130.最後のインターハイ予選
日差しが強くなり、夏を感じ始めたとある日の朝、教室にいる高校生たちは、持参した下敷きやうちわを使い仰いでいた。
そんな最中、右足に白のギプスを付け松葉杖をつきながら教室に入ってくる少年がいた。彼もまた暑いのか、顔を若干しかめている。
「あ、西島くん!」
その少年に気づき、陽斗が笑顔で手を挙げる。
「え、西島くん、その足どうしたの!?」
「怪我したのか!?」
その痛々しい様子の西島を見て、クラスの皆は驚き心配する。彼の見た目からして、彼の怪我が軽くないことは歴然だ。
「足首を捻挫しちゃってさ」
西島は、ギプスのついた右足を軽く上げながらハハハと笑う。
落ち込んでるのかと思いきや、思ったよりも明るい彼に、怪我の事をそんな気をとめていない様子に見えた。
そんな彼の様子は部活でもそうだった。
西島とぶつかったチームメイトが土下座をして謝るのを、「大丈夫」だと笑い、鼓舞した。部活中も外から見た客観的なアドバイスや意見を言い、インターハイ予選で戦う相手高の分析をしそれを元にチームに指示をする。
まさに、”司令塔”としての役割を全うしていた。
そんなチームのために最善を尽くす西島を見て、皆はさらに心が奮い立つ。「西島のために、絶対にインターハイ予選を通過しよう。そして、本戦では一緒に戦うんだ」と、彼らの気持ちは一致団結していた。
インターハイ予選までの期間、成宮高校バスケ部の練習はより一層熱が入っていた。
そうして、インターハイ予選当日。
成宮高校は決勝まで勝ち進み、因縁の東高校と本戦の出場をかけて争っていた。
陽斗と同じく、去年の高校生世界バスケ大会に選ばれた、つり目坊主が特徴の剛力新が率いる高校だ。
成宮高校が全国にいくようになるまでは、この東高校が県内で常に1番だった。
エース同士である剛力と陽斗は、ライバルでもあり戦友でもある。よく知っているからこそ、2人は全力でお互いを倒そうとしていた。
そうする中、既に第4クールも残すところ3分。
陽斗有する成宮高校が5点リードしていた。
気を抜いたらやられる相手であり、油断はできない緊迫した試合。観客たちは、どっちに転ぶかわからないこの試合を、固唾を飲んで見守る。
そんな状況下でも、陽斗と剛力は笑っていた。
「ぜってー逆転してやる!!」
「やれるものならね!!」
2人が互いに見合った直後、剛力が動き出す。
ゴール下まで突っ込み、その勢いのままジャンプし、ボールを放る。
陽斗は点を取らせまいと、ジャンプし精一杯手を伸ばす。その手はボールに少し掠り、若干軌道をずらすことに成功した。
しかし、ボールはリングに当たり、危なげに入った。
その瞬間、会場全体に驚きや喜びの声、悲鳴に包まれる。
「っし!!!!」
剛力は満面の笑みを浮かべてガッツポーズをする。そして、振り返ってドヤ顔で、陽斗の顔を見る。剛力にとって、陽斗は天敵であり友でありずっと目標にしてきた人だ。
そんな彼から、残り時間も少なく大事な局面の中、奪った点。
きっと焦っているだろう、悔しい思いをしているだろう、剛力はそんな風に思っていた。
しかし、陽斗の表情を見た瞬間、剛力の顔から笑顔が消える。
点差を3点に縮められたのにも関わらず、陽斗は笑っていた。
残り1分半、どっちに勝敗が転ぶか分からない、この緊迫した状況を彼は楽しんでいるようだった。
陽斗と戦う最後の大きな舞台であり、ずっと屈辱を味わってきた剛力にとって、この試合は絶対負けられない。
陽斗の雰囲気に動揺してしまった自分を消し去るように、剛力はフン、と鼻を鳴らすと、顔を戦闘モードに切り替え再びコートを駆け巡る。
この後、成宮高校、東高校の両校とも点を決め、残り30秒で成宮高校が3点リードする展開になる。
試合の展開を見つめる観客や両校のチームメイトらは、手を合わせて祈るような者もいれば、緊迫した試合に表情が強ばる者、最後まで勝ちを信じて声を張り上げ続ける者など、様々だった。
西島も、コート横のベンチに座って試合の展開を見守っていた。チームメイト達に声を掛け続け献身的に応援する彼だが、時折り羨ましそうに目を細めて試合を見ていた。
自分の目の前で、汗を垂らしながら必死に戦い合う同年代の高校生たち。
見ていても楽しくハラハラして、観客も一緒になって熱くなってしまう。
自分もこの舞台で一緒に戦いたい
そして、この痺れるような空気を思いっきり味わいたい
足さえ怪我しなければ……
ふと西島が顔を落とした瞬間、ビーというブザーの音と同時に観客がわっと沸いた。
パッと顔を上げると、ゴール下にいる陽斗の元にチームメイト達が笑顔で駆け寄っていた。どうやら、ブザーと同時に陽斗がゴールを決めたらしい。
成宮高校は、無事にインターハイ予選を通過し、本戦への切符を手に入れた。
西島は隣に置いていた松葉杖を手に取り、ベンチから立ち上がる。
気付けば、隣に座っていた皆もコート上でハグし合い、背中を叩き合っていた。
それに対し、コート外に1人立ち尽くす西島。
目標の本戦出場が叶って嬉しいはずなのに、なぜだか胸がキュッと苦しくなる。
自分がコートにいなくても勝ったということは、自分はチームに必要ではないのだろうか。
副部長なのに怪我して迷惑かけただけで、何もできていないではないか。
西島は、嬉しさと悔しさ、悲しさで気持ちがぐちゃぐちゃになる。
「西島くんー!こっちおいでよー!」
ハッとして声のした方を向けば、皆んなにもみくちゃにされている陽斗がこっちに向かって手を振っている。
西島はさっきほどまでの暗い表情ではなく、いつもの笑顔を貼り付けて皆の元にゆっくりと向かう。
「皆んな、すごいじゃん、おめでとう!!」
コートにいるチームメイト達に、そうニッコリと、西島は声をかけた。
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