師匠のとこ? じゃあ本屋でバイトってことか?」


「ああ。まさやんが沖縄旅行で留守にするから、店番ってとこだ」


「なるほど~。ていうか、まさやん師匠、沖縄行ってんだ~、うらやま。夏、沖縄、ビーチ、そして……、水着のお姉さん方……! くぅ~、師匠!! 羨ましい!! 」


 裕介が両手で自分の体をハグしながら、もだえていた。このアホ、周り見ろ、ちょっと引いてるぞ。あと何が師匠だ。ダメな大人まさやんを師と仰ぐなよ、たく……。


 裕介は一度まさやんと会ったことがある。たまたま俺と一緒に帰宅中、まさやんと出くわしたってとこだ。佑介が俺の友達と知ると、まさやんは強引に俺ら2人を自分の店に連れて行き、そこで、色々と話したことがある。というか途中から、まさやんと裕介だけしか盛り上がってなかったが。たしか、『美人キャラ』と『可愛いキャラ』の定義についてだったか。アホな内容だ。佑介は話が終わった後、なぜかまさやんを、師匠! とか言いだすし。


 なんだか頭痛がしてきた。はあ~、もうさっさと帰ろう。


「おっ! 俺も一緒に帰るわ~」


「お好きに」


 教室を出て、廊下を歩いていく。


「ん~、太一はバイトか~、じゃあ俺1人で、ギャルゲー三昧か~」


「画面の女の子と、よろしくやってくれ」


「画面の女の子とか言うなッつうの。か~、これだからモテないやつは」


「佑介に言われたくねぇよ」


 下駄箱で靴を履き替え、校舎から出ていく。周囲は下校中の生徒で賑やかだ。横にいる裕介が、なにやら目を尖らせている。たぶん、男女で一緒に下校しているやつらを見てるんだろ。


「くぅ~……! なぜ俺には、一緒に下校したり、遊んでくれるステキな彼女がいないんだ……。彼女がいない夏休みなんて……、大きらい。そう思わん?」


「俺に同意を求めるな。別にいなくても良いだろ。佑介には画面の女の子がいるんだから」


「それとこれとは話が別だ!!」


 裕介がすごく怒ってきた。そんなの知らねえよ……。


 俺が額に軽く手を当てていると、佑介が不満そうに口を開く。


「というかさ~、太一は憧れたりしないのか」


「ん? なにに?」


「いや、学校で気になる女子と仲良くなるとかさ、それで、彼女として付き合ったりとかさ」


「そういうのに興味はない」


「たく~、太一はすぐそれだもんな~。でもでもほんとは嘘なんだろ? 今までに1人くらいいるだろ、そういう子さ。お前は割とイケメンなんだからさ~。ギャルゲーの主人公をぎりはれるルックスはしてるわけだし。ほれほれ、今度こそ俺に甘酸っぱい思い出を話してみ」


 うりうり、と俺を肘で突いてくる。う、うっとしい……。たく、佑介はほんとギャルゲー脳だけあって、色恋ざたが大好きだ。ほんと、なんで仲良くしてしまったのか。まあ、後悔するも今さら遅いか。


 俺は、いつもどおり裕介に答える。


「いない、以上」


「か~! またそれかよ~、つまらん男だなぁ~」


「つまらん男で結構だ。んじゃな、佑介。夏休み明けの1ヶ月後に」


 二手に分かれた道で、俺は自分の家へと続く方へ歩いていく。


「ちょいちょい! そんな寂しいこというか普通!? 心の友よ!!」


 俺は無視してすたすた歩いた。すると佑介が声をはる。


「なあ! 時々さ! バイト先に遊びに行っても良いか!! 邪魔はしないからさ~!!」


 どうせダメって言っても、勝手に来るんだろうな……。はあ~……。


 俺は裕介には振り向かず、片手を上げひらひらと振った。


「おっしゃああー! じゃあ俺のギャルゲー進捗報告もかねて遊びに行くから!! 楽しみにしてろよ~!!」


 と裕介の大きく楽し気な声。そんなのいらねえよ……。ツイッ〇ーとかでやれ、そういうの。 

 俺はため息を付きながら、今日の午後の予定を考える。家に帰って、昼飯食って、んで、まさやんの本屋さんに向かって、開店だな。


(太一くん)


「うっ……!?」


 ふと小学生の頃の加奈の顔が浮かんだ。慌てて頭を左右に振る。


 何してんだ俺、しっかりしろ。


 俺は、裕介とは違うだろ。色恋沙汰に、興味はない。


 そんなことより、今日から本屋での店番だ。


「うしっ」


 気持ちを切り替えて、早足で帰宅を急いだ。

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