111,ドラマの影響
この日、SNSがざわついた。
「誰あの子!! 怖すぎ! サイコパスやん!」
「もうめっちゃ泣いた。悲しすぎる······。」
「演技うますぎじゃね!? 芸能界に新星が現れたぞ!」
「この前の世界のバスケの大会で有名になってた子がドラマに出てる!? どゆこと!?」
「世間では悪かもしれないけど、私は悲劇の子にしか思えない。来世にでも報われて欲しい」
「犯人の子、めっちゃ存在感ある! 顔も普通に綺麗じゃない?」
「待って、、、藤田役の子の演技見てたら何故か青羽瞬を思い出す、、」
奈那主演のドラマ4話が放送された。そのゲスト出演で出ていた犯人役の少年が今、話題となっていた。
彼が映るだけでテレビから目を離すことが出来ず、気付けばもう終わっていた。最後の方には多くの人が涙を流していた。
圧倒的な演技力、存在感。物語の世界に、彼に、引き込まれる。多くの人は彼の演技を高く評価した。
また、彼は高校世界バスケ大会で一躍有名になった人物であり、超人気芸能人である冴木亮と仲がいいと噂された人だ。
話題にならないわけが無い。
そんな中、「青羽瞬と似ている」と声も多く挙がった。彼の演技はあの青羽瞬を彷彿とさせ、何故か懐かしい気持ちになるのだ。見た目こそ違うが、長い前髪の間から僅かに覗かせる顔は整っていて綺麗だと言われた。
この一夜で陽斗の存在は濃く印象づけられ、一気に知名度が上がった。
もちろん、次の日の学校でも陽斗は注目の的だった。
「陽斗! 昨日のドラマ見たぞ! お前、やっべーな!」
「演技うますぎだろ! 将来役者になれよ!」
ドラマが放映された次の日、陽斗は学校で多くの者に褒められた。元々注目されていたドラマで、更に陽斗が出るということで、学校内の多くの者が見ていたのだ。
陽斗も昨日のドラマは見た。超人気芸能人であり幼なじみの冴木亮が、陽斗と一緒に陽斗が出たドラマを見たくてケーキを持参して家にやって来たのだ。それでも冴木と白石と母の4人で見る事になった。冴木には「流石、俺の親友だ」と延々と絶賛され、朝までずっとうるさかった。なので、陽斗は少しゲンナリしていた。
「マジで泣いた······。そんなに苦しんでたんだな······」
「ちょっと、それドラマの役だからね?」
今にも泣きそうな目で優しく頭を撫でてくる市原に、陽斗はその手を払う。
「辛いなら俺に相談しろ。1人で溜め込むのは良くないぞ?」
「だから、あれは演技だよ!」
それでも心配そうに見つめてくる市原に、陽斗はため息をつく。
学校内を歩いていたら、憐れみの目で見られたり泣かれたりもした。皆、昨日のドラマの役を通して陽斗を見ていた。だが、正直困っている。単にそんな対応をされると少し戸惑うし、まだこれを機に「青羽瞬」だとバレないか怖かった。
久しぶりにドラマに出て名だたる役者たちと演技出来たのはとても良かったし楽しかった。だが、こうも話題になり注目されるなんて。
「うぅ、どうしてこんな事に······」
陽斗は頭を抱えて机に伏せた。
***
「いやー、昨日ドラマみたけど、やっぱ陽斗くん凄いね〜」
「それな〜! こうも感情を揺さぶられるとは。久しぶりにドラマで泣いたよ」
休憩時間、スタッフの人達がワイワイと盛り上がっていた。
それは昨日放送された奈那主演のドラマの話だ。自分たちは実際に生で陽斗を見ていたが、改めて通して見るとテレビ越しでもその演技力に魅せられた。
すると、監督の近くにいた1人のスタッフが監督に話しかける。
「監督、陽斗くんどの事務所に入るんでしょうね。あの演技力なら引っ張りだこ───────」
「いや、あいつは役者やらないってさ」
「「「「ええ!!!?」」」」
その監督の発言に、密かに耳を立てていた周りの人たちが目を見開き驚いた表情で監督を見つめる。
「芸能界には入らないで普通に生きるらしい」
「え、それ本当ですか······?」
「ああ、本人が言ってたよ」
「まじですか······」
「勿体無い、あんなに才能あるのに······」
皆は肩を落として残念そうにしていた。彼らはてっきり、陽斗は役者になりこれから活躍していくものだと思っていた。成長しもっと化けて日本の芸能界を引っ張っていく存在だと確信していたのに。期待していただけに彼らは大きくショックを受けていた。
「納得いきません! あれだけの才能があってなんで······! 俺、説得しに行きます!」
1人のスタッフが諦めきれないのか、監督にそう訴える。今にもここを出て本人に直接説得しに行きそうな勢いだ。
だが、そんなスタッフを監督は鋭い目付きで睨む。
「あいつが決めたことだ。口出しするな」
監督の殺気立った雰囲気に、その場にいた人は震えておののく。こういう時の監督はめちゃくちゃ怖い。恐ろしすぎて反抗など出来るわけがないし、監督の言うことは理にかなっている。監督が怒る時はいつも自分らに非がある時なのだから。
「す、すみませんでした! 軽率でした」
スタッフはハッと冷静になったのか謝る。陽斗に見込みがあるだけに彼に演技をして欲しいという、自分勝手のエゴだった。そのスタッフは、しょぼんとした様子でその場から離れる。
他のスタッフも陽斗を惜しそうにしつつも、仕事へと戻る。
「······はあ、俺だって出来るなら引き止めてたさ」
立ち去っていくスタッフの後ろ姿を見ながら、監督はポツリと呟く。
監督だってもちろん引き止めれるものなら引き止めたかった。あんな逸材は滅多にいない。それに、そんな宝石の原石を磨き上げたのは他ならぬ自分だ。これからも一緒に仕事がしたいし、彼の成長を見守っていきたいし、彼の演技をずっと見ていきたかった。
だがそれは単なる自分の願いであって、それを本人に押し付ける気などないし、してはいけない。彼には彼なりの事情があるのだし、したい事をさせるべきだ。
そう、頭では分かっている。だが、それでも諦めきれない気持ちの方が圧倒的に強いのだ。
その時、監督のズボンのポケットに入れていた携帯が震え鳴り出す。画面を見ると、連絡してきたのは有名な芸能事務所からだった。
「はあ、これで何件目だよ」
実は、陽斗を誘う芸能事務所、又はオファーしたいというドラマや映画関係の人達からの連絡が、あのドラマ放映後から後を絶たなかった。陽斗はまだ一般人で連絡先など分からないので、こうして監督の元へと連絡が来ていた。陽斗の演技は多くの者を惹き付けたらしい。
「流石だな······」
監督は名残惜しそうな顔をしていたが、鳴っていた携帯をそのまま切りポケットにしまう。そして、顔を上げた時、それはいつもの鬼のような監督に戻っていた。
***おまけ
陽斗は東京に戻り次の日に学校に行った時に皆から預かっていたものを返していた。奈那は陽斗が帰るまでに何とか全てにサインをすることが出来ていた。
皆は嬉々とした表情でそれを受け取っていた。
「凄い! 生サインだ!」
「一生家宝にする!」
「これに奈那ちゃんの指紋が付いてるのか······!!」
普段は手の届かない所にいる憧れの存在からのサインに、皆のテンションは大いに上がっていた。
「はい、これが西島くんのね」
陽斗は大きなバックの中から、西島に通学で使う定期券カードを渡す。
「ありがとう」
西島は笑顔でそれを受け取ると、そのカードを見る。
すると、そこには奈那のサインがあった。だがよく見ると、いつもの奈那のサインにはないハートマークが書かれてあった。周りの人のサインを見ても、どれにもそれはなかった。
西島はフッと嬉しそうに笑うと、定期入れに入れて大事そうにそれをしまった。
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