131.西島の苦悩
だいぶ久しぶりの投稿でごめんなさい!(>_<)
成宮高校のインターハイ本戦出場が正式に決まり、学校全体が浮き立つような熱気に包まれていた。
そんな中、高柳が机に突っ伏しながら、気だるそうに声を漏らす。
「はあ~、塾行きたくねえなあ」
授業が終わり、クラスメイト達が荷物をまとめたり、自習の準備をする中、一人机に項垂れる。
「え、高柳くん、塾に入ったの!?」
「そうだよ~、俺は部活終わったから、これから受験勉強に頑張らないと……」
高柳が所属するサッカー部はインターハイ予選敗退となり、これからは勉強漬けの日々が始まる。
「お前らは部活か、いいなあ……」
バスケシューズなどを持ち、体育館に向かおうとする陽斗たちを見て、高柳は羨ましそうに呟く。
「俺らは勝ち抜いたからな。 勉強がんばれよ、赤点王子!」
「ああ、そうだよ、俺は赤点量産男さ、、、勉強なんて大嫌いなんだよおおお!」
煽った市原の言葉に、高柳は半泣きで机に伏せる。
これから勉強漬けの日々が始まることを受け入れられないようだった。
「だ、大丈夫だよ! まだ受験まで半年あるんだから…!」
「もう半年しかないのか…終わりだ…でも、もう頑張るしかねえよな…頑張るよ…俺ならできるさ…ハハ…」
慰めの声も届かず、高柳は虚ろな目でブツブツと言いながら教室を出ていった。
「だ、大丈夫かな、高柳くん…」
「あれは大丈夫じゃないな…たまに勉強会開いてやらねえとな…」
その様子を見つめていた皆は、あまりにも元気の無い高柳を見て心配になる。忙しいバスケ練習の合間をぬって、高柳をサポートしてやらないといけないと、皆が思った。
「ま、まあ、とりあえず、俺らはバスケ行くか」
陽斗が声をかけると、後ろにいた白石が立ち上がったが、西島は座ったままだった。
「あ、今日病院に行かないとなんだ」
西島の足はギプスからサポーターになったが、まだ完治していなかった。少しずつ良くなっているが、インターハイに間に合うかどうか分からない状況だ。
「そうだったんだ! そしたら下まで送るよ」
「1人で行けるから大丈夫だよ、ありがとう」
「…ほんとに大丈夫なのか?」
3人は心配そうに西島を見つめる。
「もうすぐ松葉杖もとれるみたいだし。早く練習に行きな」
「……わかった、やばそうだったら電話してね!すぐ駆けつけるから!」
「ありがとう、また明日」
3人は後ろ髪を引かれながらも、体育館へと駆けて行った。
西島は笑顔で手を振っていたが、3人が視界から消えた瞬間、笑顔がすっと消えた。
「……行くか」
西島は荷物を手に取り、松葉杖を頼りに重い足を進める。
校舎を出た瞬間、じりじりとした夏の日差しが肌を刺す。
蝉の声がやかましいほど響き、遠くからはバスケットボールの弾む音と、部員たちの掛け声が聞こえた。
インターハイに向けて、練習にも熱がこもっているのが分かる。
いいなあ、と率直にそう思った。
みんなは今も全力で走っているのに、自分は歩くことすら思うようにいかない。
あんなに本気でインターハイを目指してきたのに、人生で初めてあんなにも本気にがむしゃらにやれたのに、コートに立てないかもしれない自分が、ただただ情けなかった。
皆の前では明るく振舞っていたけれど、皆がバスケをしているのを見れば見るほど、そのギャップが西島を日々苦しめる。
インターハイに出るために怪我を治そうと思って頑張っていたけど、何だか今日は何もしたくない気分だった。
「……今日は、もういいや」
西島はそう呟くと、体育館に背を向け、病院とは別の方向へと歩き出した。
***
夕焼けが空を染め、校舎の影が長く伸び始めた頃。
体育館に1人の男性が慌てた様子で入ってきた。
「あれ、葉山先生どうしたんですか?」
たまたま入口の近くにいた陽斗が、手を止めて葉山先生の方へ駆け寄る。
「あ、今宮! 西島はいるか?」
「西島君ですか? 今日は病院に行くって言ってました」
「……そうか。ありがとう」
葉山先生の神妙な顔に、陽斗は何だか胸騒ぎを覚えた。
「先生、西島くんが、どうかしたんですか?」
「……それがな、さっき、ご両親から連絡があってな。病院に来てないらしい。それで……家にも帰ってなくて、電話も繋がらないそうだ」
「え!?」
「西島が!?」
近くで聞いていた市原が声を上げ、周囲の部員もざわつき始める。
「ゆ、誘拐とかじゃないですよね……?」
「西島に限ってそんなこと……」
皆は西島に何かあったのかと不安になる。
「とりあえず、まずは辺りを探してみようと思ってるんだが……」
「俺、一緒に探します!」
「俺も!心当たりあるところ回ってみます!」
陽斗と市原が即座に声を上げる。
後ろにいる3年生も皆、練習を中断し西島を探しに行く気満々だ。
「1、2年は残って練習しててくれ。3年は西島を探してくるよ」
手を挙げそうだった後輩たちに、市原が振り返って言い切る。
3年生か体育館から出ていった後、取り残された1,2年生らは練習を続けるも、ボールを打つ音にも力が入らず、練習に身が入らなかった。
***
太陽が沈み、空が暗くなり始める頃、西島は海の前で佇んでいた。
海の向こうはもう真っ暗で、何も見えない。
今の自分みたいだ、と乾いた笑いが漏れる。
全力で掴もうとしてきた舞台に、自分だけが取り残される不安。
いつもなら「大丈夫」と飲み込んで笑ってきたけど――今日は、無理だった。
今まで我慢していたものが全部溢れ出したようだ。
そして、なんとなく足を波打ち際へ向けて、一歩踏み出そうとした、その瞬間。
「死んじゃダメ!!」
後ろから、聞き覚えのある女性の叫び声が聞こえた。
その声に思わず振り向くと、一人の女性が必死の形相で砂浜を全力で走ってくる姿があった。
「え、奈那…?なんで…」
ドラマや映画に引っ張りだこで大忙しの彼女が、どうしてここにいるのだろう。
そう問いかける間もなく、奈那は勢いよく彼に飛びついた。
「ちょ、奈那、どうした…」
「どうしたじゃないよ! なんでそんなことしようとしたの!」
どうやら奈那は、自殺をしようとしていたと勘違いをしているらしい。
確かに、夜、こんなくらい中海に向かった歩いてたらそう思われても仕方がない。
西島は、安心させるかのように、そっと奈那の頭に手を置く。
「ごめん、心配させて。ちょっと、今日は何だか疲れちゃったというか……。とりあえず、死のうなんては思ってないからね」
「……ほんと? それなら良かった…」
奈那は安心したのか、西島を抱きしめる力が緩んだ。
だが、すぐに彼女は真剣な顔で見上げてきた。
「でも、西島くんはいつも我慢しすぎだよ。自分の気持ちを押し込んで、笑っていること……私、知ってるよ」
夜風に揺れる髪の隙間から覗く瞳が、こちらを真っ直ぐ見つめる。
西島は、まさかバレていたとは思わず、言葉を失う。
「妹ちゃんの体が弱いから、自分は心配させたくないくて、ご両親の前でも、ずっと ‘いい子’ で頑張ってたんでしょ? お母さんに聞いたよ、西島くんは我儘を言わないんだって」
「…奈那には全部、バレてたんだね」
「私、結構鋭いんだから」
参ったように笑う西島に、奈那は得意げに笑う。
「いい子じゃなくていいんだよ。わがまま言っていいんだよ。もっと、自分の気持ちに正直に生きて。私は全て受け止めるから」
奈那は西島の手を優しく包み込む。
奈那の言葉は、西島の弱っていた心を暖かく抱きしめてくれる。
自分を隠し、‘いい子’でいる事が癖になっていたが、怪我が引き金となり、苦しい思いをするとは思わなかった。
少し怖いけれど、正直に生きて見てもいいかもしれない、と思った。自分の目の前には、それを受け止めてくれる人がいるから。
西島は顔を上げ、奈那を見つめる。
「……うん、ありがとう。俺、もう少しわがままになってみるね」
「うん! 西島くんのわがままいつでも待ってるから」
2人は見つめ合い、笑い合う。
さっきまで沈んでいた西島の顔は、今は少し吹っ切れたように爽やかな顔だった。
**
その後、西島が無事に見つかったとの連絡が全員に伝わり、皆ほっと胸を撫で下ろした。
駆けつけた西島の両親は、息子の姿を見るなり走り寄る。西島の母は泣きそうな顔で抱きしめた。
「今まで我慢させてごめんね……。私たちが余裕なかったから、1人で辛い思いさせてたわよね」
父も静かに言葉を添える。
「……無事でよかった。これからは、もっと頼ってくれ」
「……ごめん、ありがとう。俺、もう1人で抱え込まないようにするよ。もう少しわがままになってみるから、よろしくね」
「もちろんよ」
母が頷き、父が肩を叩く。
――我慢ばかりの生き方は、もうやめよう。
西島は心の奥で、そっとそう誓った。
そして少し離れた場所では、陽斗が安堵の表情で見守るが、奈那と西島の関係を知らない陽斗以外のメンバーは西島とその隣にいる奈那を驚いたように交互に見比べる。
ドラマや映画に引っ張りだこの、美人で有名な人気女優が、なぜ西島といるのか、皆は疑問で頭がいっぱいだ。
「え、2人ってそういう……」
「何で知り合ったんだ!?」
「うやらましい…」
何やら親密そうな空気の2人に、奈那を好きだった数人は西島を悔しそうに恨めしそうに見つめる。
後日、西島は皆にすごい剣幕で詰め寄られることとなった。
改めて一致団結した陽斗たちがバスケ練習に励むこと数日。
ついに、陽斗の最後の夏のインターハイの幕が上がる。
読んでくださりありがとうございます( ᵒ̴̶̷̤◦ᵒ̴̶̷̤ )