89,文化祭準備②
「はい、カット! いい感じだよ!」
「俺の教えのお陰だな!」
ミュージカルを取り締まる監督の女の子と太陽先生が、キャストらの演技を見て満足そうに頷く。
今日、初めてキャスト全員で最初から半分を歌も含めて軽く通してみた。それにしては中々スムーズにいけたと思う。
「ぎゃー、またセリフ飛んじゃったー、ごめんー」
三浦は悔しそうに顔を歪めて、自らの手で髪の毛をぐしゃぐしゃとかき乱す。
1つセリフをすっぽ抜かすと、頭が混乱して次のも忘れてしまう。まさにその悪循環が今、三浦を襲っていた。元々覚えるのが苦手な彼女はメインキャストということでセリフが多く、苦労しているようだった。
「あと2週間あるから頑張ろう?」
「うう、あと2週間しかないじゃん。もう無理かも······」
しょげる三浦を励まそうと思ったが成美だが、それには反して三浦はどんどん萎れていく。皆がどう三浦に声を掛けようかと悩んでいる時、1人の女子が三浦の前へと立ち塞がった。
「もう諦めてんの? 自分から立候補したのに」
「え、ちょっ、天音ちゃん!」
皆は驚いて天音を見る。三浦を勇気づける言葉をかけようと思っていたのに、彼女は真逆の事をしだしたのだ。
三浦が怒ってしまう、と皆が思った。現に顔を伏せる三浦の肩が小刻みに震えているのだ。怒りなのか泣いているのか分からないが、誰もが"終わった"と思った。
だが、天音はそんな皆の不安をよそに言葉を続ける。
「2週間もあるのに覚えられないの? まさか、こんなにバカだったなんて」
天音は「バカ」を強調して三浦を大袈裟な口調で煽った。
「天音ちゃん! これ以上は······」
成美は止めないとやばいと思い、天音の肩を揺さぶる。だが、彼女は成美に笑顔を向けて「大丈夫」と小声で囁いた。成美はどういう事なのか分からず、ぽかんと天音を見つめる。
その天音の言う通り、そんな皆の不安は次の三浦の言葉で、それは杞憂だったとわかった。
「何よ! むかつく! やるわよ! やってやるわよ! 絶対に覚えてやるんだから!」
三浦は勢いよく顔を上げ台本を手に取ると、ギラギラとした目付きで台詞をブツブツと読み始めた。天音は三浦の性格をちゃんと把握した上でうまく手の上で転がしたようだ。天音の手腕が凄いのか、それとも三浦が単に"バカ"なのかは分からないが、皆はひとまずホッと胸を撫で下ろした。
「みんな! Tmitter見て! やばい事になってるんだけど!」
文化祭まで残すところ10日となったとある朝、文化祭実行委員の女子が慌てた様子で教室に駆け込んで来た。彼女の髪は乱れており、相当慌てていたことが見て取れる。
「私のTmitterでミュージカルの宣伝とかしてたら、RT数がエグい事になってるの!」
皆は半信半疑だが、スマホを取り出してとりあえずTmitterを確認し始める。そしてその問題のものを見て、皆は目を見開いて驚愕した。
RT数5万、いいね10万、という驚きの数字だった。
よくよく見ると、バズった呟きには宣伝とともに動画が付いていた。それはミュージカルの通しのある一括り、陽斗がステージ上で歌っている映像だった。
コメントには、
「歌うまっ! これで素人とかやばすぎだろ」
「え、待って。青羽瞬の声と似すぎて鳥肌」
「てかこの人、世界バスケ大会に出てた人じゃね?」
などと書き込まれていた。
皆は一斉に陽斗を見る。「お前かよ」というほぼ呆れ顔で。
「え、俺······?」
陽斗は信じられないという表情で、今だスマホを凝視している。
コメントの中に"青羽瞬"という文字を見つけた時は、心臓が跳ね上がった。今回のミュージカルは役として出る事になり、目立ちたくはないとはいえ手は抜きたくない。なので本気で演技し、歌っている。だからまあ、実際本人だしそう言われるのはしょうがないかもしれないのだけど。
それにしても、何故こんなにも拡散しているのだろうか。陽斗にはそれが不思議でたまらない。
もうSNSで心を荒らされたくなかったのに!
前にバラエティに出た際にネットがあれ、陽斗は少しだけほんの少しだけど傷付いたのだ。だから気を付けようと思っていた矢先に早速これだ。もう懲り懲りだ。
隣にいた白石と成美が少し心配そうな目で陽斗を見る。2人はこれで陽斗の正体がバレて、彼の望みである高校生活を中断する事になるかもしれないと不安だった。2人とも陽斗の身を案じているのだ。
「大丈夫だよ、心配しないで」
陽斗は2人になんの動揺も見せずに笑いかける。
心の中では少し、いやかなり動揺したが、心配をかけたくないので、そう言った。
陽斗は心の中で思う。
ミュージカルに手を抜くことだけはしたくない。せっかくやるのだから本気で挑みたい。自分のためにも、みんなのためにも。だからもう割り切ってやるつもりだが、もしこれで正体がバレてしまったら即座にこの学校から身を引こうと、そう陽斗は人知れず覚悟を決めた。
だが、皆を騙していると思うと心が痛い。自分の都合で色んな人を振り回している。だが、自分のためにも生きると決めたのだ。せめて卒業まではバレずにここにいたい。
陽斗の望みが叶うのかは、ミュージックが終わってからしか分からない。不安だが、もう前に進むしかない。
「まあ、なにあともあれ、話題になって良かったんじゃない?」
「そうだね!たくさん見に来てくれるかもしれないね!」
どうやら皆は楽観的に捉えてくれたようだ。お客さんを集めるためにもっとミュージカルの準備の風景をアップしていくつもりらしい。皆は陽斗に感謝した。
「さすが今宮。1人で何もかもかっさらうな」
色んな考えを張り巡らせていた陽斗の隣で、問題の動画を見ながら市原が呑気につぶやく。
「くそ、主人公は俺なのに······。主人公の存在が霞んでるよ······」
主人公役であった体育委員の南がガックリと肩を落とす。皆はその気持ちを汲んで彼の肩に優しく手を置く。
実際に陽斗は凄かった。素人とは思えないくらいに。演技も歌も存在感も全てにおいて圧倒的だった。陽斗自身も周りを立てようとしているが、やはりそれだけで隠せる訳もない。
皆はそれに危機感を覚え、陽斗に教えを受けながら必死に練習している。だが、そんな簡単に元超人気芸能人に追いつけるはずがなかった。
主人公ではなくキャスト全員が陰となりつつあった。
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