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芸能人、やめました。  作者: 風間いろは
高校2年生
99/138

92,三浦紗良

「また明日ー!」


三浦は成美と天音の2人に大きく手を振りながら、自分が乗る電車が来るホームへと降りていく。


ホームに着いて、少し肌寒い風が三浦を撫でる。もう外は既に真っ暗だ。


文化祭も1週間前となり、放課後遅くまで残る事も少なくない。


三浦は電車に乗るや否やすぐに鞄からミュージカルの台本を取り出す。


クラスの皆のサポートもあって何とか間に合いそうだ。だが、まだうろ覚えな部分が多く、三浦は毎日のように電車で片道30分、台本を真剣に眺めていた。


電車から降り駅から出た後も、街灯を頼りにブツブツと台詞を呟きながら歩く。


そして、この前を見ないで歩いた事が仇となった。前から来ていた人達に気づけず、肩がぶつかってしまったのだ。


「あ、すみません!」


三浦は慌てて軽くお辞儀をしながら謝る。そしてすぐに台本へと目を移して歩きだそうとした。今は、台詞を覚えなければならないという感情に縛られていたのだ。


「痛ってーな! おい、責任取れや」


ぶつかってしまった男の人がこちらに文句をつける。


振り返って彼らの姿を見た時、三浦はハッとした。彼らに見覚えがあったのだ。


三浦は思わず呆然と立ち尽くした。昔の嫌な思い出が頭をかすめる。思わず鞄を握る手に力が入る。


「あれ、お前どこかで······、あっ! 確か······、三浦じゃね?」


3人の内の1人が三浦の顔を怪訝に見つめたかと思うと、はっと思い出したかのようになる。残りの2人もそう言われて気づいたようだった。


「見た目変わってて、一瞬誰か分かんなかったよ。前はもっと地味だったのに」


真ん中にいる男が歪んだ笑みを三浦に向ける。


「俺は昔の方が好きだな~。大人しくて純朴で」


男がただ俯いて黙っている近づいてきて、三浦の明るく染めた髪に触れようとする。


「······っ、触んないで」


三浦は震える手で、それを払いのける。


「何でだよ、昔の仲じゃん! てか、なんでそんな派手な格好してんだ?」


「······あんた達には関係ないでしょ」


三浦は口を噛み締めながら、彼らに背を向けて立ち去ろうとする。だが、男はその手を掴んだ。


「待てよ。久々の再会なんだし、前の()()でもしようぜ?」


そう不敵な笑みで言うと、有無を言わさず三浦を薄暗い路地裏へと引っ張っる。


「は、ちょっ! やめて!」


抵抗するも虚しく、三浦は地面へ投げ出される。


「痛った! 何すんのよ!」


「何するって、分かってんだろ? 前は邪魔されて最後まで出来なかったけど」


男達は陰を含んだ笑みを浮かべて歩み寄ってくる。


三浦の肩はカタカタと揺れ、足は立ち竦んでまったく頼りにならない。男の手はどんどん近付いてくる。


三浦はふと今の目の前の光景と、昔の光景が重なった。


変わったはずなのに、見た目も中身も変えたはずなのに、何故同じ事が起きているの──────




***




まだ幼くて、身長も今より8cmも低くて、黒髪で、黒い事を知らない純朴な心を持っていた中1の秋、三浦は転勤して新しい中学校へと入った。だが、既にグループは出来ていて、人見知りで途中参加の自分にはどこにも居場所がなかった。



「三浦さんって優しいね」

「三浦って大人しいね」



周りからはよくそう言われた。


頼まれた事は断れずに全て引き受けて、嫌な事があってもにこにこしている。


普段は友達といないから頼られるのが嬉しくて、断れなかった。それに、周りに良く思われたくて表面的に取り繕った。


だが、それは皆から見るとただの都合のいい女だった。「優しいね」って言ってくるけど、それは表面だけで面倒な事はすべて押し付けてくる。



ただの使い走りだった。



何しても何も言わないから、いじめられる事だって少なくなかった。


友達同士で騒いでいる様子が羨ましくて、ただ友達が欲しいだけなのに。毎日がつまらなくてどうしようもなかった。



そんな日々が1年と続いた時だった。


いつもの帰り道を歩いていると、前方に同じクラスの男子達が固まっていた。彼らは学校の中でも問題児であまり近寄らないようにしていた。


三浦は下を向いて通り過ぎようとした。


「あれ、君、同じクラスの三浦さんじゃん?」


その中の1人が気付いて声を掛けてくる。


無視するのもと思い、軽く会釈してその場を去ろうとする。だが、男は三浦の手を掴み不敵な笑みを浮かべて言った。


「ねえ、今暇なら俺らの相手してくれない?」


それで暗い路地裏に連れて行かれた。


「三浦さんなら断らないし、何も言わねえよな」


男達はニタニタと笑いながらこちらへ歩み寄ってくる。三浦はこれから起こることを想像して、思わず涙が零れる。



どうして私がこんな目に会わないといけないのだろう。ただ友達が欲しいだけなのに。



男の手が届く瞬間、三浦は恐怖で目をギュッと瞑った。



──────その時だった。


「ぐほっ」


そう鈍い声が聞こえたと思ったら、その後すぐにガシャンと何かがぶつかったような凄い音が鳴る。


何事かと思って三浦はパッと顔を上げる。


そこには1番後ろに立っていた男が、ゴミ箱と共に倒れていた。ゴミ箱から出たのだろう、その周りにはゴミが散らかっていた。


「な、なんだよお前はァ!?」


三浦の前に立つ男2人がおののいた表情で前を見ている。男達の視線を辿ると、そこには1人の男性が立っていた。


「ま、まさか、お前は紅血(ブラッディ)っ······!?」


その男性は言い終わる前に男達を殴り付けた。圧倒なまでの強さに、さっきまで威勢がよかった男達は呆気なく路地裏に転がる。


目の前の状況を上手く呑み込めず、三浦は呆然と座っていた。


「大丈夫か?」


男性は少しぶっきらぼうに、でも優しい声で三浦に手を差し伸べる。


三浦は涙でぐしゃぐしゃのまま小さくコクっと頷いてその手を取って立ち上がる。男性の顔は涙でボヤけて全く分からなかった。



男性は三浦の手を引いて歩き出す。


目の前の大きくて強くて、でも暖かい背中。


それに、自分は助かったのだとようやく実感が湧き、自然と目から涙が溢れ出す。


男性はただ黙って背中をさすってくれた。心地よくて柔らかい雰囲気に三浦はただ安堵した。




***




三浦の頭に暗い過去が走馬灯のように脳裏を巡る。


そして思いだした。私はあの時強く誓ったのだ。「強くなろう」と。


あの時のヒーローがまた来てくれるわけじゃない。


このまま抵抗しなかったらあの時と一緒だ。


そんなのは嫌だ。


私はあれから変わろうと頑張ってきたのだから。



三浦は弱い心を断ち切った。


そして意を決したようにすくっと立ち上がり、目の前の3人を睨みつける。


「なんだ? 男相手に抵抗するつもりかよ」


男達は鼻で笑う。まるで相手にしていない。女1人など簡単に抑えられると思っているのだろう。


男は余裕の笑みで三浦に近付いてくる。


三浦は少し後ずさり、唾をゴクッと飲み込む。


私は変わったんだ、私ならやれる!


三浦は息を深く吐くと、


「おりゃー!」


1番前にいた3人の中でリーダーである男の股を力一杯蹴り上げた。


「ぐうっ」


思ってもみなかった攻撃に、男は顔を引き攣らせて蹲る。


予想よりも効果てきめんであった。


実はあれから、三浦は何かあった時のために抵抗できるよう、蹴りの練習をしていたりする。


「テ、テメェ······! マジで許さねえ! おい、お前ら、やれ!」


顔を痛そうに歪めながら呆然と後ろに立っていた男達にそう命令する。


二人の男は一斉に三浦のところへ走りよる。


三浦は焦る。さすがに男2人の相手なんて出来ない。


「うりゃー!」


目をギュッと瞑って一か八かで一人の男に向けて何度も練習した蹴りを繰り出す。


足に何か当たった感触がしたと思ったら、男が呻き声を上げてその場に蹲る。


なんと、綺麗に男のみぞおちに入ったようだ。


三浦も驚く。だが、あんなに練習した蹴りが決まったことに少し嬉しく思った。


それで、もう1人男がいた事がすっかり頭から抜けてしまった。


「油断してんじゃねーよ!」


男が三浦を床へ押し倒す。その勢いで三浦は地面に頭を打つ。


「痛った!」


三浦は痛みで顔を歪ませる。


すると、顔上に拳が見える。今にもこちらへ降ってきそうな塊が。


男から逃げ出そうにも、力の差は歴然で全く引き剥がせない。



私は変われなかったのかな。結局は弱いままの自分なのかな。



三浦は悔しそうに、固く唇を噛み締める。


拳はこちらへ勢いよく向かってくる。


三浦は痛みを覚悟してギュッと強く目をつぶった。



だが、それは来なかった。



「ぐえっ」という呻き声が聞こえたかと思うと、ふと上からの重りが無くなった。


何が起こったのかと思い、三浦は目を薄く開ける。


「え······?」


三浦は目を見開く。


そこには、見覚えのある、男の背中があった。



読んで下さり、ありがとうございます( ੭ ˙˙ )੭

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