表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/49

不審者

「ハァ……」


 弱々しいため息とともに、持っていた補充用の文庫本を本棚にそっと差し込んだ。なんだか、仕事が手に付かない。上の空というか。

 俺は『まさやんの本屋さん』で、本棚の整理や補充をしていた。

 今は、店内に客はいない。俺1人だけ。

加奈と気まずい空気になり、風花姉の喫茶店から逃げるように出てきて、もう2時間近くたつ。

 店内の掛け時計に目を向ける。午後の3時になろうとしていた。加奈はまだ、帰ってこない。そのことに、焦りがこみ上げてくる。お、落ち着け、まだ帰ってこないのはちゃんと理由があるだろっ。

 俺は、ポケットにしまってあったスマホを取り出した。もう何度見たか分らないメッセージ画面を開く。

 

『ちょっと加奈ちゃん借りるねっ! 心配しないで! バイト時間内には返してあげるから。そうね、お昼の3時頃くらいになるかも(?_?)』


風花姉から午後1時前に来たメッセージだ。


 このメッセージを初めて見たとき、俺は戸惑うばかりで。まあ今もそうなんだが……。加奈は、風花姉の喫茶店で昼飯を食べた後、こっちに戻ってくると思っていたから。

なんで急にそうなったのか、理由を聞きたかった。でも俺は少し考えて、聞くのを止めた。原因は、きっと俺にある。だから―――、


『わかった』


 と、そう短く返しただけ。


 ポケットにスマホをそっとしまう。力の無い足取りでレジの方にある椅子に向かった。重い腰を降ろして座り込む。冷房の無機質な音が嫌に響く店内で、今日の自分の態度を思い返す。

 加奈に対して、すごく冷たい態度をとっていた。午前の仕事中に加奈のミスを責めてしまったり、午後も風花姉の喫茶店で蒸し返すようなことをして。


「加奈をフォローしなきゃいけない立場なのに……」


俺は、なんでそうできなかったんだ。


『素直に可愛いって言えばいいじゃない』


「うっ……!?」


 風花姉の言葉が、急に俺の頭の中で蘇る。なに考えてんだ、い、今は関係ないだろっ。


「……、いや」


 そんなことない、よな。


「はあ~……」


ほんとは、分ってる。俺が、加奈に冷たい態度をとってしまった原因。

『まさやんの本屋さん』に来たお客さん、そして、風花姉。皆が口々にしていた事を、俺も素直に言えば良かっただけなんだ。そしたら、変にギクシャクすることもなく、加奈と普通に接してたはずだ。

 加奈の装いを思い出す。膝丈の清楚なスカートに、ゆったりとした白のノースリーブブラウス。艶やかな黒髪は、淡いピンク色の小さなリボンでゆるく後ろに纏められていて。

 ふわっとした優しい雰囲気。綺麗でいて、―――、『可愛い』。


「……、っつ」


 胸が、高鳴る。


 思わず首を左右に動かした。店内には、誰もいない、もちろん加奈も。そのことに安堵する。いやいや、今、ここにいないって分かってるだろ。

 そう思っても、気になってしまって。今さら、加奈に面と向かって『可愛い』なんて言えるわけでもないし。というか、加奈が帰って来ていきなりそんなこと言ったら不自然だ。余計、接しづらくなるだけ。


ふぅ……、そういや、今って……。


また、店内の掛け時計を見てしまった。思わず目が見開いた。


なっ!? もうすぐ3時!?

 


鼓動が粗々しくなる。


 どうする!? もうじき、加奈が帰ってくる。

視線を店のドアに向けた。すると、ちょうどそこに人の姿が。思わず喉が鳴った。


 店のドアが開く。


と、とりあえず、お帰り、って言おう!


「加奈! おかえっ……!?」



俺の緊張が急激に高まる。

首が硬直して、動かない。というか、目がはなせない。だって今俺の視界、正面には、


野球帽のような、つばのある帽子を目深に被り、大きなマスク、そして、黒のサングラスをかけた、明らかに不審な人物が入ってきた。

おいおい、強盗犯みたいな格好すぎるだろ。


俺は突然の出来事に、レジカウンター内で身動きが取れなかった。そして、正面にいる不審者も。

でっかいサングラス越しに、俺をじっと見つめているような感じだった。


えっ、えっと、加奈なのか……? てか、怖い……!


俺の周囲には、何とも言えない張り詰めた空気が漂っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ