88,文化祭準備①
夏休みが明け、二学期に入る。
怒涛の日々が終わり、陽斗はようやく日常へと戻る。本当に濃い夏休みだった。
だが、もちろん学校内での変化もあった。
世界大会優勝したのもあり、男女問わずファンが増えたらしい。ファンレターも前より多くなった。
陽斗には何故こんな陰キャに、と本気で思った。ネットで色々言われたせいもあり、陽斗は不思議でならなかった。
また、成美と付き合っていることが既に噂になっていた。元凶はやはり高柳だった。
2人が恋人になった事をすぐに嗅ぎつけた高柳は、ネタだといわんばかりに広めまくった。学習をしない高柳は再び高いケーキを奢らされることとなった。
そうして、成宮高校では1つの大きな行事が始まろうとしていた。
「皆! もうすぐ文化祭だぞ!」
太陽先生がうるさくドアを開け、軽やかな足取りで教室へと入ってくる。
4組は明るい歓声で包まれる。
成宮高校の文化祭はとても規模がでかい。評判もよく、学校外から多くの人が訪れる。また授業も多く準備で潰れるため、学生にとっては嬉しい期間に入るのだ。
陽斗は1度成宮高校の文化祭にお忍びで行ったことがある。たまたま近くで撮影をしており、その合間を縫って冴木と遊びに行ったのだ。その時の感動は今でも忘れられない。
成宮高校に編入しようと思ったのは、それも理由の一つである。
早速、皆は何の出し物をするのか話し合い始める。
「文化祭かー! 何がいいかなー!」
陽斗はクラスの誰よりも嬉々としている。文化祭と聞いてから、終始机の上で眩しいくらいの満面の笑みを浮かべていた。
去年は編入する直前に文化祭が終わっており、間に合わなかったことにかなり悔しい思いをしたのだ。それに、今まで見る側だったのが作る側になるのだ。こんな憧れの青春に嬉しくないはずがない。
「無邪気すぎる子供が1人いるよ」
「この世の人がみんな今宮くんだったら平和だよね~」
そんな1人ニヤニヤとする陽斗に、市原と天音は苦笑する。
「でもさ、ぶっちゃけうちらが文化祭にガッツリ打ち込めるのって今年までだよね」
「え、何でよ! 来年もあるじゃん!」
天音の呟きに、三浦が鋭く反応する。
「ほら、来年受験じゃん」
その一言に、その場にいた皆の表情が固まる。
「ああああ! そうだったぁー!」
「そうじゃん、俺ら受験生じゃん!」
三浦は魂が抜けたように椅子にガックリと座り、市原は悲痛そうな顔で天井を仰ぐ。白石もすっかり失念していたようで、動きがピタリと止まっている。今、白石の頭の中にはバスケのことしかなく、勉強の"べ"の字も頭に無かった。
「いや、安心しろ。まだ受験で1年半ある!」
「そ、そうね! あと、1年半もある! まだ大丈夫ね!」
市原と三浦はそう自分たちを励ますように言い聞かせる。
((いや、1年半だなんてあっという間だよ······))と、陽斗と成美は心の中で突っ込んだ。
1時間後、黒板に皆が出し合った案が書き並べてあった。定番であるカフェ、屋台、お化け屋敷である。
「他にないのかー?」
太陽先生は教室の前の端にパイプ椅子を広げ、偉そうに教室中を眺める。まるで、1時間でこれだけしか決めれないのかとでも言いたげだ。だが、彼は生徒に混じって先程まで騒いでいたのだ。こうなったのは彼のせいでもある。
「それなら、ミュージカルとかどうですか!?」
1人の女子が手を挙げて目を輝かせながら席を立つ。
「ほお! ミュージカルいいな! 実はな、俺、大学生の時は演劇で活躍していたんだ! 演技の鬼才とか言われてたなあ」
太陽先生は懐かしそうに話す。そんな先生を皆は疑わしい目で見る。いつも幼稚で馬鹿なのに、演技なんて本当に出来るのだろうか。
結局、4組はミュージカルをする事となった。太陽先生とミュージカル好きな女の子に押され半ば強制的に決まった。
だが割と肯定的な人が多く、反対する人は余りいなかった。
「それなら、演技経験がある俺が監督をしようか!」
自分が経験がある分野だからなのか、太陽先生は張り切っていた。出来る"先生"というのを見せつけたいからなのか、かっこつけたいからなのか。
「いや、それは生徒の仕事なので大丈夫です」
「自分達でするのでいいです」
皆は断固拒否した。
「そ、そうか······、まあ、頑張れよ······」
太陽先生はしょげたように教室から出ていく。クラス全員に真顔でそう言われては、流石の太陽先生も心にくるようだ。
(((いや、子供かよ)))
表情をありのままに出す幼稚な対応に、クラス全員の心の声がハモった。本当にこんな人が"演技の鬼才"と呼ばれていたのだろうか。
まるで虐められた子犬のように出ていく小さな背中に、さすがの皆も申し訳なく思った。それから、皆は太陽先生にちょこちょこアドバイスを貰いにいった。生徒が頼ってくれるという状況に、太陽先生も機嫌をすっかり良くしていた。
単純すぎる、と誰もがそう思った。
ミュージカルをやる上で、ある問題が浮上した。
それは、みな役をやりたがらない、というものだ
ミュージカルで歌は重要な要素だ。人前で歌うということに抵抗がある人が多く、中々役が決まらなかった。
教団の上で助けを求めるような実行員の目線を皆は避け続けた。
陽斗もその1人だった。
やりたいのは山々だが、役としてステージに立つと目立ってしまい、正体がバレるのを恐れているのだ。それだけは陽斗は譲れなかった。あと一人だけ犠牲になってくれ、と心の中で唱え続けた。
だが、そう上手くはいかなかった。
「今宮がやるってー」
クラスの皆が聞こえるような大きな声が教室内に響いた。
「え、は、はあ!?」
「マジで!? 助かるよ~!」
「やっと決まったー! 今宮ありがとうー!」
皆が一斉に陽斗を見て、安堵したような顔を浮かべたり、実行員に限っては泣きそうな勢いで感謝された。
「え、あ、うん」
こうなってはもう、断りきれなかった。
「いやー、今宮、さすがだな!」
目の前に座る市原がよくやったと言わんばかりに、グーサインを作った手をこちらに向ける。
「いやいやいや、なんてことしてくれてんだ!」
そんな彼の胸ぐらを陽斗は掴んだ。凄い剣幕で市原をまくし立てる。
「さあ、なんのことか知らないけど、今宮歌上手いしさ。ま、一緒に頑張ろうや!」
今宮を勝手に推薦した張本人である市原は、知らないふりを決めにこにこと笑うばかりであった。市原は中々決まらない状況に耐えかねて立候補した1人だ。そのため、何とか逃れようとする友人を許せなかったのだ。
そんな陽斗の肩に白石が手を置いた。振り返ると、「諦めろ」と言わんばかりの顔で頭を左右に振る。
「なんてこった······」
抵抗を諦めた陽斗は力なく椅子にもたれかかる。
「まあまあ、いい経験になるよ」
「そうよ。成美もいるし、いいじゃん」
そんな陽斗を成美と三浦が宥める。成美もまた市原と同じだった。三浦は率先して手を挙げた方だが。
「うん、まあ、やるからには頑張る······」
陽斗はガックリと項垂れながら呟く。
こうして、陽斗はメインキャストとしてミュージカルに出る事が決定した。
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