85,告白
アメリカから帰ってから久しぶりの部活を終える。
オレンジ色に染った街を、陽斗は自転車を押しながら成美と2人並んで歩く。2人の鼓動はいつもより早く、会話はぎこちない。
駅へ差し掛かろうとした時、陽斗はついに顔を引き締めて成美の方へ向き合う。
「あ、あの! 言いたいことがあります!」
改まった様子で話を切り出す陽斗。成美はビクッと肩を揺らす。
陽斗は深い深呼吸をして、顔や気持ちを整えて意を決して言葉を口にする。
「は、林さんのことが好きです!」
陽斗は真っ直ぐ成美を見つめる。帰り道、初めて2人の視線が交わった瞬間だった。
成美の目が微かに揺れる。1回下を向いたのかと思うと、何か決心したような凛々しい顔を上げる。
「あの、返事の前に、私から1つ聞きたいことがあります」
「え、な、何?」
成美の突然の質問に、虚をつかれたかのように陽斗は素っ頓狂な声を出す。
成美は少し躊躇いながらも、言葉を続ける。
「今宮くんって、"青羽 瞬"、だったりする?」
恐る恐る成美から放たれた言葉に、陽斗は目を見開く。
「え、なんで、そう思うの······?」
「えっとね、インターハイで今宮くんがメガネを取った時の顔がそっくりで······。勘違いだったらごめんね、本当に、凄く似てたの」
成美はずっとその事が気になっていた。夏はこればかり考えてしまって、他のことに集中出来ないくらいだった。
今になって考えてみると、なぜ彼があそこまで素顔を隠すのか、なぜ笑顔や仕草があんなにも重なって見えるのか、なぜ冴木と親しいのか、そう考えると不思議と腑に落ちる。
成美はまともに陽斗の顔を見ることが出来なかった。口に出して今ごろに後悔の渦にはまる。
でも、聞けずには言われなかった。ずっとこれを聞きたかった。
「そっかー······、それ、俺から言おうと思ってたのに」
陽斗は眼鏡をずらし、前髪を少しかき分ける。それは、まさに"青羽 瞬"だった。
その瞬間、成美の大きい目に涙がたまる。
「え、ど、どうした!?」
肩を震わせて急に泣き出してしまった成美に、陽斗はあたふたとする。
「私、"青羽 瞬"くんのこと、ファンとしてずっと応援してたの。引退しちゃった時、本当に悲しくて。だから、今会えて嬉しい」
成美は顔を涙で濡らしながらも、陽斗に笑顔を向ける。
彼のことはあのハンドクリームの件からずっと応援してきた。彼を見ると、元気が出て心がポウっと暖かくなる。どれだけたくさんの勇気を貰ってきただろう。
だから芸能界からいなくなると知った時、あまりの急のことに気持ちが追いつかなかった。もう彼を見る事ができないという現実を認めたくなかったのだ。
だが、彼の意見を尊重してそれを受け入れることが出来た。彼もまたどこかで生きていると思うと、少しだけ心が軽くなった。決していなくなった訳では無いのだ。
そんなずっと見てきた、あの遠かった彼が今、目の前にいる。自分でもよく分からないけど、自然と涙が零れた。言葉では表現出来ない感情が一気に溢れ出した。
「そうだったんだ、ありがとう。急に引退してごめんね」
陽斗は少し眉毛を八の字に曲げたままの笑顔で、成美の頭にぽんと手を置いた。
少しして、ようやく成美は泣き止んだ。
「落ち着いた?」
陽斗は冷たい水が入ったペットボトルを、ベンチに座っている成美に差し出す。道の真ん中だとあれなので、2人は駅前のベンチに移動していた。実際、泣いている彼女を見て、男が泣かせたのだと思われたのか多くの人から睨まれた。
「ありがとう」
成美は少し泣き腫らした赤い目を前髪で隠しながらそれを受け取り、キャップを開けると1口ごくっと飲んだ。
「ごめんね、迷惑掛けちゃったね」
「いいよ、気にしないで」
うつむき加減で話す成美に陽斗は小さく笑いかける。
そりゃあ、クラスメイトが元超有名人だなんて動揺せずにはいられないだろう。しかも、ファンだったのなら尚更だ。
実は、告白の前に自分の本性を言おうも思っていた。しかし、緊張で気持ちがグチャクチャになり、思わず"好き"だと口にしていたのだ。
しかし、成美に勘づかれていたとは。かなり緊張感が薄れてしまっていたようだ。気をつけなくてはならないと、改めて気を引きしめた時だった。
「ねえ、今宮くんは、本当に私なんかでいいの? こんな凄い人に私じゃ釣り合わない」
成美は顔を下げたまま、か声細々とした声で言う。
陽斗はその彼女の意図に気づいていた。
自分は元とはいえ、テレビの世界で活躍していた人だ。すぐにうなずけるような事ではないだろう。
正直、告白しようか戸惑った。成美に迷惑がかかってしまうんじゃないかと怖かった。だが、自分は今宮陽斗として今いる。過去に縛られて諦めたくなかった。
もし断られたとしても気持ちだけは伝えたい。後悔なんてしたくない。陽斗はそんな淡い気持ちを持って成美に言う。
「成美さんは、俺の事嫌い?」
「嫌いじゃない! す、好きだよ······。でも、今宮くんが"青羽瞬"だと思うと、躊躇っちゃうの。私なんかじゃ釣り合わない」
ずっと手さえも届かない遠い存在で、そんな彼が今、目の前にいる。それだけでもありえないのに、告白されているなんて。
これは現実なのだろうか。何度も何度もほっぺたをつねっては見たけど、目は覚めなかった。これは本当に起こっているんだという実感が強くなるばかりで。
「"青羽瞬"じゃなくて、今宮陽斗として考えて欲しい。今は、今宮陽斗だから。こんな俺でもいいのなら、成美さんがいいのなら、俺は付き合いたい」
陽斗は真っ直ぐ成美を見つめる。成美は顔を上げて彼を見つめる。
彼の顔は少し固く、優しくやわらかな顔だった。
もう、目の前の彼は"青羽瞬"なのではない。彼はもう、今宮陽斗として生きているのだ。
自分を好いてくれ、そして自分が好きな彼が勇気をだして言ってくれたのだ。どこに断る理由があるのだろうか。
「うん、私でいいのなら」
成美は決心した顔を上げて陽斗を見つめる。
「よかった~」
その瞬間、硬い彼の顔が緩み力が抜けたかのようにダラりと首をたれる。
「正直、自信なかったからめっちゃ嬉しい。ありがとう」
陽斗は満面の笑顔で成美を見る。
成美は顔を赤らめながらも、照れたように小さく笑い返した。
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