75,奥底の思い
ついに世界高校生バスケ大会の決勝トーナメントに進む8ヶ国が決定した。
日本は予選リーグを1位で通過している。この高校生達の大躍進は、日本でも大きく取り上げられていた。
予選から1日空けて、明日から決勝トーナメントが行われる。1日2試合なので、日本は明後日が試合だ。
明日は試合ではないが、日本チームは午前の間だけ体育館を借りて最後の調整をしていた。
陽斗も練習に加わっていたが、あまりの集中力の無さで外されていた。選手も監督たちも明日の本戦に手一杯で、陽斗を気にかける暇はない。
陽斗は1人、魂が抜けたように座っていた。
レオは俺と血が繋がっている兄弟だったのか? それならば、アイツはアメリカにいた時から既に俺たちを裏切っていたのか?
アイツへの憎しみや怒り、全てのことに対する無気力感が陽斗の中で渦巻いていた。
毎日を輝かせて生きる、という意味の"今宮陽斗"という名前。これは父と一緒に付けたものだ。
正直、自分は"父"という存在を完全に捨てることが出来なかった。憎くても、恨んでも、それでも自分にはたった1人の父。繋がりを完全に消すのは怖かった。
頭の片隅にずっとアイツがいた。忘れたくても忘れられない。"父"を見た瞬間、レオの父がアイツだと知ったん瞬間、今まで自分を騙して作ってきた何かが壊れた。
内の自分はまだ暗い闇から抜け出せていなかった。乗り越えたと、そう自分を信じ込ませ騙し続けてきた。だから、そんな薄い虚勢はすぐに砕けた。
皆に迷惑を掛けてしまっているのは自覚していた。頭では分かっている。だが、心が全くついていかない。重い枷を背負っているような気分だ。
陽斗はじっと座っていると色々と考えてしまうので、立ってふらふらと歩き出した。
外に出てある人物が目に飛び込んできた瞬間、陽斗の胸がドクッとなる。
「レオ······」
陽斗は目を見開いたまま、黙ってその人物を見つめる。口からやっと出た声は掠れていた。
向こうも陽斗に気づく。だが、話しかけるかかけまいか戸惑っている様子だった。レオは前話した時に、自分がハルトの気に触ることを言ってしまったと思っていた。
二人の間に沈黙が流れる。
「な、なあ······」
レオの声が耳に入った瞬間、陽斗は踵を返して走り出す。
1人残されたレオ。
「······あー、なんなんだよ!」
レオは頭を抱える。頑張って話し掛けたのに逃げられてショックを受ける。それに、自分がなんで避けられてるのかも知らない。どうすればいいのか、コミュニケーションが得意でないレオには分からない。
***
「お前、ふざけんなよ!」
夜のミーティング中、ついに星野が陽斗にキレた。今まで事情があるのだろうと我慢していたが、もう限界だった。
「ごめん······」
陽斗は俯いて、ただそう呟くだけだった。その態度が逆に星野の怒りに触れる。
「今のお前なんかチームにいらねぇよ!」
「おい! 言い過ぎだって!」
剛力が星野の気持ちを抑えようとする。しかし、星野は止まらなかった。
「お前も、他の皆も、何も言わないだけでそう思ってんだろ!? なあ!?」
そんな星野の言動に皆は俯く。陽斗を非難したくないが、星野を否定することも出来なかった。
「······ごめん、迷惑を掛けて本当にごめんなさい。俺をチームから抜いて考えて貰えますか」
陽斗は本当に小さな声でそう言う。今の陽斗は子鹿のようだった。今までのような明るさは微塵も感じられない。
陽斗は日本チームの血液を回す、大きな存在となっていた。陽斗なしのチームでは考えられないほどに。
1回負ければ終わりの戦い。皆の士気が高まる中、1人だけ遅れをとっている。周りからすればどんな事情があれ、迷惑な話だ。
「やってらんねえ!」
変わらない陽斗に、星野は愛想をつかす。勢いよく立つと、そのまま大股で部屋を出ていった。
そんな雰囲気の中、やっとミーティングが終わる。皆は陽斗を気にかけながらも、声をかけることは出来ず早々と部屋を出ていった。
「今宮くん、どうしたんだ? 私でいいなら話を聞くよ」
いまだ俯く陽斗に優しく声を掛ける監督。陽斗は顔を上げたが、また下を向く。話したくない様子だった。監督はそれを察して陽斗に語り掛ける。
「1人で考えて、どうしようもなくなったら私に言いなさい。1人で溜め込んではいけないよ」
暖かい空気が陽斗を包み込む。心の奥で氷のように硬いものが少しだけだが溶かされてゆく。その久しぶりの居心地の良さに、抱え込んでいた感情が一気に溢れ出す。
子供のように陽斗は泣き出した。
もう、どうすればいいのか自分でも分からなくて、でもそんな自分を監督は優しく包んでくれた。
申し訳なさと、自分の不甲斐なさと、動揺してグチャグチャになっていた感情と、色々混ざりあって、ただひたすらに泣きじゃくった。
***
カーテンの隙間から眩しい日差しが差し込む部屋に、携帯の目覚まし音が鳴り響く。それに手を伸ばし、やっと音が止まる。
「8時か······」
眠そうに目を開けるその姿もかっこいい、冴木だ。寝起きの時もそうとは、さすがイケメン芸能人第1位である。
ふとスマホの画面を開くと、冴木の眠気は一気に吹っ飛んだ。
「はあ!? 電話100件!? 何だこれ!?」
急いで確認をすると、それは全てある1人からだった。冴木はイタズラ電話かと思ったが、とりあえずその主に掛けてみる。
「······もしもし?」
「おい、ハゲ男! 電話かけすぎだ!」
「ハゲじゃねーよ! 坊主だ! 髪の毛ちゃんとあるわ!」
冴木の失礼な発言にギャンギャンと騒ぐ剛力。皆してこの頭を馬鹿にしてくるが、自分はとても気に入っている。髪を洗うのが楽だし、何よりも一切バスケの邪魔にならない、素晴らしい髪型なのだ。
「で、何なの? こんなに電話してきて」
「それが、今宮の事なんだけど······」
剛力は冴木に自分の推理も含めて全てを話す。
「······俺、今からアメリカに飛ぶわ」
話終わったあと、冴木が静かにそう言う。
「は? 何で?」
「もちろん、あの男を1発殴りに行くんだよ!」
「はあ!? あの男って誰だよ」
「陽斗の父さん。クソ、まじ殺す······」
耳元から聞こえてくる殺気まみれの声に、剛力は電話越しにも関わらず震える。しかし、1つ聞き漏らしてはならない言葉があった。
「父さんって? まさか、ロイド・ハレスだなんて······」
「そうだ」
冴木は恐ろしいほど静かに言う。
なんと、剛力が推理が見事に的中した。しかし、想定していた中で1番最悪の事だった。
そうして、冴木は剛力に陽斗の過去を全て語った。
「······まじか」
剛力はポケットから、憧れのハレスのサイン入りリストバンドを見る。誇らしかったはずの物が、今は全くそうではなくなった。複雑な感情を抱く。
「頼む。俺の代わりに陽斗を助けてやってくれ」
「······分かった」
剛力は決心したような顔で頷く。
今までお世話になったアイツを見捨てる訳にも行かない。それに、今陽斗を立ち直らせるには全てを知っている自分にしかいないと思った。
「出来なかったら、まじで覚悟しとけよ」
冴木はそう言い放つと電話を切った。剛力の背筋がぶるっと震える。これは何とか、いや、絶対に解決しないといけない。
剛力は改めて心に誓った。
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