80,強敵
「なあ、今宮があんなに落ち込んどった理由ってなんなの?」
決勝を見据えた夜のミーティングを終えた後、知多が何気なく陽斗に聞く。いつも明るくて笑顔一杯の陽斗があんなにも元気がなかったのか、知多はずっと気になっていた。
それを見ていた皆も興味津々に、そっと聞く耳を立てる。
「えっとね、中学の時に離婚した父と体育館で会ったんだよね」
「え!? アメリカで?」
「そう」
「それで悩んどったん?」
「うん。一方的にいなくなったから、その理由を知りたかったんだ」
剛力は知多を威嚇するように睨みつける。陽斗の事情を知っているばかりに、無神経に聞くのを止めろという無言の圧力だ。
もちろんそれに気づいていない知多は、陽斗が思ったよりもすんなりと答えたためか質問を続ける。
「父親と和解したん?」
「ううん。あんな野郎、家族だとも思わないね」
陽斗はにこりと笑顔で答える。だが、心の中では笑っていないのが目に見えてわかる。陽斗の背中から黒いオーラのようなものが放たれているようだ。
その場にいた皆がぶるっと震える。目の前にいる陽斗がとてつもなく恐ろしく感じる。これは触れてはダメなやつだと察した。
「まあ、とりあえず明日、アメリカに勝って優勝しようね!」
「お、おう······」
皆は頷く事しか出来なかった。
それぞれに席を立ち部屋から出る中、陽斗の元へと星野がやってきた。
「その、なんだ。今までごめんな」
星野はそっぽを向きながら、罰が悪そうに謝る。彼は陽斗の複雑な事情も知らずに、一方的に責めてしまったことを反省しているようだった。
「いや、こっちが個人的な理由でチーム全体に迷惑をかけてしまったし、俺が悪いよ」
星野が怒っていたのはその相手を心配する裏返しだったと知っている。星野はチャラそうで嫌な奴に見えるが、実は結構良い人だ。
「まあ、立ち直ってくれてよかった。お前がいなかったらここまで来れなかったと思うし」
星野は陽斗の目を見ずに、ボソボソと呟く。
そんな褒め言葉を言う星野に陽斗は驚く。星野が人を本音で褒めるところは正直見たことが無い。プライドの塊であるし。
しかし、陽斗はすぐさまニヤリと笑って言った。
「それ、俺の事褒めてくれてるの!?」
「は!? ち、ちげーし! 明日は俺の方が活躍してやるんだからな!」
星野は慌てたようにセリフを吐き捨てると、そのまま出ていってしまった。
その後ろ姿を、陽斗は微笑んで見ていた。
***
ついに、世界高校生バスケ大会の決勝の舞台が開幕する。
ここに日本がくるなんて、誰が予想しただろう。思わぬニューキラーに皆は決勝がどのような戦いになるのか、楽しみにしていた。
陽斗と反対側に立っているのはレオ。彼もまたここまで無敗で勝ち上がってきた強敵のチームだ。
2人の目が合う。
会場のストリートコートで出会って、この大会で戦うことを待ち望んでいた。
今、まさにその舞台が始まろうとする。
お互いがそれぞれに色んな思いを抱きながら、ついに、バスケットボールが宙を舞った。
攻防が著しく変わる試合が続く。
そんな熱い展開に、見ている誰もがコートから目を離せずにいた。
レオは今まではエース的ポジションにいた。積極的に点を取りに行き、圧倒的実力でチームを引っ張る存在。まさに、ロイド・ハレスのようなスタイルだった。
しかし、今日の彼は少し違う。
日本の攻撃を尽く止めてきたのだ。
彼は日本が攻撃を仕掛けるとき、コートにただ突っ立っているようだった。傍から見れば、サボっているのかと思われるほどに。だが、毎回防いでくる。
誰よりも鋭く状況を把握し、瞬時に判断する能力が長けていた。
ギリギリまで相手の動きを見て動くため、そう見えていただけだった。
日本が仕掛ける罠にも瞬時に見抜いて引っかからない。たとえ作戦にハマったとしても、次にはもう攻略してくる。
適応力が群を抜いていた。
驚くほどのレオのスタイルの変化に日本は戸惑う。
陽斗は思うように動かせてもらえなかった。ゴール下に向かおうとも見事に阻まれる。そのためか、陽斗はスリーポイントシュートを打つ機会が今までより格段に多くなった。いや、そうさせられていた、そうせざるを得なかった。
陽斗はあまりスリーポイントシュートが得意でない。気持ちが焦っていたのもあるだろう。ほとんど入らなかった。
流れは圧倒的にアメリカにあった。レオから始まったその波は他のチームメイトにも影響する。そんな絶好調な敵に、日本は徐々に離されていく。
そんな我慢ばかりの状況に、日本チームは徐々にストレスが溜まっていく。
ハームタイムを迎え、日本の選手らの表情は暗い。
まさか、ここまで何も出来ないとは思えなかった。今まで強豪を倒し、決勝の舞台まで躍り出たのだ。自分たちは世界に通用すると、調子に乗っていたのかもしれない。
表向きは誰もが前向きに装っていた。しかし、裏では半ば諦めていた。
第3クォーターに突入する。
日本が攻める。
しかし、なかなか攻めあぐねていた。
知多が陽斗にパスを回そうとした、その時。それを読んでいたレオの手に触れ、ボールの軌道がズレた。
コート外へと飛び出しそうになる。
また日本は決められないのか。見ている誰もがそう思った。
しかし、そこに陽斗が飛びついた。
ぎりぎりコート内でボールを取ると、即座に星野へとパスする。
陽斗はそのままの飛び込んだ勢いでコート外へと放り出され、日本ベンチへと突っ込む。
星野は陽斗が繋いだボールを、敵に押されながらも勢いよくリングへ押し込んだ。
そんな最後まで諦めないという陽斗の捨て身のプレーは、見ているもの達を興奮させた。
「大丈夫か!?」
「平気だよ」
思いっきり突っ込んできた陽斗に皆は心配するも、特に何事も無かったかのようにコートへと戻る。
その陽斗の姿勢に、皆はハッとする。
心の中ではどこかこの試合を諦めていた。ここまで来れたしもういいか、と無理に言い訳を作った自分がいる。
しかし、そうではなくて今を全力でプレーする事が大切なんだと改めて気付かされた。
皆は気持ちを入れ替える。今、自分たちが出せるものを全て出そうと決めた。
ここで、試合の流れは日本に傾き始める。
読んでくださり、ありがとうございます(꒪˙꒳˙꒪ )




