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芸能人、やめました。  作者: 風間いろは
高校1年生
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14,陽斗の過去

父はバスケットボール選手だった。


俺は、父が活躍している姿をテレビで見るのが大好きだった。大きな輝く舞台で、たくさんの歓声を浴びる中、真剣にバスケに取り組む父はかっこよかった。お母さんと一緒によく応援していた。


そんな父に憧れてバスケを始めた。


父はアメリカで活躍していたため、向こうに住んでいた時期もある。しかし、怪我のせいで引退を余儀なくされ、親子三人で日本に帰ってきたのだ。


家族の仲は凄く良かった。よく皆で話して、遊んで、笑って、そんな家族が大好きだった。


俺は父にたくさんバスケを教えて貰った。ルールも技術も楽しさも。俺にとってのバスケは父同然だった。


小学校からクラブチームに入り、将来は父みたいになるんだーってよく言ってた。小学校3年生の時にスカウトされて、芸能界にも入ることになった。


バスケを全力でして、お仕事も楽しくして、家に帰れば暖かい家族が待っている。それが当たり前だった。毎日が本当に幸せで楽しかった。


中学に入る前、父はアメリカのバスケットチームの指導者にならないかと誘われて、父は単身アメリカに行った。


寂しかったけど、お仕事なら仕方ないかって、たまに帰って来てくれるならそれを楽しみに待っておこうと思った。



だけど、父は一度も帰ってこなかった。



もちろん、その間は仕送りなどないため、母は働かざるを得なくなった。


そんな大変な母を見て、俺は仕事に専念する事にした。学校が終わればすぐ仕事に向かう、そんな日々が毎日。

学校を休む事も、早退する事も多くなる。


陽斗は、大好きなバスケも青春も捨てて仕事に打ち込んだ。辛くても、体調を崩しても、休むことは無かった。


皆の前では明るく、元気に振る舞う。


全ては母に苦労をさせない為に、楽をさせる為に。お金を稼げば母は楽になると思っていた。


しかし、母は俺が稼いだお金を使おうとはしなかった。これは俺のお金だからって、俺が将来使うものだからって笑って断った。だから、好きな事をしていいんだよって。


日に日にシワが増えて、痩せていって、忙しいそんな母を見てそんな事は出来なかった。俺はもっとスケジュールを詰めてまで仕事をして母を支えようと思った。それが母のためになると思い込んで。


ある日突然、父が離婚届けを持って帰ってきた。向こうに家族が出来たから別れてくれと淡々と言って、それだけを残してアメリカへ帰って行った。


俺は心の中で、父はいつか帰ってくるんじゃないかと思ってた。ただ仕事で忙しいだけなんだと。


でも、実際は違った。あんなに優しくて、自慢の父だったのに。俺達の意見も聞かずに一方的にいなくなった。


俺達の苦労も知らないで、一人だけ幸せになるのか、俺達を見捨てるのか。俺は父を恨んだ。


それから俺はバスケをすると、父の顔を思い出して苦しくなった。今までずっと自分のバスケに父がいたからだ。父に憧れて、父のようになりたくて頑張っていたのに。


家の中ではいつも話の中心にあったバスケはタブーになった。それは母が辛そうにするから。バスケの話をするのも、テレビでバスケを見るのも一切なくなった。


俺は、バスケから距離を置いた。


大好きだけど、どうしてもする気になれなかった。



そして追い打ちをかけるように、中三の冬、母が倒れた。



仕事のしすぎと精神の落ち込みからだった。


ベットの上で眠る母は痩せていて、前のような元気も感じられなくて、病人のようだった。


母の酷く荒れた手は、苦労を物語っていた。


眠る母を見て、もう二度と目をさまさないじゃないかと、一人になるんじゃないかと思うと恐ろしくて眠れなかった。


母が目覚めるまで何もする気にならなかった。今まで母の為に頑張っていたようなものだ。だから、その時の消失感は本当に酷かった。自分の存在意義さえも分からなくなった。


学校にも仕事にも行かずに街をさまよう日々。毎日のように鳴り響く携帯も無視して。


夜中にボーと歩いていて、喧嘩を吹っかけられたり財布目当てで脅されたりもした。


殴ろうとしてきたので殴り返す事もあった。いつもは暴力だなんてしない。単に人を傷つける事はしたくなかったからだ。


でも、その時はなんの感情も無かった。空っぽだった。

ただ、やられると思ったからやり返しただけ。そこに理性はなく本能だ。


気付けば毎日のように人と喧嘩していた。向こうから勝手に絡んでくるのだ。


恐らく、俺がとある不良にやり返して倒した事が噂になったんだろう。その影響で皆が喧嘩を挑んでくるのだ。


その中で1人だけ強い者がいたのが唯一印象に残っている。少し交わった後すぐ警察が駆け付けて逃げ出したんだが。


暗くてよく顔はわからなかった。


人を避けて、さまよい続ける。ろくにご飯も食べない。


今思えば、深闇の中をずっと歩いていたような感じだ。

正直なところ、その間はあまり記憶が無い。自分が自分でないようだった。


人は精神が壊れれば、何をしでかすか本当に分からないものだ。



そうして母が倒れて二週間、ようやく母の目が開いた。ごめんねと小さな笑顔で言う母にどれだけ安心した事か。ただただ俺は涙を流し続けた。


それから長い時間、母と話した。


母は一人が寂しかったと言った。俺は仕事で忙しく、あまり家にいれなかった。母とゆっくりすごす時間はほとんどなかった。


陽斗と一緒にゆっくり過ごしたいと言う母を見て、そこで自分が初めて間違っていたんだと気づいた。


母のためを思ってしていた事は、逆に母を寂しくさせてたんだ。それを聞いて深く反省した。ちゃんと目の前にいる人を見ないといけないと思った。


そして、母は好きな事をしていい、仕事をやめてもいいとも言った。俺がしたい事は、母と一緒にすごす事、そして仕事で犠牲にした青春を送る事だ。ずっと普通の学生生活を送ってみたかったのだ。


もう重荷はない。芸能界は嫌いではないけど、違う人生、一般の高校生として生活したい。


事務所とも話をして、七月までだった契約を更新せず、俺は芸能界を引退した。この頃、色々バタバタしていてまともに芸能界の皆に挨拶が出来なかったことは今でも悔やんでいる。


そして、俺が稼いだお金もこれから少しずつ使っていくことになった。これは俺が母にお願いした事だ。だって、母の為だけに稼いだお金だから。これで少しは母も負担が軽くなる。



というわけで、今に至る。


一般の高校生と生活するのは何もかも新鮮で本当に楽しい。経験したことの無い毎日で本当に充実している。


母は以前より明るくなった。仕事に家事に大変だが俺も家事を手伝い、二人で仲良く暮らしている。


幸せだとまた思うことが出来た。


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