117,ウィンターカップⅡ ⑤
ウィンターカップ準決勝が終わった日、その試合での、とあるプレーが話題になっていた。
「は!? 1分で11点!? しかも1人で!? ヤバすぎるだろ!」
「怪物が現れた」
「すごい、人間じゃない、こんなの······」
「え、この人、ドラマ出てた人だよね?」
「あの可哀想な殺人鬼がバスケで活躍してる!」
SNSでも騒がれ、ニュースでもその大逆転劇は取り上げられた。その彼が以前ドラマに出ており、また世界大会で一躍注目を浴びた人物である為に、その話題はどんどん火がついたように広まる。
「陽斗、今すげえ話題になってるよ」
「え!? なんで!?」
その市原の言葉に、黙々と食べ物をかきこんでいた陽斗の手が止まる。もちろんそんな事を知らない陽斗は、呑気に夜ご飯を食べていた。
「そりゃあ、今日の大逆転のやつだろ。それに、それをした人が殺人鬼であり、世界大会では優勝決めたからだろうよ」
「さ、殺人鬼!? あれはドラマの中の役だからね!? 本当に人を殺してはいないからね!?」
「いやあ、あれを見たら、なあ?」
「え、皆、そんな事思ってないよね?」
市原の発言に、陽斗は確認するように皆の顔を見る。だが、皆は陽斗をあまり見ようとしないし、市原を批判するような様子など見受けられない。いつも陽斗の味方である白石や成美まで。
「え、待って! 皆、俺の事、人を殺したって思ってるの!?」
「そうは思ってないけど、ドラマが強烈すぎて、現実の陽斗と混同しちゃうっていうか······」
「そうなの!? だからドラマの後に皆がよそよそしくなったのってそれ!? 俺の事、皆、殺人鬼だと思ってるんだ······」
陽斗は悲しそうにうなだれる。ドラマの放映後、皆がいつもより気遣ってくれたり、陽斗を見ながらコソコソと何か噂していたりするのが多くなった。それが、殺人鬼だと思われビビられていたからだったとは。
「いや、そうじゃないんだけど······」
そう陽斗に声を掛けるが、彼はショックを受けてなのか、聞く余裕が無いらしい。実際に、ドラマ放映後の1週間くらいはその役を通して現実の陽斗を見てしまっていた。それほどまで彼の演技に引き込まれた。
可哀想で不憫な殺人鬼。
そんな彼を、助けてあげたい、救ってあげたい、報われて欲しい。
そういう思いがそのまま現実の陽斗へと向かった。ただ、皆は無意識に心配して気遣ってしまっていたのだ。周りがコソコソと話していたのは、それもあるし、『青羽瞬』ではないかと噂されていたからだ。
そんな事を知らない陽斗は、机にダランとうつ伏せになっていた。
そんな時、「何と、今日行われたウィンターカップで、とんでもない偉業が成し遂げられました」という声が、テレビから聞こえてきた。
その瞬間、みんなの意識はテレビへと移った。
すると、今日の成宮高校の試合が映し出された。
「おい! 俺たちがテレビに映ってるぞ!」
「ほんとだ! 俺、映る!?」
「これで全国に広まって、注目されて、モテちゃうかもしれない······」
皆は顔をキラキラとさせてテレビを見つめる。
陽斗も皆に言われて、顔を上げてそれを見ていた。
もちろん、そのニュースは陽斗が1分で11得点を上げた事だった。
『凄いですね、1分で11得点で逆転だなんて······』
『明日はこの大逆転を果たした成宮高校と、ここ2年優勝を独占している王者、狼北高校の両校が決勝戦で当たります。河野さんは明日の決勝戦、どうなると思いますか?』
『そうですねぇ、狼北高校が勝つと思いますよ。今回の成宮高校とはいってもポッとでの学校でしょ? それに、この今宮陽斗君ですか? 確か、世界大会でブザービーターしてた子ですよね? 運が大きいんじゃないんですかね。もちろん実力もあるとは思いますけどねぇ。それに、成宮高校は今宮くん以外特に目立つ選手もいませんし? それに比べたら狼北高校は1人1人が強いですから、特に星野桜雅くん! あの子は本当に素晴らしい!! 彼がいる限り優勝は狼北高校に決まってます。だから、さすがに運の成宮高校も無理でしょうねぇ』
『······はい、明日の決勝戦、どうなるか楽しみですね。続いて次のニュースは······』
テレビは次のニュースへと移る。だが、成宮高校一同が集まる食堂では沈黙に包まれていた。
「······おい、聞いたか? 俺達のこと、ポッとでだってよ?」
「何だよ、あの野郎! 偉そうに!」
「俺の事、運だけのやつだって······!」
皆は睨むようにテレビを見つめ、わなわなと身を震わせていた。
「目に物見せてやろう、あのインチキ野郎に」
普段冷静な西島もあんな舐められた事を言われて我慢出来ないらしい。凄まじい殺気を放ちながらにっこりと笑っていた。
「明日、絶対に勝つぞ!! 成宮高校の強さを見せてやろうぜ!!」
「「「「おおおおーーー!!」」」」
その場が皆の熱い声でいっぱいになる。全員の目が闘争心に燃えていた。成宮高校は全く気を落とすことなく、逆に大きな火が着いたようだった。
結果オーライと言えよう。
***
「うわあ〜、凄い人〜!」
帽子を深く被った少女が、体育館内の人いっぱいの観客咳を見て圧倒されたように呟く。
「今日はウィンターカップの決勝だし、この試合凄い注目されてるしね」
隣にいる眼鏡をかけマスクをした高身長の男性がそう言う。
2人は席に荷物を置くと、再び会場の外へ行く。
その時だった。
向こうから、ジャージを来た集団がこちらへと歩いて来る。
それは、今からの決勝戦の成宮高校だった。
「あ、陽······」
男性は嬉しそうに顔を弾けさせて声を掛けようとしたが、その彼の様子を見て思わず顔が固まる。何故なら、いつもの明るくて可愛らしい友人の姿がなかった。そこには、目付きが鋭く、闘志を爛々と露わにする姿があった。
その友人だけではなく、成宮高校全体がそうだった。
その圧力は凄く、歩く人は皆、彼らに圧倒されて横に避けていた。
男性はその緊張感漂う空気感に、声を掛けられず、今にもその友人が通り過ぎようとしたが、その友人はその男性に気付いた。
「あ、りょ······じゃない。え、何でここにいるの!?」
陽斗は驚いたように声を上げる。先程までのピリピリとした空気感は嘘のように消え、いつもの彼の姿があった。
「あ、えっと、親友の晴れ舞台を見に来るために決まってるだろ」
冴木は急な陽斗の雰囲気の変化に戸惑いつつも、嬉しそうにそう言う。
「あれ、奈那ちゃん?」
その陽斗の後ろから、西島がひょこっと顔を出す。西島も先程のような殺気立った雰囲気は一切消えていた。
「あ、に、西島くん!」
突然の西島の登場に、奈那は戸惑い微かに頬が赤く染まる。その反応を見て、陽斗も冴木もそれを察さずにはいられなかった。
「あ、あの、これ、西島君に渡そうと思って······」
奈那はそう言うと、モジモジとしながらもバックからタオルを取りだし西島に差し出す。そこには、西島のイニシャルが塗ってあった。
「嬉しい。ありがとう」
西島はそれを受け取ると、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「う、うん、試合、頑張ってね、応援してる」
「ありがとう、頑張るね」
奈那はまともに西島を見れずに恥ずかしそうにしていた。その一方、西島はそんな奈那を暖かい眼差しで見ていた。
そして陽斗と西島が去った後、ボーとしている奈那の頭にポンと冴木が手を置く。
「奈那、顔に出すぎ」
「え、な、何が?」
「西島君のこと、好きなんだろ?」
冴木の言葉に、奈那の顔がボンッと赤くなる。
「え、なんで分かったの!」
「だから、全部顔に出てるよ」
「うそぉー。恥ずかしい······」
奈那は真っ赤な顔を手で覆う。そんなに顔に出ていたのかと、恥ずかしくてならない。それに、もしそれに西島が気付いたなら······。
「うわあ、最悪だ······」
西島に好意を寄せている事を本人が知れば、面倒臭いと思われるかもしれない。気持ち悪いと思われるかもしれない。奈那はそう考えて後悔し、しょぼくれたようにダラりとしゃがみ込む。
「大丈夫だよ。今、奈那が思っている様なことは絶対にないから」
「本当······?」
「本当」
涙目に聞き返す奈那に、冴木はそう断言する。先程の西島の反応は、奈那の好意を嫌がる素振りなど一切なかった。寧ろ、恐らく彼も······。
「というか、タオルを渡す時点で気付かれてるだろ。西島君はそういうの鋭いから」
「あ、そうだった······!」
「もう開き直れ。俺は応援してるし、協力出来ることはするから」
「そうだね、もういいや! もう気にしない! 亮くん、ありがとう! 私、頑張る!」
「うん」
そんな恋に頑張る奈那を、冴木は妹を見守るかのような優しい眼差しを向ける。
そうして、2人は会場へと戻っていった。
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