84,部活内の変化
アメリカから帰ってきた次の日、まだ薄暗い中で陽斗は自転車を走らせていた。
朝の風がとても心地よい。特に坂を下る時なんかは最高だ。
久しぶりの校門をくぐり、いつもの所に自転車を止める。その横には、見覚えのある自転車がもう置いてあった。
「ったく、早いな~」
陽斗は小走りで部室棟へと向かい、男子バスケ部のプレートが貼ってあるドアを開ける。
その瞬間、中から鼻を防ぎたくなるほどの悪臭が漂ってきた。
「くっさ! てか、きたな!」
3週間ぶりの部室はとんでもなく荒れていた。物が散乱し、まるでゴミ屋敷のようだ。
「もー! どうやったらこんなに汚くなんだよ!」
陽斗は万が一に備えて肩身離さず持参しているマスクをつけ、荒々しく掃除に取り掛かった。
こんな部室では全く落ち着かない。この空間にいるだけで拒絶反応が出そうだ。
そんな衝動を必死に抑えながら、気力だけを頼りに凄まじい勢いで瞬く間に部室を綺麗にする。
***
体育館に響き渡るボールの音。
白石は目の前に相手がいる事を仮定しながら動く。そして、豪快にダンクを決めた。
ボールを拾い、ふと時計に目をやる。既に時刻は6時30分を回る。
「······遅い」
そう白石が呟いた時だった。
体育館の扉が開く音がすると共に、久しぶりの声が聞こえた。
「おはよ~」
「陽斗、久しぶり」
白石の表情が僅かに緩んだ。
しかし、目の前にいる陽斗はまだ早朝にも関わらず既にぐったりとした様子だ。まだ大会の疲れが残っているのだろうか
「大丈夫?」
「······大丈夫じゃないよ! 何なんだよ、あの部室の汚さは! 3週間であんなに風になるか!? ゴキブリだって2匹もいた! 気持ち悪い、鳥肌たったし!」
陽斗はもう耐えきれないというように、騒ぎ出した。
彼はかなりの綺麗好きだ。それは小さい時のお話。部屋が汚かったからなのだろうか、一日にゴキブリが5匹も現れた。しかも夜中に自分の布団の中に奴がいたのだ。あの時のトラウマは今でも忘れられない。
それからは極度の虫嫌いになり、身の回りは絶対に綺麗にしようと誓ったのだ。
それなのに、また奴に出くわした。あのピクピクと動く触覚が気持ち悪くて、想像しただけで鳥肌ものだ。
「あー、それはごめん。陽斗以外に掃除する人がいなくて」
実際、陽斗がいなくなってものの3日であんな有様になったらしい。部屋を汚くするスペシャリスト達がこのバスケ部には多いようだ。
陽斗が出た後にその部室を訪れた者たちは、あまりの綺麗さに思わず言葉を失ったそうだ。綺麗になった部室と入口に貼ってある男子バスケ部のプレートを何度も何度も確認したようだった。
それから間もなく、続々と部員が体育館に集まり出す。陽斗を見つけると、皆が嬉しそうに駆け寄り優勝を祝ったり褒めたりして騒ぐ。
殆どの者が世界大会を生中継で見ていたようだ。最後の陽斗のブザービーターには半端なく興奮したという。
「じゃじゃーん、金メダル~!」
陽斗は部員の皆に見せようとして持ってきた優勝の証である金メダルをポケットから取り出す。
「すっげー!」
皆は我よ我よと触ったり自分の首にかけたりしてはしゃぐ。傍から見ると、小学生のようであった。
そこへ女子マネージャーの2人が入ってきた。もう1人の子は最近新しく入った1年生の子である。この子もまた可愛いと、部内は大盛り上がりだった。
陽斗と成美の視線が交わる。
2人は少し気まづそうに赤くなった顔を背ける。そんな2人の様子を、部員たちはすぐに察した。
陽斗は少し照れながら成美の方の目の前へ行く。まともに彼女の顔を見れずに一言発する。
「今日さ、一緒帰らない?」
「うん」
一瞬成美は目を見開き、下を向きながら答える。だが、彼女の耳は赤くなっていた。
恋人のような初々しい様子を部員たちはじーと見つめる。多くは陽斗に妬みの視線を浴びせていた。
「さ、さあ! もう練習しなきゃ!」
背中を刺すようなたくさんの目線に耐えきれなくなったのか、陽斗は籠の中からボールを取り、練習を始める。
だが、このねちっこい視線は今日の練習が終わるまで続いたのだった。
しかし、その視線はそれだけでなく、驚きと憧れも含まれていた。
それは、陽斗が再び大きく成長していたことだった。まるでボールと一体化したように操り、何よりも解き放つオーラも以前とは圧倒的に違う。
動物で例えるなら、前はアライグマのように凶暴だがまだ可愛いと思えた。しかし、今は百獣の王のような、力強く近寄り難い強烈な存在感を放っていた。
味方であればとても心強く、敵ならば萎縮してしまうだろう。
改めて陽斗の凄さを理解する。将来は大物になるだろうと、誰もが確信した。
陽斗もまた、皆が強くなっていることに気づく。自分がいない間に技術も精神面も一段と上がっていた。
陽斗は練習中ながらも思わず笑みがこぼれる。
成宮高校バスケ部は再び融合し合い、また一段と大きくなった。
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