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見習い魔法使いと妾腹の王子  作者: 稲葉 鈴
3/10

王都へ -1

今回からはエリーナ視点になります。

 あたしの住む街から、王都までは乗合馬車で十日かかる。だから念の為、魔法学院への試験の十二日前に街を出ることにした。

 平和な国、平和な街道だから大体いつも問題なく到着するって師匠せんせいは言っていたけれど、それでも魔物はいるし山賊だっているし盗賊だっているのだ。あたしの乗った馬車だけが襲われないと誰が決めたのだろうか。そりゃあたしが物語のヒロインなら……んー、物語によっては襲われるわね。王都で恋物語でもあるなら襲われないかもしれないけれど、ほら、あたし、魔法使いの卵だし。冒険活劇ものだったら、襲われるかもしれないじゃない?

 って言ったら、師匠せんせいは何とも言えない顔をしていた。言いたいことは言っていいのよ、師匠せんせい師匠せんせいはあたしの師匠せんせいなんだから。

 まあ冗談はともかく、出来れば魔法学院に入学する前に王都見物をしておきたい、っていうのが本音だ。ワイアットからの手紙によれば、入学してから半年は勉強漬けで王都見物に行く余裕がないどころか外出許可も一年生はもらえない。となるとその前に見物しておかないと! いや、勉強しに行くのは分かってるのよ。そうじゃなくて。


 あたしは王都にいたことがある。といっても、住んでいたわけじゃない。パパと、ママと、一座のみんなで王都でも興行していたことがあるのだ。興行、興行っていうほどそんな凄い事はしてないんだけれど、それでもやっぱり思い出はあるわけで。そこをまた歩きたいなって思っただけだ。

 ちなみに一番の思い出は、二年前、魔導師の居場所について調べていた時に、親切なおばさんがこの街にいるよって教えてくれたのが王都だ。だからあたしは座長にお願いした。おねだりしたの方が正しいかもしれない。

 あとは、五年前、七才の時。広場でママの踊りを見る、とても綺麗な青みがかった銀髪の兄弟がいた。兄の方は成人するかしないかくらいで、弟の方はあたしとあんまり変わらなかったと思う。多分。二人とも、楽しそうにママの踊りを見ていてくれた。誇らしかった。

 兄の方が、帽子を持ってお客さんの間をくるくる回ってるあたしを指さして、弟にお金を入れるんだって教えてる声が聞こえたから、そっちに寄っていた。


「おひねりくれるの? 今踊ってるのがあたしのママで、後ろで楽器を弾いてるのがあたしのパパなの」

「君のママの踊り、指の先から足の先まで神経が通っていて、とても素敵だね。パパの音も、ママが好きなのが分かる、とても素敵なものだ」

「ありがとう。あたしもそう思うわ!」


 あたしも、ママみたいに綺麗に踊りたかった。パパみたいに、素敵な音楽を奏でたかった。その頃には、あたしはもう諦めていた。出来ないものは仕方ないわ。こういうものは、神さまの贈り物だもの。才能っていうのは、そういうものだもの。


 出発の日、東門の側にある乗合馬車の駅で、あたしを王都まで送ってくれる冒険者のゾランさんとハルトムートさんと合流した。街道は安全だって言ったのは師匠せんせいなのに、どうして護衛の人がいるのかについては教えてくれなかった。ハルトムートさんは師匠せんせいと同じ時に魔法学院で学んでいたそうだから、色々お話を聞けたらいいのだけれど。ハルトムートさんは天才すぎて、たまに会話がかみ合わない。違う。たまにしか会話がかみ合わない。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします!」

「おはよう。昨日聞いておいた話だと、街道の治安は悪くないから、予定通りに到着できそうだよ」

「おはよーう。いい天気でなによりだよね」


 乗合馬車は大型で、十人は乗れるようになっている。街中を走っている辻馬車や偉い人の乗る箱馬車みたいなタイプじゃなくて、荷車に座席と幌があるタイプだ。幌があって、座席があるだけ喜ばないといけないタイプ。

 あたしたちの他は、王都までの途中の街による人がほとんどだ。隣町まで行く人が一番多いんじゃないだろうか。王都に行くには、間に五つ大きな街があって、それぞれの街で馬車を乗り換える必要がある。街道沿いにはあまり大きくない町が五つあって、それはちょうど馬車で一日の場所にある。宿場町、って呼ばれるやつだ。馬車での旅は、大体ここに泊まる旅程を組まれている。

 王都に仕事で行くような人は、自分の馬車とか荷馬車とか馬とか、なにがしかの移動手段を持っている人がほとんどだ。あたしが貧乏旅芸人一座にいた時は、徒歩だったけれど。そういう時は、他に行く人たちと一緒に行ったり、お金がある人は冒険者を雇ったりする。今のあたしみたいに。んー、ちょっと違う。冒険者を雇うのは、商品をうまいこと買い付けられたりうまいこと売れたりして荷物が多かったりお金を持ってたりする行商人だ。そういう人たちが、荷物やお金の安全のために冒険者を雇う。あとは、同じ行商人でもキャラバンだよね。大所帯だから、専門の警備の人を雇うんだって、以前一緒になった人から聞いたことがある。

 ちなみに、二人を雇っているのは師匠せんせいだ。弟子であるあたしが安全に王都に辿り着けるようにと、二人を雇ってくれたのだ。あたしだけじゃない。ワイアットの時も二人に頼んでいた。だからこれから新しい弟子が出来て、王都の魔法学院に入学する時は、彼等に護衛を頼むのだろう。

 ゾランさんとハルトムートさんは、あたしたちの住む街で一番強い冒険者だ。もっと正確に言うと、この国でもトップクラスに強い冒険者だ。ハルトムートさんなんて、世にも珍しい四つの属性全部を持ってる魔法使いだ。本来なら冒険者なんてやってちゃいけない。宮廷魔法使いの筆頭だと思う。魔法使いとその弟子の間では有名な、大賢者さまの弟子でもあるらしい。弟子がフラフラしていて、大賢者さま悲しくないんだろうか。いいのかな。あれかな、天才すぎて大賢者さまにもどうしようもできないのかな。出来なさそうだな。

 もしかしたら、ハルトムートさん達があたしをというかあたしたちを王都の魔法学院まで連れて行くのって、所在確認兼ねてたりしないかしら。だってそうよね、こんな強い人、野放しにしておいたらいけないもの。春になって、師匠せんせいにお手紙を書いてよくなって、その時覚えていたら聞いてみよう。忘れてそうだけど。だってその時には、もっと書きたいこと、増えてそうだし!


「お嬢ちゃん、王立の魔法学院に行くの?」


 乗合馬車に乗って、ごとごとごと。お尻が痛くなってきた頃、斜め前に座ったおばあちゃんがあたしの新しい服と、それから師匠せんせいのお店の片隅にあった、一応売り物の色んなランプシェードやカンテラやらが置いてある辺りを漁ってやっと見つけた、それなりに可愛いランプを見てそう聞いてきた。

 あたしが着ているのは、師匠せんせいが新しく仕立ててくれた魔法学院の制服だ。ボルドー色でダブルボタンのハーフマント。マントの裾のところには、銀糸で魔法陣が縫い取られている。そしてハーフマントと同じ色のタイには、師匠せんせいの紋章が刺繍されている。巻物に、ランタン。ハーフマントの下には、ブラウスと薄茶色の膝丈のスカート。


「ええ、そうなの。二年の弟子の期間が終わったから、ともしびの魔法使いになる勉強のために王都まで行くのよ」


 ゾランさんは馬車の最後尾に座って、幌の外を警戒している。ハルトムートさんは馬車に乗り込んでさっさと目を閉じた。ちなみに、「主要街道で盗賊行為を働いたらすぐに国軍が動くか、王への忠誠を見せるために領主が何とかするさ。そしたらその情報は冒険者たちに流れるし、そんな情報が流れていないってことは平和ってことだよ」とのこと。ハルトムートさんの言い分はとても正しいらしく、ゾランさんは苦笑していた。それでも魔物は出るかもしれないから、と言って警戒しているけれど、あたしの目には景色を楽しんでいるように見えてならない。


「へぇ、もしもなれたらその時はよろしく頼むよ」


 おばあちゃんの隣に座ったおじさんが、器用に片方の眉だけをあげて笑った。芸達者なおじさんて、どこにでもいるよね。座長も得意な笑い方だったから、練習してみたけれどどうしても両方の眉が上がってしまって諦めた。大人になったらできるようになるのかしら。それとも、練習あるのみなのかな。まあ、女の子がやって可愛い仕草でもないから、練習はもうしていない。


「王都に行くのは初めて? いえね、娘が王都に嫁に行ったから、孫に会いにたまにいってるんですよ」


 だから美味しいお店とか教えましょうかって、おばあちゃんはにこにこ笑った。


「ありがとうございます。師匠せんせいの所に弟子入りする前は、旅芸人の一座にいたから、王都にも行ったことはあるわ。でももう二年も行ってないから、きっとお店とか変わってるわよね」


 嘘は言っていない。

 あたしが生まれ育った一座は貧乏だったから、美味しいお店も素敵なお店もさっぱり知らない。あたしが知ってるのは、おひねりの入りがいい広場の場所だ。人の入りがいいのも確かにとても重要だが、ママの踊りに対してお金を払ってもいい、と思うくらい生活に余裕がある人たちの暮らしてるような場所じゃないと駄目だ。

 ううん、貴族様のお屋敷が近いような所は駄目なの。あの人たちは、劇場で見るような踊りじゃないとお金を払う価値がない、と思ってる。街の広場の踊り子のダンスにお金を払うような人はね、違うサービスを求めてるんだって座長が言ってた。

 だからそういうお店の場所を知ってはいる。入ったことはないけれど。なのでおばあちゃんの話はそれはもういそいそと聞いた。メモを取りたいほどだ。ところで、可愛いランタンとか売ってる場所知らない? そう、知らないの……王都なら取扱いありそうなんだけどな。


「お、いいねぇ。王城広場は行ったことあるかい? 俺前丁度ね、王様の誕生祝の時に王都にいたことがあってさ、そこで王様に手を振っていただいたことあるよぅ」

「あたしは一番目のお姫様がお嫁に行ったときに見たわぁ。美しかったわねぇ」


 おじちゃんとおばあちゃんが、王家の皆様を見た時の話をしている。話には聞いたことがあるけれど、あたしは見たことがない。割と気さくな方々で、お誕生日とか、結婚式とか、そういう祝い事があると王城へとつながる大きな大きな門を開いて、バルコニー前の広場を民に解放してくださるのだ。だから、陛下の、王妃様の、王子様の! お姫様の! 姿を見たことがある人は多い。

 特に今の陛下は、お子様が八人くらいいたから、お誕生日も多い。ええと、ご本人でしょ、奥様が四人でしょ、それでお子様が八人でしょ。一年は十二しか月がないのに、お誕生日は十三回あるものだから、王都やその近くに住んでいる人は割と頻繁にそのお姿を拝することが出来るって訳らしい。


「ぼくは王様からお言葉を賜ったことあるよ」


 それまで寝ていたはずのハルトムートさんが、そう言った。目は開けない。まるで寝言のようだけれど、寝言にしては声がはっきりしていた。

 その言葉に、それまで会話に参加していなかった乗客たちまでざわめいた。そりゃそうだ。そりゃそうだ!

 貴族でもない民が、陛下からお言葉を賜ることなんてそうそうない。よほどの何か功績を上げなければならない。二人は凄い冒険者だから、その関係だろうか。

 乗合馬車の乗客はみんなひとしきりハルトムートさんの素上について、本人の目の前で考察を繰り返し、すやすやと寝息を立てるハルトムートさんをちらちらと見た。あたしも同じように、ハルトムートさんをちらちらと見る。本当に寝てるのだろうか。狸寝入りな気がする。そう思ってゾランさんを見ると、首を横に振った。


「いや、これは言うだけ言って満足して寝た」


 なんて自由な人なんだろう!

 乗合馬車の中は、何とも落胆した溜息で満たされた。御者までも同じように溜息をついた気がする。まあ、ある意味何もない道をトコトコ走らせていたら、暇よね。わかるわ。


「そろそろ一回休憩をはさみましょうか?」


 御者の人が荷台を振り返らずに、そう提案してきた。とてもありがたい。体が、お尻がばきばきだ。そう思ったのはあたしだけじゃないらしく、乗客から歓迎の声が上がる。十人乗っていて、歓迎の声を上げなかったのはゾランさんとハルトムートさんだけだ。ハルトムートさんは、寝てるからだけど。


「もう少し行くと、街道沿いに休憩するための場所があります。宿や食事処などはないですが、少し体を動かしたりはできますよ。そのついでにそっちのお兄さんを起こしてもらって、さっきの話の続きをですねぇ」


 明るく笑って、やっぱり中の話を聞いていたらしい御者の人が言う。まあ、聞き耳を立てなくても、聞こえたよね。ハルトムートさんの話は聞こえなくても、その後の騒ぎは耳に入るよね。というか、荷台で何かあったら困るだろうから、ある程度はこっちに気を配っていただろうし。

 それからしばらくして、あたしたちは御者さんの言った通り道沿いにある野営地についた。馬たちは道端の草を食み、人間は体を伸ばした。申し訳程度に植込みがあって、女性陣はその向こうで用を足す。男性陣は、まあ、街道にしなければそれでいいんじゃなかろうか。街道を徒歩で移動する場合、こういった野営地はそれなりの数がある。バラバラに寝るよりも、それなりに整備されている野営地で固まっていた方が安全なのだ。探せばきっと、かまどもあるだろう。別に今は泊まる訳じゃないから、必要ないけれど。

 あたしは初級の火の魔法は使えるから、普通の人より火をおこすのは簡単だ。消すのは、普通にやる必要があるけれど。今が寒い時期だったら、火をおこして温まった方がいいかもしれない。けれど今は夏が終わり、これから冬になる時期だから、火をおこす必要はない。


いきなり入学試験も面白味がないかな、と、ちょっとだけ王都への道中など書いてみました。

いくら何でも十日間書く気はないですが、これぐらいの距離がありますよ、とか、街道にはこれくらいの感覚で町がありますよ、とか分かった方が楽しいかなと思っての記載になります。


とりあえず、今日は書けたところまで。


20190810 誤字修正。あとちょっとルビを振りました。

それにしても誤字ひどいな!

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