入学試験 -3
「さてそれでは試験を再開しよう。バフィト」
残ったあたしたち三人の方を向いて、試験官の魔導師様は、バフィトを指名した。
「はい。大賢者フリュクレフの十四番弟子、バフィト。火と風の二色です」
大賢者さまの弟子! それもすごいけど、十四番目というのもすごい。うちの師匠にも見習ってほしい。うちなんてあたしでようやく三番目。あたしの最初とワイアットの最後が少しだけ重なったのだけれど、それでなんとか自信を持って、そろそろ少し時期をずらして二人の弟子を受け入れようかとか考えている。二階の弟子の部屋は三部屋あったから、あと一人入れられると思うんだけれど、まだ自信がないからと言っていた。いつか、あそこが全部埋まるといいな。
バフィトはろうそくを手に取って、息を吹きかけた。息は炎になって、蝋燭に火は燃え過ぎずにちゃんとついた。え、凄い。あたしあんなことできない。
ああそうか、風と火だから、そういう事が出来るのか。ワイアットは出来るかな。……しなさそうだなぁ。多分ワイアットはそのままつける。だってその方が楽だから。
今度はおそらく媒体なのだろう、バフィトは短剣を取り出して、蝋燭の芯を切り飛ばした。短剣を振り抜いた先には水のたっぷり入った壺があって、蝋燭にともっていた火は、火の玉になってその壺へと落ちて行った。
じゅっ!
火が消える音がして、壺から煙が立ち上る。
えー、えー。何あれアクロバティック。王都の子供たちも見たかったろうなあ! あたしは思わず拍手をしそうになって、直前で慌てて止める。違う。これは大道芸の類じゃない。ここは、王立魔法学院の入学試験の会場だ。
「よろしい。合格としよう。ただしバフィト、これは私が今回の試験官であったからお前の魔力がちゃんと操作されている、と判断できたのだということを忘れないように。これが他のものだったら、遊びすぎだと落とされているところだ」
「すみません、先生」
「風で火の玉を操るのは本来高度な魔術だ。学院の入学試験で行うような魔術ではないということだけ、その肝に銘じておけ。そろそろ刻む場所はなさそうだがな」
「はーい」
どうやら、あの白髪の試験官の魔術師様は、大賢者フリュクレフその人らしい。あり得ない話ではないかな。ハルトムートさんが言うには、ここの学院長先生らしいし。むしろ、バフィトが大賢者さまの弟子だという方が驚きだ。あたしはあたしの師匠も大好きだし誇りに思っているけれど、ちょっとうらやましいかもしれない。
どんなことを教わったのか、あたしも合格したら聞こう。
「次に、シグリッド」
「はい。大賢者フリュクレフの十三番弟子、シグリッド。水と風、それから大地の三色です」
三色は、珍しい。
今も、二十人以上いる魔導師の弟子たちのうち、二色以上が三人。これだって、王立魔法学院だから二人も二色がいた訳で、三色なんてめったに出ないのだ。いや、あの、でもちょっと待って欲しい。あたしの前に三色の人が魔法を使ったら、あたしだって同等かそれ以上だって思われるじゃない。
まあ、思われたところであたしの使える魔法は二色なんだけれど。それでも! それだって凄いらしいんだから!
シグリッドは少し眉をしかめながら、壺の側に歩いていく。そして壺の上に手をかざすと、水が風で緩やかな円を描いて壺に入っていった。さっきのバフィトの魔法もすごかったけれど、シグリッドの魔法は優美だ。とても綺麗だ。
思わず、感嘆の溜息から口から洩れた。あたしだけじゃない。スーリエや、他の受験者たちも同じだった。特に水の魔法使いたちは、それぞれ自分の媒体に手を伸ばして、何事か考えているようだった。
試験官の大賢者さまの視線が、こちらに向いた。そして、楽しそうに細められた。他の魔法使いに、影響を与えること。与えられた影響を、素直に自分に落とし込めること。それは、確かに大事な素質かもしれない。大賢者さまはそれを見て、喜んでいらっしゃるのだろう。
まだ、試験を受けてもいないあたしだけは、そんな気分にはなれないけどね! いいじゃないやってやろうじゃない。しんがりとか素敵じゃない!
壺の半分ほどに水を入れたシグリッドは、そこで水を出すのをやめて、ひとつ溜息をついた。それから大きく息を吸い込み。四角い箱の方へと、手を向けた。大地の魔法! 初めて見るから、少し楽しみだ。
箱は動いていないのに、中の土だけが振動していた。
地味だ。
いや、あれ、もっと大規模で行われたらとても危ない魔法だとは思う。大土の魔法の逆を行っている、というのは分かるんだけれど、如何せんさっきのとても優美な魔法を見た後だけに、地味っぷりが凄い。
脈動する土は、箱からは決して落ちず、ただただ箱の中で土だけが振動している。うん、凄いとは思う。魔力の制御という点では、とてもすごいと思う。けれど、とても良く制御された魔法とは、とても地味なのだと、いい勉強になった。
「それでは最後にエリーナ。体調はどうかね?」
「お気遣いありがとうございます。もう大丈夫です」
あたし、よほど顔色悪かったんだろうか。気を使われてしまったのが分かる。というより、周りにいるみんなも、とても心配そうにあたしを見ていた。ああ駄目だ。周りにちゃんと気を配れていなかった。そうか、それほどあたしは具合が悪かったのか。
あたしは、大賢者さまと、それからあたしを心配してくれていた皆に頭を一つ下げて、一座の歌姫に教えてもらった通りに声を張り上げた。
「灯火の魔導師、ヴィムの三番弟子。エリーナです。火と水の二色です」
シグリッドの時とは、違う声が上がる。
ああ、そういえば師匠も最初驚いていたな。相反する二色が出るのも、珍しいんだっけ。あたしとしては、便利の一言に尽きるんだけれど。
あたしはいつも寝る前に、お風呂に入る。これからの季節は、顔を洗ったり手を洗ったり、料理をするのにも水は冷たいから、ぬるめのお湯がいい。
あたしは壺の側に行って、そっとふちを撫でた。半分ほど水の入っていた壺は、口まで一杯に水が入っている。けれど溢れてはいない。手を差し込んでも、溢れない程度には少なくなっている。目のいい人には、ここからわずかに立ち上る湯気が見えているだろう。
「すまないが、何をしたのか教えてくれるかね。いや、君の魔力が壺に作用したのは見えた。君の繊細な魔力操作に、ミスはない」
「壺をお湯で満たしました」
「水を温めたのではなく?」
「はい、最初からお湯を出しました」
そっと、大賢者さまが眉間に手を当てた。あれ、もしかして、いけなかった?
「エリーナ」
「はい」
「師匠のヴィムは、それは初級魔術ではないといわなかったかな?」
「あ、そういえば言っていたかもしれません。でもすみません、あたし、ゆっくり火で温めるのは出来ないんです」
師匠と何度もチャレンジしてみたけれど、どうしても適温になってしまうのだ。これくらいの温度がいいな、と思ったらそうなってしまう。もうちょっと温かくしよう、と思うようにはならないのだ。じわじわと温める、というのは、どれだけ練習してもできなかった。お湯だけじゃない。料理だってそうだ。あたしの火は絶対に、天井を焼くなんてことはないだろう。もちろん、天井を焼こうと思ったら、出来るだろうけれど、失敗して天井を焼く、ということはない。
それが、師匠があたしの魔力に対して出した結論だった。
「ふむ。すまなかった。後で君の受験票に添えられたものを読む必要がありそうだ。いや、あらかじめ読んで置かなかった私が悪かった。
エリーナ心配をかけたのならすまない。君も合格だ。ただし、後日学院長室で君の話を聞かせてもらうことになる」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
大賢者さまのお顔は、あたしがお湯を出して見せた時の師匠と同じだった。怒っているんじゃなくて、面白がっている、お顔。単純に、どうしてそうなるのか解き明かしたいだけなのだ。ハルトムートさんに知られなくてよかった。知られたら、きっとハルトムートさんも興味を持ったかもしれない。
「さて諸君。ここに新たなる魔法使いの卵が産まれた。魔導師の弟子、全二十二名並びに先に退出しているが市井より集まった七名の計二十九名が今年度の新入生となる。
是非全員揃って卒業できることを祈る。
まずは長旅ご苦労だった。庭園に諸君らの兄弟子、姉弟子が結果を今か今かと待ち望んでいるだろう。授業は明日よりはじまる。今宵はその疲れを癒すがよい」
試験官の先生たちが、大広間の庭園につながるドアを開けた。そこには、上級生たちが待ち構えていて、口々に自分の弟弟子、妹弟子の名を呼ぶ。
「ティム!」
「カレーリナ! よかった、いや不合格になったことは今までないって聞くけど、それでも心配で」
「エリーナ、やあ、やっぱり来たね」
「ワイアット! ええ来たわ!」
背の伸びたワイアットが、軽く手を挙げたので、あたしはジャンプしてそこにハイタッチをした。ワイアットだけは、あたしの夢を理解してくれた。師匠だってわからなかったのに、ワイアットは分かってくれたのだ。
そして褒めてくれた。その為に行動を起こせた君は、素晴らしいよ。って!
「ワイアットはどう? ともしびの魔法使いになれそう?」
「まだ確定には至らないけれどね、今のままならなんとかなれそうだよ」
「おめでとう! あと一年、頑張って!」
ぱん、ぱん!
ワイアットと楽しく近況報告をしていたら、庭園の中央で手を叩く音がした。そちらを見たら、優しそうな男の人と女の人がいる。ワイアットと同じくらいだろうか。二人とも黒いハーフマントを羽織っているから、ここの生徒だろう。
「さて、再会を喜ぶ気持ちも分かるが、そろそろ寮へと移動しよう。寮母さんが首を長くして待ってくれている。
男の子たちはこっちについてきて」
「女の子たちはこっちよ。ようこそ、王立魔法学院へ」
「ようこそエリーナ。王立魔法学院へ」
もう一度、ワイアットとハイタッチをして、あたしはその人についてスーリエと一緒に女子寮へと向かった。これから三年間、あたしはここで学ぶのだ。友達を作って、図書館にある本をたくさん写本して。
できれば恋もしたい。素敵な先輩に恋をするのもいいし、誰が格好いいとか、寮の部屋で友達同士で盛り上がるのもいい。そうだ、誰の師匠が恰好良いかって話で盛り上がるのもきっと素敵だ。
あたしは、魔導師の弟子から魔法使いの卵になった。頑張って孵化して、一人前の魔法使いになりたい。
そりゃ最初は、ご飯を食べる時の選択肢が欲しい、だった。けれど今は違う。師匠の下で勉強して、あたしは魔法使いになりたくなった。師匠みたいな魔法使いにはなれないかもしれないけれど、あたしだってきっと誰かの力になれるはずだ。
あたしは、そんな魔法使いになりたい。
次は寮での話になります
ところでそろそろ登場人物一覧必要ですかね
王子様たちとか王妃様たちとかは別として、これどう考えてもクラスメイトだけでも結構な量にならない?
20190810 誤字修正しました
そしてルビを振りました