109,ドラマ撮影①
修学旅行から数日後、陽斗は再び東京へと戻ってきていた。顔は強ばり、その足取りは重たい。
修学旅行があまりにも楽しすぎて、奈那から連絡がくるまですっかり撮影の事など頭から抜けていた。
監督が言ったとはいえ、一般人を使うのに誰も反対などしなかったのだろうか。だって、もうちょい役どころではない。1話しか出ないが、かなりというか普通に目立つ役だ。
静かに高校生活を送りたいというのに、芸能人をやめたというのに、なぜ今ドラマに出ることになってしまったのか。
それに、あの監督や知り合いばっかに囲まれて本当に正体がバレそうで恐ろしい。今すぐにも逃げたい衝動を何とか抑えて、陽斗は撮影場所と指定された所へと向かう。
「あ! 陽斗ー!」
スタッフに案内され歩いていると、奈那が陽斗に気付いてこちらへ駆け寄ってくる。衣装やメイクのせいか、いつもより大人っぽく見え落ち着いた雰囲気があった。
「今から着替えに行くよ!」
「え、着替え?」
「そう! 衣装用意してあるから!」
奈那は笑顔で戸惑う陽斗をグイグイと引っ張っていく。奈那は早く陽斗と演技がしたいようだった。
撮影は今日と明日の2日間。この撮影のために、陽斗は土日の部活の時間を削ってやってきていた。ウィンターカップという大きなバスケの試合が近づいてきているので、主力の陽斗は抜けるのが申し訳なかった。だが、何故か皆して快く送り出してくれた。寧ろ陽斗がドラマ撮影に出るということに自分の事のようにはしゃいぎ、渋る陽斗を追い出すように東京へと行かせたのだった。
陽斗は背負っていたリュックと手に持っていた荷物を地面へと下ろす。結構重かったので、肩や腕が楽になって開放的な気分になる。
「1日しか泊まらないのに、何でそんなに荷物多いの?」
奈那は不思議そうに陽斗が持っていた荷物を見る。
確かに、1泊でリュックも手に持っていたバックもパンパンに詰まっているのは変だ。
それを言われ、陽斗は何かに気付いたようにハッとする。
「そうだ! 皆からサイン頼まれてたんだった!」
バックを開けると、そこには色紙やらTシャツやら筆箱やら、色んなものがたくさん入っていた。
「······え、これ全部?」
「奈那の主演ドラマに出るって言ったら、皆からサイン頼まれて······。無理なら本当に大丈夫!」
「······出来るだけサインするね」
陽斗は明日の撮影終わり次第帰るためあまり時間はない。奈那は全てにサインできる自信はなかったが、とりあえず引きつった笑みでそれを受け取った。
「ねえ、今回の陽斗の役、けっこう狂気的だよね」
「そうだね〜、今まで演じた事ない役だ」
衣装に着替え、撮影の前に陽斗と奈那は椅子に座って待機していた。
「ちょっと不安だけど、凄く楽しみ」
陽斗は微笑んだ。だけど、奈那はその笑顔を見て鳥肌が立った。陽斗の目がいつもと違うように感じる。その目の中に、違う人物がいるかのように思えて、その人が陽斗を飲み込んでしまいそうで、なんだか怖かった。
「今から撮影始めるぞー」
監督のその声に、その場に一気に緊張感が漂い始める。役者も、スタッフも、気を引き締めて各々の持ち場へ行き待機する。
陽斗も奈那もその場から立ち、監督たちの元へ行く。
「······私も、負けない!」
奈那は陽斗の後ろで、覚悟を決めた顔で拳にギュッと力を入れた。
陽斗は早速出番だった。
高校の教室の中へと入り、指示されていた席へと座る。
準備が整ったところで、撮影が始まろうとした時。
「ん? 陽斗くんの制服にご飯粒ついてない?」
「え! どこ······」
「えーと、上らへんかな」
「あった! す、すみません!」
1人のスタッフの指摘に、陽斗は慌ててご飯粒を探して取る。そんな可愛らしい様子に現場に笑いが起こる。陽斗は顔を少し赤らめてスタッフの人に渡されたティッシュにそれを包んで渡した。
衣装に着替えたあとに時間があっておにぎりを食べたのだが、それが気付かないうちに落ちて付いていたらしい。
陽斗は恥ずかしそうにしながら、申し訳なさそうに謝る。
現場は和んだが、でもそんな陽斗のおっちょこちょいな姿に心配する人もいた。
何故なら、彼が今から演じるのはかなりシリアスな役。
殺人事件の犯人であり、「人を殺したい」という衝動に駆られている少年だ。その思考ゆえに今回の事件を起こしてしまう。
前の撮影で彼の演技を見て評価はしている。でも心のどこかでは目の前にいる彼がそんな役を演じられるのか不安な気持ちになっていた。
だが、陽斗を選んだのは監督の意向。
それに、もう撮影も間近。ひとまず皆は見守ることに決めて、各自の作業へと集中を戻す。
「それじゃあ本番いくぞー。よーーい、はい!」
監督の掛け声と共に、架空の世界が動き出した。
ざわつく教室。昼休みのさなか、その話題はやはりホームレスのバラバラ殺人事件だ。しかもその犯人と思われているのがこのクラスの生徒。
「ねえ、聞いたー? あの子が犯人何でしょ?」
「やばいよね。明るくて良い奴だと思ってたのにびっくりした」
「あの事件の後からずっと行方不明なんでしょ? 怪しすぎるよね」
「超怖いんだけどー」
皆から出る言葉はその事件の事ばかり。
そんな中、陽斗演じる藤田透は1人机で本を読んでいた。普段は読書好きな内気な少年である。
そんな彼に、クラスメイトが声を掛ける。
「なあ、お前、あいつと仲良かったよな? なんか知らねーの?」
「あの事件から何も連絡ないから、僕も何も分からないんだ······」
藤田は眉を下げて、悲しそうな顔でそう言う。
「そうかー。あいつが犯人だと思う?」
「みんなそう言うけど、僕はそう思わない。本当にいい人だったから」
「そうだよなー、でもまあ、それは外面かもしんねーぜ? とりあえず、なんか分かったら教えてな」
「うん」
クラスメイトが離れたあと、藤田は小説へと視線を戻す。その顔には歪んだ笑みが浮かび、目は暗くドロドロと濁っていていた。
その表情を見た瞬間、その場にいた皆が息を飲んだ。
一瞬にして引き込まれる。引きずり込まれる。目を離せない。
さっきの、可愛らしい少年の姿はどこにいってしまったのか。まるで別人だ。
「カット! 陽斗くん、いい感じ」
監督がカットを出すと、ニヤリと笑ってそう言う。その瞬間、周りにいた人間は驚いて監督を見る。彼が人を褒める事などあまりない。
「え、本当ですか!? ありがとうございます!」
そんな言葉を貰えた陽斗は意外そうな顔をして驚きつつも、素直に嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
そんな彼の様子を見て、皆は安堵した。「いつもの彼に戻っている」と。だが、先程の狂気的な笑顔が脳裏に張り付いていて取れない。
もう、彼の演技に対しての不安など木っ端微塵になくなっていた。
そうしてドラマの撮影は進んでいき、殺人事件の手がかりが少しずつ見えてきた。
殺された動物の遺体が度々発見されるということ、犯人と思われていた行方不明の人物の親友、藤田透の違和感。
事件解決まであと一歩という所で、今日の撮影は終わりを迎える。
陽斗はリュックを背負ってとある駅で降りる。
改札口を出て、陽斗はキョロキョロと当たりを見渡す。その時、後ろから肩をポンと叩かれた。
「あ! 亮くん!」
「よっ! 元気してたか?」
そこには、深く帽子をかぶりサングラスをした、冴木亮がいた。少し変装をしているとはいえ、スタイルは良く、漂う空気から芸能人オーラーが全く隠せていない。
現に、周りからチラチラと視線が集まっていた。
「撮影おつかれ。久しぶりどうだった?」
「いやあ、もう色んな意味で緊張しすぎて無理······」
「監督があの人だからな······。青羽瞬ってバレそうだな」
「そうなんだよ! もう本当に怖いよ、絶対バレてるよ」
2人は談笑しながら歩いていく。
「ここだよ」
冴木が指差した方向には、なんともオシャレで、周りのどの建物よりもう背が高い、高級マンションだった。
「うわあ、すごい······」
入口やエレベーターからも高級感溢れていたが、冴木の部屋の中に入るとさらに陽斗は顔を輝かせる。
リビングは広々としており、大きな窓からは東京の夜景を眺めれる。
「いい所に住んでるね〜」
「セキュリティがちゃんとしたところが良くてさ。そしたら俺らの師匠の園田さんにオススメされて」
「そうなんだ〜」
陽斗は部屋から見える夜景を、窓に張り付いて目を輝かせて眺めていた。
冴木は高校を卒業してから一人暮らしを始めていた。彼はかなり稼いでいるから、19歳という若さでもこういうところに住めるのだ。
食事も済ませお風呂も入った2人は、リビングでくつろいでいた。
「はあー、俺も陽斗と共演したい! 奈那が羨ましい、交代して欲しい。ゲストでもいいから今すぐ出演したい」
冴木は本当に陽斗と一緒に共演できる奈那が心の底から羨ましかった。
ドラマに出ると聞いた時は本当に驚いた。芸能人をやめたのに、まるで離さないと言わんばかりに陽斗はそういうのによく巻き込まれる。すごく心配で、それに引き込んだ奈那に少し腹が立ったが、でも陽斗がドラマに出るのなら自分もそれに出たい。陽斗の演技は凄くて、日本一だと本気で思っている。
そんな彼と一緒に演技がしたいのに。なぜ自分はそのドラマに出ていないのか、それだけがすごくショックだ。
「そんなに見られても無理だよ······」
「それじゃあ明日見に行く」
「駄目だよ! 明日お仕事あるんでしょ?」
「······休む」
「それこそやったらだめ!」
陽斗が次の朝に家を出るまで駄々をこね続けた冴木。だが、陽斗が「仕事を疎かにする人なんて嫌いになる」と言うと、ついに観念したという。
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