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芸能人、やめました。  作者: 風間いろは
高校2年生
85/138

78,再出発

「本当にすみませんでした!」


朝、日本チームが会場へ向かうバスの前で陽斗は派手に土下座をして、皆が引くくらい謝っていた。挙句の果てに何度も頭を地面に打ちつけ始めた。


「おい、何してんだよ!」

「もういいって!」


皆は必死に陽斗を止める。試合前に怪我でもしたらとんでもない。


「取り敢えずさ、立ち直れたみたいでよかったよ!」


陽斗が顔を上げると、そこには嬉しそうに自分を見つめる仲間の姿があった。皆は陽斗の復活を嬉しそうにしていた。


「う、うう······、ありがどう」


陽斗はみんなの優しさに感動して涙を流す。急に泣き出した陽斗に皆はギョッとする。


以前も1人で溜め込み、周りに心配をかけた。その過ちをまた繰り返してしまった。人には逃げるなと言っておきながら、自分が逃げていた。そんな自分が心底嫌いだ。


それなのに、皆は自分を許してくれる。感謝してもしきれない。


「おい、今日の試合足引っ張んなよ!」


そんな陽斗に星野は冷たく言い放つ。


「おい、嬉しいくせに~」

「何気に1番安心してたりして~」


しかし、皆は星野をニヤニヤして見つめる。


「そ、そんな訳ねえし!」


図星だったのか、星野は急に落ち着かなくなる。少し顔を赤らめて顎を触る。


どうやら、星野が嘘をついた時は顎を触る癖があるらしい。新しい発見だ。


「任せて!」


陽斗は涙を拭って、いつもの大きな笑顔で星野にピースを向ける。


日本チームの雰囲気とてもいい感じだった。




そうして、ついに日本の試合が始まろうとしていた。


陽斗の調子は、練習を見る限りかなり良かった。日本チーム一同、特に監督は陽斗が戻ってきたことに安堵していた。


陽斗はコートへと入っていく。天井からの眩しいほどのひかりに、多くの観客。陽斗の心はいつになく興奮していた。


新しい自分として立っているようだ。晴々とした心には、もう1歳暗い影などない。


ビーという音が会場に鳴り響いたと同時に、コート内の選手達が動き出す。


起動力のある陽斗が戻ってきて、日本チームは動きやすくなった。それは一緒に戦う仲間が最も感じる。


陽斗の復帰戦は、見事に勝利を飾る。


終了のブザーがなった瞬間、チームメイトは陽斗に駆け寄る。


「ナイスプレー!」

「めっちゃ良かったよ!」


お互いに抱き合って勝利を分かちあう。


自分のバスケは"父"などではない。"今宮陽斗"のバスケだ。


過去を乗り越え、その先にあった景色は美しいものだった。


***


試合を終え、陽斗はいつものコートへと向かう。


「あ、陽斗じゃん!」


こちらへ歩いてくる陽斗にブラッドが気付き、嬉しそうに手を振る。しかし、レオは気まずそうに視線を逸らした。


「ごめんね、何も連絡してなくて」


陽斗は申し訳なさそうに謝る。彼らの連絡を無視し、そしてレオを一方的に避けたとこを反省していた。今思えば自分しか見えていなかった。


「いいよ! 陽斗が元気になって良かった!」


ブラッドは満面な笑みを陽斗へ向ける。


陽斗はレオの方へと向き合う。


「レオ、本当に今まで避けてごめん」


陽斗は深く頭を下げる。自分の勝手な都合でレオを傷つけてしまったのだ。自分の未熟さに嫌気がさす。


レオは陽斗の顔を見ないまま、ぼそっと呟いた。


「······なあ、お前が俺の父の息子って本当か?」


陽斗はその言葉に反射的に顔を上げる。

やはり、レオは何も知らなかったようだ。アイツが過去にあった事を打ち明けたようだ。


しかも、なんてタイミングなのだろう。せめてこの大会が終わってからにして欲しかった。レオの状態がおかしくなったらどうしてくれるのか。


陽斗は心の中でため息をついた。


「そうだよ。でも今は縁を切ったから、"父"じゃないけどね」


陽斗は少し笑いながら、気まずそうに答える。


「え、ええ!? どういう事!?」


ただ何も知らないブラッドはあたふたとしていた。


「俺が憎くないのか······?」


レオは父からその事実を知った時、最初は全く信じられなかった。あの父がそんな事をするなんてと。


自分は実子じゃないが、それでも父は優しく、弟が産まれてからも同じように接してくれた。だから、本当の父だと思ってきた。


父はバスケ界ではその名を知らない人はいないくらいの有名人。ロイド・ハレスの息子ということで、周りからも期待されてきた。その名に恥じないように、肩を並べられるように、ただ必死にその偉大な背中を追ってきた。


それが重い枷となって辛い時もある。だが、皆に認められたくて、父に認められたくて頑張ってきた。


しかし、突然の父からの告白。

その崇高な父の像が少し崩れた。


そして、自分の心は激しく動揺した。


また、息子がいたという事実。しかもそれが、友達である陽斗だった。でも、2人が親子というのには納得できた。裏ではまるでロイド・ハレスのようだと噂になるほどの選手だ。


その時、自分が欲しいものを取られたような気持ちになった。しかも、彼にはロイド・ハレスの血も流れている。


認めたくなかった。


だが、それと同時にこれからどう陽斗と接していいのか分からなくなった。彼はきっと幸せを奪った自分たちの事を恨んでいるだろう。


レオの心は暗い靄に包まれた。


だが、陽斗はキョトンとした顔で言った。


「え、なんで? レオはレオでしょ?」


レオははっと顔を上げる。なぜこの男はこんなに飄々としているのか、不思議でならない。


「レオは何もしてないじゃん。それに、俺はもう前を向くって決めたから! もう今はどうでもよくなったんだよね」


陽斗はなんとも清々しそうな笑顔を向ける。


陽斗はもう過去に捕らわれてなどいなかった。自分らしくあろうとしている。それなのに、自分は父の像にしがみついていた。


「なんでお前はそんなに強いんだ······?」


陽斗も辛いはずなのに、苦しいはずなのに、どうしてそんな事を言えるのだろう。レオには分からなかった。


「どうしようもないことも、受け入れて、考えて、それでようやく前を向くことが出来たんだ。だから強くなんてないよ。それに、縛り付けられたままなんて楽しくないしね!」


その言葉はレオの心に響いた。


自分は現実から目を背けていたんだと気付かされた。逃げて、逃げ続けて今の自分がいる。


また、"ロイド・ハレスの息子"というレッテルを貼り続けられ、自分自身にもそれにしがみついてきた。だが、父の背中だけを追うのはやめようと思った。陽斗のように、前を向いて、自由に。


レオの気持ちがふと軽くなった。


「······そうだな。俺は、俺だな」


下を向いていた顔を上げ、レオはふっと笑う。


「2人には負けないよ!」


陽斗はレオの持っていたボールを奪うと、ゴールに向かって走っていく。


「おいっ!」


虚をつかれたレオはすぐさま陽斗を追い掛ける。


「待ってよー!」


ブラッドも2人の元へと走り出す。


3人は日が暮れるまでコートを駆けめぐっていた。




読んでくださり、ありがとうございます୧⍢⃝୨

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