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見習い魔法使いと妾腹の王子  作者: 稲葉 鈴
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プロローグにかえて登場人物紹介 - 見習い魔法使いエリーヌ

ホームにアイリスNEOファンタジー大賞のバナーがあってさ、なんだろうなって思ってクリックしたら、最近好んで読んでる恋愛ものの大賞だって書いてあるんですもの。

トライしてみてもいいよね。


というそんなお話。

 あたしの名前はエリーナ。

 貧乏旅芸人一座の踊り子のママと、楽士のパパの間に生まれた。

 どれくらい貧乏かって言ったら、500ギルルのA定食と550ギルルのB定食があったら500ギルルのA定食を選べないくらい。それなりの街に行ければ、それなりに一座のみんなも稼ぐことが出来て、それなりに貧乏な宿に泊まれて、お布団で寝れて、濡れタオルで体を拭けて、食堂で一番安いご飯は食べれるかんじ。

 パパもママも一座のみんなも、まあ楽しそうだからそれはいい。好きでやってる人たちに、あたしは何かを言うつもりはない。

 けれど、あたしは違う。

 500ギルルのA定食と550ギルルのB定食で悩みたくない。安いからって理由でA定食じゃなくて、メニューを見て決めたい。それがあたしの夢だっていうとなぜかみんな分かってくれない。パパとママはごめんねっていう。あたしは貧乏な事を謝ってほしいんじゃない。


 五才になったころ、あたしの夢は理解されないんだと理解した。もちろんあたしの伝え方が悪いのかもしれないけれど、あたしのパパもママも一座のみんなも、望んでそういう生活をしているんだろうというのが分かった、ってのもある。

 なら、あたしだってあたしのしたいように生きていいはずだ。

 あたしは別にお金持ちになりたいんじゃない。お金がないから選べないのが嫌なだけなんだ。

 もしもあたしに、ママみたいにうまく踊る才能があったり、パパみたいに楽器が上手に演奏できたりしたら、このままこの一座にいたいと思ったかもしれない。けれど残念なことに、あたしにそっち方面の才能はからっきしなくて、優しい一座のみんなすら言葉を濁した。

 だからあたしは、子供らしさを利用して、行く先々で色んな事を大人たちから聞いて回った。一生くいっぱぐれない仕事ってなぁに。思い返せばとても可愛くない質問だ。よくこんな質問に答えたな、と思う。

 でもまあ優しい大人たちが答えてくれて、あたしの目標は決まった。

 あたしの目標は魔法使いになることだ。できればともしび、さざなみ、そよかぜ、おおつちの魔法使いのどれかになりたい。そのどれかになれれば、一生食いっぱぐれがない。最高じゃないか。

 ただし問題もあった。魔導師に弟子入りできるのは十才になってからだし、そもそもその時丁度良く弟子を募集している魔導師のいる村か街にいなければいけない。魔導師のいる町かその近隣の村に住んでいる奴向けの制度じゃないか、それ。あたしみたいな流れ者は対象外と言わんばかりじゃないか。


 しかし神は私に味方した。素晴らしい。

 あたしは十才になった三日後、灯火の魔導師のいる街にいた。


 街について、宿を決めて、座長が教会に公演する届け出をして、あたしたちは広場で芸を披露した。帽子を持ってお金を集めながら、お客さんに魔導師様の住む場所について情報収集をする。手馴れたもんだ。

 午前の仕事が終わったら、あたしは座長に許可を取って、パパとママの手を引いて魔導師様のお店へと向かった。弟子入りの許可をもらわなくてはならない。あたし一人で行ってもきっと駄目だ。あたしが魔導師様なら、親の許可を持って来いって言われる。パパもママも文字が書けない。確か座長は辛うじていけるはず。両親の署名入りの許可の手紙、なんて代物を準備できない以上、本人たちを連れていくしかないのだ。


「エリーナ、待って待って。もう、そんなにはしゃいじゃって」

「エリーナ、そんなに灯火の魔導師様のお店に行きたいの? でもそこで扱ってるものなんて、パパ買ってあげられないと思うんだけど……」


 二人はあたしを愛してくれる。一座のみんなもあたしを慈しんでくれている。そこに疑いはない。疑ったことなどない。

 だからこれはそれを理解したあたしのわがままだ。


 あたしはパパの質問に笑うだけで答えないで、ランプの描かれた看板のかかったその店のドアを開けた。


「いらっしゃい」

「いらっしゃませ」


 店にいたのは、深いボルドー色の髪をしたローブを着たパパと同じくらいの年の男の人。それから、あたしより少し年上の男の子。


「あたし、エリーナって言います。三日前に十才になりました。どうかあたしを灯火の魔導師様の弟子にしてください」


「エリーナ?」

「エリーナ何を言ってるんだ?!」


 ママとパパが驚いた声を上げた。

 あたし、前から言っていたわ。

 魔法使いになりたいって。

 それもおとぎ話の魔法使いじゃなくて、魔法使いになれば安定したお金がもらえるからって。ただ二人はそれを理解してくれていなかったみたい。そこはとても悲しい。でもまあ、そうよね。魔法使いになりたいなんて、子供の可愛い夢だと思うわよね。


師匠せんせい

「ああ、ワイアット。椅子を二客頼むよ」


 両親よりも先に、未来のあたしのお師匠様である魔導師様と、あたしの兄弟子になるかもしれない少年が我に返った。後で聞いた話によると、魔導師様は単にあたしと両親を見ていただけらしい。

 魔導師様は、口減らしのための弟子入りは嫌いなのだそうだ。だからもしかしたら、食い詰めてあたしが来たのかもしれないと思ったそうだ。間違ってるけれど間違ってない。


「どうぞ座ってください。ご両親と話してる間、エリーナは、ワイアットに店の中を見せてもらうといい」


「ありがとうございます」


 ワイアットと呼ばれた少年は、カウンターの奥にあるドアをくぐって、そこから椅子を二客持ってきた。背もたれのある高価そうな奴じゃなくて、古くなった丸椅子だ。それでもしっかり作られているのだろう、古くなってはいるが痛んではいなさそうだ。

 両親は勧められるまま椅子に座り、カウンターの中から椅子を持って出てきた魔導師様がその前に座る。


「僕はワイアット。エリーナ、こっちでランプを見ないか」

「ありがとう、色々教えてくれる?」


 ワイアットはあたしを大人たちの話の邪魔にならないようにと棚の側に引き寄せ、ちょっと待っててと一声かけて、お店のドアの外にクローズの看板を掛けた。そうね。お客さん来ちゃったら、驚かせてしまうわ。


「ねえワイアット、どうして色が違うの?」


 棚に並べられたランプは、いろんな色があった。

 赤、オレンジ、黄色、緑。それぞれ色ごとに集められて、値札が貼ってある。それが値札なのはなんとなく分かるんだけれど、文字までは読めない。街に住んでいる子は八才から教会にある学校に行けるらしいから、読めるのかもしれないけれど、貧乏一座にいるあたしは学校なんて行ってない。行きたいけれど、さて誰に行きたいと言えばいいのか。


「ここにあるのは、魔法の火なんだ。この赤いのは、パン屋のアントンさんちの窯の火だよ」

「パン釜に火が入っているのは知っているけれど、なんでここに並んでいるの?」

「パン釜から火が出た訳じゃないんだ。アントンさんちの窯の火は、師匠せんせいがいつも調整してるんだけれど、なぜかその日は火が渦巻いてしまってね。それで、渦巻いてしまった分だけ持って帰ってきたんだって」

「危なくないの?」

「渦巻いてしまった時なら、僕達には危ないかもしれないけれど、師匠せんせいには危なくないらしいよ。ただ、そのままにしておいたら危なかったから、持って帰ってきたんじゃないかな」


 ふぅん、とよくわからなくて、あたしは相槌を打った。

 魔法についての話が難しいのは、魔法使いじゃなくても知ってることだ。


「でも今はもう危なくないよ。師匠せんせいが危なくないようにしたからね」


 だからこうして、棚に並んでいるんだよと言われて、あたしはちょっとほっとした。だって危ないものが棚に並んでいたら怖いじゃない。でもそうよね、棚に商品として並んでいるってことは、危険はないってことのはずだわ。


「こっちのオレンジ色のは、三年前にこの近くの村で嵐の夜に落雷があったんだ。その時の火事の炎だよ」

「……その村は、無事だったの」

「うん、村は無事だった。亡くなった人は、悲しいことにいたみたいだけれど」


 僕が弟子入りする前の話だから、分からないんだとワイアットは悲しそうに言った。


「ひどい事聞いてごめんなさい」

「いや、いいさ。灯火の魔法使いになったら、それは避けては通れないもの」

「そうね」


 あたしはそんな、人を助けたいなんて高潔な思いは持ってない。そんな人間は、なれないかしら? 弟子入りすらできないかもしれない。いつか嫌になってしまうかもしれない。嫌になってしまった魔法使いは、どうしているのだろう。

 でもそんなこと、この弟子には聞けないだろう。いつか大人になった時に聞くか、運よく弟子になれたら師匠に聞くとしよう。

 そんな事を考えながら、あたしはそのオレンジ色のランプを見ていた。みんな同じ形のランプに入れられていて、ちょっとつまらない。火はみんな同じように見えて、ちょっとずつ違うのに。ほら、踊ってるランプもあるじゃない。


「ねえワイアット、あのランプの火、動いてあるけど危なくないの?」

「危なくなんてないよ」


 手を伸ばして、ワイアットはそのランプを取ってくれた。ガラス瓶の中で踊ってるだけだから、危なくはないようだった。なるほど、ガラスの火覆いの外に出なければ、確かに危なくはなさそうね。


「そうだわ、ワイアット。このランプって、どれくらい持つの? このランプは、三年は持ってるって事よね?」


 蝋燭はそんなに持たないし、一座のみんなが使ってるランプもそんなに持たない。いい油を使えば確か二時間くらいは持つ気がしたけれど、一座にはそんなお金はないからよほどのことがないと使わない。

 三年ももつなんて、魔法のランプは凄いとしか言いようがないわ。それは確かに、パパのお金や一座のお金でも買うことはできないだろう。


「これは雷の火だから、五年は持つんじゃないかな。……うん、あと二年と少しはもつって書いてある」

「どこに書いてあるの」

「ここだよ、この値札の所に。値段と一緒に文章があるだろう? ここにいつまで持つって書いてあるんだ」

「へぇ、それは親切ね」


 確かに、ランプの寿命が分かれば買うのも楽だ。それをちゃんと書いておくなんて、ここの店主はいい人なのだろう。もしかしたら、灯火の魔導師としては、それは普通の事なのかもしれないけれど。


「エリーナ」


 ワイアットとランプを見ていたら、パパに呼ばれた。振り返れば、パパは今にも泣きそうな顔をしている。だがあたしはめげない。


「はい、パパ」


 ワイアットに笑いかけて、パパの方へと歩いていく。さて、大人たちの話はどうなったのかしら。


「エリーナ、魔導師様の質問に、ちゃんと答えてね」


 パパはいつになく真剣な表情で、あたしの肩に両手を置いた。ママも泣きそうになってる。

 わがまま言ってごめんなさい。


師匠せんせい、エリーナのランプです」

「ああ、魔力はちゃんとあるのか」


 ワイアットが、さっき踊っていたランプを魔導師様に渡す。なんだろう。ランプの火が躍っていたことで、何かわかるのだろうか。五年も前のランプに何か細工をしていたとは思えないから、きっとあのランプに意味があるわけではないのだろう。


「アルフレードさん、リリーさん。エリーナには、魔法使いになれるだけの魔力があるようです」


 やった!

 確かに魔力がなければ魔法使いにはなれない。そうなればあたしの計画は最初から躓くことになっていた。今更それを知る。そう考えると、あたしの計画穴だらけだったって事よね。まあ仕方ない。子供の計画なんてそんなものよ。


「本人は魔法使いになることを望んでいて、そして魔力もある。それなら、私としては弟子に迎えることもやぶさかではありません。もうすぐこのワイアットも、王都の魔法学院へとやりますしね」

「エリーナはまだ十才です。親と一緒にいるべきだと僕は思います」

「いくつまで親元にいるべきか、という話には、私は関与しません。各ご家庭ごとの話です。ですが魔法使いになりたいのであれば、十才になったら魔導師に弟子入りをし、十二才になったら王都の魔法学院へと行くのが一つの近道なのは確かです」


「魔導師様、すみません」

「なんだい、エリーナ」

「魔導師様の弟子になったら、二度と、パパにもママにも会えないいんですか?」


 多分そうなったら、あたしはまあ我慢できると言えるだろうけれど、パパとママは我慢できないだろう。今子供はあたししかいない。妹か弟がいて、そっちに手がかかっていれば話は違ったかもしれないが、そういえば子供はあたししかいないのだ。あたしを手放さないかもしれない。

 あたしの頭の上で、パパかママのどちらかが小さく息を飲むのが聞こえた。


「そういう事はない。もちろん、弟子にとってその両親と会うことがよくないことであると判断した場合は、会わせないようにすることもある。しかし問題がなければ、いつ会いに来てくれても構わない。王都の学院に入ったら、その限りではないけれどね。……親に会ってる暇なんて、無くなってしまう。師匠に手紙を書く時間すら、おしいからね」


 詰めた息を、両親は吐き出した。

 後日聞いた話だけれど、師匠の友人が口減らしのために魔導師に売られ、王都の魔法学院にいると知り金の無心に来たことがあったのだという。一回ならともかく、何度も来ては門前払いを食らわせられ、門を出た魔法使いの卵にお前はうちの子じゃないかと声をかけるようになってしまい、そのご友人は魔法学院を辞したという。

 正確には丁度別件で灯火の魔導師になるのを諦めたタイミングで、親にはそれを伝え、名前を変え、今は普通に魔法使いをしてるらしい。


「パパ、ママ」

「うん」

「なぁに、エリーナ」

「あたしは、魔法使いになりたい。パパもママも一座のみんなも多分わかってくれないけれど、あたしは、五才の頃からなりたかったの。魔導師様は、あたしが魔法使いになれるかもしれないって言ってくださってる。

 パパ、ママ。お願い。あたしに、チャンスをちょうだい」


 パパとママを見上げて、目を潤ませる。

 ここで引いたら、あたしは一生貧乏暮らしだ。そんなの嫌だ。一番安いご飯しか食べられなかったりご飯を食べられなかったり村に行ったら雀の涙のおひねりしか寄越さないのに宿代もご飯代もそれ以上に取られるような生活はまっぴら御免だ。


「ママは、いいと思うわ」

「リリー?!」

「だってアルフレード、私もあなたも好きで一座にいるわ。やりたいことを見つけて、ここにいるわ。なのにやりたいことを見つけたエリーナに、それは駄目だっていうの?」


 寂しくなるわって、ママはあたしを撫でてくれた。

 うん、それはあたしも寂しい。最初考え付いた夜は、枕を涙で濡らしたもの。けれどあたしは覚悟したの。パパにもママにも会えない寂しい夜は、どうせ来るんだもの。結婚したら、あたしはパパともママとも違う場所で暮らすし、そもそも弟か妹が出来たら二人の愛情は全部ではなくてもそちらに向かうじゃない。ただ誤算はあった。なんで弟も妹もいないのかしら。二人ともというかパパはそろそろ娘離れしてもいいと思うの。


「ああ、うん。そうだ。ぼくが音楽に出会ったのも、エリーナくらいの頃だ。

 魔導師様。どうか、娘を、エリーナをお願いします」


「パパ、ありがとう!」


 あたしは思わずパパの首筋に抱き着いた。ママもありがとう。あたし、頑張るわ。頑張って立派な、魔法使いになるの。



◇◆◇◆◇◆



 あれから、二年。

 あたしがヴィム師匠せんせいの弟子になってほどなく、ワイアットは王都の魔法学校へと行った。師匠せんせいからもワイアットからも色々な事を教わった。

 一番驚いたのは、あたしの部屋をもらえたことと、あたしの魔力を教えてくれたあのランプは、あたしの魔法の媒体だということだ。灯火の魔法を使う時、あたしはあのランプを使う。あたしにはあのランプは可愛く感じられなくて、王都に行ったら可愛いランタンに入れ替えるのだと決めている。持ち歩けるもの、という制約さえクリアできればいいのだ。師匠せんせいからランタンを取り扱ってるお店をいくつか聞いた。

 ワイアットは気にしていないようだった。男の子にとっては、どうでもいいことかもしれない。

 灯火の魔法以外の魔法を使うときは、あのランプを使わなくてもよかった。

 あたしの魔力はありがたいことにワイアットより強くて、部屋にある瓶のふちを叩けば水を満たすことが出来たし、その水をお湯に変えることもあたしには簡単だった。

 ワイアットは洗濯物を乾かすのが得意だったけれど、あたしにはそれは難しかった。あたしは火と水の特性があって、ワイアットは火と風に特性があっただけだった。

 ひとつもしくはふたつの属性に特性を持つ人はそこそこいるらしいけれど、よっつの特性を持つ人はものすごく少ない。五十人魔法使いがいれば、五人がともしび、さざなみ、そよかぜ、おおつちの魔法使いで、十五人がふたつの属性を持っていて、三人がみっつの属性を持っていて、よっつの属性を持ってる人は一人もいないらしい。五百人いたら、一人はいるかな、くらいだと師匠せんせいが言っていた。


 師匠せんせいの所に弟子入りして最初の半年は、教会の学校で文字の勉強をして、算数の勉強をして、地理とか歴史とかも勉強した。もちろん、この街を出るまで勉強は続いた。

 半年経った頃から、魔法の勉強が始まった。

 パパにもママにも一座の皆にも会えない日々ではあったけれど、誕生日の頃にはパパとママが会いに来てくれた。この街に来ることは、パパとママと一座のみんなにとっては悪いことではないから、みんな特に文句はないらしい。

 そういえば、弟が出来た。あたしがいなくなって寂しくなったんだって。パパが。

 座長はじめ皆から教えられた。うん、そんな気はしてた。分かる。パパだよね、ママじゃなくて。


 明日、あたしはこの街を出て王都に行く。

 師匠せんせいが仕立ててくれたボルドー色のダブルボタンのハーフマントと、師匠せんせいの紋章の入ったタイと、薄いブラウンの膝丈のスタート。見る人が見れば、この装いだけであたしが灯火の魔導師ヴィムの弟子だとわかる。

 今一番年若い魔導師の弟子だと。


「エリーナ。君は、私に気を使う必要はない」

「はい?」

「灯火の魔法使いになろうと思わなくていい。エリーナはふたつの属性を使えるから、灯火の魔法使いになるよりも両方の属性魔法を覚えて、宮廷魔法師団に所属した方が安定した生活を送ることが出来る。

 魔法学院に就職して教師になるのもいいかもしれない。

 エリーナ、灯火の魔法使いになることだけが、私への恩返しだと思わないことだ」


 最後の晩餐は、ベッティさんの店からご飯を買ってきて、師匠せんせいの店の食堂で食べている。食べ収めしたいあたしと、話がしたい師匠せんせいの妥協点だ。まあ、元々たまにこういう事はしていたから、問題はない。ベッティさんと師匠せんせいが幼馴染というのもあるだろう。

 師匠せんせいは、あたしの夢を理解してくれた。

 初めて師匠せんせいとベッティさんの店にご飯を食べに行ったり、アントンさんの店にパンを買いに行ったりした時に、どうやらあたしの行動は不自然だったようだ。そして、聞きだされた。あたしは口減らしじゃない。そのことを説明するために、もう大人は理解してくれないだろうと諦めていたあたしの夢を語ったのだ。


「エリーナがどんな形であれ、優秀な魔法使いになってくれれば、それだけで私への恩返しになる。魔法学院は厳しいが、楽しい場所だ。楽しんでおいで」

「はいっ!」


 次にあった時、師匠せんせいに美味しいものをあたしが奢ってあげよう。いつになるかはわからない。灯火の魔法使いになったら、師匠せんせいにはきっと二度と会えないけれど、普通の魔法使になったら、師匠せんせいにもワイアットにも会える。いや、ワイアットには魔法学院に行ったら会えるんだけれど。


 あたしはお金持ちになりたいわけじゃない。

 500ギルルのA定食と550ギルルのB定食だったら、値段じゃなくて内容で食べるものを選びたいだけだ。それは、ひとにとっては全然贅沢じゃないことを知っている。ワイアットも、師匠せんせいもそうしてる。けれどあたしにとってはそれは贅沢なのだ。あたしはそんな贅沢がしたい。パパにもママにも弟にも一座の皆にも、あたしに会った時は、そんな贅沢をさせてあげたいだけなのだ。

 だからあたしは魔法学院に行く。学院で魔法を覚えて、そんな生活をするのだ。

 あと、その。やっぱり魔法使いになれるのは、楽しみだ。


 それが、あたしだ。

 貧乏な旅芸人の一座に生まれて、安定した生活を望んで魔導師様に無理やり弟子入りしたのがあたしだ。

 あたしはそれを恥じない。

 あたしがそれを恥じ入る日が来るとしたら、勉強不足で放校になった時だろう。

 あたしを拾ってくれたヴィム師匠せんせいの顔に泥を塗らないためにも、ヴィム師匠せんせいに自慢の弟子だといってもらうためにも、あたしは頑張る所存だ。


長い。

私にしてはとても長い。


次の話は、シグリッド王子視点で同じように入学前について書きたいと思います。


20190810 誤字修正しました

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