110,ドラマ撮影②
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撮影2日目。
奈那演じる探偵、氷室聖は陽斗演じる藤田透が犯人だと睨んでいた。そこで、藤田の幼なじみである少女から話を聞くことにした。
しかし少女の口からは、藤田の異常性は特に見あらたない。逆に、大人しくていい子という事しか聞けなかった。
真面目な少年の裏の、暗くおぞましい一面。
ついに証拠を抑えた氷室達は藤田の自宅へと踏み入る。だが、彼の部屋はもぬけの殻だった。しかも、色んな物が散乱していてぐちゃぐちゃだ。そんな部屋を漁ってみると、1つのノートが出てきた。
ノートには、藤田の苦悩が書かれていた。人を殺したい、という衝動に何度も駆られてきた彼の苦しみが。それを動物を代替することで必死に今まで抑えてきたという。いけないことだとわかってはいたけど、それを止めることなど出来なかった。
それを、ある日、ある人物にあって変わった。
あの、バラバラ遺体で見つかったホームレスだ。
ある日、川に沿って歩き暗く人気のない橋の下に差し掛かったところ、そのホームレスはいた。息が荒く、凄く苦しそうだった。
「だ、大丈夫ですか!?」
藤田は慌ててその人物に駆け寄る。すると、ツンとした異臭が鼻をかすめ、思わず藤田は顔をしかめた。辺りには汚れた荷物やダンボールがあった。そして、目の前で辛そうに息をしている人物の小汚い衣服。それを見て「ホームレスだ」と、瞬時に察した。
「救急車呼びましょうか?」
目の前で苦しそうにしている人を見過ごすことは出来ない。藤田はポケットから携帯を取り出した。
だが、その手をホームレスの男がガシッと掴んだ。
「お、お願いだ······。殺してくれ······」
喉からしぼり出すように、息も絶え絶えにそう言う。
「俺はもう生きたくない、死なせてくれ······」
男は懇願する様に藤田をじっと見る。
その時、藤田の奥底に眠っていた欲求が溢れ出す。
今、男は死を願っている。僕はそれを叶えると同時に、自分の欲求まで満たせることが出来るのだ。こんな機会なんてこれから訪れない。
藤田の心の中は「人を殺したい」という衝動とそれに葛藤する気持ちで埋め尽くされる。藤田は頭を抱え荒く呼吸する。だが、今まで欲していたものを目の前にして逃す事など出来なかった。
藤田は深く息を吐いた。そして、目の前で横たわる男を獲物を見るような目で見据える。
「本当に、殺していいのですか?」
「······あ、ああ」
「後悔は、ないのですか?」
「な、ない······」
「分かりました」
藤田は肩にかけていたバックから所々赤く染った布で包んである包丁を取り出す。少し、血なまぐさい匂いが辺りに漂った。そして、包丁を両手で握り躊躇なく横たわる男の胸を思いっきり刺した。包丁を抜くと、そこからドロドロと血が流れ出た。
「······ありがとう」
男はそれを一言に、動かなくなった。
「ハ、ハハハハ!」
不敵な笑みを浮かべ、藤田は声を上げて笑った。
これが人を殺した感覚!
惚けた顔をしたまま、しばらくその場でジッとしていた。まるで、ようやく満たせたその欲求の快感に浸っているかのように。
そんな陽斗の熱演ぶりに、皆は圧倒され、呼吸を忘れるほど彼の演技に魅入っていた。
彼がいるだけで架空だった世界は一瞬にして色付きリアルの世界のように感じる。しかも、それをすぐやってみせる。撮影が始まれば、陽斗はぱっと別人になり世界も変わる。
宝石の原石を見つけたと、皆は気持ちが昂っていた。
陽斗のことはほぼ素人だと聞いている。それでこの演技は、とんでもないくらいの才能だ。トップレベルの人たちと張り合える、いや、もしかしたらもっと上にいける。
これはまだ彼の始まりに過ぎない。これからどんな成長や活躍を見せてくれるのだろうか。
皆は陽斗がこれから俳優の道へ進んでいくのだと、そう信じて疑わなかった。
ドラマはついに大詰めになる。
部屋にいなかった藤田が、幼なじみの少女に会いに行っていると言う事が分かった。氷室達は大急ぎでその後を追う。
残念ながら、行方不明だった少年に関しては亡くなっているだろう。ノートにそういう記述がしてあったから。そして、「衝動が止まらない、また殺してしまうかもしれない」と書いてあった。そんな中、藤田が幼なじみの子に会おうと誘ったと母が言っていた。少女の命が危ない。
氷室はその家の裏にある山に絞ってそこを探すことにした。皆は散らばって山の中を駆ける。
そんな奈那の演技を、皆は流石だと感心したように見つめる。彼女は役者としてトップレベル。10代にしてこれだけの実力があるのは凄い。
そして、そんな中現れたもう1人の逸材。
今後、この2人が主に日本の芸能界を引っ張っていくだろう。将来のそんな期待と楽しみで皆は胸いっぱいになっていた。
「ねえ、何で裏山に行くの? なにかあるの?」
木が生い茂る中、1人の少女が先をいく少年の後を追って歩いていた。その声に、少年の足がピタッと止まる。
「うん、話があるんだ」
そう言って振り返った顔は、暗く陰がかかっていて何だが辛そうだった。でも、その目は鋭く光っていた。
「話?」
「うん、聞いてくれる? 僕の話」
「もちろん聞くよ、幼なじみでしょ? ねえ、その前に聞きたいことあるの。刑事さんがね、透が人を殺したって疑ってるみたいなの。私は絶対透じゃないって信じてる。透は人を殺してなんかいないよね?」
少女は確かめるように少年の顔を見つめる。
そして沈黙の後、少年が顔を上げて口を開く。
「そうだ、って言ったら······?」
「え、嘘だよね? 本当に、殺したの······?」
「そうだよ。殺した。ホームレスの男と親友を、この手で。人殺しの僕のこと、嫌いになった?」
少年は寂しそうに少女に笑いかける。
少女は混乱していて、目を見開いたまま目の前に立つ少年を見るだけだった。
「僕、人を殺したいっていう欲求がずっとあったんだ。何でか分からないけど、ずっと心の中にあった。だから、動物も殺した。つい最近人も殺した。何で、僕の中にこんな奴がいるんだろう。もう1人の僕が暴れてもう抑えられない」
少女は黙ったままだった。ただ、今自分の前にいる少年がいつもの幼なじみじゃないようで、怯えたような目で見つめるだけだった。
「······君も、そんな目で僕を見るの?」
そんな恐怖に染まった少女の顔を見て、少年の顔に狂気の色が覗かせる。
その時、その場にいた皆が背筋がゾクリとした。単純な恐怖を感じた。恐ろしくて足がすくむ。
少年は、誰かに、1人でもいいから分かって欲しかったのだ。この自分を丸ごと受け入れて欲しいだけなのだ。でも、駄目だった。親友にも、勇気をだして打ち明けたら拒否された。
どうして、どうして、誰も僕の気持ちをわかってくれないんだ。
そんな絶望と諦めと悲しみが少年を覆う。
少女は歯をカチカチと鳴らし、その場にペタリと力無く膝から落ちる。
「君も、僕が人殺しと罵るの? 僕を嫌うの?」
少年はバックから包丁を取りだし、ゆっくりと少女の元へ歩み寄る。少女は恐怖のあまり、足に力が入らないようだった。
その演技を傍で見ている人達は「少女を救わないと」という気持ちになっていた。今すぐにでも少女に駆け寄りたい。だが、それが演技であるという事実に何とか足を踏みとどめた。
「藤田透! そこまでだ!」
その時、奈那演じる氷室が2人の元へ辿り着く。その後ろには数人の刑事がいて、こちらに銃を向けていた。
「それ以上彼女に近づいたら撃つぞ! 手からナイフを離せ!」
肩で息をしながら氷室は藤田を睨むように見つめる。
藤田はゆっくりと氷室達へ顔を向ける。
「お前らも僕が悪いと思うよね。人を殺すのはいけないことだ、それくらい分かってる。でもさ、人を殺したいっていう欲求があったらどうすればいいの?」
藤田は氷室達をまっすぐ見つめる。その目は、諦めと後悔とが入り交じっていた。
「何で僕はこういう風になったんだろうね。心底自分が嫌いだ。こういう人間は生きてちゃダメなんだ」
そう言うと、藤田は持ってきた包丁を自分の胸元にかざす。
「ま、待て······っ!」
氷室が駆け寄ろうとした瞬間、藤田は思いっきり自分に突き刺した。苦痛に顔を歪ませながら、でも微笑みながら藤田はその場に力無く倒れ込む。
「······早く、こうすれば良かった······」
藤田は後悔したように顔を歪めた。そしてゆっくりと目を閉じた。
その場にいた皆の多くが涙を零した。
今まで独りで葛藤して苦悩して、そんな彼が自ら命を絶って、彼が報われることなどなく死に、そんな様子が心にグサッときた。
彼は世間としては悪だが、でも、そう思えなかった。むしろ、可哀想だと思ってしまった。人並みに生きれない。そしていつもどこか孤独だった。憐れで痛々しかった。
全員が、架空だった世界に、どっぷりとハマっていた。
「うわーん、本当に怖かった! 死ぬって本気で思いました!」
撮影後、陽斗演じる藤田の幼なじみ役の女の子がわんわんと泣いていた。
「ご、ごめん! 思わず熱が入っちゃって······」
陽斗はそんな少女を慌てて慰めようとしていた。
陽斗のリアルとも思わせるその演技は、彼女に本物の恐怖を与えていた。少女のあれは演技ではなかった。本能で怯えていた。そんな緊張状態から解放され、安心して思わず涙が出てしまっていた。
「うわあー、陽斗が女の子泣かせたー!」
奈那は避難するような目で陽斗を見る。周りの人間も同情するように泣く少女を見ていた。実際、見ていただけの自分らも恐怖を覚えたのだから。それを目の前で、しかも目が合う状況だなんて考えるだけでも恐ろしい。そんな中で彼女はよく踏ん張っていたと思う。その少女の頑張りを、皆は称えた。
撮影2日目も無事終わり、陽斗は帰る前に監督に呼ばれた。
「本当にありがとうな。助かったよ」
「いえいえ、自分も楽しかったです」
「相変わらずいい演技だな、青羽瞬」
「あ、ありがとうございま······って、え、青羽瞬!? ちょ、名前間違ってます!」
「いや、誤魔化してももう遅いけど」
あたふたとする陽斗の頭を、監督はニヤリとした顔でガシッと掴んだ。
「······いつから気付いてたんですか?」
陽斗はもう誤魔化せないと観念して、ジト目で監督を見つめる。何とか隠せていたと思っていたが、それは自分の勘違いだったらしい。何か悔しくて凄く負けた気分だ。
「最初の演技を見た時からかな?」
「え!? そんな早くから!? 何で言ってくれなかったんですか!?」
「だって、言ったら絶対ドラマ出てくれないだろ?」
ニヤニヤとして監督は陽斗にそう告げた。まさかの確信犯に、陽斗は驚いて目を見開く。
「勝手にいなくなった罰な」
「······それは本当にすみませんでした!」
「まあ、なんか事情があったんだろ」
陽斗はその場で土下座をして謝った。突然何も告げずに芸能界から出ていった事は本当に自分勝手だし責任も重々感じていた。だが、頭を下げる陽斗の頭を優しく撫でる。そんな監督の優しさにが陽斗の心に染みて懐かしくて心地よかった。
「芸能界にはもう戻ってこないのか?」
「······はい。今まで散々お世話になっていて申し訳ないです······」
「いいって、気にすんな。高校生頑張れよ」
陽斗の肩にポンと手を置くと、そのまま陽斗の横を通り過ぎて去っていく。
「今まで、本当にありがとうございました!」
そんな監督の背中に、陽斗はお辞儀をしてお礼を告げる。それに応えるように、監督は手をヒラヒラと振りながらそのまま歩いていった。
その後、ドラマが放映された際に陽斗が話題になった事は言うまでもない。
読んで下さり、ありがとうございます(⑉´ᯅ`⑉) 1話で約5000文字······。こんな長くなったの初めて(理想は2500~3000文字)。これでも削りました!




