入寮 -2
美味しいお昼ご飯を堪能して、あたしたちは食後にお茶まで貰ってしまった。スープの他に、だ。
ご飯を受け取ったカウンターには、いつもポットが置いてあるという。魔法で常に温かく調整されているというそれから、今日はレディ・イレーネがお茶を注いであたしたちに配ってくれたのだ。
「皆さんにお茶は行き渡ったわね? それでは、本日この後の予定についてお話ししましょう」
そうだ。今日はまだお昼が終わったところだ。明日から授業ってことは、入学式は今日なのだろうか。というか今日だよね、多分。入学試験のその日に入学式っていうのも、凄い日程ね。
「すでに師匠等から聞いていて、お気づきの方もいるでしょう。今日はこの後、夕方から陛下がお出ましになり、入学式が先ほど試験を行った大広間で行われます。
その後は、同じ大広間にて、私達や他の教員、皆さんの兄弟弟子も交えてのパーティになります。夕飯は、そこで立食形式で取ることになります」
ハルトムートさんが言っていた、陛下からお言葉を頂ける、という入学式。その後のパーティ。みんな両手でマグカップを抱きしめつつ、パーティに思いを馳せる顔をしている。あたしだってそうだけど、パーティなんてお話でしか聞いたことない子が多いと思うの。もしかしたら貴族の出身で、慣れている子もいるかもしれないけど!
あ、でもそういう子の知っているパーティとは、また違うのかな。それなら、大店の子の方が、知っていそうだ。
「それまでは自由時間、となります。ではその前に皆さんがこれから過ごすお部屋に案内しましょう。
それぞれの部屋は二人部屋です、部屋割りはこちらで決めさせていただきました。
皆さんのお部屋があるのは、このすぐ上の二階。一つの学年につき、一つのフロアが与えられています。
各お部屋にはそれぞれ、お手洗いとお風呂があります。魔導師のお家に弟子入りしていた子たちは知っていると思うけれど、水もお湯も、それぞれ自分たちで準備してちょうだい。これも魔法のお勉強の一つですからね」
風と大地の一色しか持たない子たちから悲鳴が上がる。あたしは火と水の二色だから、水を出すのは、まぁ、出来なくはない。実はそんなに得意ではないのだけれど。まあ、部屋割りはその辺も考慮されているだろう、と信じるしかない。
「それじゃあ時間が来るまでは、それぞれ荷解きもあるでしょう。同室の子や、これから一緒に暮らす仲間達との交流に使いなさい」
「案内するわ。付いてきて」
あたしたちを庭園から寮まで導いてくれた先輩が立ち上がって、階段へと向かう。あたしたちもテーブルから立ち上がって、その後に着いていく。え、テーブルの上にマグカップ置いて行っていいの? すぐにお水につけないと、茶渋残っちゃわない?
「ごちそうさまでした、レディ。あの、マグカップ」
「ああいいよ、お嬢ちゃん。今日はこっちで片づけとくから。明日からはカウンターまで戻してね」
「ありがとうございます、サルバトールさん。とても美味しかったです!」
サルバトールさんにお礼を言って、あたしもぱたぱたと足音を立ててみんなの後を追う。はしたないけれど、仕方ないじゃない! 走らないと、置いて行かれるだけだもん。
階段を上ると、左右につながる廊下がある。右を覗いたら扉が四つ。左側にも扉が四つ。それから、階段の向かいに一つ。
「あっちの奥からふたつは、洗濯室と洗濯を干す部屋になるわ。各階の同じ場所にあるから、もしも混んでいるようだったら一つ上、ほとんど誰もいない三年生の階を使うといいわ。私達もそうしてきたしね」
つまり合計七部屋。総数十四名がこのフロアで暮らすことになるのだけれど、あれ、あたしたちの学年十三人じゃなかったかしら。て事は一人、一人部屋の子が出来るって事よね。羨ましいのか、それとも一人は寂しいかな。師匠のところは一人部屋だったというか、二階にはあたししかいなかったからなあ。
先輩が紙をみながら、一人ずつ名前を呼ぶ。
「次は、エリーナとスーリエ。あなたたちの部屋はここよ」
「はーい」
「エリーナ、これからよろしくね」
あたしとスーリエの部屋は、階段を登った正面の左となりの部屋。部屋のドアを開けたら斜め前に階段だから、うん、悪くない。何がって、遅刻しそうなときに階段を掛け降りるのに、よ。
互いに少ない荷物を抱えて、部屋へとはいる。解くような荷物は持っていない。たぶんそれはあたしだけじゃないと思うのだけれど。服は制服があるでしょう? あとは替えの下着とブラウスくらいだし。ペンもノートも支給されるって言うから持ってきていないし、自分のものなんてあとは魔法の媒体のこのランプくらいなものだ。
部屋に入ったら、ドアの右側にトイレとバスタブ。ありがたいことに、どちらも独立していた。
「あら、このバスタブ魔方陣刻んでないわ」
思わずそう呟いたら、荷物を置きにいっていたスーリエがこちらに笑いながらやって来た。
「灯火の魔導師様のところは、必要そうよね」
「そうね。お湯にするのはみんなできても、バスタブに水を張るのはあたしも苦手だもの」
これだけの量の水を出すのは、あたしの場合はお湯だけど、楽ではない。できなくはないけれど、毎日はきつい。ああでも毎日やったら、三年後には辛くなくなるのかしら?
「ねぇ、スーリエはこのバスタブ一杯のお水出すの、大変じゃない?」
「ええ、私には容易いわ。一回で出せる量かな」
「それじゃあお願いしても良いかしら? 練習のためにあたしが自分でやった方がいいのかな」
「少なくとも、お湯にして貰うのはやってもらわないと困るわ」
あたしとスーリエは顔を見合わせて笑った。ことお風呂に関しては、あたしたちは困らなさそうだ。勿論授業で異なる属性の魔法を習う日も来るだろうけれど、それまでは何とかしなくてはいけないのだから。
コン、コン。
控えめに、部屋のドアがノックされた。
「はぁい」
出てみるとそこには、同じ学年の他の人たちがいた。みんな揃っているかどうかはわからないけれど。
代表してドアをノックしたのは多分、扇が媒体の微風の魔導師の弟子の子。
「お忙しいところお邪魔して申し訳ありませんわ。ですが、どうしてもあなた方にお願いしたいことがありますの」
「お風呂の事ね」
「ええ、そうです。話が早くて助かりますわ」
扇を開いて口許を覆い隠すその仕草は、貴族のものだ。と、思う。前にどこかの大きな街で一緒になった劇団の人がやっていた、貴族の演技ににているもの。今度聞いてみようっと。
「私達はなんとか出来たとしましても、見学のつもりで来ていたのに合格してしまった子らはそうもいきませんでしょう?」
「……火の魔法が使える人、あたし以外にいたかしら」
「私も使えなくはありませんが、バスタブ一杯の量をお湯にするのは自信がありませんわ」
これから季節は冬になる。出来ればその前に、お湯を張れる人を一人でも増やしたい。みんなで手分けしてお風呂の準備をしているうちに、水を出す量も増えそうだわ。増えると良いな。
「名乗りが遅れました。私はエリーザベト=ヘンネベリ。ヘンネベリ伯爵家の息女です」
「やっぱり貴族のお姫様だったのね! あたしはエリーナ。どうぞよろしく」
「私はスーリエよ」
廊下にいた他の子からもパラパラと挨拶の声が上がる。まさかこんなところで最初の挨拶をすることになるとは思っていなかったけれど、三年間よろしくね、と皆で笑ってそれぞれの部屋へと戻っていった。
あたしと同じ火を使える子も少ないけれどいないわけではなかったし、水に関してはさらになんとかなりそうだった。
部屋の中には、左右対称に二台のベッドと机。それから簡易なタンスが一つづつ。
「私こっち使って良い?」
「わかった、じゃああたしがこっちね」
特に希望もなかったから、スーリエの希望を叶える形で使う場所が決まる。
机には細長い引き出しがひとつ、それから、横の部分にそこそこ大きな引き出しが縦に二つ。椅子を引いて座って、机の引き出しを開けてみる。天板のすぐ下にある細長い引き出しには、数札のノートとペンが入っていた。支給されるとは聞いていたけれど、すでにここに入っているというのにはちょっと驚いた。
そこに、ハルトムートさんから貰ったノートを一緒にしまっておく。このノートを使う日は、多分もうしばらく後だと思う。だって図書館、まだ案内されていないもの。
「あ、ねぇスーリエ、お洗濯場見に行かない?」
「そうね。エリーナはここまで何日かかったの?」
「十日。だから出来るなら洗っちゃいたくて」
「遠かったのね。かく言う私もそんなに変わらないけどね」
鞄の中から洗濯物を取り出して、一緒に洗濯室へと向かう。そこには大きなたらいがいくつか置いてあって、洗濯板も洗剤も置いてあった。ただし水瓶はない。
まあ、水は自分で出せということなんだろう。実際それで事足りるし。火の一色しかない魔法使いは水を出すのが最後まであまり得意ではないので、自宅の瓶に魔方陣を刻んでそれを補助することになるのだけれど。誰の話って、もちろんうちの師匠のことよ。
大きなたらいに洗濯物をいれて、洗濯物にうっすら被るくらいの水をたらいの縁を叩いて呼び出す。
器に水を満たすときは、その満たしたい器の縁を叩くか撫でるかすると良い。理由はいまいちわからないのだけれど、多分、そうすることで適量がわかるんじゃないだろうか。
「さて、と」
靴下を脱いで、スカートの裾を捲り上げて、あたしはたらいの中の洗濯物を踏む。
スーリエはそんなことをしないで洗濯板でこすっている。
足で踏むのは脱水の時にって人もいるけれど、あたしは何となく先に踏む。その方が洗剤の浸透が良いって、一座の人がいっていたからだ。
「エリーナ、そんな風にするとすぐ痛むわよ」
「もうすでに痛んでるものだもの。優しく手洗いしないといけないほどのものでもないわ」
あたしたち庶民が使っている服なんて、それほどよいものはないのだ。貴族のご令嬢だったりすると、一日に何枚もドレスを替えたりするらしいし、そもそも絹とかだろうから、洗うのにすごく気を使いそうだ。
水に溶かした洗剤がまんべんなく服に染み渡っただろう頃に、あたしは桶から出て足を乾かす。乾かす魔法は風の魔法の方が季節関係なく使えて良いんだけれど、生憎あたしは風の魔法がまだ使えない。学院で学ぶからと師匠が教えてくれなかったのだ。あたしの場合はまず火と水の魔法を覚えなければ、他の魔法を変に覚えてしまうから、らしい。
それでも似たことはできるから、良いんだけどね。
「ねえスーリエ、水の魔法で、こう、お洗濯を楽にするようなのないの?」
スーリエは使えなくても、お師匠様とか兄姉弟子の誰かが使えていたりすると良いなと思って聞いてみる。まあそれでも、あたしがそれを使えるようになるかと言うと、多分無理なんだろうけれど。
「聞いたことない気がするわ。あったら多分、うちの師匠は最初に弟子にそれを教えるもの」
「スーリエのところのお師匠様も、お洗濯嫌いなんだ」
「洗濯だけじゃないわ。家事全般嫌いで、その為に弟子を取ってるみたいなもんよ」
「わかる。うちの師匠もそう。最初の頃色々食べに連れて行ってくれていい人だなって思ってたんだけどね」
「お料理嫌いな人かー」
「出来るけどやりたがらない口でねー」
そういう意味では、師匠にとても大事にされていた。エリーナは食べることが好きで助かるって、ちょっと言ってる意味がわからない。ちなみに師匠が一人の今はベッティさんの店に入り浸っていることだろう。食べないよりはましなので、まあそれはいい。
そんな風に互いの師匠の話なんかをしながら、持ってきた服を洗って、絞って、たらいから出して積んでいく。十日分の洗濯物はすぐに積み上がってしまった。
「ふぅ、エリーナお疲れさま」
「スーリエもお疲れさま。それじゃあ物干場にいこうか」
「ええ、そうしましょう」
洗濯室の中に、隣の部屋と続くドアがある。廊下から物干場に直接行くことも出来るけれど、洗濯室の中から一度廊下に出ないで物干場に直接行けるのはとてもありがたい。
たらいの水を捨てて、軽くたらいを乾かして、絞った服をたらいにいれる。スーリエのたらいも乾かそうか、と声を掛けようしたけれど、スーリエのたらいも乾いていた。
「水を乾かす魔法って、土の魔法以外にはあるのかしら」
「そうね、火と風はあるのを知ってるわ」
あたしは風の魔法を使えないけれど、兄弟子のワイアットが風の魔法を使えた。だから知っているのだとスーリエに話した。師匠? 師匠は火の魔法しか使えないから、洗ったあとはただ干していた。自然の風が乾かしてくれる、っていって。
「消火の魔法と同じで、脱水の魔法も難しいみたいなのよね」
なくはない、ということなのかしら。
師匠から聞いたところによると、昔は今よりも魔法が発展していたときもあったそうだ。ずっと発展し続けていた訳じゃなくて、たまたま大賢者様みたいなすごい人が何人もいたことがあった時代があったんですって。その時に一気に発展したんだけれど、生憎それを維持できるだけの人材がそのあとの時代にいなくて、一進一退、なんだとか。
つまり服を簡単に乾かすためには、風の魔法を覚える必要がある、ってことになるのよね。
仲良くなったら、エリーザベトが乾かしてくれたりしないかしら。そよかぜの魔法使いの卵だから、きっとあたし達より簡単に乾かせるようになると思うのよね。そのうち打診してみようかな。
物干し部屋には、いくつもスタンドが置いてあった。スタンドは行儀正しく、三列に並んでいる。スタンドの端と端にロープを引っ掻けて服を並べて干して乾かすみたいだ。
これ、自分の洗濯物を取りに行く際に誰かのを潜らなくてすごく良いわ! お行儀よく並んでいるスタンドの間には、通路ができている。全員がここに干したらちょっと避けたりしないときついかな? とは思うほどの通路幅だけれど。
スタンドには自分の名前のついたリボンがすでに巻いてあった。あたしのリボンはハーフマントと同じ色だったから探しやすいけれど、黒の魔法使いの子達は探しづらそうね。
スタンドに洗った服を干して、一息。ついたあたりで、隣の洗濯室が騒がしくなってきた。考えることはみんな一緒かー。
とりあえずここまで。
次は入学式編になります。