105,修学旅行④
修学旅行3日目、今日は一日中自由行動だ。班に別れて行動するのだが、今日も陽斗達は4組と5組混合の8人で動く。
「うわあ、人多い······」
駅を出た8人は都会の人の多さに驚き立ちすくむ。
人混みの凄さは昨日から実感していた。電車に乗る際もそれは感じ、一度通勤ラッシュに巻き込まれた時はあまりの密集さに満員電車というものの概念が壊れた。
やっぱりこの人の多さはまだ慣れない。
都会は恐ろしいと、皆は思った。
「わ、ちょ、待って······!」
人混みの中を歩いていた8人だが、人が多く更に行き交う人達の足も早く、成美が遅れはぐれそうになる。
それに気づいた陽斗が、その成実の手を掴みこちらへ引き寄せた。
「大丈夫?」
「う、うん。ありがと······」
心配そうにこちらを覗き込む陽斗に、成美は恥ずかしそうにはにかみながら笑う。
腕を引っ張られた時、思ったよりも強い力に成美はちょっと驚いてしまった。昨日の喧嘩の際にもそう。手足は細くてか弱そうに見えてしまうのに、本当は力強くてとても頼りになるのだ。
「あの、さ、手繋ご? はぐれるの嫌だし······」
陽斗は真っ直ぐ成美を見ることが出来ず、照れながら彼女の方へ手を差し出す。陽斗の心臓はいつもより早くてうるさく鳴っていた。
「う、うん!」
成美は戸惑いながらも、でも嬉しそうに笑顔を浮かべながらその手を掴んだ。
そして、2人は恥ずかしそうにしながらも、仲良く手を繋ぎながら歩いていく。
そんな2人の初々しく甘々な雰囲気に8人はまたかと呆れ、周りの人間は美女を連れて歩く陽斗に妬みや羨望の視線が集まる。だが2人は緊張と嬉しさが勝り、そんなのは全く気付いていなかった。
「すみません、ちょっとお話いいですか?」
歩いていた8人に、スーツ姿の30代くらいの男性が声を掛けてきた。陽斗はその男がとても見覚えがあった。
「もしかして、スカウト!?」
その男の意図に高柳が素早く気付き、顔を輝かせて男の前へ出る。
「ああ、そうだよ」
「ま、まさか、俺!? まじか! ついに夢見てた芸能界へと行く日が来るとは······! 兄さん、俺をスカウトするとは見る目あるっすね!」
高柳は1人、歓喜して舞い上がっている。そして、溢れんばかりの笑顔で、力強く男の手を握る。
「い、いや、あの······、そんなに喜んでて悪いんだが、俺がスカウトしたいのは君じゃないんだ」
申し訳なさそうに男は苦笑いしながら高柳にそれを告げる。その瞬間、高柳の顔が固まった。
「······何だよ、俺じゃないのかよ。期待して損だった」
勝手に勘違いして舞い上がっていた高柳は、今にも泣きそうな顔をしていじけていた。そんな様子に、男は後ろめたくなりオロオロとする。だが、それは日常茶飯事。皆は「気にしなくていい」と男に声を掛けた。
「それで俺がスカウトしたいのは君らだ」
男はそう言うと、成美と天音と西島に名刺を渡す。3人は驚いたような様子で男と名刺を見比べる。だが、実は3人ともこれが初めてのスカウトではなかった。何度か声を掛けられたことは今まであったらしい。
「俺の会社は、冴木亮とか有栖奈那とかがいる芸能事務所でね。君たちは華がある! どう? 芸能界に興味無いかな?」
やっぱり、と陽斗は心の中で思った。目の前で3人に熱視線を送っている男は、昔自分をスカウトした人と同じ人物だった。陽斗はバレたら危険だと思い、市原の後ろにスっと隠れ気配を薄くする。
「あ! 君もどう? キリッとした顔立ちにそのミステリアスで冷たい雰囲気! ああ、なんて素晴らしい逸材がこんなにたくさん······!」
男は白石にも名刺を渡す。そして、目を輝かせて喜びに震えていた。いつもなら彼が目を引く人物は1ヶ月に1人いるかいないかなのだ。だが、今日、1日で4人も出会えた。これは奇跡といっても過言ではない。
ちなみに、彼がスカウトしてくる人物は皆、芸能界で活躍している人ばかり。それを見極める目がこの男には備わっていた。
「えっと···」
困ったような、戸惑ったような4人。突然そう言われても、即答で「はい」なんて答えられない。
「もし、芸能界に興味があるのなら、その名刺に書いてある電話番号に電話してくれ! 待ってるからな!」
男はそう言うと、立ち去って行った。
「なんか、凄い嵐みたいな人だね······」
そんな呆然として男の背を見つめてぼそっと呟いた天音の一言に、陽斗は人知れずクスッと笑う。だって、彼は何にも変わっていなかったから。
そして、スカウトされなかった高柳と三浦と市原の顔は暗かった。一緒にいたのにも関わらず、自分達には全く声をかけられも見られもしなかった。3人はスカウトされた4人を恨めしそうに見つめていた。
その後、8人は色んなところに寄りながら街中を歩く。そんな時だった。
向こう側から歩いていた女性と、陽斗の肩がぶつかった。
「あ、すいません!」
「ごめんなさい! ······あれ、陽斗じゃん!」
帽子を深めに被りマスクをした女性が、陽斗の顔を見るなり顔を輝かせる。陽斗もその目元だけ覗かせる顔にとても見覚えがあった。
「あ、奈那!」
陽斗は驚いた表情で、目の前にいる奈那を見つめる。まさかここで、こんな街中で、芸能界の友人に会うなんて微塵にも思っていなかった。何故なら彼女は人気芸能人だ。普通、こんな人混みを歩くことは滅多にない。
奈那とは小さい頃から芸能界で苦楽を共にし、冴木を含めた3人は幼なじみのような存在だった。
「え、ま、まさか、有栖────ッ、ふがっ!」
訝しげそうに奈那を見ていた高柳はその正体に気づき咄嗟に声を上げるが、その名前を言い終わる前に西島がその口を塞いだ。
「え、ええぇぇえええ!? ま、まじで!? あの、あり──────ッ」
その高柳の言葉でようやく気づいた三浦も大声を上げ、橋本が何とか間一髪その口を塞ぐ。
だが、大きな声で騒いだ事で周りにいた人達がこちらをチラチラと見ていた。8人はその視線から逃げるように、ひとまず人気の少ない路地裏へと避難する。
「なんでこんなところにいたの?」
「えっと、撮影の合間に、ね、ちょっと買い物しようかなって······」
とりあえず人気の少ない道へと逃げ込んだ8人。落ち着いたところで陽斗が奈那に質問する。すると、奈那は顔を赤らめたような様子でしどろもどろに答える。そして、チラチラと西島の方に視線を向けていた。
「······2人は知り合いなのか?」
「うん、そうだよ」
市原の問いに答えた西島の発言に、皆が驚いた表情で2人を見つめる。まさか、陽斗だけでなくて西島まで人気芸能人である奈那と繋がっているなんて思いもしなかったのだ。ちなみに、陽斗は冴木との仲介で仲良くなったと説明している。
「え、どういう経緯で!?」
「えっと、電車で泣いていた私にそっとハンカチをくれて······」
「それで、わざわざそのハンカチを返すために俺が降りる駅で待っててくれてて」
その後、奈那が西島にLINEを聞き今も連絡を取り合っているらしい。
奈那はまともに西島の顔を見れないようだった。ほんのりと頬を染めている。
それを見た皆はすぐに察した。それと同時に、西島を恐れる目で見つめる。彼はとてもモテる。イケメンで高身長で勉強も運動もできる。気配りも出来るし優しいし、いつも余裕がある。完璧超人と言っても過言ではない。
だが、まさか人気芸能人までも落とすなんて。
ある意味女たらしだと、皆は思った。
少し8人で会話を楽しんでいると、奈那の携帯が鳴り響く。少し皆に離れて話し始めた奈那だったが、段々とその顔が曇っていく。
「え!? 怪我してドラマに出られない!? ·········はい、分かりました」
奈那は暗い表情のまま耳から携帯を離す。
「どうしたの?」
「今日ドラマの撮影に出る人が怪我しちゃったみたいで撮影出来ないかもって言われたの。今日くらいしか日にち空いてないのに。誰か代わりになる人がいれば······ッ、あっ!」
奈那は沈んだ顔で考え事をしていたのだが、陽斗を見るなり顔がぱっと明るくなる。
「陽斗が出ればいいんだ! 役も見た目にぴったり!」
「え、お、俺!?」
「駄目かな······?」
戸惑う陽斗に、奈那はお願いをするように上目遣いをする。それを見た高柳は鼻血を出して倒れた。
そんな目で見られると、断るものも断りきれない。元々押しに弱いのも相まって陽斗は簡単に拒否できなかった。
「で、でも俺でいいの······?」
「もちろん! 陽斗しか適任いないよ!」
奈那はキラキラとした顔で陽斗を見つめる。
スケジュールがキツキツなので今日撮りたいという気持ちもあるが、やはりそれより陽斗と一緒にお芝居をやりたかった。彼の生の演技が見たかった。奈那にとっては陽斗はずっと憧れの存在だ。
それに、見た目では陽斗=青葉瞬だなんて全く分からない。おそらく幼なじみの自分でさえも、教えてもらわないと絶対に気付かないという謎の自負がある。
せっかく彼とやり合える機会だ。逃したくはない。
「監督さんOKしてくれるかな?」
「大丈夫だと思うけど、1回電話してみるね」
奈那はそう言うと、慌てた陽斗の有無も言わせず電話を掛ける。
そして、数分後。
「いいよ、だって!」
陽斗に向かって奈那は満面の笑顔を向ける。それを見た高柳は再び鼻血を吹き出した。
「今すぐ来て欲しいって言ってるんだけど、今から行ける?」
「え、えぇぇええ、行けるけど、ま、まじで······」
思わぬ突然のドラマ出演。チョイ役だとはいえ、名前もセリフもある。まさか、今になって再びあの舞台へ舞い戻るとは。
とても複雑な気持ちだ。
陽斗はしばらく呆然と立ち尽くした。
読んで下さり、ありがとうございます(⑅˘͈ ᵕ ˘͈ )




