83,母の思い
「ただいま」
「あら、陽斗! おかえり。お疲れ様」
母はリビングから駆け足で駆け寄ってくる。久しぶりの再会に母は嬉しそうに笑顔を浮かべる。その一方で陽斗の表情は少し強ばっていた。
3週間だけなのに、家がもう懐かしく感じる。そして、リビングからは何ともいい匂いが漂ってくる。
「今日は陽斗の大好物の餃子よ」
「ほんと!? お母さんの餃子、ずっと食べたかったんだよね!」
陽斗は餃子が大好きで、週に一回は母に作ってもらってる。母の作る餃子は格段に美味しいのだ。
陽斗は先程の緊張もすっかり忘れて幸せそうに餃子を頬張る。
「試合、見たわよ。優勝おめでとう! 本当に凄かったわ」
母はそんな陽斗を穏やかな目で見つめる。
テレビで試合が放送されており、母は夜遅いのにも関わらず我が子を応援していた。
自分の子供が世界を舞台に活躍しているなんて、何か感慨深いものがあった。時間を忘れて見ていたものだ。
そんな母の言葉に、陽斗は一気に現実に戻された。餃子で頭がいっぱいでつい大事なことがすっぽ抜けてしまった。
陽斗は口にたくさん詰めてあった餃子を胃袋へと収め、箸をおいて母と向き合う。
「あの、お母さんに1つ話したい事があります」
「なにかしら?」
改まった様子で話し出した陽斗に、母は特に構える様子もなくにっこりと笑う。
だが、陽斗が次の一言を口に出した瞬間、母の顔が固まった。
「アメリカで、父に会ったんだ」
母はヒュッと喉を鳴らす。
陽斗は母の様子を気にしながらも、話を続ける。だが、母は泣く事も取り乱すことも無く静かに聞いていた。
全て包み隠さず話し終え、母は一言呟いた。
「そう。今はもう興味無いわ」
陽斗は意外にもあっさりとした反応に思わず母の顔をガン見した。
取り乱すかもしれないと思ったが、目の前にいる母はいつもの笑顔を浮かべている。ショックを受けている様子はまるでない。
「あの野郎、私の可愛い息子を困らせるなんて······!」
母は下を俯いてぼそっと呟く。なんて言ったのかは聞き取れなかったが、その殺気に満ち溢れた声は陽斗を震え上がらせる。こんな姿は今までで見たことも無い。ただただ恐ろしい。
「······お、お母さん?」
「あ、ごめんね」
陽斗の戸惑う声に、母はすっと顔を上げる。そこにはいつもの母の顔があった。大切な我が子を苦しめた事に、思わず怒りで我を忘れていたようだ。
「さっきも言ったけど、今さらあの人の事なんてどうでもいいわ。今は今で幸せだもの」
ちづるは陽斗に笑いかける。私はもう大丈夫よ、と言っているかのようだ。
それで、母はもう既に乗り越えていることを知った。自分だけが過去に縛られていたようだ。
決して簡単には抜け出せなかっただろう。だが、毎日を懸命に生きる陽斗の姿を見て、色んな人達と交流するにつれて、次第に心が軽くなっていくのがわかった。
全てを拭いされた訳ではないが、もうあの苦しい時を今では懐かしいと思えるようになった。辛いことも多かったが、楽しい思い出もたくさんある。
彼の事は今では全く未練などない。
今は普通に幸せだと思えるのだ。
「それなら良かった」
親子は顔を見合わせて笑い合う。もう2人には1点の影もなかった。
「さあ、食べましょう! 餃子、まだまだたくさんあるわよ」
「うん!」
2人は再び暖かい食卓を囲むのだった。
***
ちなみに、レオの家族は崩壊せずに済んだ。1番は父が陽斗と話を既にしていたからだった。
だが、レオママは罪悪感がいっぱいで、大会が終わったあと陽斗に会おうとした。しかし、それをレオや父に止められやむを得ず諦めた。陽斗が既に前を向き始めた手前で、今更話してもと2人は思ったのだ。
だが、レオママは心のわだかまりが消えず、体調を崩しつつあった。
それを見兼ねてかなのか分からないが、レオの携帯に1つのメッセージが送られた。
それは、陽斗とその母親からだった。
「あなたは気を負う必要は全くありません。全てはアイツが勝手にしでかしたことです。責任は全部アイツにあります。それに、私達はもう何とも思っていません。今は親子共々明るく過ごしています。私達はあなたの幸せを願ってます」
それを見てレオママは号泣した。
「ごめんなさい、ありがとう」
レオママは心の中で2人に向けて謝りお礼をする。そう言って貰えて少し気持ちが楽になった。そして、自分の2人の子供を大切に育てようと改めて誓った。
この件で、父の家族内権力が一番下になったのは言うまでもない。
ちなみに、陽斗ママは父と一言二言交わしたらしい。メールなのに、父は陽斗ママから恐ろしく怖いものを感じ取ったんだそう。
これで、ひとまずお家騒動は一件落着した。
読んでくださり、ありがとうございます(͒ ⸝⸝•̥∀•̥⸝⸝)͒




