116,ウィンターカップⅡ ④
準々決勝が終わったその日、陽斗は宿泊していたホテルの大浴場に入り、白石と談笑しながらそこから出る。
すると、隣の女湯の方からも丁度誰かが出てきた。
「あ、陽斗くん!」
「え、あ、な、成美!?」
そこには成美の姿があった。いつも結んである髪は下ろしてあり、ホテルで用意されてある浴衣を着ている。そのいつもと違う成美に、陽斗はドキッとする。思わず、彼女をじっと見ていた。
「ん? 陽斗くん?」
「ハッ! な、何でもないよ! 何だろ、成美がいつもとちょっと違うし、可愛すぎて······」
動きが止まった陽斗を不思議そうに見つめていた成美だったが、その言葉を聞いた瞬間、成美の顔がボンッと赤くなる。
2人とも照れたように恥ずかしそうに顔を赤く染めていた。そんな2人の桃色空間に、白石はとても疎外感が凄かった。だが、いつもあまり動揺しない陽斗のそんな様子を微笑んでみていた。陽斗がそうなるのはいつも成美関係だったりするのだ。
そうして、3人は浴場の近くの椅子に座り、それぞれ牛乳やらコーヒー牛乳やら水やらを飲んでいた。動揺した陽斗が思わず「とりあえず、何か飲もう!」と言ったことが発端だ。
「あ、あのさ、温泉後の冷たい飲み物はいいね」
「そ、そうだね!」
陽斗と成美の2人はまだお互いに照れていた。ずっと2人ともソワソワとして落ち着きがない。
そんな2人の様子に、白石は思わず「付き合い始めのカップルかよ」とツッコミそうになってギリギリでその言葉を飲み込んだ。普段あまり話さずツッコミなんて滅多にしないあの白石でも、その様子を見て突っ込みそうにはいられなかった。
「明日はついに準決勝だね」
ようやく落ち着いたのか、コーヒー牛乳をグビっと飲み干した陽斗が冷静にそう言う。その顔は、明日の試合を見据えて真剣で、でも目の奥が熱く燃えていた。
「そうだね」
「うん」
その言葉に白石も成美も顔を引き締める。明日も強敵との戦いは続く。そして、上に上がっていくにつれてそれはどんどん厳しく激しいものになる。明日も苦戦するだろうことを覚悟しなければならない。
「成美、1つお願いがあります!」
「なあに?」
「もし、俺が落ち込んでたらビンタでも何でもして欲しいんだ!」
「·········え?」
突然真剣な顔をしてそう切り出した陽斗に、成美と白石の2人は驚いた顔をする。一瞬だが、その言葉を上手く飲み込めなかった。
「ビ、ビンタ?」
「そう!」
「え、む、無理だよ!」
成美は首をブンブンと振り全力でそれを拒否する。そんな風に真っ直ぐ見られても成美は了承出来なかった。
「お願い!」
「できないよ。だ、だって、す、好きな人の顔を、殴る、なんて······」
成美は顔を赤らめながらそう絞り出す。
その言葉に、陽斗は一瞬固まり、そして彼もまた頬を赤く染める。
「え、そ、そっか、ごめん、変なお願いしちゃったね······」
「う、うん。でも、一応、頑張ってみる······」
2人は気恥ずかしそうにしどろもどろにそう言う。再び付き合い始めのような空気感を醸し出す。
そんな陽斗と成美を白石は微笑んでみていた。この2人は本当にお似合いだ。恐らく、いつまで経っても2人は変わらないだろうと、心からそう思う。それと同時に、自分にもそういう人がいたら、と少し羨ましく思うのだった。
***
次の日、ついに男子準決勝が始まろうとする。何千校といた高校は今やたったの4校。その中に成宮高校がいた。去年からの目を見張るほどの急成長。特にその中心にいて、世界大会にも出た今宮陽斗がとんでもない化け物だった。
そんな彼らを見ようと、多くの人が1つのコートを取り囲む。その観客らは皆、その時が始まるのをワクワクとして待っていた。
人がもう入らないというところまで来た時、両校がコートの真ん中で整列し始める。
「知多さんに勝ったんだね、陽斗」
「うん、守田くん。負かしてきたよ」
大きな体育館の中央で2人は睨み合い、笑い合う。
準決勝は、陽斗率いる成宮高校vs守田率いる堅磐高校、星野率いる狼北高校vs日向牙率いる海星高校といった組み合わせだ。生き残った高校にはそれぞれ世界大会のレギュラーがいた。誰もが熱い試合になる事を信じて疑わなかった。
「よろしくね」
「うん、こちらこそ」
2人は顔に笑みを浮かべながら握手する。顔は笑っているのだが、その2人の醸し出す空気は周りの人を怯ませる。この2人は格が違う、と思わされるほどに。
そうして多くのものが固唾を飲んで見守る中、選手たちが一斉に動きだした────────
試合は守田率いる堅磐高校が優勢に進む。
インターハイで悔しい思いをした守田は、徹底的に陽斗を研究しその癖も全て把握していた。それで陽斗はいつもみたいに動くことが出来なかった。
陽斗が少しでも隙を見せればすぐに守田にボールを奪われる。全く気が抜けなかった。
前半は見事に守田に抑えられ、堅磐高校がリードする。
守田はここ半年で大きく成長していた。技術的にも、精神的にも。
陽斗を抑えきれた守田は自分の成長を実感でき、嬉しそうに口角を緩める。前半思い通りに動けず、陽斗はストレスが溜まっているだろう。さぞかし悔しそうに──────────
そう思ってふと見た陽斗の様子に、守田の顔から笑みが消える。
何故なら、彼は笑っていたから。
どうしてそんな風に笑えるのだろう。不思議でならない。
彼だけだ。こんな状況でも、勝つ事だけを考えバスケを楽しむ者は。
だが、それと同時に守田の心が踊る。陽斗だけだ、自分を心から倒したいと思わせる人物は。こんなにも心を踊る相手は。
第4クオーターへと入るが、依然、堅磐高校のリード。少し点差を縮めたとはいえ、12点の開きがあった。
高校生とは思えない高度なプレーに、観客らのボルテージは最高潮に達す。
気付けば残り時間は1分。点差は10点。
観客らはこの試合は常磐高校が勝つだろうと誰もが思っていた。ここからの逆転などもう出来るわけがないと。
だが、成宮高校は誰1人とも諦めてはいなかった。
陽斗はボールを持つ。目の前には守田。
左へ行こうと足を踏み出す。
だが、それはフェイント。
陽斗は素早く後ろヘ戻る。
あまりの緩急に、守田は一瞬足が止まる。
その隙に、陽斗はシュートを放った。
あまり得意ではないスリーポイントシュート。陽斗が苦手な事を知ってか、守田ら堅磐高校は陽斗にスリーポイントシュートを打たせるように仕向けていた。もちろん、余り入らなかった。
だが、今、陽斗の放ったシュートは綺麗な弧を描き、ゴールへと吸い込まれていった。
まるで、スリーポイントシュートが得意だと、そう錯覚させられるほどそれは美しかった。
そして、堅磐高校のシュートが外れ、成宮高校の攻撃のターンへと移る。
西島からボールを受けた陽斗は、再び守田と向かい合う。
また、陽斗は右へと切り込もうとした。
その時、守田の頭を掠ったのは先程のスリーポイントシュート。あれを決められるのは嫌だった。それを警戒した。
だが、その一瞬の隙を陽斗は逃さない。
そのまま守田をドリブルで抜いた。
気付いた時にはもう遅い。
陽斗はそのまま突破してシュートを決めていた。
圧倒的なハンドリングの能力。彼の手とボールが吸い付いたようだと錯覚してしまうほどに。
終盤になって、陽斗の動きが格段に良くなっていた。覚醒したのかと思うほどに、いつもの彼とは何だか違うように感じる。
成宮高校の突然の猛攻撃に、常磐高校は焦ったのか、再びシュートを外す。
そうして、再び陽斗はスリーポイントシュートを決めた。
先程まであった10点の差は今やもう2点。
ここにきて、どっちに勝利が転ぶか分からなくなった。
会場は、この大会の中で1番盛り上がっていた。
そうして、常磐高校がボールを持った。このままキープすれば常磐高校の勝ちだ。しかし、ここで1人がそれを遮る。
白石が少し焦っていた様子だった守田のパスしたボールをカットした。ここで状況は一変。成宮高校の速攻だ!
試合時間は、残り10秒。
白石は陽斗へとパスをする。
陽斗はスリーを打とうとする。
追いついた守田は必死に手を伸ばす。
だが、もう時すでに遅し。
既に陽斗からボールは離れていた。
そして、終了のブザーが鳴り響くと同時に、ボールはゴールネットへと入った。
その場に大きな歓声が鳴り響く。
「うわああ〜、陽斗ー!」
皆は陽斗へと駆け寄り、彼をもみくちゃにする。
残り1分で1人で11得点を上げるという偉業。その大逆転に、観客らの熱も収まることを知らない。
そんな彼らを呆然と見つめる者が1人。守田だった。
最後にボールを奪われ、それで逆転を許し負けてしまった。
そう、自分のせいで負けてしまったのだ。焦ってしまったから。
後悔の念が彼を包む。
悔しくて悔しくて、自分が憎くてしょうがなかった。
そして、守田の頬に何かが久しぶりにつたう。
自分の涙だった。
滅多に泣かない自分が泣いていた。
それに驚くと同時に、守田は自分を責める。自分があの時焦らなければ、あの時ボールを奪われなければ。その後悔が守田の頭を一杯にする。
だがそんな彼に、皆は暖かい声を掛ける。
もちろん皆は彼のせいで負けたなどと思っていない。寧ろ、彼がいたからここまで来れたのだ。感謝しかなかった。
守田は涙を流し、だが心の中では静かな闘志を燃やしながら、退場した。
成宮高校、決勝進出!
読んで下さり、ありがとうございます(๑′ฅฅ‵๑)




