入学試験 -2
「それではこれより、王立魔法学院入学試験を開始する」
そう厳かに告げたのは、白髪の男性。黒く長いローブに、銀糸で縁取りがされている。あれもおそらく、刻まれた魔法だろう。何が刻まれているのだろう。
あたしたちも、それから反対側の壁に集まってる子供たちも、静かにその人を見つめた。
部屋の中には、その人の他にも四人、同じように黒いローブを着た人が入ってきた。彼等は部屋の四隅にそっと音も立てずに立っている。
「まずは各地より集まった魔導師の弟子たちにこれまで学んだ魔法を披露してもらう。それを持って、入学試験とする」
あたしたちはまず、大体が、師匠の下で文字を学ぶ。教会の学校で学ぶセルベル文字だけでは、魔法陣を描けないからだ。あたしたちは神学校に通う子供たちと同じように、グレタ文字も学んだ。てっきりこのサランドナ文字でペーパーテストでもあるのかと、実はちょっとだけ心配していた。苦手な訳ではないけれど、苦手意識があるの。それだけ。
あたしの後にも魔導師の弟子は十人くらいやって来ていて、今では二十人ほどいる。それでも、ハルトムートさんの頃と比べると半分にも満たない。師匠が言うには、卒業の頃には半分も残らないらしいけれど、果たして本当なんだろうか。これで半分とか、卒業十人に満たないの? あたし残れるか自信がないんだけれど……いやいや、なにを弱気になってるの。まだ入学できてないっていうのに!
「さて、最初は誰がやる?」
白髪の試験官を務める魔導師様の言葉に、あたしたちは視線を彷徨わせる。最初にやりたくない、という訳ではなく、なにをすればいいのかわからないのが大半だからだろう。師匠、出来ればもうちょっと試験内容について教えておいてほしかった。
「漣の魔導師、ヴィオッツィが九番弟子、スーリエと申します。適正は一色、さざなみです」
スーリエが、真っ直ぐに手を挙げた。
あたしたちは一歩ずつ下がって、スーリエが部屋の真ん中にある壺とか旗とか箱とかの所に行きやすいようにする。スーリエは大きな壺の所に行くと、制服の胸元からペンダントを取り出した。その先端に、小さくて可愛い貝殻が付いていた。後で見せてもらおう。
あたしたちともしびの魔法使いの媒体はランプ、蝋燭。さざなみの魔法使いの媒体は貝殻。水そのものという人もいるらしい。そよかぜの魔法使いは扇や鳥の羽根。おおつちの魔法使いは、ツルハシなんて人もいるという。人によって千差万別だ。相性のいい媒体に早く出会えるかどうかも、魔法使いとして大成するかどうかの分かれ道らしい。
バフィトやハルトムートさんみたいな普通の魔法使いは、指輪とか腕輪、魔法を刻み込んだ杖に、魔法騎士様なんかだと使う剣に魔法を刻み込んで媒体にするともいう。魔法の媒体は、やっぱりその人に合うかどうかが大事だけれど、大きければ大きいほど、魔法を媒体そのものに刻み込めるから、魔力が小さくても扱いやすくてよいとされる。また逆に、媒体が大きすぎて使いにくい場合もあるから、やっぱり相性なんだと思う。
スーリエは壺の上に貝殻のついたペンダントを持ち、二度三度と振った。巻貝の口のところから水があふれ出て、壺の中を満たす。
「おー!」
「すげぇ、あれが魔法か!」
「呪文唱えないんだなぁ。ほら、吟遊詩人の歌とかだと、むにゃむにゃーって」
「ばっか、お前。あれは魔法使いだろ、あのひとは漣の魔導師の弟子だって言ったじゃん。水の魔法を使うのは得意なんだって」
小さな声で、見学者達が好き勝手言い合っている。
でも、概ねその通りだ。向いている魔法を使う時、あたしたちは呪文を唱えない。ただ、今この場で使われている魔法は、ごくごく初級の魔法で、だからこそ呪文を必要としない、というだけのこともある。
そもそも、今スーリエが使った魔法は水に適性があるからあたしだって使えるし、おそらく卒業するころには水の魔法に適性がなくても使えている。あれ、ちがうな。卒業するころには、もっと難しい魔法が呪文を使わずに使えるようになっていなければいけないんだって、師匠に聞いた気がする。
スーリエの後、何人か水の魔法だけを使う人たちが続いた。あれでいいのなら、と思ったのだと思う。それから風を起こす魔法だけが続く。やっぱり、あの旗に遠くから風を送るので良かったらしい。あたしは風に適性がないので知らなかったけれど、多分そういう風に練習するのだろう。
そして、一色の魔法使いたちの試験が終わった。あたしも見学の子供たちと同じように、ついつい見入ってしまっていた。今回、土の魔力を持つのはみんな複数もちだけらしく、まだ誰も出ていない。どうやって使うんだろう、あの箱の中の土。
ちなみに残った二色以上の魔力の持ち主は、あたしと、バフィトと、最後にやってきた青みがかった銀色の髪の持ち主だけだ。
「なんだよ、魔導師に弟子入りしてなきゃ、試験すら受けられないのかよ」
ぼそりと、そんな声が聞こえた。見学だけじゃなく、受験しにきた子もいるらしい。
白髪の試験官が、あたしたちに手だけでしばらく待てと合図して、部屋の反対側にいる子供たちを見る。さっきスーリエが前に出た時のように、子供たちの人垣が割れて、一人の男の子まで視線が通った。
洗ってないだろう服に、髪の毛。靴は履いてない。彼は、スラムの子供だろうか。
王都にも、スラムはある。教会や貴族がどれだけ手をつくしても、貧困はそう簡単になくならないし、親のいない子供も減りはしない。あたしはまあ、貧乏だったけれどもう何日もご飯を食べてないなんてことはなかったし、両親もそろっていた。彼等に比べれば幸せだと思うけれど、幸せは他人と比べるものではない。だってそれだと、あたしより裕福な子は押しなべてあたしより幸せになってしまう。あたしより裕福だって、お父さんとお母さんと一緒にご飯が食べられなかったら、その子の中ではそれは不幸だからだ。あたしは一座でそう教わったし、座長のその教えはまあちょっとお綺麗すぎる気もするけれど、大きく外れてもいないと思う。
下を見たらきりがないし、上を見てもきりがないもんね。何が幸せかを決めるのは自分自身だっていうのは、あたしも思うし。
「魔導師の弟子たちと、君たちとでは試験内容は異なる。
君たちはまず、彼等の試験を見、早ければ半年後にはあれらの魔法行使できるかどうかの試験を行うこととなる」
初めて聞いたけれど、あたしたちが二年で行うことを彼等は半年でやるのか。かなりつめこみだな、と思ったけれど。だからこその徒弟制度なのかもしれないし、それについてこれるくらいのエリートでなければやっていけない、ってことなのかもしれない。
「ふぅん、最初からできないって決めつけんのかよ」
「やめろよロルト、喧嘩しに来たわけじゃないだろ」
同じようなスラム出身のように見える少年が、隣で止めている。彼はきっと、見学に来たのだろうなぁ。そうしたら友達が喧嘩を売るとか、うん、とんだとばっちりだわ。友情にひびが入らないといいけれど、それはまあ、あたしの知ったことではないか。
す、っと白髪の試験官を務める魔導師が天井を指さした。つられて、あたしたちは天井を見上げる。
そこには、元はなにか天井絵が描かれていたのだろうに、一か所だけ無残な焦げ跡があった。修理もされていない。
「君はあれをどう思う?」
「すげぇ!」
「そうか、凄いか。あれは制御されていない火の魔法を使ったがために起きた傷跡だ。あれは運よく天井に向いたが、さて、君の隣の友人に向いたらどうなると思う?」
その言葉に、感情はなく。ただ淡々と真実だけを紡いでいた。
あたしのこのハーフマントには、魔法が刻んである。灯火の魔導師である師匠が刻んでくれた、炎を退ける魔法が。だから、あの魔法がこっちに来ても。うん、無理。あれは無理。あんなすごい炎は無理だわ。
「今ここで彼ら魔導師の弟子たちに見せてもらっているものは、己の魔力を制御できるか否かだ。彼等はその術を、魔導師の弟子として働きながら二年かけて学んだ」
あたしは暴走するほどの強すぎる魔力は持っていなかったから、そんなに大変でもなかったけれど。確かに、あれほどの焦げ跡をつける魔力の奔流がこっちに来たら、守り切れる自信はない。あたしの後ろにいるだろう魔法使いの卵たちも、あたし自身も。あたしは魔力の乗った魔法を、師匠が何とかするところは何度か見た。けれどそれにどのような魔法が使われていて、どのように魔力を流して、とかは、まだ理解していないし、自分で使うこともできない。
「さてそれと同じことが、何も学んでこなかったものにできるかと言えば否だ。我々が君たちに求めることは彼等とは異なる。故に、君たちとは試験内容が異なる。
ここまでは、理解できるかね?」
ロルト、と呼ばれた彼はぐっと唇をかんだ。拳も震えるほど強く握っている。
えーとね、あの魔導師様、学べばできるようになるって言ってるんだけれど。分からないのかな。分からないよな。難しいよね。
「さてそれでは要望に応え、いつもとは順序が異なるが諸君らの試験を先に行おう」
白髪の魔導師様が、とん、と軽くつま先だけで足踏みをした。
その瞬間、彼の魔力が大広間に溢れかえった。それはとてもとても濃厚で、あたしの中にあるちっぽけな魔力なんて、簡単に塗り替えられてしまいそうで、とても気持ちが悪い。何とか悲鳴を上げるのだけはこらえることが出来たけれど、この状態で魔法を使うなんて冗談じゃない。
「エリーナ、大丈夫?!」
スーリエがあたしの隣で、しゃがみこんでしまったあたしの背中を撫でてくれる。魔導師の弟子たちの方では、あちこちからうめき声が上がっている。バフィトや、彼と同門の、銀の髪の彼も膝をついて荒く息をしていた。
「うわ」
「っえ」
「なに、なんか気持ち悪い」
「え、なにお前らどうしたの」
入学試験の見学に来た子供たちからも、うめき声が聞こえたり、それに慌てる声が聞こえたりする。あたしたちは大なり小なり魔力を持っているし、その魔力を通すすべを師匠から学んでいるから、今何が行われたのか理解している。あの白髪の魔導師は、あたしたちに魔力を通したのだ。杖に魔力を通すのと同じくらい、簡単に。呪文も唱えず、魔力も練らず、ただ、ひとつ足踏みをしただけで。
この大広間を満たすほどの魔力量に、魔力が多ければ多いほど魔力酔いを起こすだろう。というかあたしは酔った。勘弁してほしい。覚えとけ、ロルト。あたしたちがこの試験に落ちたら、それはもれなくお前の所為だ。
いや、そんなに大変な魔法は使わないし、使う予定もないけれど、もしも暴走するほどの魔力の持ち主がいたらどうしてくれるのか。子供特有のわがままや癇癪で、他人に迷惑をかけないでほしい。
いや、これよろしくないのは試験官の魔導師様だよ。
あたしたちにまで魔力浸透させる必要ないよね?!
「今声を出すなど反応したものには魔力がある。連れて行け」
白髪の試験官の魔導師様の言葉に、彼等の側の角に立っていた二人のローブ姿の試験官が、七人の少年少女を連れて大広間を出た。彼女等が全員魔法学院の生徒になっても、それでも三十人には満たない。もしかしたら単に、ハルトムートさん達の年が豊作だっただけじゃないのだろうか。まあ、あたしたちの学年がとみに少ない、という可能性も否定できない。いいや、後でワイアットに聞こう。いつ会えるかはわからないけれど、きっと会いに行ってもいいはずだ。
「さて残りの諸君。本日の試験はこれにて終了となる」
先ほど、七人の少年少女が出ていくために開けられた、庭園に面した大広間のドアを、白髪の試験官の魔導師様は指し示した。二色以上のあたしたち三人にではなく、完全に見学モードだった残りの彼等に言ったのだ。
「ちぇ、俺達まだ二色以上の魔法見てないのに」
「まあでも、自分たちの試験は終わったのに、残ってみてるのも悪いよね」
「そうなっちゃうよねー。あなたたち、試験頑張ってね!」
彼等はロルトとは違い物分かりがいいようで、残念がりはしたけれど、あたしたち三人にエールだけ送って帰っていった。
案外いい子たちだった。ありがとう。頑張る。
小さく手を振って見送るうちに、気持ち悪さは落ち着いてきた。良かったこれなら、なんとか魔法も使えそうだ。
2で終わるかと思ったんですが終わりませんでした
次で終わります
20190810 誤字脱字修正しました
そしてルビを振りました