121,ウィンターカップⅡ ⑨
試合時間、残り3分。
点差は同点。
ここにきて、両エースの点の取り合いになる。点を入れては入れられて、激しく攻守が変わる。
お互いに譲らない展開に、会場のボルテージは最高潮に上がる。どっちに転ぶか分からない試合に、皆は固唾を飲んでその行く末を見守る。
ここで、ボールを持つ陽斗と星野が向かい合う。陽斗はスリーポイントシュートラインとコートの真ん中のセンターラインの間にいた。
いつも打つスリーポイントシュートラインよりも遠い位置。
それにも関わらず、陽斗は躊躇することなくそこからシュートを放った。
予想外のプレーに、星野の反応が遅れた。慌てて手を上げるが、それは僅かにボールと掠った程度。
ボールはリングに当たり危なげなくだが、ゴールへ入った。
その瞬間、会場にどよめきが起こる。
ついに成宮高校がリードを果たし、味方陣地はワッと盛り上がり、敵陣地は大きく落胆する。
「・・・・・・やるじゃん」
そんな陽斗のプレーを見て、星野の笑みが更に深くなる。
その笑みを見たもの達はチームメイトらも関係なく、ゾッと背中を震わせる。星野がこの顔をする時は本当に容赦が無くなるのだ。その怖さを知っている人達にとっては恐怖だった。
今度は、星野がボールを持ち、その前に陽斗がいく。
星野は急にスピードを上げてゴール下へと行こうとした。陽斗もそれを食い止めようと追いかける。
しかし、星野は急ブレーキすると、そこからジャンプしてシュートを放った。
突然の緩急に陽斗は追いつけず、何とか手を伸ばしたものの、僅かにボールと掠ったくらい。
そのままボールはゴールネットに吸い込まれていった。
その瞬間、再び会場にどよめきと歓声が沸き起こる。
再び点差が同点になる。
ベンチにいるチームメイトも、観客たちも、みなその試合の展開に全く目が離せない。
両エースの白熱した戦い。高校生離れしたその実力。それを見て、心が踊らない人なんていないわけがない。
ついに、引き分けのまま残り時間が1分になる。
ずっと激しい攻防戦が続いていた。
コートで走り回る陽斗は、不思議な感覚に陥っていた。周りがスローに見え、頭で考えずとも体が動く。体もありえないほど軽くて、今なら何でもできる気しかしない。
緊張感が漂う激しい試合で、気力も体力も奪われそうになる。
それだけキツくても、全然その試合に対して苦痛になど思わない。むしろ、楽しい。
凄く、バスケが楽しいのだ。心の底からそう感じる。
攻撃のターンである成宮高校は、得点のチャンスを狙う。
後輩の乾からパスを受けた陽斗が、ゴール下へと走る。1人をドリブルで抜き、ゴール下へと行くが、そこには星野がいた。
陽斗はそのままジャンプしてゴールを狙う。
それを、星野が大きな体格を生かして必死に止めようとしてくる。
体がぶつかり合う2人。
互いに歯を食いしばって押し合う。ここで負けるわけにはいかない。互いのプライドがぶつかり合う。
浮き上がる2つの体。しかし、1つの体が沈み始めた時、まだ1つはまだ空中にいた。
まるで、空を飛んでいるかのよう。全く体が落ちない。
それに反して、悔しそうに顔を歪めながら落ちていく星野。
陽斗はその星野の上からゴールリングに向けてボールを放つ。
ボールがネットを揺らした瞬間、会場中に試合終了のブザーが響き渡る。
その時、体育館内が歓声で包まれた。
決勝点を決めた陽斗に、成宮高校のメンバーが飛びついていく。
「陽斗ぉーー!!」
「すげーーよ!」
皆は陽斗の頭をぐしゃぐしゃにしたり、背中を叩いたりして彼をもみくちゃにする。
観客たちも、全員が席から立ち上がり、成宮高校と狼北高校に向けて拍手してその健闘を称える。
喜びを体や表情全体で表す成宮高校に対して、狼北高校は皆、放心したように呆然としていた。
バスケゴールの下にいた星野は、強く口を噛み締める。その時、口の中で血の味がした。
星野にとって、こんなにも悔しい試合は初めてだった。
今までの中で1番調子が良く、自分の力を最大限に出したのにも関わらず、負けてしまったのだ。全力でも、それを陽斗に超えられてしまった。
負け慣れていない星野にとっては耐え難いものだった。
星野は、笑顔で仲間と勝利を分かち合う陽斗の元へと歩き出す。
「おい、陽斗」
成宮高校の中心にいた陽斗は、その星野の声で振り返る。
「あ、星野くん・・・・・・」
陽斗は星野の元へと駆け寄るが、気まずそうだった。勝者である陽斗は、敗者である星野に何と答えればいいか分からないのだ。
2人が向かい合って数秒後、星野が口を開いた。
「俺、海外に行くんだ」
「え、海外?」
「そう、大学は向こうでバスケするんだ」
その言葉に、陽斗は驚いて少し目を見開いて星野を見つめる。
「それで、俺はNBAにいく」
「・・・・・・NBAか」
NBAと聞いて、陽斗の脳裏にあの輝かしい世界が掠める。眩しくて、熱くて、見ている人を楽しませて魅了させる世界。自分も、あそこにひどく憧れていた時があった。
もう今は、その憧れもなくなってしまったが。
「俺は、先に向こうに行ってお前を待ってるから。だから、またそこで試合をしよう」
星野は真っ直ぐ陽斗を見つめてくる。その目は真剣で、熱くて、信念がこもっていた。
だが、陽斗はそれを真っ直ぐ見つめ返すことなんて出来なかった。ただただそれを戸惑ったような、困惑したような、そんな目で受け取るだけだった。
だが、星野は言うだけ言って踵を返し、コートから出ていく。
陽斗はその去っていく背中を、申し訳なさそうに見つめていた。
***
成宮高校がウィンターカップ優勝を果たしたその日の夜、成宮高校バスケ部一同はテレビの前に集まっていた。皆、何かを待っているのか、楽しそうにソワソワとしていた。
『それでは、次は、今日行われたウィンターカップ男子決勝についてです。』
「お! 皆! 来たぞ!」
テレビで放送されているニュースがウィンターカップの話に移った時、市原が大きな声を出す。その瞬間、皆の意識が一斉にテレビ画面へと集まる。
『バスケゴールが壊れ延期されていた決勝ですが、ついにその決着が着いたようです。』
そのアナウンサーの声の後、今日の試合の映像が流れ出す。
『凄い、これが高校生とは考えられない・・・・・・』
その映像の後、1人のアナウンサーの人が感嘆したようにそう漏らす。
『前に河野さんは成宮高校が勝ち上がってきたのは運だと仰っていましたが、どう思われましたか?』
さっきのアナウンサーとは別の人が、河野という男性に話を振る。この男性は、以前、成宮高校を馬鹿にしたような発言をし、狼北高校が優勝すると豪語した者だ。
『あ、そ、そうですねぇ・・・・・・、成宮高校はまあ、中々だったと思いますよ。ま、まあ、実力もちゃんとあるんじゃないんですか。狼北高校もとても奮闘したと思いますけど』
アナウンサーに話を振られた河野は、たじたじになりながもそう答える。
『さすがに運だけで優勝することは出来ないですし、目立つ選手がいないからといって勝てない訳でもないですし、絶対的エースがいるからといって勝てるわけでもありません。そうですよね、河野さん?』
『あ、そ、そうですね・・・・・・』
『本当に高校生とは思えない熱い試合でした。両校とも、本当にお疲れ様でした。それでは、次のニュースは・・・・・・』
テレビは次のニュースへと移る。その瞬間、成宮高校一同が集まる食堂では嬉しそうな声が上がった。
「おい、見たかよ!? アイツ、めっちゃタジタジだったよな!」
「インチキ野郎め、ざまあみろ! 俺たちをばかにした罰だ!」
「あのアナウンサー、インチキ野郎を言いまかしやがった! 最高! ありがとう!」
皆は大いに盛り上がる。決勝前に馬鹿にされ腹が立っていたが、それを見返すことができ、彼らは嬉しく心からスッキリしていた。
彼らの喜びは深夜まで続いたという。
そうしてこの後、ウィンターカップ優勝を果たした成宮高校には、新聞やら雑誌やらテレビやらのインタビューが多くあった。その記者たちの中に知っている顔もチラホラとあり、またテレビにも顔がしっかりと映るということで、陽斗は再び身バレの恐怖に晒されることになった。
読んで下さり、ありがとうございます(๑°꒵°๑)
ウィンターカップⅡやっと終わったあ!こんなに長くなるとは思わんかったヨ・・・・・・




