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見習い魔法使いと妾腹の王子  作者: 稲葉 鈴
2/10

プロローグにかえて登場人物紹介 - 妾腹の王子シルグリッド

今回はシルグリッドの一人称です。

前回、エリーヌのプロローグに比べると半分くらいです。

短い。いや短くはない。

 わたしの名前はシグリッド。シグリッド=イェルムバレーン=ベルガメント。

 ベルガメント王国第八子にして、第五王子である。わたしの事について話すのであれば、まずは父母について話さねばなるまい。

 父は、この国の王である。

 そして母は、歴史ばかり古い武門の男爵家、イェルムバレーン家の誇る麗しき三姉妹の次女だった。イェルムバレーン家は、古くからある家柄だがこれといった功績はない。戦争の折に敵将の首を取ったという類の功績には縁がないが、自国の将の首を取らせなかった類の功績は枚挙にいとまがない。そういう、家である。

 しかし母が社交界にデビューして少しした頃、イェルムバレーン家の領地では旱魃かんばつが続いた。川の氾濫や大嵐であれば、さざなみの魔法使いがどうにかしてくれただろう。しかし生憎と、雨を降らせる魔法はない。もしかしたら王立魔法学院に所蔵されている魔導書を紐解けば見つけることが出来るかもしれないが、生憎とイェルムバレーン領の魔法使いは知らなかった。

 母はわたしから見たら伯母、母の姉を婚約者の子爵家に無事に嫁がせるため、そしてもう一人の叔母、母の妹の社交界デビューを悲しいものにさせないために、王城に侍女として上がることにしたという。麗しき家族愛であると思うし、当時それしか手立てがなかったのも事実だろう。

 さて当時すでに王太子になっていた父には、すでに三人の妃がいた。正妃ソフィー様、側妃にライラ様、クリスティーナ様。お妃様たちのご実家も、それから母の実家も古くからある名門で、お三方とは親交があった。なんでも丁度ソフィー様が当時の殿下とご結婚なさる頃、母はそれにうっとりと憧れるようなお年頃であったらしい。年下の愛らしい知り合いの子に可愛い素敵と言われて、悪い気はしなかったと皆様思い出話に花を咲かせていらっしゃった。

 母たちの思い出話から推察するに、可愛がっていた子が領地の窮状のために王城に侍女として上がりたいというから、クリスティーヌ様がそれを受け入れた、ということらしい。クリスティーナ様と、それから祖父にも目論見は他にもあったようだ。クリスティーナ様の侍女として働く母を、近衛騎士団の誰ぞやが見初めてくれればいいな、と思っていたという。

 まさか、王である父が見初めるとは、誰も思っていなかっただろう。

 さて父である。父と三人の奥方は、全員が政略結婚であった。父とソフィー様は幼い頃からの婚約者であり、ライラ様とクリスティーナ様も、社交界にデビューする頃には側妃として後宮に上がることは決まっていたという。互いに恋心は抱いたことこそなかったものの、愛も情も確かにそこにはあった。

 とは言うものの、そんな話、子供たちに特に聞かせるようなことでもないから、わたしが知らないだけかもしれない。

 しかし父は恋をした。分別の付かぬ子供の頃ならいざ知らず、上の息子が間もなく成人の儀を迎えるという頃になって、十も年下の、貧乏男爵家の娘に、である。最初は奥方たちの噂話から知ったという。そしてクリスティーナ様の部屋で母を見、言葉を交わし、父は、母に恋をしたという。

 父は賢王と呼ばれている。確かに家庭教師から習った範囲では、父の治世は悪くないだろう。ただ本当に賢王と呼ばれるかどうかは、死して後の時代に委ねるしかないとは、家庭教師の口癖である。

 そんな父は、母と出会った当時すでに国王だったので、誰の承認を得ずとも母を娶ることは可能だったはずだ。祖父の承認は必要だったかもしれないか、祖父は国に忠誠を誓っているから、否やはなかったはずだ。実際、拒んでいたら私はここにいないだろう。

 父は王妃様方に相談をした。己の恋心を、己の奥方に、だ。この時点で息子四人と娘三人を産み育てている、己の奥方に相談したのだ。父は、奥方の誰か一人でも嫌がれば、母を求めないつもりであったという。

 つまり、父は、止めてほしかったのだろう。

 しかし誰も止めなかった。

 父に恋心を抱いていなかった母もだ。いや、母は仕方ないかもしれない。その時婚約者もおらず、仕事に手一杯で気になる殿方もいなかったのだ。そしてそれを、クリスティーナ様に把握されていた。母は、責めるべきではないかもしれない。


 こうして母は、王族の末席に並ぶことになった。

 側妃の地位は固辞し、愛妾の地位に甘んじている。何故かは知らない。母はわたしにその辺りを語らないし、子供であるわたしには聞いてもまだきっとわからないだろうと思うからだ。もう少し大人になったなら、聞いてもいいかもしれない。

 母が王族の末席にそっと座ったころ、一番上の兄上が立太子されたという。わたしの物心がついたときにはすでに、ミカエル兄上は次期国王だった。だからこそ、母への父の恋は認められたのかもしれない、と少し思う。何故ならわたしに王位継承権が回ってくる可能性は著しく低いからだ。四人いる兄が全員死んでわたしに玉座が回ってくるというのは、一体どういう状態だというのか。流行病か、戦争か。流行病はともかく、戦争なら私を早々に前線にやればいいだろう。これでも武門の一族、イェルムバレーン家の血を引く王子である。それが先頭に立つというのは、うん、響きは悪くないのではないだろうか。

 ちなみに今、戦争が起こったとして。私が前線に行くと言い出した場合、誰も支持してくれないだろうことは想像に容易い。いや、祖父と父くらいはその心意気だけは褒めてくれるかもしれない。そもそも満足に剣も振れない子供が来ても、足手まといなだけである。

 二番目のイェスペル兄上以外は全員己の自慢の獲物を持ち出して、自分に勝利したら行かせてやるとか言い出しそうだし、姉上たちは泣いて止めるだろう。なんなら隣国の王妃になったマルグレット姉上まで呼び戻す勢いになりそうだ。


 ありがたいことに、末子のわたしは皆に愛してもらえている。


◆◇◆◇◆◇


 それは、三歳になったある日の事だった。何があったのかは知らないが、わたしは癇癪を起して泣いていた。泣いて泣いて泣いて……窓の外は、嵐だったという。その一度だけなら、そういう事があって母が大変だった、というだけの話だろう。わたしも最初聞いたときはそう思った。

 けれど、それからも、わたしが泣くと雨が降った。しくしくと泣けば、しとしとと雨が降り、激しく泣けば雨も激しくなった。感情が高ぶれば高ぶるほど、風も強くなった。


「強い魔力を持つお子には、往々にしてあることです。イェスペル王子も、気分が昂ぶれば風を起こされるでしょう」


 宮廷魔導士でもある大賢者が、わたしの手を取り、目をじっと覗き込んでそう言ったのは、わたしが八才になった時だった。わたしは目を逸らすことなく、大賢者のキラキラと金色に光る眼をのぞき込んでいた。


「シグリッド王子は、水と風にとても強い適性を持っております。その二属性よりは弱いが、大地の属性もありますな」


 父と、母と。それから兄上たちと、お嫁に行ってしまったマルグレット姉上も、あの時はいたのだった。ふわりと、風が吹いた。


「本当ですか大賢者さま! すごい、シグリッド、それはとてもすごいことだよ!」


 わたしの手を取って、イェスペル兄上が嬉しそうに髪の毛を風に揺らしていた。姉上たちの長い髪の毛もスカートのレースも、ふわふわとイェスペル兄上の起こした風に揺れていた。


「長い王国史を紐解いても、魔法使いの素質のある王族はあまり多くないんだ。ぼくやお爺さまみたいに、何か一つの魔法を使える者はたまにいる。けれど二つの属性を使える者はがくんと減ってしまうんだ」

「王族だけではなく、宮廷魔法師でも同じことです。一つより二つ、二つより三つの属性を持つものはとても少ない」

「なのにシグリッド、君は三つも属性を持っているなんて!」


 大賢者さまに鑑定していただくころには、わたしは感情を抑えるマナーを他の兄弟たちよりも早く教えられるようになっていた。強く心が動きさえしなければ、ひどい嵐を呼ぶことはなかったから。少しくらいの雨なら、わたしが泣かなくても降る。


「左様ですな、もしもシグリッド殿下がこのまま力をお伸ばしになったら、宮廷魔導師として戻ってこれましょう。その暁には、このフリュクレフ、殿下を後継者として諸々仕込ませていただきましょう」


 イェスペル兄上の言う事も大賢者さまのいう事も、難しくてよく分からなかったけれど、二人が嬉しそうなのは分かった。


「だいけんじゃさま、もしもそうなったら、わたしは兄上たちのお役に立てますか?」


 その頃、わたしの一番の関心ごとは、父や母や兄上たちや姉上たちの役に立てるかどうかだった。私と一番上の兄は十五歳離れていて、一番年の近い姉ですらすでに社交界にデビューを果たしていて、わたしだけが家族の中で何も役割がなかったのだ。国政には携わっておらず、社交の場にも出ることが出来ない。

 もちろん、今はまだ家庭教師について色々と学ぶ時期であることは、頭では分かっている。分かってはいるのだが、果たして自分が大人になった時に、出来ることがあるのだろうかという不安があった。

 内政はイェスペル兄上が、財政はアイナル兄上が、武はアウグスティン兄上がいらっしゃる。わたしが大人になる時、大人になった時、国王として立たれているミカエル兄上にどのようにお役に立てばいいというのか。

 しかし兄弟に、いや、今の宮廷魔法師団にいる者達よりわたしの方が役にたてるというのであれば、わたしはそれを伸ばしたく思う。


「そうですの。宮廷魔法師がするべきことは、多岐にわたりますが、ミカエル殿下はお役に立てないと断じるような愚王ではなかろうかと存じます」


 大賢者は、色々言おうとしたようだったが、まだ子供であるわたしには理解できまいと踏んだのか、端的にわたしの知りたい事を教えてくれた。

 元々このままではわたしは災害でしかないため、魔法の勉強をこれまでのカリキュラムに追加することは決まっていたと思われるが、わたし本人のやる気があるとないとでは身につく速さも変わってくるだろうし、身の入りようも違うだろう。おそらく大賢者はそう思ったのだろう。

 確かにわたしが聞きたかったのは「どのように役に立つか」ではない。「役に立てるかどうか」だったのだから、大賢者の返答は正しかった。


 そしてその翌日から、魔法の勉強もカリキュラムに入ってきた。王族として、感情を表に現さない練習も行ってきたから、十才になる頃にはほとんど嵐を呼び起こすようなことはなかった。

 王立魔王学院への入学が許される、十二才になる頃には、わたしは両手の人差し指にはめられた指輪だけで、水と風の簡単な魔法を使えるようになっていた。水瓶のふちを叩いて水で満たす魔法で、水瓶を壊すことも辺り一帯を水浸しにすることもなくなった。優しく風を吹かせようとして、木の枝を切り落とすこともしなくなった。


 大賢者さまが言うには、わたしはさざなみの魔法使いにも微風そよかぜの魔法使いにもなれないそうだ。二つの属性があるからではなく、私の内包する魔力が大きすぎるからだという。それらは、魔法学院で学ぶ事柄の中で次第に分かるだろう、と言われた。

 わたしは、そのどちらになりたいわけでもないから、特に問題はないけれど。ほんの少しだけ、母ががっかりしているように思えた。


 わたしは、シグリッド=イェルムバレーン=ベルガメント。

 この国の第五王子だった。

 王立魔法学院で魔法を収めるため、一時的に王位継承権を放棄し、王族から降りた。わたしが次に王城に戻ってくるときは、宮廷魔法師になった時だ。

 父と、母と、兄たちと、姉と。そう約束して、わたしは王宮を辞した。

学園もの系乙女ゲームを必死に記憶の底から掘り起こして、どんなイベントスチルがあるかを思い出そうとしています。

とりあえずは入学試験、入学式、寮での話……となると、エリーヌ視点だけで、しばらくシルグリッド出てこなさそうなんですが、まあ、そういう事もありますよね。


20190810 誤字修正しました。あとちょっとだけルビ振った

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