62,インターハイ本戦④
陽斗は焦っていた。
何も考えずにがむしゃらに敵陣に突っ込んでいく。
しかしそれはただの隙にしかならず。
陽斗はまたもやボールを奪われる。
「おい! 今宮、落ち着け!」
「······すみません」
そんな陽斗の姿にチームメイトは戸惑う。今までこんな様子は見たことも無い。
いつも誰よりも楽しく笑顔でいるのに。
そんな心強い背中から元気を貰っていたというのに。
今日は気持ちに余裕がないようだった。
陽斗は狼北高校という巨大な壁に囚われた感覚がしていた。
全く自分の攻撃が通用しない。
陽斗は荒い息を吐く。
「何で、どうして」とただ自問を頭で繰り返す。
今まで必死に練習してきたのに、と。
目の前の状況を受け入れられないのと負けたくないという気持ちがさらに焦りを加速する。
再び1人で突進してゆく。
しかし、敵と接触して派手に地面に倒れる。
急いで立ち上がろうとした時、顔から汗ではないものが落ちる。
────血だった。
「おい、今宮、は、鼻血!」
「ティッシュ持ってこい!」
試合は一時中断する。
陽斗は仲間に支えられ、コートから出ようとした。
「つまんねぇ」
星野がぼそっと呟く。
陽斗はそれがしっかり聞こえていた。
「おい! 今てめぇ何て言った!?」
「······市原くん、やめなよ」
星野に向かって歩き出した市原を止める陽斗。
それは事実だ。仕方がない。
陽斗はその言葉を重く受け止める。
ベンチに座り、ティッシュで鼻を抑える。
体よりも心がズシッと重たい。
自分で自分が分からない。
俺はここで負けるのか? 嫌だ、そんなの!
陽斗は必死で鼻を押さえる。なのに全然止まってくれない。
その時、ポンと頭の上にタオルが置かれる。
顔を上げると、そこには心配そうな顔をした成美がいた。
「······ごめん、俺のせいで負けるかもしれない」
陽斗はタオルを被って俯く。
「今宮くんのせいだけじゃないよ」
「いや、俺のせいだ。弱いから、だから······」
「今宮くんは1人で戦ってないよ。周りには皆がいる。だからもっと頼って欲しい。1人では無理なことでも皆でなら出来るって、今宮くん言ってたじゃない?」
陽斗はハッとする。今更ながら自分の事しか考えていなかった事に気付く。周りをちゃんと見ていなかった。
自分は馬鹿だ。1人で焦って自滅して。
何てみっともない。
本当につまんない男だ。
俺は1人じゃない。皆で、成宮高校バスケ部で勝つ!
陽斗の心に再び火がつく。
「林さん、ごめん。それとありがとう」
「うん」
成美は優しくふわりと笑う。
陽斗はそっとメガネを取る。そして汗でいっぱいの、そしてみっともない顔をタオルで思いっきり吹く。
鼻血はもう止まっていた。
陽斗はコートへと目を移す。第4クォータから再び試合に復帰するため、外から試合を見ていた。
勝つ為にはどう動けばいい? 相手の動きは? 様子は?
コートを見つめる陽斗の姿は、まるで狼をも狩る獣のようだった。
「皆さん、本当にすみませんでした!」
第3クオーターが終わり、休憩する仲間に頭を下げて謝る陽斗。
「ここから巻き返すぞ!」
キャプテンは陽斗の頭をクシャとする。
不平不満を言われると覚悟していた。なのに予想外な事に思わず勢いよく顔を上げる。
そこには笑って陽斗を見つめるチームメイトの姿があった。
皆、陽斗には感謝している。ここまで辿り着けたのは陽斗のお陰ともいってもいい。
そんな彼が落ち込んだ時は、皆で支えてやろうと思っていたのだ。
この人達のために、勝ちたい!
「はい!」
勢いよく返事をすると、陽斗はコートへと歩いていった。
第4クォータが始まる。既に結構な点差がついていた。
会場にいる誰もが狼北高校の優勝を疑わなかった。
「陽くーん! 頑張ってー!」
「最後まで粘れよー!」
怪しい格好をした2人組の男女が激しく手を振っていた。
思わず無視する陽斗。こっちがバレるんじゃないかとヒヤヒヤが止まらない。
陽斗は周りの状況を見る。相手や味方の状況、立ち位置。
陽斗は敵陣に突っ込む。
「は!? お前マジでつまんねぇ!」
前と変わっていない陽斗に星野が愕然とする。そして先程のようにボールを奪おうとした。
しかし、陽斗の手にボールはなかった。
その時、消えたはずのボールがリングに入る。
「な!?」
1拍置いて盛り上がる会場。
成宮高校のキャプテンがスリーポイントシュートを決めたのだ。
狼北高校は一瞬何が起こったのか分からなかった。
陽斗は全く見ずに後ろにパスをしたのだ。背中に目があるのかというほど的確な。
この後も陽斗の矢を刺すようなパスが続く。
狼北高校は翻弄され、点差がどんどん縮まってゆく。
周りの状況を見ろ! 把握して先を読め! そして最善策を選べ!
陽斗は頭も体もフル回転させる。
またもや突っ込む陽斗。後ろにボールをやる仕草をする。
「またか! させねえ!」
星野はもう惑わされないとパスルートを潰す。
しかし、陽斗はまだボールを持っていた。
そのままドリブルで突破し、シュートする。
「な! フェイントか!」
パスに意識を取られすぎた!
星野は舌打ちをする。第4クォータになって全く狼北高校らしいプレーが出来ていない。
このままで終わらすものか!
冷静になって集中を高める。
星野は陽斗と向かい合う。
「このままで終わらすかよ!」
星野がドリブルを仕掛ける。右に行くと見せかけてターンし、左へ切り込む。そのキレが半端じゃなかった。
陽斗も何とかついて行くが止められず、星野に点を許す。
試合終盤にして、エース同士の火花が散る。
読んでくださっている方、本当に感謝します。ありがとうございます(˶‾᷄ꈊ‾᷅˵ )




